第三章 奥さまはとんでもない①
翌朝。《アトラス》は草原を疾走していた。
脚部の無限軌道を使い、高速機動で進んでいる。
『いやはや』
操縦席にて、シドが言う。
『結局、トワに押し切られる形になりましたね』
「別に構わないさ」
操縦桿を手に《アトラス》を動かすユージンが苦笑を浮かべた。
「俺にとってトワの気持ちは最優先だ。それに俺の方にもラグを見捨てるという選択肢はなかったからな。トワの判決は有難い」
『三権分立を完全無視した強権でしたがね』
シドも苦笑じみた声で言う。
『私もそれでいいと思います。ラグのことはそれで押し通しましょう。あと、問題があるとすれば強盗団どもの本隊でしょうか』
シドの指摘に、ユージンは「そうだな」と呟く。
「しばらく連絡がなければ分隊を探しに来るだろう。ただ、あの現場から誰の仕業かを特定するのは不可能だろうな。このまま放置しても問題ないと思うが――」
そこで双眸を細める。
「ラグの精神的負担や、安全面を考えると奴らは完全に潰しておく方がいいな」
『では、街に到着したらギルドに行きますか?』シドが提案する。『ラグの話では奴らはこの近隣でもすでに指名手配されているそうですから。情報があるかもしれません』
「ああ、そうしよう」ユージンは頷く。
「強盗団狩りか。依頼があるのなら久しぶりに引き受けてみよう。長年ラグを苦しめた代価に奴らには当面の生活費になってもらうのが妥当なところだろう」
ただ、と言葉を続ける。
「その際は、トワは街に置いていくつもりだ。不機嫌になるかもしれないが、正直、クズであることが確定しているような輩をわざわざトワに会わせたくない」
『ラグの方はどうします?』
シドの問いかけに、ユージンは淡々と答える。
「当然、ラグの方も置いていくさ。嫌な想いをさせる必要もないからな。何より、今のあの子はそれどころじゃないだろう?」
一拍おいて、優し気な笑みを見せた。
「なにせ、これから憶えなければならないことが沢山あるからな」
◆
「……コーヒーを入れたよ」
同時刻、《アーススフィア》一階にて。
ラグはホットコーヒーをソファーに座るトワに差し出した。
トワは「ありがとう」と告げて、ホットコーヒーを口にする。
「ん。良い味だ」
そう告げて、ラグの方を見やり、ニカっと笑った。
「たった一日だけど、少しは馴染んできたじゃないか」
(……ううゥ)
ラグは内心で呻いた。
それから恥ずかしそうに短いスカートを両手で掴んだ。
今のラグの姿は、見事に刷新されていた。
ふわりとした金髪の上には白いカチューシャ。首には革製のベルトを着け、体には白と黒で彩られるメイド服を着ている。丈の短いスカートからは褐色の美脚が伸びていた。スカートで見えないが、太ももにはホルスターを付け、小さな自動拳銃を忍ばせていた。前日と同じなのは、ゴーグルを首にかけているところぐらいか。
トワの護衛も兼ねた武装メイド。それが今のラグの立場だった。
「本日をもって、国主に仕えるメイドの刑に処す!」
それが先日のトワの判決だった。
意味の分からない判決だった。ラグはもちろん、ユージンとシドも呆気に取られていると、トワは腰に手を当てつつ、豊かな胸をたゆんっと揺らして、
「国主への無期限の奉仕だ。就労をもって罪を償ってもらう」
そう説明した。さらに指を立ててニカっと笑い、
「だが、奴隷扱いはしないぞ。休暇も給与も与えよう。さらには教育もだ。お前が望むのならユージンが精霊機兵の操縦の手ほどきもしてくれるぞ」
「―――え?」
ラグは目を見開いた。ユージンも少し驚いた顔をして、
「……いやトワ。俺は誰かに操縦を教えたことなんてないぞ」
「なら、これも経験だ。優しく教えてやれ」
トワはそう返した。破格の対応にラグは目を瞬かせるだけだ。
「さて。話は決まったな。ではまず形から入るか」
そう告げて、トワはラグを連れて、二階の寝室へと上がっていった。
ユージンには「着替えだから来るなよ」と告げた。
そうして、ラグはメイド服に着替えさせられたのだ。
「ユージンに喜んでもらうために準備中の服だったが、役に立ったな」
トワは満足げに言う。ちなみに胸のサイズはその場でトワが調整した。
「けど、贖罪の奉仕だしな。拘束がないのもダメか。そうだな、なら……」
トワはクローゼットの奥から小さな革ベルトを取り出して、ラグの首に着けた。
「これならファッションにも見えるな」
トワはニカっと笑った。ラグは未だ状況についていけずにいたのだが、
「……さて」おもむろにトワが真顔になった。
そして、
「そろそろ本題に入るぞ」
そんなことを切り出した。さらにトワは言葉をこう続けた。
「ラグ。お前、ユージンのことをどう思っている?」
「……え?」
唐突な問いかけに、ラグは目を見張った。
トワは真顔のまま、ラグの胸を指先で突いた。
「助けられてどう思った? お前の心はどう感じた?」
「え、あ……」
ラグは自身の胸元を両手で掴んで後ずさった。足がベッドに当たり、トスンっと腰からベッドの上に倒れ込む。
(……そっか、そうだったんだ……)
ラグはようやく自覚した。
ずっとあった胸の痛み。これはきっと恋の痛みだった。
(オレはあの人のことを、ユージンさんのことを……)
それは初めての感情だった。
初恋だったからこそ、気付くのが遅れてしまったのだ。
それから改めて思い出す。
トワが、ユージンの妻であるという事実を。
「……………」
トワは無言で、ベッドにて転ぶラグの上に移動してきた。
ここに至ればラグも流石に察していた。トワの言う本題とは何なのか。
――温情は与えてやった。だが、調子に乗るなよ。
要は、必要以上に夫に近づくなと釘を刺してきたのだ。
(……そうだよな。当然だよな)
ラグは唇を噛んだ。
破格の扱いを受けているのだ。それを裏切りで返すなど恥知らずの行為だ。
(……初恋は実らねえって言うしな)
生まれたばかりのこの気持ちは静かに消さないといけない。
とても寂しく思う。辛いとも思う。
けれど、これもまた罰なのだと思った。ラグは覚悟を決める。と、その時。
「YESか、NOで答えろ」
ラグの頬に触れて、感情のない顔でトワが問う。
ラグは一瞬迷いながらも「……YESだ」と答えた。
続けてすぐに「けど」と自分の決意を告げようとした時だった。
「……ん、そっか」
トワはすうっと瞳を細めた。
そうして、ぐわしっと両手でラグの頬を挟んで掴んだ。
「聞け。お前は今、十三らしいな。私の時代では十六で結婚は珍しくなかった。地域によっては十三でも結婚する者もいた」
「お、おふっ?」ラグはパチパチと目を瞬かせる。
「聞け。ラグ。今日からお前は私のメイドだ。誠心誠意仕えよ。今日からお前はユージンの弟子だ。一心不乱に修練に励め。そして三年後だ。三年後、お前が十六歳になった日には――」
トワは真顔で言う。
「ユージンの女になれ。今日から日々懸命に女を磨け。ユージンに相応しくあるようにだ。来たる日に確と愛されるようにな」
……………………………………………………。
………………………………………………。
………………………………………。
数十秒の沈黙が降りた。
そして、
「――何言っての!? あんた!?」
当然ながら、ラグは愕然とした表情で叫んだ。
「お前は、正妻たる私に側室候補として見初められたということだ」
ラグの両頬を掴んだまま、トワは言う。
「今の段階ではあくまで資質の話だがな。今の時代では一夫多妻は珍しいか? だが、今も魔獣が跋扈する世界だぞ。子は多く残すべきだろう」
続けて、そんな持論を告げた。
「い、いや、世間に一夫多妻がねえって訳じゃねえけど……」
「ならよし。というより、トワイライト法では一夫多妻が推奨されるのだ」
「い、いや、いやいやいや。ええぇ……」
ラグはただただ困惑するだけだった。一方、トワは言葉を続ける。
「一夫多妻はメリットも多いからな。たった二人で子供を育てるなんて大変じゃないか。けど妻が多ければその問題も解決できるだろう?」
一拍おいて、
「経済面でも家事を分担しながら働けば余裕も出るだろうし。奥さんが多い大家族なんて当たり前だと思うぞ。昔はそうだった。今は違うのか?」
「い、いや、あんたのいう『昔』とかの感覚がよく分からないんだが……」
ラグが困惑していると、
「そもそも、メリット以前に問題があるのだ」嘆息してトワは言う。
「ユージンは体力お化けなんだ。本当に無尽蔵なんだ。私がそういったことにずっと無関心で無知だったこともあるんだけど……私が疲れ切って意識を失うなんて余程のことなんだぞ。それが毎回なんだ。いつもくたくたになるんだぞ」
いきなりの赤裸々な告白に、ラグは「ふへっ!?」と顔を赤くした。
「奥さんとして私はよわよわなんだ。ユージンに申し訳ない。だから私の体力的にも二人目の選定の前倒しを考えていた。正直、二人目は適齢期が良かったのだが……」
トワは真顔でラグを見つめる。
「お前はまだ幼いからな。そこだけは残念だ。あくまでまだ候補だな」
「ふ、ふぐっ!」ラグは耳まで真っ赤になった。
「私としては、あと一人か二人ぐらいは側室を考えている。その上でラグよ」
トワはラグの両頬を掴んだまま、顔を近づけた。
「この件ばかりは拒否権があるぞ。嫌がるのを強要しても意味がないからな。未来を決めるのはあくまでお前自身だ。どうする? お前はどんな未来を望むのだ?」
それは悪魔の囁きのようだった。
そうして――……。
「……カップを下げるよ」
コーヒーを飲み終えたトワに対して、ラグはそう告げた。
トワは「うん。頼む」と頷いた。
ラグは空になったカップを手に取り、シンクに向かった。
蛇口から水を出し、カップを洗う。
その間、ラグは顔を徐々に赤くしていった。
(……しょ、承諾しちまったよぉ)
あらゆる意味で、もう自分は逃げられない。
そう実感してしまうラグだった。




