第三章 奥さまはとんでもない②
「え? 郵送屋のお嬢ちゃん? 転職したの?」
「ま、まあ、色々とあって……」
ダラスカ都市の受付にて、最初に会った兵士とそんなやりとりをしつつ。
都市に到着して、瞬く間に一週間が経過した。
「……ん」
おもむろにラグは目を覚ます。
「……ん、んん……」
声を零しながら、上半身を起こした。
そこは《アーススフィア》の地下だった。ここはバスルームやトイレ、洗濯機などがあるランドリールームなのだが、客人用に予備ベッドもあった。左右の壁の中に収納されているのである。最大で四人までここで睡眠をとることが出来た。
現在はそれぞれのベッドを中心に、改めて部屋として改装されて、奥のランドリールームに続く通路を挟んで、四つの部屋が造られていた。
ラグはその部屋の一つを自室として使っていた。私物もいくつか置いてある。
「ふわあ……」
大きな欠伸をするラグ。
続けて、手をあちこちと動かす。
ややあってベッドの端に落ちていた革ベルトを掴んだ。
半分目を閉じた状態で、ラグは革ベルトを自分の首に装着した。
それからランドリールームの洗面所まで行って顔を洗うと、まだ寝ぼけ眼のままパイプ梯子を昇っていく。一階のダイニングキッチンに移動すると、キッチンに行き、トーストを焼いてコーヒーを入れた。
その間もまだ眠そうなのだが、手はテキパキと動く。
ラグはトーストとコーヒーを持ってソファーに座ると、トーストを食べ始めた。
もぐもぐもぐと口を動かしていると、
『……ラグ』
不意に声を掛けられた。シドの声だ。ラグは「うあ~」と顔を天井に向けた。そこにシドがいる訳ではないが、何となくだ。
『今はユージンもトワもいませんが、気が抜けすぎですよ』
シドは嘆息する。
『その恰好はなんですか。仮にもメイドが』
今のラグは下着代わりの黒いタンクトップに、ボトムスは下着だけという姿だった。褐色の腕も足も剥き出しであり、あまりにも無防備な姿だった。
『本当にあなたは今まで女性であることを隠せていたのですか?』
シドの率直な疑問だった。こんな緩みきった状態で飢えた狼のような強盗団の中で過ごせていたとはとても思えなかった。
すると、
「隠せてたよぉ」ラグは大きな欠伸と共にそう答えた。
声に少しばかり張りがある。徐々に頭が目覚めてきたようだ。
「前はマジで毎日気が張ってたからな。こんなリラックスしたことなんてなかった。だから、今はちょっと反動が出てるのかも」
もぐもぐと口を動かしつつ、そう答えるラグに、
『トワはともかく、普段ならユージンもいるのですから注意してください』
と、シドが言う。
「……うぐ」ラグは少し呻いた。
実は少し前にトワにも同じような警告をされていた。
雑な格好で室内を動き回るのは、これが初めてではないのだ。
『……私は別にいいんだ。もう奥さんだから』
自分のことを棚に上げて、トワはラグの顔をぐわしと掴んで言った。
『だが、お前はまだなんだぞ。無防備な姿で室内を歩き回るな。いいか。お前はもう少し恥じらいを憶えろ。さもなくば』
あまりに無感情すぎてヒト科とは思えない瞳でラグを見据えて、こう告げた。
『十六まで待たないからな。前にも言ったが、私の時代では今のお前の年齢でも嫁になった者もいるんだ。前倒ししてユージンに恥じらいを教育してもらうからな』
『ひ、ひぐっ!』
瞬時に様々なことを想像して、ラグは青くなったり、赤くなったりした。
ごくりと喉を鳴らして、
「き、気を付けるよ」
もじもじとしながら、ラグはそう返した。
「けど、昨日は夜遅くまで自主練してからな。つい気が緩んじまったと思う」
『そうですね。あなたは頑張り屋さんではありますね』
少し優しい声でシドがそう告げた。
『疑似戦闘も含めてシミュレーションの成績も上々ですよ。素晴らしいです。これなら《アトラス》の予備操縦士を務められる日も近いことでしょう』
「そ、そうかな?」
ラグは嬉しそうに笑う。
「オレ、『師匠』のお役に立てるかな?」
師匠とはユージンのことだ。操縦士としての手ほどきを受け始めたラグはユージンをそう呼ぶようになっていた。ちなみにトワのことは『トワさん』と呼んでいた。
『それは間違いないでしょう。予備操縦士がいるだけで負担は大分違いますから』
「うん。そっかあ」
ラグは向日葵のような笑顔を見せた。本当に嬉しそうな顔だった。
一方、シドは『ですが』と続けて、
『《アトラス》の操縦席で行うシミュレーションはあくまで仮想です。過信は禁物です。実際の敵と対峙した時の緊迫感は再現できませんから』
一拍おいて、
『昨夜のように無理な自主練もお勧めはしません。休息も大切です。ユージンにとってあなたは初めての弟子です。とても大切に育てられていることをお忘れなく』
「う、うん」顔を赤くしてラグは頷いた。
「シド。昨日は遅くまで付き合ってくれてありがとう。今後は気を付けるよ」
そう告げて、ラグは立ち上がった。
シンクに空になったトーストの皿とカップを持っていて洗う。
そうして、
「そんじゃあ、服を着替えたら、オレも師匠たちのところに行くよ」
『はい。いってらっしゃい。ラグ』
シドはそう応えた。




