第四章 イジュアール・クラフト①
その日、彼女は夢を見た。
これが夢であるということはすぐに分かった。
場所は、見慣れた精霊機兵の試験場。
それだけなら夢とは気付けないが、今ここは無人だった。
天井の照明も明るい。試験場が活動している証拠だ。
だというのに無人はあり得ない。ここは常に人が動く最も騒々しい場所だった。
だから、これは夢なのである。
彼女は状況からの分析でそう判断した。
ただ、夢だと分かる一番の理由はもっと簡単だ。
この夢は何度も見ているからだ。
「……………」
彼女は無言で自分の姿に目をやった。
大きな白衣に、赤いネクタイ。ブラウスまで黒い制服。
技術開発局の制服だ。見慣れた格好ではあるが、胸元が少し気になった。視線を降ろした時に足の爪先が見えるのだ。今の自分には無理なことだった。身長もいつもよりも数センチほど低く感じた。
(……やっぱりあの頃の私)
鏡がないので確認はできないが、恐らく十四歳の頃の自分だ。
彼女は顔を上げた。
目の前には、一機の精霊機兵が両膝を突いて待機していた。
当時の彼女が造った機体だった。
あの頃の自分のすべての知識と技術を注ぎ込んで造った機体だった。
だがしかし。
「………………」
彼女は無言のまま、微かに眉をしかめた。
これでもなお足りなかった。
あの人に喜んでもらいたくて。
あの人に死んで欲しくなくて。
最高の機体を造り上げたつもりだったが、自分はあまりにも未熟だった。
けれど、今は違う。
ようやく課題の突破口を見出したのだ。
その意志を感じ取るように、機体が変化していく。
彼女が構想する重力制御機構が織り込まれた精霊機兵へと。
同時に彼女の姿も変化していた。
みるみる成長していき、十八歳の今の姿に変わる。
身長は百四十九センチほどか。小柄で華奢な体に、大きな双丘を持つ少女である。さらりとした黒髪はショートボブだ。人形のようなとても美麗な顔立ちをしており、長方形型の眼鏡をかけている。淡々とした紫色の眼差しが印象的だった。
彼女の衣服もまた変化している。トップスは密着型のネイビー色の樹脂服。ノースリーブタイプだ。山吹色の大きな手袋を着けて、ボトムスには同色のカーゴパンツを履いていた。今の彼女が最も身に着けることが多い作業服だった。
彼女の名はシエル。
彼女こそが、シエル=フォン=ティルトスだった。
シエルは未だ一言も喋らず、機体を見上げていた。
すると、不意に隣に気配を感じた。
顔を向けると、そこには一人の青年がいた。頬に大きな傷を持つ精悍な青年だ。
彼は機体を見て満足げに頷くと、シエルの頭をポンと叩いた。
シエルは表情を変えなかったが、「……ん」と小さく呟く。
ややあって、青年はシエルの方を向いた。
シエルもまた、あごを上げて、青年の顔を見つめた。
彼がゆっくりとシエルの頬に触れる。
無表情のままだが、シエルの頬が微かに染まった。そして、おもむろに青年の左腕で腰を強く抱き寄せられた。両足が完全に宙に浮く。
「~~~~~~~っっ」
そして、不可抗力の長い沈黙が続く。
彼の腕を掴むシエルの背中が、ゾクゾクと震えた。
シエルの紫色の瞳が徐々に潤み始める。
それから彼女は――……。
……パチリ、と。
その時、おもむろにシエルは目を開けた。
『あれ? シエル?』
胸元から少女の声がする。シエルが目をやると、夢の中にはなかったペンダントがあった。緑色の宝石がはめ込まれたペンダントである。
彼女が製造した後期型人工精霊・メリッサだった。
『もしかして寝落ちしてた?』
「……そうみたい」
シエルはそう答えた。ここは固定された精霊機兵の操縦席だった。
シエル専用の試験機だ。新しい機構の調整と試験をしていたのだが、ここ最近の過労からか寝落ちしてしまったらしい。
『やめてよ。棺桶の中で寝るなんて』
「その言い方は止めて」
シエルは少しだけ不機嫌そうに言う。
「操縦席は棺桶じゃない」
すると、メリッサはクスクスと笑った。
『ごめん、ごめん。あなたの愛しい王子さまが乗る場所なんだしね』
「…………」
『もしかしてまた夢の中で逢ってたの? 何か嬉しそうな顔だったし』
「…………」
『図星かあ。けど、どんな人なの? シエルの王子さまって』
メリッサは生まれてまだ一年だ。シエルの想い人と面識はない。ただ、シエルがたまに夢に見るほど、強い想いを彼に寄せていることは知っていた。
「……とても優しい人」
シエルは、ポツリと答えた。
「凄く強い人。彼が笑ってくれると嬉しい。傍にいてくれると凄く安心する」
『なるほどね』メリッサは人工精霊らしく分析した。『要は包容力のあるタイプね。十四歳の頃の研究の虫だったあなたは、その包容力にやられてしまったってことね』
「…………」
『そんで四年間。彼のためにひたすら研究してる訳か』
「…………」
『少しは何か喋ってよ。一応恋バナだよ?』
ほぼ無反応な主人に、メリッサは呆れる。
『そんで待望の機体を愛しい人に届けて、褒めてもらいたいのね』
「…………」
『アハハ。むしろ嫁入り道具のつもりとか。自分ごと機体を貰ってもらうとか』
「…………」
『……え? シエルさん?』
冗談にまで返事をしないシエルに、メリッサは驚いた声を零す。
すると、
「……あの人には雇ってもらうつもり」
ポツリ、とシエルがそう返してきた。
「完成した機体は特殊なモノになる。構造を熟知した整備士は必要だから」
『……シエルさん?』
「そもそも操縦士と整備士はパートナーだから。一緒にいるのは当然のこと」
『……ええっと、シエル?』
メリッサは嘆息した。
『もしかして、あなたが時々見る夢って、褒めてもらうとか、頭を撫でてもらうとかの可愛い段階じゃなくてガチで際どいところまで行ってない? 愛のご褒美的な』
「…………」
シエルは再び無言になった。ただ、真っ直ぐ操縦席のモニターを見つめてる。
メリッサは『……おおう』と呻いた。そして、
『むっつりね』
状況を正確に分析したメリッサは、そう断定する。
『まさかそこまで計画してたなんて。なるほど。あなたは「叡智の聖女」じゃなくて「えっちな性女」だったということね』
「……壊されたい?」
シエルは胸元のペンダントに、冷たい眼差しを向けた。
が、ややあって、
「けど、それもまだ先のこと」
シエルは瞳を細めて小さな息を零した。
「この試験でも分かる。実用するにはデータが足りない。完成には程遠い」
『……まあ、そうね』メリッサも嘆息した。
『イジュアール聖ってのは本当に天才だわ。それを限定的でも超えるって話だから、データとサンプルがまるで足りてないわね』
「うん。だから」シエルは首肯した。
「今回は良い機会だった。新しいサンプルが研究できるから」
少しだけ高揚した声で、彼女はそう呟くのであった。




