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3. 灰色の髪、黒い瞳

文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。

 ――さらに数ヶ月が経った。


 赤ん坊の身体にも、少しずつ慣れてきた。


 最初の頃は、寝ている時間のほうが長く、目を開けていられる時間も短かった。

 だが、最近では起きている時間も増え、周囲のこともかなり分かるようになってきた。


 今では、つかまり立ちだってできる。


「〈アルス=ミレ・ルシア!〉」


 目の前で、アリアさんが嬉しそうに声を上げる。


「う~う……」


 何を言っているのか、まだ正確には分からない。

 それでも、褒められていることくらいはなんとなく伝わってくる。


 赤ん坊になって分かったことがある。


 ――赤ん坊、めちゃくちゃ褒められる。


 何かをしただけで褒められるし、何もしなくても「可愛い」と言われる。

 前世の四十年間では、こんな扱いをされたことなんて一度もなかった。


 ……これはこれで悪くない。


 そんなことを考えながら、目の前のテーブルにつかまって立つ。


 足に力を入れると、ぷるぷると震える。


「う~……」


 そして――。


 ぺたん。


 尻もちをついた。


「〈アルス=ミレ・ルシア!〉」


 アリアさんが慌てて駆け寄ってくる。


 大丈夫、大丈夫。


 この程度なら問題ない。


 そう思っているのだが、口から出るのは赤ん坊の声だけだった。


「……あぅ」


 自分で言っておいて、少し情けなくなる。

 だが、そんな日々の中で、最近どうしても気になることがあった。


 ――皆が、俺に対してだけ妙に気を遣っている。


 嫌われているわけではない。


 むしろ逆だ。


 サリエラさんも、アリアさんも、マルクさんも、俺のことをとても大切にしてくれている。


 けれど――。


 メルを見る時とは、明らかに違う。メルが転んだ時は、笑いながら助け起こす。


 俺が転ぶと、すぐに誰かが飛んでくる。


 メルが少しくらい乱暴に遊んでも、微笑ましそうに見ている。

 俺が何かすると、どこか緊張したように見守っている。


 まるで――。


 壊れ物でも扱うような距離感だった。


「……なんでだ?」


 もちろん、言葉にはならない。


「あぅ~!」


 隣ではメルが元気よく声を上げている。前世では兄弟なんていなかった。

 だから、こうして同じ家で育っていく相手がいることは、少し嬉しかった。


 血が繋がっているのかどうかは分からない。


 それでも、一緒に寝て、一緒に遊んで、同じように育っていく。

 兄弟みたいなものだ。


「う~う!」


 メルが俺の手を掴んだ。


 ぎゅっ。


「……」


 力強いな。


 大人としては、この程度どうということはない。


 笑って許してやろう。


「う、ふえぇ……」


 ――痛い。


 やっぱり赤ん坊の身体は弱い。

 俺は結局、メルに手を離してもらうまで耐えるしかなかった。


 ――しょせん、俺も赤ん坊である。


 そんな生活にも、少しずつ慣れてきた。魔法が存在することにも、もう驚かない。

 暖炉の火をマルクさんが魔法で灯す。

 アリアさんは魔法で俺たちの身体を綺麗にする。


 前世でいう中世ヨーロッパのような生活なのに、魔法だけは当たり前のように存在している。

 最初は毎日のように興奮していた。


 だが、人間というものは慣れる生き物らしい。


 今では「今日も魔法使ってるな」くらいの感覚だ。そんな俺にも、一つだけ気になっているものがあった。


 ――鏡だ。


 この家には、俺の身体全体が映るほど大きな鏡がある。

 赤ん坊の俺には、自力で見ることができない。


 だから、サリエラさんに抱き上げてもらった。


「〈ミレ・セリア=ル・ミレルナ?〉」


 サリエラさんが何かを言いながら、俺を鏡の前へ連れていく。


 そこに映った自分の姿を見て――。


「……」


 灰色の髪。


 黒い瞳。


 これが、今の俺の姿だ。前世の自分とは当然違う。

 だが、それ以上に気になることがある。


 メルとは、明らかに違う。

 メルの髪は淡い金色。

 瞳も綺麗な色をしている。


 それに比べて俺は、灰色の髪に黒い瞳。同じ家で育っている二人なのに、まるで違う。


 そして――。


 鏡越しに、サリエラさんの顔を見た。


「……?」


 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけだった。


 サリエラさんが、泣きそうな顔をしていた。

 けれど、すぐにいつもの鋭い表情へ戻る。


「……何だ?」


 何かを知っている。

 俺には、そう見えた。


 けれど、赤ん坊の意識は長く続かない。考えようとすればするほど、頭がぼんやりしてくる。

 そのまま俺の意識は、ゆっくりと眠りへ落ちていった。


*************************************


帝都アルベリア 平民区 母屋 アリア視点


「――ようやく寝てくれましたね」


 アリアは小さく息を吐いた。


 並んで眠る二人の赤ん坊を見る。


 メルとアルス。


 二人がこうして仲良く眠っている姿を見ると、本当の姉弟のように思えて、少しだけ安心する。


「アリア……アルスのことを受け入れてくれて、感謝しているわ」


「お義母様」


 二人に毛布を掛け、部屋を出る。

 扉を閉める直前、アリアはもう一度だけ二人を振り返った。


「急に二人も赤ん坊の面倒をお願いすることになってしまって……ごめんなさいね」


「最初は驚きましたが、今はもう平気ですよ」


「そう言ってもらえると助かるわ」


「息子も欲しかったですから。マルクも喜んでいると思います」


「そうね……あの子は良くも悪くも素直だから、見れば分かるわね」


 アリアは小さく笑った。


 だが、その笑顔の奥には、今でも消えない疑問があった。


 あの日。


 マルクから突然、「貴族の子息を養子として引き取る」と聞かされた。


 当然、驚いた。


 しかも、その子について詳しい事情は何も教えてもらえなかった。


「昔お世話になった貴族の子だから」


 お義母様は、それだけしか言わなかった。


 そして、実際に赤子を預かった時――。

 アリアは言葉を失った。


 わずかに生えた髪は、絹のような美しい白。

 瞳は、宝石のような青。

 暗い部屋の中でも、その瞳だけは不思議なほど印象に残った。


 ――この子は、本当に平民の子なのだろうか。


 そんな疑問が頭をよぎった。


 けれど、次に会った時。

 その子は灰色の髪と黒い瞳になっていた。


 まるで別人のようだった。

 左腕には、銀色の腕輪。


 お義母様からは、魔道具だと聞いている。

 教会で代々受け継がれているものと同じくらい高価な品らしい。


 ――なぜ、赤ん坊にそんなものを?

 疑問は尽きなかった。


「ごめんなさいね。迷惑をかけて」


 お義母様が、静かに口を開く。


「それでも、これから先、アルスには不自由なく暮らさせてあげたいの」


「お義母様……」


 アリアには分かっていた。


 お義母様がアルスを大切にしていることを。


 メルももちろん可愛がっている。

 けれど、アルスに向ける視線だけは違う。


 まるで――。


 失わないように。

 壊れないように。

 必死に守ろうとしているような眼差しだった。

 

 先ほど鏡の前で、アルスを抱いていた時のことを思い出す。


 あの時、お義母様は小さく呟いていた。


「姫様と……“空の瞳を持つ方”との子なのね……」


 その言葉の意味を、アリアは知らない。


 ただ一つだけ分かる。


 ――アルスは、ただの貴族の子ではない。


 そのことだけは、アリアにも伝わっていた。

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仕事休みの間は頻繁に投稿してみようと思います。

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