第四章 イジュアール・クラフト③
(ん? なんだ?)
その時、不意にギルドが騒がしくなった。
誰かが「皆さん聞いてください!」と叫んでいるようだ。
依頼ボードの前に立っていたユージンたちは、声の方へと視線を向けた。
「緊急事態です!」
そこでは職員らしき青年が叫んでいた。その場にいる全員が彼に注目する。
「本日、ダハ鉱山にいた発掘隊が襲撃を受けました!」
ほとんどの者が、ギョッとした顔を見せた。
穏やかではない台詞に、ユージンたちも表情を硬くする。
「おい! 発掘隊ってあれか! 三カ月前に見つかったあれの!」
傭兵らしき男が手を上げて叫ぶ。ギルド職員の青年は「はい」と頷いた。
「鉱山にはアルファレスから訪れていた調査隊もいました。その護衛である騎士団の部隊も。そしてダラスカからは傭兵団、《旅人の盾》が護衛に就いていました。ですが――」
普段から《旅人の盾》と交流があったギルド職員は唇を強く噛んだ。
「発掘隊、騎士団も含め、ほぼ壊滅したという報告が入りました……」
「嘘だろ!?」「馬鹿なッ!」「オルンさんとこだろ! あり得ねえよ!」
その場にいる傭兵たちから、次々とそんな声が上がった。
ざわめきが一気に大きくなったが、ギルド職員の青年は声を張り上げて、
「襲撃者の正体は不明! しかし、その勢力はおよそ精霊機兵が百機です!」
「「「――百機ッ!?」」」
多くの人間が声を揃えて叫んだ。
ユージンも声には出さなかったが、流石に驚いていた。
その数はもはや軍の規模である。
「まさか、他の都市からの侵略かよ?」
誰かがそんな言葉を呟いた。
「それはまだ分かりません」職員はかぶりを振った。「ただ、ギルドはその可能性も考えています。何故なら、襲撃者はあれを強奪したからです」
一拍おいて、
「巨大すぎるため、発見から三カ月経過しても未だ発掘中であるあの『聖遺物』を。まだ調査中ではありますが、今回の聖遺物は兵器に分類される可能性が高いというのが、アルファレスの見解でした」
シン、と場が静まった。
すると、トワがユージンのジャケットの裾をクイクイと引っ張った。
そして小声で、
「ユージン。『イジュアール・クラフト』って何だ?」
どうして私の名前が使われているのだ?
声で出さなくとも、妻がそう尋ねていることはユージンには分かった。
「う~ん、そうだな……」
ユージンは少し説明に悩んでいると、ラグがキョトンとした表情を見せた。
「え? トワさん? 聖遺物を知らねえのか?」
そう尋ねてから、
「聖遺物ってのは、知恵の女神さまが地上に残した遺産のことだよ。精霊機兵や天都舟もそれに入るんだけど、大体は発掘されたのがそう呼ばれてる感じかな」
ラグはあごに指先を置いて説明を続ける。
「けど、発掘されたのは、壊れてるのか、動かねえのが多いって話だったな。聖遺物は各国の天都舟で国宝になってたり、大切なサンプルとして保管されてたりするんだ」
トワはラグの顔を見ながら耳を傾けていたが、
「…………………え」
かなり間を空けて、そんな声を零した。
それから慌てた様子で、ユージンの両腕を強く掴んで、
「ユ、ユージンっ! 現代ってそうなってるのか! あんなのが保管されてるのか!」
「あ、ああ」ユージンは頷いた。「俺もそう聞いてるな」
「う、嘘だあ!?」
思わずトワは後ずさり、愕然とした顔を見せた。
「なんでだ!? 私だって真っ当なモノばかり造ってたんじゃないんだぞ!? ハイテンションになりすぎて黒歴史になった作品だって沢山あるんだぞ!?」
「ああ~、うん。そうだな。トワのことだからきっとそんな気はしていた」
ユージンは何とも言えない困った顔で嘆息した。
「トワにとっては、精神的にキツイ話になりそうなので言い出しにくかったんだ」
彼女の夫は、そんなことを言った。
余談だが、知恵の女神の偉業とその歩みを記したイジュアール聖教の聖典をトワが読めば、もっと悶絶するだろうなとユージンは思っていた。
ともあれ、トワは口をパクパクと開けて、耳まで真っ赤になっていた。
その傍らで、ラグは不思議そうに小首を傾げていた。全く事情を知らないのだから当たり前なのだが、トワが恥ずかしがっている理由が分からないのだ。
と、そんなユージンたちのやり取りをよそに、
「今回、ギルドは皆さんに特別任務を依頼いたします!」
ギルド職員の青年が、話を続けていた。
「傭兵、探検者、魔獣狩り、職種は問いません! 依頼受諾金も不要です! 報酬は非常招集宣言時の最高レベル額となります!」
その場の全員が再びざわつきながら、ギルド職員に注目した。
「依頼案件は三つになります! 一つ! 敵の正体と正確な規模を探る斥侯! 二つ! 敵勢力の撃退及び聖遺物の奪還!」
青年は指を立てながら叫ぶ。
「三つ! 最重要案件です! 今回、アルファレスから派遣されている研究局員が一名、現在行方不明になっています!」
「……いや。ちょい待ってくれ」
傭兵の一人が渋面を浮かべて口を挟んだ。
「察するに最後の案件は救出案件か? けど、ほぼ壊滅状態なんだろ? 相手が聖遺物の強奪が目的なら、流石にもう生きてる可能性は――」
「……研究局員の方は女性です」
ギルド職員の青年は、少し言いにくそうにそう告げた。
「しかも、まだ十八歳の女性です。見目麗しくもあります。襲撃者がもし無法者の集団であるとすれば、命だけなら助かっている可能性はあります」
そこで大きく息を吐いた。
「その可能性がある限り、彼女の救出は最重要案件と心得てください」
「……分かったよ」質問した傭兵が頷いた。「言いにくいことをすまなかった」
傭兵の謝罪に、ギルド職員の青年は「いえ」とかぶりを振ってから、
「彼女の名前はシエル=フォン=ティルトス! 年齢は十八歳! 短い黒髪で小柄、眼鏡をかけています! 彼女を見つけた方は最優先で保護をお願いします!」
そう叫んだ。
しかし、反応は何とも微妙だった。皆、助けてやりたいとは思っているが、生きていたとしても、すでに心に深い傷を負っているのではないかと危惧していたからだ。
トワとラグも、流石に眉をひそめていた。
ただ、その中でたった一人だけ。
ユージンだけは、十数秒以上の沈黙を経て、
「……なん、だと?」
そのよく知る名前に、愕然とした声を零すのであった。




