5.帝都の下火
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
前にマルクに怒られてから半年が経った。
あのあとマルクは謝ってくれたけど、悪かったのは自分だ。重要な書類だったらしいし、触っちゃまずかったな。前世日本人として、気遣いが足りなかったと思う。
ただ、あの出来ごとのあとサリエラが帝国上級文字まで教えてくれた。
メルも『お姉ちゃんとして頑張る!』と言って、難しいのに一生懸命勉強していた。計算も教えてくれたが、その辺は日本の義務教育に感謝だ。
サリエラは頭を抱えていた。……少し白髪多くなった気がする。
メルは数字という概念からのスタートだ。絶賛苦戦中だけれども、簡単な足し算とかは出来るようになったのはすごい。
普通、五歳なんて足し算ですら怪しいし、気にする必要はない。
前世の知識を引き継いでいる時点で、僕は相当チートだよな。
アリアからは行儀作法、この国の地理と宗教について習った。アリアに教わった内容を思い返し、自分なりに前世の知識と合わせると――
この大陸は【オルフェリア大陸】と呼ばれ、世界は【太陽と月を量り、世界の均衡を司る女神ルミエラ】が管理している。そして、当時広く信仰されていた宗派は【オルフェリア統一正教会】だった。
しかし、現在のヴェルディア帝国の国教は新興の【帝国正教会】で、トップは教皇ではなく最高司祭という独自の体制を取っている。
帝国正教会は新興宗教で、初代皇帝アルベスが司祭たちと作った宗教だ。では、かつて信じられていた宗教は、いったいどこへ消えたのだろうか。
帝国東に【アウレシア皇国】という国がある。無論、この国は統一正教会を国教とし、聖地もそちらにある。帝国とは国境を挟んで対立しており、宗教はこの世界でもやはり厄介な問題だ。
さて、帝国正教会にだけ焦点を当てると。
この教会、実は孤児院や聖堂施療院という組織を大きな都市で管理している。孤児院と病院だ。アリアはそこの孤児院出身で、回復魔法や浄化魔法を覚えて助祭として活躍していたらしい。
今は子育てのため休業中だが、忙しい時は助けに入る。
「ねえ、お母さん。お父さんはまだお仕事なの?」
「そうね。最近は忙しいって聞いていたけど……」
メルがアリアに文句を言っている。ここ最近、割といつもの光景だ。マルクは荒くれの仕事といったが、どうやら前世で言う警察のような仕事らしい。
あまり外を歩かせてくれないもんな。外も中庭だけ――基本的には屋内だ。多分、帝都内は結構治安が悪い。
自分たちの家の隣には酒場があり、そこのおばちゃんがたまに余ったご飯をくれる。あの牛の肉の煮込みがたまらなくおいしい。ちょっとしょっぱいけど。
一瞬、意識が違うところに割かれた。
その酒場のおばちゃんが、最近目つきの悪い人が増えた、とサリエラやアリアと話しているのを盗み聞いたことがある。
マルクが警察的な仕事なら忙しいのも納得だ。
「メル。マルクが頑張ってくれているから、僕たちは安心して暮らせるんだよ」
「だってさ…。寂しいもん」
金髪碧眼の美少女の顔は、どんな表情でもかわいい。血は多分繋がっていないから、将来は旦那候補に立候補しよう。
「メル…暫くしたら皆でお出かけでもしましょう。その頃には、ある程度落ち着いているでしょうから」
「本当!サリエラお祖母ちゃん!」
「ええ、春も中ごろですし、夏に備えて薄手の服も買い足したいですからね」
そう、実はもう春が過ぎている。
メルは夏生まれなので、もうすぐ6歳だ。自分は冬の生まれで、少し前に5歳になった。
この世界では、季節ごとにまとめて誕生日を祝うのが当たり前らしい。異世界転生なんて、このくらい平和に過ごせるのが一番いいんじゃないかな。人生はやっぱり平穏が一番さ。
この時の自分は、平和に慣れていた。この平穏が、どれほど貴重なものか――
そのことを、忘れかけていた。いや、忘れようとしていたのだと思う。
前世であれだけつらい思いをして、人生そのものを恨んでいたのに。
【いい人生】
その忌々しい言葉を、自分は…僕は…今この瞬間、確かに享受してしまっていた。
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帝都アルベリア 平民区 裏路地 マルク
――この路地を右だ!僕は身体強化魔法を限界まで使って現場に向かっていた。
「はぁはぁ――」
顔から垂れる汗が、地面に滴り落ちる。
「マルク副隊長!こいつが真犯人のようです!」
部下のダイケンとヨルドが、一人の大柄の男を組み伏せている。
「よくやった!そのまま拘束しておけ!グレイ!隊長に”標的確保”!報告を頼む!復唱不要!行け!!」
「はッ!」
帯同していた部下の一人を隊長のもとへ送る。暫くもがいていた男だったが、急に叫び出した。
「離せッ!ただ酔っていただけだ!悪気があったわけじゃねえ!」
その言葉に一瞬で頭に血が上り、魔力が体に張る。気づけば、抑えられた男の頭を蹴り飛ばしていた。
「黙れ!!お前!自分が何をしたか分かってて言っているのか!」
――事の発端は2日前。
平民区でパン屋の娘が、乱暴された上に殺されているのが見つかった。
直ぐに調査を開始していくと、娘に酔っぱらって絡んでいた男が浮上した。その時は、近くにいた平民区の男達がいて事無きを得ていた。
しかし、娘はその日の夕方、買い物に出たまま帰ってこなかった。心配したパン屋の親父が警備隊に連絡をし、警備隊が捜索して発見した。
遺体は丁寧に教会で浄化した後、パン屋の親父に会わせた。あの時のパン屋の親父の顔は、今でも忘れられない。
娘の籠には、新しい小さなスプーン入っていた。
パン屋の親父――ディンは顔見知りだ。いつも警備隊の面々に、パンを投げてよこしてくれる気のいい奴だ。
この前、新しい子供が生まれると聞いていた。娘のシータも知っている。黒に近い茶髪に黒目、長い髪を結っている愛嬌のある子だった。
お姉ちゃんになるんだと、名前も一緒に考えているんだって……。くそっ。
「ぐっ……こんなことして……ただで済むと……思うなよ……」
怒りが沸々と湧いてくる。助けられなかった自分にも。目の前の男を殺してしまいたくなってくる。その時、背後から肩に手が置かれる。
「落ち着けマルク」
「レオン……」
レオン――レオン・テラバス。テラバス子爵家の次男で、現平民区警備隊の隊長だ。
「気持ちは分かるが、お前を捕まえるわけにはいかん」
「……分かってるさ」
「だが、僕も一発蹴りを入れさせてくれ!ふんっ!」
バキッ、と音がした。
「ぶわっ!」
傭兵の男は、今度こそ静かになった。
「ディンの痛みはこんなもんじゃねぇんだよ!」
レオンが唾を傭兵の頭に吐きつつ言う。ガラの悪い男だが、一応は貴族だ。この性格で、貴族連中から干され、平民区に飛ばされたが。
本人曰く天職らしい。
「マルク……今回の事も含め、傭兵の案件は50件以上だ。そろそろ平民区の奴らも黙ってねぇ。傭兵連中もどんどん調子に乗りやがる」
「そうだな……気持ちは分かる。何せ捕まえてもすぐ釈放されるからな。余程貴族の息が掛かってると見える」
今回の件は悪質ではあるが、問題自体はここ数ヶ月ずっと傭兵がらみで起きている。捕まえても、すぐに金が支払われ釈放だ。
「ちっ。第三外壁総隊長が買収されてんだろう。あのハゲ、仕事はやらないくせに邪魔だけはしやがる」
レオンは、毎月その総隊長の元へ報告をしに行くから、余計に腹が立つんだろう。第三外壁総隊長は、第一皇宮近衛総隊長、第二外壁総隊長を除けば、この帝都アルベリアの警備面において3番目の地位だ。
「地位だけはご立派だからな。だが、傭兵がその総隊長様を買収できるだけの金を持ってるとは思えない。背後に居るのはかなりでかい貴族だな……」
「あぁ。伯爵以上――いや侯爵以上か?侯爵ってのは、国防の要だろう?帝都政治に興味あるのかね?」
レオンは貴族のくせに貴族政治に疎い。
「レオン。平民区の有力者達が、僕たちを頼りないと思っている。そして独自に冒険者を雇っている。多分、貴族様の息が掛かってるんだろうな。高ランク冒険者も多いみたいだった」
「手に負えねえぞ。最悪、平民区内で暴動だぞ。しかも、こいつ……見てみろ。今までの奴らとは違うぜ」
レオンが気絶している傭兵のフードをめくり、髪を持ち上げ、目をこじ開ける。
「こいつの髪の色、魔力持ちか……頬に炎の刺青!!」
「傭兵で魔力持ちがいて炎の刺青をしている傭兵団、帝国内でも有名だぜ。悪い意味でな」
そう。悪い意味で一番いてほしくない傭兵団だ。
金さえ貰えれば何でもやる、悪名高い傭兵団だ。略奪や殺人が絶えず、規模は大きく帝国内の有力貴族と繋がりがあるという噂もある。
「蒼炎傭兵団――殺人傭兵団か」
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