第三章 奥さまはとんでもない④
実のところ、『冒険者ギルド』という名前はすでにない。
今の名称は『探検者支援ギルド』だ。略称でギルドと呼ばれることが多い。
途方もなく広大で自然豊かな大地であるラスティリアは、今なお未踏の地が多い。
現時点で確認されている七つの大陸の中でさえ完全に踏破された大地はなく、人が暮らす地域は全体の三割にも満たないと言われている。
そんな未踏の世界へと踏み入れ、新たな資源を見つけ、新たな地図を描き上げることを生業とした職業がかつての冒険者であり、現代の探検者たちなのである。
だが、時代と職業は多様化している。探検者と共通点が多い傭兵や魔獣狩りに対してもギルドは仕事の斡旋や補助を行っていた。また、国境さえも越えるギルド運営の銀行も大変便利であり、今や旅する者なら誰もが利用する組織がギルドなのである。
「まあ、実際のところ、今のギルドは何でも屋だな」
運搬車両の中でユージンが説明する。
「ギルドカードで探検者、傭兵、魔獣狩りを分類してるが、別にその業種に合わせた仕事しか受けれない訳じゃない。依頼受託金をギルドに預けて依頼を受け、失敗したり、理由もなくキャンセルした時はそのまま受託金をギルドに渡すことになる。成功したら、受託金は返却されて報酬金が支払われるシステムだ」
「へえ。昔と違うんだな」
ユージンの隣に座るトワが言う。
「昔はランクがあったぞ。F級からS級だ。受託金とかはなかったけど、ランクに合わせて依頼は区分けしていたな。今は違うのか」
「……え? 昔ってそんなランクがあったの?」
ラグがトワの言葉に目を丸くした。
「ランクなんて聞いたことないな。昔っていつぐらいだ? なんで今はないんだ?」
愛らしく小首を傾げてそんな疑問を抱くラグに、
「ああ。それはな」ユージンはトワを一瞥してから苦笑を浮かべた。
「きっと、精霊機兵が比較的に安価で普及されてきたからだろうな。精霊機兵の性能次第で依頼達成率も全然変わるからな。正確にランク付けできなくなったんだよ」
「……う」トワは少し気まずそうな顔をする。
「そうなのか? なら、ランクがなくなったのは私のせいなのか?」
「一概にそうでもないと思うぞ。性能を向上させたのも、安価になったのも後の人間たちの努力の結果だからトワは関係ないしな」
愛妻の髪を撫でながら、ユージンは優しい瞳で言う。
一方、ラグは話の流れが分からず、少し不思議そうな顔だった。
「たぶんこれから行くギルドは、トワの知っているモノと系譜的には同じだと思うが、印象はだいぶ違うかもしれないぞ」
「うん。けど、それはそれで楽しみだぞ」
トワはニカっと笑った。
そうして――……。
――がやがやと。
その建物内は騒々しかった。
六階建ての建屋の一階。とても広いフロアだ。
「ふおお……」
トワは目を輝かせた。
(これが今の冒険者ギルドなのか)
トワは周囲を見渡した。
奥には受付。その前にはテーブル席。トワの知る時代では酒場のような感じだったと記憶しているのだが、飲食も出来るようで構造自体は変わっていない。壁には依頼ボードがあり、多種多様な依頼が張られている。これも懐かしい。そしてこのフロアには明らかに一般人とは違う気配を持つ荒事に慣れたような人間たちがいる。それが一番懐かしかった。
ただ、流石に違う点もある。
(やっぱり、もう剣とかは持っていないのか)
トワはまじまじと観察しながらそう思う。
全員がユージンのような軽装だった。中には密着型の操縦士服を着た者もいた。
冒険者と言えば、昔は鎧を纏い、剣や槍を持っていた。
または三角帽子とローブを羽織り、大きな杖を持つ者もいた。当時、魔法使いだったトワもそんな格好をして、冒険者ギルドを活用していたものだ。
(けど、意外と想像以上に面影が残っていたな)
トワは金色の双眸を細めた。
時の流れで人の格好は変わったが、雰囲気そのものは変わっていないようだ。
昔と変わらないモノを見ると、やはり嬉しくなってきた。
一方、ユージンとしては少し複雑だった。
(ここは荒っぽい人間も多いからな)
強盗団のような犯罪者ではないが、荒事寄りの仕事をしているのには違いない。そんな場所にトワとメイド服姿のラグを連れてくれば、当然ながら注目を浴びていた。トワたちに声でも掛けたいのか、数人の男たちはそわそわとしているようだが、今はユージンが傍にいるため、動かずにいるようだ。
(しかし、過保護すぎるのもよくないか)
ここまで来た以上、少し前向きにも考える。
ギルドはこれからもよく使うのだ。トワも慣れていた方がいいだろう。
(それに、そろそろラグに狩りを見せてやるのもいいかもな)
ラグは今やユージンの弟子だ。
教え始めてまだ一週間も経っていないのだが、彼女は呑み込みが素晴らしく早かった。精霊素による身体強化もそうだが、《アトラス》の操縦もだ。
精霊機兵の動力である精霊素は生物なら誰でも放出は出来る。ただ、多くの操縦士はそれを大雑把な感覚だけで放出していた。言わば垂れ流しのような状態だ。
だが、それにも理由がある。精霊素量はある程度なら精霊機兵の方で自動調整してくれるため、わざわざ操縦士が調整しなくてもいいからだ。そして、調整は技術としては非常に難しいということもあり、精霊素の操作を習得する者は少なかった。
しかし、その技術こそが一流の操縦士の第一歩なのだ。一流にとってはまさに基礎であり、身体強化や聖術の使用にも繋がる高等技術でもあった。
そして、ラグは一週間に満たない期間で、その入り口程度には立っていた。今のラグなら強化した身体能力だけで、彼女を襲った男たちを撃退することも可能だろう。
(本当に大したものだ)
ユージンは少し嬉しくなっていた。
初めての弟子で師匠馬鹿と呼ばれそうだが、この子は天才だと思っていた。
だからこそ、一度実戦を見せてみるのもいいかと考えていた。
(……うん。そうだな)
ユージンは無言でラグの頭をポンと叩いた。
ラグは顔を上げて、「師匠?」とキョトンとしている。
「ラグ。折角ギルドまで来たんだ。依頼を受けてみるか?」
「え?」ラグは目を丸くした。
「依頼って何の? オレが受けるの?」
「いや、受けるのは俺だ。魔獣狩りの依頼があればな」
ユージンは苦笑を零した。
「俺の本業は魔獣狩りだからな。だが、その姿を弟子のお前に一度も見せていなかったと思ってな。むしろ俺の仕事は最初に見せておくべきだったかもしれないな」
「いや、師匠が無茶くちゃ強いのはもう知ってるよ?」
ラグは真っ直ぐな瞳でそう言うが、ユージンはかぶりを振った。
「人間相手と魔獣はまるで違う。お前は魔獣狩りになることが夢なんだろ? なら、魔獣と対峙する経験をしておいた方がいい」
「ああ~、確かにそうだな」トワも頷いた。
「魔獣の威圧は本当に凄いぞ。一流の戦士でも身を竦ませるぐらいだ。初見だったら大抵腰を抜かしてしまうな。安全な時に経験する方がいいぞ」
そう告げた。
「お、おう。そっか?」
魔獣狩りでないトワの言葉に、ラグは妙な説得力を感じた。まあ、生身で魔獣と戦っていた時代の人間の言葉なので説得力がにじみ出ているのだろう。
それはともかく。
「よし。二人とも異論はないな。なら、早速依頼を受けるか」
方針を固めるユージンだった。
しかし、残念ながら方針通りには進められなかった。
何故なら、想定外の事態がこのすぐ後に発生したからだ――。




