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アトラスハウス ~竜狩りの機兵と、蛮族な嫁たち~  作者: 雨宮ソウスケ


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第四章 イジュアール・クラフト②

 それは、ユージンたちがダラスカ都市に到着する一カ月前のことだった。

 良く晴れたその日。

 二人の男が、ダラスカ都市の防壁の上に立っていた。


 一人はジード=ガウス。このダラスカ都市のギルド長だ。

 大柄な体格と、あごと頬を覆う髭が印象的な四十代後半の男性である。


 もう一人も大柄な男性だった。

 ジードと同年代。大柄以上に筋肉質であるのが分かる人物だ。

 名前を、オルン=フィッシャーと言った。

 オルンは、ダラスカに拠点を置く傭兵団の団長だ。

 だが、傭兵もどきの強盗団などとは一緒にしてはいけない。

 オルンの率いる旅団クランの名は《旅人の盾(ザ・シールダー)》。構成員は三十三名。八十年にも渡ってダラスカに所属する商団の護衛を担ってくれている信頼厚き傭兵団だ。

 オルンは《旅人の盾(ザ・シールダー)》の二代目団長だった。ジードとは幼馴染であり、若い頃は一緒にはしゃいだものだ。年を経った今でも、よく酒を酌み交わす友人同士だった。


「お、そろそろ来たようだぜ。ジード」


 額に片手を添えて、オルンは目を細めた。

 ジードも「ああ」と頷いた。

 二人の視線の先には巨大な舟があった。

 ゴウン、ゴウンと低い駆動音を響かせる巨鯨のような舟だ。ラガニア王国の主都・アルファレス学術都市を擁する天都舟ノアである。


「やっぱ、いつ見ても壮観だな」


 オルンが感嘆の声で呟く。

 天都舟ノアは、いつ見ても壮観かつ雄大だった。

 人類が有する最強の力。人類が繁栄するための要であり、守護者だった。

 その巨体は、ダラスカ都市の全域を軽々と覆い尽くすほどだ。


「今頃、市長は大忙しだろうな」


 ジードは苦笑を浮かべた。

 天都舟ノアとの交流は、地上の都市にとって一大イベントだった。

 資源と技術の交渉・交換もあるが、人々の移動などもある。

 天都舟ノアが近隣にて滞空するのは三日間。大型の飛空艇が何度も往復する。この期間は本当に大騒動だった。犯罪も多発するため、市長は対応で忙殺されることだろう。


「せめて、こっちは俺らで対応してやろうぜ」


 オルンは肩を竦めてそう言った。


「まだ発掘中のあれ(・・)をわざわざ見に特別なお客さまが降りてくんだろ?」


「ああ」ジードはオルンに目をやって頷いた。


「本当に特別な方らしいぞ。技術開発局の女性局員だ。恐ろしく優秀な方でアルファレスでは叡智の聖女と呼ばれているそうだ」


「おおう。大聖堂の連中が聞いたらキレそうな呼び名だな」


 明らかに知恵の女神を意識した呼び名に、オルンは何とも言えない顔をした。

 すると、ジードは「いや」と呟いて、かぶりを振り、


「アルファレスでは黙認されてるそうだぞ。それほどの人物だということだ」


「へえ~」オルンは腕を組んで感心の声を零す。


「護衛として騎士団の部隊も降りてくるそうだ。だが、案内する俺たちが何もしない訳にはいかないだろう」


 そう告げるジードに、「おう」とオルンは頷いた。親指で自分を指差し、


「だからこその俺たちだろ?」


「ああ、そうだ」ジードは頷く。


「悪いな。市長直々に依頼された重要な仕事だ。こればかりはお前にしか頼めない」


「分かってるさ!」


 オルンは、バンバンッとジードの背中を叩いた。


「任せときな! お姫さんは俺らが守り抜いてみせるぜ!」


 頼もしい声でそう告げた。

 そうして、忙しく日々は過ぎて――……。



 およそ一カ月後。


「………ふゥ」


 おもむろに、重たい溜息が零れた。

 そこはダラスカ都市のギルドの一室。ギルド長室だ。

 そして、溜息をつく人物はジードである。


「やれやれだな」


 ジードは眉をしかめた。

 天都舟ノアも今や遠くに去り、喧騒もようやく落ち着き始めた頃だった。

 出来ることなら、ここらで一休みしたいところなのだが、どうも悩みとは絶えることがないようだ。


(……本当にやれやれだ)


 執務席に座るジードの前には、幾つかの書類が置かれていた。彼は今、その内の数枚を手に持っている。それらは最新の手配書だった。


「《紅の魔剣(クリムゾンエッジ)》。《黒の機兵団(ブラックドッグ)》。《海神の槍(グランドウェーブ)》。そして――」


 ジードは双眸を細めた。


「《自由の翼(フーリダム)》か」


 それらの名前を読み上げて、改めてジードは嘆息した。


「……ハイエナどもが」


 続けて、苛立ち気味にそう言い放つ。

 いま挙げた名は、近隣都市から届いたばかりの新たな強盗団の名前だった。

 どれも傭兵団を隠れ蓑にしている。いや、添付された情報によると、四つの旅団クランとも地方によっては傭兵団として活動をしているようだ。そこでは裏の活動はしない。だが、別の地方では強盗団ローバーになる。その近隣で指名手配までされたらまた別の地へと行くのだ。

 通信が使えない都市間の情報伝達はどうしても遅い。それを理解した上で姑息な移動を繰り返しているのである。


「それにしても一気に四つの旅団クランか」


 ジードは渋面を浮かべた。

 四つとも傭兵団としてかなりの規模であり、どの旅団も構成員が四十人を超えている。奴らは仲間同士ではないが、総勢で百六十名以上の無法者ということだ。


「間違いなく、うちの都市も狙われるだろうな」


 四つの旅団とも、この地域ではすでに強盗団として指名手配されている。

 ここでは強奪者でいるつもりだ。

 恐らく、奪えるモノはすべて奪って他の地に逃げる気なのだろう。

 何とも頭が痛い話である。

 手配書を机の上に放り出し、ジードは額に手を置いた。


「商団もそうだが、護衛に新人を斡旋したら、奴らに獲物を与えるようなものだな」


 そもそもベテランであっても厳しいだろう。一つの旅団クランだけでも四十人はいるのだから、数で圧倒されてしまう。


「相手がこの規模になると、目ぼしい連中に話をして討伐隊を組むしかないな」


 腕を組んで、ジードは思案する。

 最善としては、ギルドのベテランメンバーをかき集めて対応することだ。一つだけでも潰してしまえば、他の三つは警戒して別の地に逃走する可能性もある。


「討伐隊の候補としては……」


 出来ることなら対精霊機兵(アムドエレム)戦が得意なメンバーがベストだ。確実に精霊機兵アムドエレム同士の戦闘になるからだ。それを鑑みると、探検者シーカー魔獣狩り(ビーストハンター)よりも傭兵の方がいい。


「……やはり第一候補としては《旅人の盾(ザ・シールダー)》か」


 ジードは友人の旅団の名を口にした。

 しかし、いま依頼するには無理があった。

 何故なら例の要人がまだ帰還していないからだ。あれ(・・)の調査が想定上に興味深かったらしく、本腰を入れることになったそうだ。

 現在も発掘中のあれ(・・)がある炭鉱付近に簡易拠点を作り、今も調査に没頭しているという話だった。アルファレスの騎士団の部隊も護衛として残っているが、《旅人の盾(ザ・シールダー)》も継続して護衛していた。ほぼすべての団員を動員している状況だった。

 強盗団の多数発生は危険な状況だが、要人警護の仕事も同等に重要だった。


(流石に《旅人の盾(ザ・シールダー)》は外すしかないか。そうなると……)


 名のある複数の傭兵団に声を掛ければどうにかなるだろうか。出来れば、自警団の協力も仰ぎたいところだが、基本的に彼らの任務はダラスカ都市の防衛だ。あまり戦力を外に向かわせてしまうと都市の防衛が手薄になってしまう……。

 と、思案していた時だった。


 ――バンッ!


 いきなりギルド長のドアが勢いよく開かれたのだ。

 流石にジードもギョッとした。


「お、おい。ノックぐらいしないか」


「それどころじゃないです! ギルド長!」


 そう叫んで部屋に入って来たのは、ギルド職員の一人だった。

 年齢は二十代後半ほど。名はクロードと言った。受付を総括する幹部職員である。


「……緊急事態です。ギルド長」


 そう告げるクロードの表情は極めて険しかった。


「……何があった?」


 これはただ事ではない。そもそも緊急事態を口にするほどだ。

 ジードも表情を鋭いモノへと変える。


「ギルド長。どうか落ち着いて聞いてください」


 そう言ってクロードは執務席の前に立つと、より表情を険しくした。


「落ち着いてる。いいから話せ」


 そう催促するジードに、クロードはわずかに躊躇いつつも報告する。


「先ほど《旅人の盾(ザ・シールダー)》の団員の一人がダラスカに帰還しました。門兵が彼を保護しました」


「……保護だと?」


 ジードは眉をしかめた。傭兵を保護。キナ臭い匂いしかしない組み合わせだ。

 クロードは「はい」と頷き、報告を続けた。


「負傷した彼の話では調査隊の研究拠点が襲撃を受けたそうです。しかも彼の目測ですが、百機を超える精霊機兵アムドエレムの襲撃を」


「――百機だと!?」ジードは思わず立ち上がった。「馬鹿な!? 何だその数は!?」


「分かりません。彼の報告では本当に正体不明の集団だそうです。《旅人の盾(ザ・シールダー)》は要人と発掘隊を逃がすため、必死に応戦したそうです。騎士団の部隊も参戦したのですが、奇襲の混乱に加え、三倍以上の戦力差は埋めがたく……」


「……まさか……」


 ジードは茫然と目を見張った。

 クロードは沈痛な面持ちで拳を強く固め、「はい」と頷いた。


「《旅人の盾(ザ・シールダー)》及び騎士団の部隊は壊滅。発掘隊もです。奴らは非武装だった彼らにまで容赦なく……ただ、要人の行方だけは未確認です。襲撃の直前、彼女は数名の発掘員とあれ(・・)の付近で調査していたらしく、無事な可能性もあります。ですが――」


 クロードは、ギリと歯を鳴らした。


「正体不明の集団に、あれ(・・)まで強奪されてしまったそうです」


「……そうか」


 ジードは、ドスンと倒れるように椅子に腰を降ろした。

 そうして顔を隠すように、指を組んで沈黙する。

 クロードは、静かにギルド長の次の言葉を待っていた。

 ジードの体は微かに震えていた。

 正体不明の輩に対する恐怖ではない。激しい怒りでだ。



『任せときな! お姫さんは俺らが守り抜いてみせるぜ!』



 友が死んだ。殺された。

 この街で一緒に生きた長年の友人がだ。


(……オルン)


 まだ実感のない悲しみ以上に、怒りで脳が沸騰しそうだった。

 ギリ、と強く歯を軋ませる。

 しかし、ギルド長として決断しなければならない。


「……クロード」


 ジードは顔を上げた。名前を呼ばれたクロードは表情を引き締める。


「全職員に通達しろ。うちが把握するすべての傭兵、すべての探検者(シーカー)魔獣狩り(ビーストハンター)にもだ。連絡が取れる連中はギルドにかき集めろ」


 一拍おいて、ダラスカ都市のギルド長は告げるのであった。


「今ここに、俺は非常事態招集を宣言する」








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