4.不穏な足音
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
早いもので4歳になった。
言葉もどうにか覚えられてきた。
最近は、子供の身体に精神も少しずつ引っ張られている気がする。感情の起伏も激しくなるし、すぐ泣きたくなる。
……決して弱虫だからではないぞ。
毎日ネイティブと暮らせば覚えられる、って本当の話。けど、日本語の方を忘れそうだ。
「アルス。何をしているのかな?」
今日はマルクさん――いや、もうマルクと呼んでいるから、マルクでいいか――がお休みの日だ。自分が何をしているのか気になったみたいだ。
「メルと一緒に文字の練習をしようかと思って」
「ん?文字?」
僕は手元にある肌触りの良い布を見せる。表面は少し光沢を帯びている。
マルクは不思議そうにこちらの手元を覗き込む。
「これ……魔力布?」
「うん。サリエラがくれたんだ」
魔力布を広げてマルクに見せる。
それをマルクは、まじまじと見てから言った。
「母さん……子供にそんな高価なものを渡して……」
マルクが盛大にため息をついた。
「はあ、アルス。魔力布はとても貴重なものでね――」
ちなみに、アリアとサリエラは外に買いものに出ている。今日はどうやらメルが好きな塩漬け肉を買ってきてくれるらしい。
「知ってるよ。糸を縫うときに、魔力を均一に流し込みながら縫うんだよね?」
「ん?よく知っているな。だから、破いたり汚すと込められてる魔力が消えて大変なんだぞ?」
「これはサリエラが文字を書きたいって言ったら、縫ってくれたんだ」
魔力布は、糸に魔力を通した本人以外が魔力を指先に通してなぞると、その場所は跡が残る。遊び終わったら、サリエラに魔力を流してもらって元通りだ。
貴族の子供の遊び道具らしい。
マルクはとても驚いた顔をしていた。
「母さんは本当に何でもできるな……。そこらへんの店のものより出来がいいぞ」
マルクは魔力布を僕の手から取り、顔を近づけ興味深そうに見ていた。
「お父さん!それアルスのだよ!返して!」
「いやっ!別に取ろうとしたわけじゃないんだ。すまん」
メルがマルクに詰め寄り、布をひったくるように取り自分に渡してきた。
破けちゃうよメル……。
「はい。アルス。ちゃんと嫌なことは言わなきゃだめだよ?」
「うん。ありがとう」
お姉さんをやってくれているんだな。そう思うと微笑ましい。メルは結構お姉さん気質だ。垂れ目なところはアリアそっくりだが、気質は結構マルクよりかもしれない。要は、結構気が強い。
「……それでアルスは何で文字を覚えているんだ?まだ4才なのだから、外で遊んだりした方がいいぞ」
「文字を覚えたから、魔力布で書いてみたくて」
「あぁ、それで魔力布を使って書こうとしているのか……って待て!もう魔力を放出できるのか?」
「うん」
サリエラ曰く、魔力は心臓に近いところにあるらしい。
そして、生まれ持って決まっている。だから「練習すればするほど多くなる!」という異世界転生お決まりのチートは使えない。
目に少し魔力を込めると、その人の周りに出ている青色のモヤみたいのが見える。
多分それが魔力だ。
「凄いなあ。俺が魔力制御が得意じゃないからな。アルスは細かい制御が得意なんだな」
「そうなのかな?でも魔力量は少ないよ?」
魔力布をサリエラが縫うのを横で見ていた。その時は、魔力が小一時間くらい放出されていたし、サリエラもまだ余裕そうだった。
見様見真似で魔力放出をしてみたら、15分ほどで体がだるくなり、胃がムカムカして心臓のあたりが冷えるような感覚になった。サリエラとは比べものにならない。
試しにメルの魔力も見てみたが……メルより魔力が少ないのは、だいぶ悲しい。
「まあ、魔力の量よりは大事だが、魔力制御も大事なんだぞ」
「そうなんだ。でも、身体強化もあまりできないけど……」
「小さいうちは魔力放出だけでもすごいんだぞ?繊細な作業だからな」
ちなみに魔力は結構簡単に出る。えいって感じで踏ん張るだけだ。なんか拍子抜けするくらい簡単だ。
最初はこれがチート、って思っていたが、メルも普通に教えたらできた。だけど、メルは目や特定の場所に魔力を通すのはできなかった。
でもこれ、魔力が多い人は細かいことは気にしないってことかな?今から転生チートないんですか神様……この世界の神よく知らないけど。
「魔力放出か、アリアに教わったのか?いや、母さんか?たまに子供でも出せる子はいると聞いていたが……。ともかく、魔力は使いすぎると気持ち悪くなるから気をつけなさい。」
「うん。分かった」
もう少し早く知りたかったよ、マルク。
「それで、自分の名前でも書くのかい?」
「ん〜。それ以外で何か試しに書いてみようかな」
魔力布の上で魔力を放出して――これが結構難しい。筆で書くようなイメージだ。魔力が多すぎるとダマになるし、少ないと掠れる。
「ん?ヴェルディア帝国首都アルベリア……」
「よし。綺麗に書けた」
中々いい感じだ。結構満足。
「待てアルス!何故帝国上級文字を知っている!」
もしかして何かまずい事やったのだろうか。マルクの顔が唐突に近づいてきた。こういう時正直に答えるのが一番だ。
「マルクが昨日持って帰って来た紙に、書いてあったけど……」
「っ!アルス!」
マルクが焦ったように後ろを振り返り机の上を見る。そして紙が無いのを見ると僕とメルを睨みつけた。
「……まさか、あの紙に触れたのか!あれは重要なことが書いてある紙で――」
あ、これは結構怒られるパターンのやつだ。メルと2人で、机の上にあった紙の文字を真似ようと持って来ていた。
マルクはそれを見つけると、奪い取るようにして紙を取った。
「何ですか!騒がしいですよ!」
後ろを振り向くと、アリアとサリエラが籠を左手に持ち立っていた。
「一体何事ですか!大きな声で子供に怒鳴るなんて。それにアルスもメルも泣いているじゃないですか」
サリエラに言われて自分が泣いていることに気づく。
やっぱ子供って涙腺緩いよ。
滲む視界の端でメルも一緒に泣いて、アリアに抱き抱えられているのが見えた。
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帝都アルベリア 平民区 母屋 サリエラ
「それで?何事なのかしら?」
泣いている2人をアリアに任せて、部屋の外でマルクと話す。この子も小さい頃は、感情を抑えられない事はあった。
けど、大人になり、結婚して子供ができてからは、そんな事一度も無かったはずだ。
「……アルスが文字を読めたんだ」
「えぇ、少しの文字なら私も教えましたから」
「……帝国上級文字も教えたのか?母さんは」
一瞬言葉が出なかったが、直ぐにその意味が分かった。
「まさか。もう読めるのですか?あの文字は、貴族が――それも中位貴族以上の子息や子女だけが、帝国中等部で習う文字だったはずです。
それ以外で習うには……帝国軍に所属する者以外は習わないはずです」
私も言っていて、アルスの異常性に気づきはじめる。
「そうだよな。俺も警備隊に配属されてから、それも今の平民区警備隊副隊長に任命されてから習った」
マルク自身信じられないのでしょう。自嘲気味に話しています。
「もしかしたら、アリアからも文字は教えてもらったかも知れません。そうであったとしても、上級文字は正教会の聖典の文字くらいでしょう」
前後の文脈から推測したのでしょう。でも、あれを理解するにはある程度の下地が必要です。
「……やはり、アルスは――アルス様は唯の子供では無い。少し前から大人しく、色々なことに興味を持つ子だとは思っていたが、今回の事で更に見る目が変わったよ」
「そうですね。私も同じように考えてはいましたが……そこまでとは……」
いくらあのお方の子供とはいえ、普通の子供は大人の想像の枠を出ない。もしかしたら、もう1人の親の血筋の影響かも知れない。
其方側は完全に未知の領域だ。
「ともかく、後でアルスに謝らないとなぁ……かっこ悪い父親だぜ。知っているか、母さん。アルスは俺やアリアのことをお父さん、お母さんと呼ばないんだ。
はあ、きっと本当の親じゃないことをわかっているのかもしれねえな」
頭をガリガリ掻きながら下を向く。その癖は小さい頃から変わらない。
「だがな母さん。最近帝都はきな臭い。
母さんも知り合いから聞いてるかも知れないが、皇位継承が荒れている。その派閥の貴族達が動き回っている、ってのがこの紙に書いてあった」
「あら、貴方の担当は平民区。貴族区は正反対でしょう?」
「……両隣の区がきな臭い。どうやら、貴族に雇われた冒険者や、金の匂いを感じた傭兵が、ここ2、3年で大量に増えた。
その傭兵達が平民区の酒場や、大通りにまで来ている」
帝都アルベリアは皇城を中心に第三城壁まで広がっていて、平民区はその内側にある。
「帝都内で冒険者や傭兵達が騒がしいなんて、暗愚帝崩御の時以来だって聞いてる。その時と同じなら帝都内も危ないさ。
母さんやアリアも魔法が使えると言っても、戦いに身を置いてる奴らには敵わないだろう。本当に気をつけてくれ」
全く普段からそのくらい真剣に。やはり、そういうときの顔は夫にそっくりなのですね。
「貴方も気をつけて…もしもの時は、命令よりも自分の命を優先しなさい」
「分かってるさ。俺がそんな奴に見えるか?上手くやるさ」
「なら、まずはアルスとメルに謝りなさい」
「ぐっ……分かってる」
息子が部屋の扉に手をかける。長く話し過ぎたわね……。アルスの事どうしようかと考えにふける。
良くも悪くも出来の良い孫に、頭を悩ませる。
軽く息を一つ吐き、息子に続いて部屋に入る。
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