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アトラスハウス ~竜狩りの機兵と、蛮族な嫁たち~  作者: 雨宮ソウスケ


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第五章 ロスト・コレクション①

(こんなに小さな子だったのか)


 それが彼女に抱いたユージンの第一印象だった。

 四年前、技術開発においては世界屈指と評される、アルファレス学術都市の技術開発局を友人の伝手で紹介してもらって訪れた。


 ユージンの望みは、新しい精霊機兵の開発だった。

 そのための潤沢な資金も用意していた。 魔獣狩り(ビーストハンター)は相当な高給取りでもあるのでそれは問題なかった。また、ユージンが魔弾の十三人の一人でもあったことで開発局も依頼を快諾してくれた。そして派遣されてきたのが、彼女――シエル=フォン=ティルトスだった。


 事前に女性局員だと聞いていたが、流石にユージンも驚いたものだ。

 なにせ、身長は百四十五センチにも届かない。

 スパナを持つのも大変そうな、とても小さくて華奢な少女だったのだから。


『……シエル=フォン=ティルトス。よろしく』


『あ、ああ。ユージン=アサルトだ』


 交わした握手の手は、やはり小さかった。

 それから、ユージンは一年半ほどアルファレスに滞在した。

 結論だけを言えば、機体そのものは依頼通りの性能とまでは言えなかったが、その精霊機兵アムドエレムは地下大神殿を突破するのに大いに活躍してくれた。

 あの機体でなければ、星核宮殿ステラズコアの外殻部にさえ辿り着くのは困難だっただろう。特に星核宮殿ステラズコアに到着した後に起きた最後の戦闘は、あの機体なしでは勝利などあり得なかった。また、相棒であるシドを製造してくれたのもシエルであり、ユージンにとっては大恩ある少女とも言えた。


(まあ、それ以前にあの子は……)


 優し気な顔をして、ユージンは瞳を少し細めた。

 そこは《アーススフィア》二階。寝室だ。

 回転椅子に足を組んで座り、ユージンは机の上でとある道具を分解していた。

 バラバラにされたそれは自動拳銃。精霊素エレムで弾丸を発射する銃だった。ユージンは器用な指先で自動拳銃を組み上げていく。


(……シエル)


 彼女はユージンにとって特別な子だった。

 依頼ではあったが、一年半にも渡って専属で機体の開発に従事してくれたのだ。ユージン自身も試験や調整に協力していた。当然、あの子とも親しくなっていった。


 研究室に籠り過ぎるあの子を外に連れ出しもした。それを嫌がるあの子は、よく部屋のどこかに隠れるのだが、あの子はどうにも隠れるのが下手だった。すぐに見つけ出すと、少し拗ねた顔をして、しばらく口をきいてくれなかった。


 食事も何度も一緒にした。というより、食べることまで面倒臭がるあの子の元に食事を持っていき、親鳥のように与えていた。最初は簡易食ばかりだったシエルも徐々に慣れてきて、ユージンの与える食事に対してだけは小さな口を開けて食べていた。


 ユージンにとって、シエルは手間のかかる妹のような存在になっていた。

 それは久しくなかった家族と過ごすような時間だった。だからこそ、別れ際、あの子に悲しそうな顔をさせてしまったことは、今も心に重く残っている。


『……ごめんなさい。私には無理だった』


 そう言って、あの子はユージンの腰にしがみついてきた。

 小さな体が震えていた。

 ユージンは、あの子の頭を撫でてやることしか出来なかった。


 ――カシャンッ!


 十数秒で完成させた銃を、ユージンはスライドさせる。


「……不備はないな」


 感触からそう呟く。と、


「ユージン」不意に声を掛けられた。「何をしているんだ?」


 それは、キングベッドの縁に腰を下ろしたトワの声だった。

 ボトムスには下着だけ。トップスにはユージンから拝借した白いシャツだけを着ている。ここ最近の彼女の寝間着姿だった。


「武器の点検だよ」自動拳銃を机に置いて、ユージンは答える。


「明日には斥候部隊の情報も揃う。これを使うことになるだろうからな」


「シエルという女の救出のためか?」


 トワがそう尋ねると、ユージンはトワの方に振り向いて「ああ」と頷いた。


「あの子は俺にとって妹みたいなものなんだ。シドにとっては生みの親だ」


「シドを造った女か」トワは双眸を細めた。


「その点は私も興味があるな。シドは私の目から見ても凄いからな」


「……シド」ユージンが天井に目をやってシドを呼ぶ。


「俺の声が聞こえるか?」


『はい。ユージン』シドが答える。『お呼びですか?』


「ああ。シエルについてトワに説明してやってくれ」


『承知しました』


 シドはそう答えて、自身の母について語った。

 名前、年齢、経歴、職業、性格など。

 そして最後に、


『彼女は伯爵家の令嬢でもあります』


「む。そうなのか?」トワは小首を傾げた。「やはり貴族は今もいるんだな。しかし、どうして伯爵令嬢が開発局で働いてたんだ?」


『シエルは幼少時から研究の虫だったそうです。ですが、貴族の令嬢は有力貴族との婚姻に利用されることが多く、シエルも政略結婚の相手が決まっていたそうです。それも三十歳以上も年上の男性と。それが嫌でもあり、シエルは自身で稼げるように技術を磨いたそうです。伯爵家もそれを黙認していました。大きなメリットがあったからでしょう。彼女が生み出した技術の特許権は伯爵家が所有していますから』


 そこで一拍おいて。


『ですが、今回の件で婚約は破棄されるでしょうね。噂であっても傷物の令嬢は忌避されますから。シエルにとっては、それだけが唯一の幸運なのかもしれません』


「――シド」


 ユージンが、鋭い声でシドの名を呼んだ。


「そうじゃない。断じて幸運なんかじゃない。あの子は今、命の危機に晒されているんだ。たとえ命は助かっても心に深い傷を負ってるかもしれないんだ」


 ユージンは、強い口調で言葉を続けた。


「それを幸運などと呼ぶな。そもそも、あの子が本気で結婚が嫌なら俺が外に連れ出してやればいいだけのことだ。何よりも大切なのはあの子の気持ちだろ。あの子の気持ちを軽視するのなら伯爵家など知ったことか」


 珍しく声を荒らげる。

 シドは『……すみません。失言でした。ユージン』と謝罪した。

 ユージンは「……いや」と呟き、小さく息を吐いて、


「俺の方こそ熱くなったか。すまない。シドがシエルの心を軽視してる訳じゃないのは分かってる。ただ、お前は状況分析が得意だからこそ感情を冷静に除外することがあるからな。分かっていても今回だけはな」


『……重ねてすみません。ユージン』


 シドは再び謝罪した。

 そんな二人の様子を、トワは静かに見つめていたが、


「……そっか」


 ややあって、小さく嘆息した。


「ユージンにとって、シエルという娘は本当に大切なんだな?」


 そう尋ねると、ユージンはトワを見つめた。


「ああ。大切だ」


 ユージンは即答した。トワは再び嘆息した。


「やれやれ。流石に今回ばかりは選定も免除してやるか」


 小さな声でそう呟いてから、


「まあ、その娘を救出することは大前提としてだ」


 トワは足を組んで、ユージンに問う。


「私の予見を言わせてもらうぞ。その娘が心に傷を負ったかどうかは関係なく、間違いなく悪評は広まるだろうな。運よく命が助かっても、一日以上も悪漢どもに囚われていたという事実は最悪だ。貴族なら尚更だろう。その娘は職場にさえ居づらくなるだろうな」


「……それは」


 ユージンは眉をしかめた。確かにその可能性は非常に高かった。


「もはや、これまでと同じような日々は過ごせまい」


「…………」


 拳を強く固めて、ユージンは沈黙する。


「そもそも考えたくないとしても、すでに心に深い傷を負っている可能性が高いのはどうしようもない事実だ。その場合、深く傷ついているその娘は、さらに世間から追い打ちをかけられるようなものだ」


「……何が言いたいんだ。トワ」


 ユージンがトワの顔を見据えて問う。と、トワは肩を竦めた。


「ユージンが自分で言ったんじゃないか。伯爵家など知ったことかって」


「……なに?」妻の言葉にユージンは眉根を寄せた。


「うん。私が思うに」


 トワは、くるくると自分の髪を指先で巻きながら告げる。


「その娘の心の傷を癒すことも、世間の悪評から守り抜くことも、きっと、もうユージンにしか出来ないことだと思うぞ」


「……それは……」


 ユージンは言葉を詰まらせた。すると、トワは「むむ」と呻き、


「まどろっこしくなってきたな。はっきり言うぞ。ユージン」


 一拍おいて、彼女は告げる。


「その娘を伯爵家から攫って娶れ。その娘を救うにはそれしかない」


 その発言から、十数秒の間が空いた。

 そして、


『「……………は?」』


 ユージンとシドが、同じタイミングで呆気にとられた声を零した。


「は? い、いや、何を言ってるんだ? トワ」


 流石にユージンも困惑した。


「俺にはもうお前がいるじゃないか」


「うん。その通りだ。ユージンには私がいる」


 トワは、ぽよんっと自分の大きな胸を叩いた。


「正妻は私だ。そこは絶対に譲らないぞ。ただ、私としては側室の一人や二人は構わないとも思っている。一夫多妻の制度や考え方は今でもあるんだろ?」


 そこでトワは少しだけ遠い目をした。


「私の時代ではむしろ一夫多妻の方が一般的だったんだ。生身で魔獣ビーストと戦うような生存戦争の最前線だった時代だぞ。名のある冒険者でも翌日には骸になってしまうような時代だ。考え方としては当然の帰結だった。私の知る勇者たちなんて全員嫁が沢山いたぞ」


「いや、え……」


 初めて聞く妻の考えと価値観に、ユージンは唖然とするばかりだった。

 さらに、トワはこんなことを言う。


「ユージンには」


 それは、今回の件についての根本的な問いかけだった。


「その娘を見捨てられるのか? 命だけではない。心もだ」


「見捨てられるはずもないだろ」


 これに関しては、ユージンは即答した。


「大切な子だ。努力も出来る子だ。幸せになるべき子なんだ」


 ユージンは、拳を強く固めた。


「あの子の幸せを邪魔しようというのなら、俺はそれを力尽くにでも排除する」


「はは、なら答えは出てるじゃないか」トワは微笑んだ。


「けど、一夫多妻が当然でも、そうじゃない女だっていたんだからな。私の時代でも、そこはあくまで個人の主義と同意の上でだった。だから、私の寛容さに感謝するんだな」


 しばし沈黙が降りる。

 そして、


「……トワ」


 ユージンは深々と溜息をついた。


「正直、トワの結論は飛躍しすぎてるし、あの子の気持ち自体は完全に置いてけぼりにしてないかと色々と思うんだが……」


 と、前置きしつつ、


「俺は根無し草だ。一夫多妻の街や国にも赴いたことがあるし、それに関しては俺も個人の主義だと思ってる。だから、トワの提案する解決策は……一旦保留だ」


『……ユージン。確認ですが、それは今回の状況次第では、トワ同様にシエルも妻に迎える可能性があるということでしょうか?』


 と、シドが尋ねてくる。ユージンは渋面を浮かべつつも、


「まずシエルの気持ちと状況を確認してからが大前提だぞ。あの子ももう十八歳だ。辛い状況でも支えてくれるよう恋人がすでにいるかもしれないだろ。ただ、今回のせいであの子が逆境に立つことが避けられないのはもう確実だ。頼れるような人間もおらず、あの子が本当に辛いと思うのなら、俺は何がなんでも助けるつもりだ」


 そう告げた。それから深く嘆息し、


「可能な限り穏便な結果にするつもりだが、手段自体は強引にもなるだろうな。そこまでしてあの子を連れ出しておいて他の街の知り合いにでも預けるのか? あり得ないな。そこまでするんだ。人生を共にすることは当然だ」


『……おお。そうですか。なるほど。そうですか』


 と、シドはどこか嬉しそうに呟く。

 ユージンは再び小さく嘆息してから、おもむろに立ち上がった。そのままトワの方へと向かい、ベッドの上に座っていた彼女の腰を両腕で掴んで持ち上げた。


「それはともかくだ。トワ」


 ユージンは半眼になって、掲げた妻を見つめた。


「俺は確かにシエルを大切に思ってるさ。それは兄妹のような絆だが、きっとトワには俺の本質のようなモノが見えてるんだろうな。俺を欲張りだとも言ってたしな」


 そこでかぶりを振りつつ、


「しかしな、これはちょっといきなりすぎだぞ。文化や世代感の差があるのは当然だとは思ってたが、流石に新婚の妻から一夫多妻を薦められたのは衝撃的だった。改めて言っとくが、俺は本気でトワを愛しているんだからな」


「うん。知ってるぞ」


 そう返してくるトワを、ユージンは半眼のまま睨みつけた。


「いいや。知っていても実感しきれてないな。その点は俺も悪かったか」


 一呼吸入れて、ユージンは言う。


「どうもトワに愛を伝えきれていなかったみたいだ。今夜は改めてそれを伝えるぞ。今までみたいに加減なんてしないからな」


 その宣言に対し、数秒以上の間が空いた。

 そして、


「………………へ?」


 思わず目を丸くするトワだった。

 かくして。

 今日も夜は更けていくのであった――……。








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