第三章 奥さまはとんでもない③
ダラスカ都市。
そこは人口が二万人に至る、地上における最大級の都市だった。
城砦都市でもあり、その防壁の高さは百メートルを超える。大型魔獣の襲撃にも備えた巨大防壁だった。中央には都市の端からでも見えるイジュアール聖教の大聖堂。広大な都市内には鉄道網も敷かれ、巡回列車も活用されている。この都市が発展している証だ。
しかし、百人単位の大人数や、大量の物資を運搬可能な巡回列車は便利ではあるが、どこから魔獣が現れるか分からない別都市にまでは鉄道を敷けてはいなかった。
従って、外部からの流通や移動は旅団車両が主流だ。また巡回する主都である天都舟を利用することが多い。それが地上都市の特徴の一つだった。
また、五千人規模以上の都市にはもう一つ特徴があった。
それは、俗称で『工場区』と呼ばれる区域があることだった。
正式名称はそれぞれの都市で違うのかもしれないが、どの都市においても大体は防壁のすぐ傍に工場区は築かれていた。工場区とは、簡単に言えば来訪者用の旅団車両や精霊機兵の有料格納庫である。流石に街中を見知らぬ精霊機兵に闊歩されるのは治安的に問題だからだ。
ただ、工場区にあるのは格納庫だけではなかった。
危険な外から来た以上、精霊機兵が損傷している場合も多い。そのため、自然とそこには工房や整備工場も造られ、中には精霊機兵自体を販売している店舗もあった。
そんな彼らをターゲットに飲食店も集まり、そこは大都市の中で独立した工場街のような場所だった。
なお工場区に対し、それ以外の場所を『一般区』の俗称で呼んでいた。
一般区に入るには、精霊機兵は工場区に待機させなければならい。
当然ながら、ダラスカ都市に来訪した《アトラス》も例外ではなかった。
(さてと)
両膝を突いて待機する《アトラス》を背に、ラグは格納庫から出た。
それから公道のバス停にまで移動して、都市が運営する運搬車両に乗った。
車両が走り出して一般区へと向かう。
目的の場所は一般区にあるホテルだ。そこにユージンたちが泊まっている。ラグもそのホテルに泊まっているのだが、昨夜は《アーススフィア》で宿泊した。
別に都市内であっても《アーススフィア》で宿泊すればいいのだが、都市で過ごす時は出来るだけその都市の施設を使おうというのが、ユージンの方針だった。
愛妻であるトワに、少しでも今の世界に触れて欲しいという願いからだ。
(トワさんは、やっぱどっかのお嬢さまなのか?)
運搬車両に揺られながら、ラグはそう思う。
どうも、トワは世間と感覚がずれている感じがする。印象としては箱入り娘だ。
(もしかすると、師匠はどっかの名家のお嬢さまと駆け落ちしたのかもな)
ふと、そんなふうにも思えた。
ラグはまだ二人の素性を詳しく聞いていない。だからこその率直な感想だ。
そういう印象があの二人にはあった。ただ、トワの方はお嬢さまというよりも、まるで蛮族の嫁のような思想を持っていたのだが。
(ま、まあ、オレも受け入れちまった以上、もう蛮族の嫁なんだけどさ)
ふにふにと頬を動かして、少し火照る顔を誤魔化した。
そうこうしている内に、運搬車両はホテル近くのバス停に到着した。
ラグは料金を払って運搬車両を降りた。
ホテルまでは徒歩で五分もかからなかった。
六階建ての中級ぐらいのホテルだ。それでも探検者などが好んで使う、昔ながらの安上がりな宿よりは遥かに上等だった。
一階はエントランスホールだ。一角にはレストランもある。
すると、
「お。来たな。ラグ」
二階に上がる前に声を掛けられた。ラグが目をやると、そこにはトワがいた。レストランのテーブルの一つに座っている。
当然、彼女の前には夫であるユージンの姿もあった。
「おはよう。ラグ」
ユージンは瞳を細めて優しく笑った。
(……はう)
師の優しい笑みに朝から少しときめきつつも、ラグは二人と合流した。
「なあ、ユージン。今の時代には『魔王』はいないのか?」
それはラグが合流する五分前のことだ。
レストランで朝食を終えたアサルト夫妻。食後のコーヒータイムを楽しんでいたところ、妻であるトワが、夫のユージンにそんな質問をしてきたのだ。
「……魔王?」流石にユージンも目を丸くした。
「魔王がいるなんて聞いたこともないが、三百年前にはそんなのがいたのか?」
「え? ホントに今はいないのか?」トワは驚いた顔をする。
「昔は時々いたんだぞ。どいつも精霊素量にずば抜けて恵まれた連中だった。私が精霊機兵を造る前は剣とか魔法が主流の時代だったからな。精霊素量が多いと魔法の威力も身体能力も寿命さえもまるで変わってくる。精霊素量の多さが強さのすべてだった。そういう連中は自分の大きな力に酔って、街とか支配して王さま気取りだったんだ」
懐かしそうにトワは瞳を細めた。
「ラグを見てあの頃を思い出したんだ。ラグは中々の精霊素量に恵まれていたからな。あの子は何気に準魔王級だぞ」
一拍おいて、
「懐かしいな。地上にいた頃は三十年に一度ぐらい『勇者』を名乗る奴が私のところにやって来たんだ。魔王討伐に力を貸して欲しいとな」
「……それはまた、本当に御伽噺だな」
世代が違いすぎる妻の台詞に、ユージンも遠い目をした。
「ちなみにユージンを分類するなら大々々魔王級だな。私も初めて見るレベルだ」
「……いや、俺も魔王なのか?」
ユージンは一瞬困った顔をするが、少し悪ふざけを考えて、
「……やれやれ。余は支配などに興味はないのだがな」
コーヒーを片手に、魔王とやらを意識してそんなふうに嘯いてみた。
ただ、本人の意図に反して全く悪ふざけに見えない。
その静かな声色と、優雅な仕草には王の威光が窺えるほどだった。
夫のそんな姿に、トワは大きく目を見開いた。
「ふおお……」
ユージンに向けて両腕を広げる。トワが甘える時の「抱っこして」のポーズだった。どうやら無意識に両手が動いてしまったようだ。
「いま無茶くちゃドキドキしたぞ。何だ? これ?」
そんな感想を言うトワに、ユージンとしては苦笑いするしかない。
ややあって「ま、まあ、そうだな」と呟いて、トワはコホンと喉を鳴らし、
「今の時代に魔王が一人もいないのは少し寂しいな。昔は現れるたびに『ああ、もうこんな時期なのか』って感じだったんだが」
「……風物詩扱いなのか。魔王というのは」
ユージンが呆れるように言う。
「けど、その魔王と名乗るような輩が出てこなくなったのも、トワが精霊機兵を造ったおかげなんだろう? なら、いなくなってよかったんじゃないか?」
ユージンがそう尋ねると、トワは腕を組んで「う~ん」と呻いた。
「まあ、確かにその通りなんだが、実は元々精霊機兵は対魔王戦用の強化服がコンセプトだったんだ。初期はもっと小さくて装着型だった。そこからついでに対魔獣戦も想定して改良を続けた結果、あの巨体になったんだ」
「そうなのか? それは伝承にもなかった話だな」
ユージンは興味深そうに耳を傾けた。トワは「うん」と頷き、
「魔王は生身で戦うと結構手強いんだ。正直、魔王を名乗る奴が現れるたびに私が引っ張りだされるのが面倒になってな。あの頃は各国が笑えるほど資金もくれたし、私も調子に乗って思いつく限りの対魔王戦用の武器とか兵器とか造ってたな。精霊機兵はその一つだ。まあ、途中から脱線して、もう魔王とか全然関係なく結構な数の作品を造ったぞ。ある意味、魔王のおかげだったから、いないとなるとやっぱり少し寂しいな。だから」
そこでトワがニカっと笑う。
前置きが長くなってしまったが、ここからが本題だった。
「そう。私は寂しいんだ。だから昔からあるモノが見たいんだ。ユージン」
そうして彼女は願う。
「今日こそ私を『冒険者ギルド』に連れていけ。この街に来てもう一週間だぞ。何だかんだと言って誤魔化すのはもうなしだからな」




