9.封魔環の崩壊と動乱の序曲
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
ゲインは深く息を吸い、言葉を選ぶように口を開いた。
「……アルス様。血の探索は“皇族ならば使用できる禁術”にございます」
その声は静かだが、部屋の空気を震わせるほど重かった。
「しかし──使用には条件があります。初代帝が残した王冠を被ること」
僕は息を呑んだ。
「皇帝の……王冠?」
「ええ。王冠は皇帝の魔力を増幅し、皇帝の権能を一時的に“借りる”ことを可能にする……本来なら、皇帝陛下以外が触れることすら許されぬものです」
ゲインは言葉を切り、顔を強張らせた。
「皇帝陛下が使ったのではありません。陛下は今、私が知る限り寝たきりで魔力の行使など不可能ですゆえ」
胸の奥がざわつく。
「じゃあ……誰が?」
「跡目争いの渦中にある皇族──エリック様か、アルフォンス殿下でしょう」
ゲインの声が低くなる。
「どちらかが王冠を使い、“勝手に使用した”と考えるべきです。皇帝の権能を盗む行為──帝国の根幹を揺るがす大罪」
その言葉が落ちた瞬間、胸の奥のざわつきが強くなる。
「血の探索は皇族の所在を探る術。本来は皇帝が皇族の安全確認に使うものです。しかし──このタイミングで皇城で使われたとなれば……」
ゲインは僕を見た。
「……皇族の誰かが、皇族を殺すために動いたと考えるべきでしょう」
息が止まった。
「アルス様。本来は皇族はすべて皇宮内に全員いるべき存在なのです。それが今ここにいることがわかってしまった。
つまり――」
その言葉で部屋の中の皆の空気は変わった。その先は言わなくてもわかる。僕たちは傭兵だから。
「この場所も安全ではないということです――」
ゲインの説明が終わるより早く──館の外で、重い足音が響き始めた。静かな客間に、外の足音が不気味に響く。
ドン……ドン……ドン……
ただの巡回ではない。規律のある、軍の足音だ。
僕たちがいる客間は二階の端にあり、窓の外には館の正面玄関が見える。
レオが窓へ駆け寄り、息を呑む。
「……帝国近衛だ。しかも、隊列が整ってる……!」
カイが剣に手をかけた。
「あの軍旗はローゼンヴァルト公爵軍だ。なんで帝国近衛と一緒に……?」
フィンとノエルは僕の後ろに隠れ、メルは震える手で僕の腕を掴んだ。
ゲインが低く言う。
「……早い。予め準備していましたか……。ローゼンヴァルト大公の兵がいるということは……皇族の争いが、帝都全域に広がる前兆です」
その瞬間──館の正面で、金属がぶつかる音が響いた。
ガンッと音が館内全体に響く。続いて、短い指示の声。兵士たちの足音が一斉に揃う。
館の前に、帝国近衛が五十。その後方にローゼンヴァルトの兵も。
合計百人近い兵が、館の正面に並んでいる。
帝国近衛は黒鉄の鎧を揃え、赤い羽根飾りの軍旗を掲げていた。
その後方には、銀と緑の装束を纏ったローゼンヴァルト兵が槍を構えている。
その中心に、帝国の紋章を掲げた隊長が立つ。
「館内の者に告ぐ! 皇帝代理エリック様の命により──皇族の血を持つ者を引き渡せ!
これは帝国法に基づく正当な権利である! シルベスト王国の者と言えど従っていただく!」
その言葉が落ちた瞬間、胸の奥が強く脈打った。
ゲインが僕の肩を掴む。
「アルス様、逃げましょう!
ここで捕まれば、皇族の争いの中心に巻き込まれます!」
僕は息を呑んだ。
「でも──」
「行くのです!」
その時、僕たちの部屋の扉が勢いよく開いた。
「ゲインよ」
シルベスト王が入ってきた。
「……シルベスト王……」
「ゲイン。わかっている。こんなにも早く動き出すとはな……ぬかったわ。余のことは知らないとはいえ、余も捕まるわけには行かぬ」
王の表情も険しい。
「この館のシルベスト王国の騎士は二十人ほどしかおらぬ。裏にも帝国兵がおるぞ。事ここに至っては戦い退路を確保するしかあるまい」
王は扉の後ろで待機している騎士たちに命令をする。
その声は、戦場を支配する者の声だった。
「前衛は盾を構えよ! 魔法士は後方から援護を! まずは退路を確保することを優先する!」
王の指揮に、兵たちが即座に動く。
その統率は、帝国の混乱とは対照的に美しく整っていた。
だが──その時、館の外で騒ぎが起こり始めた。
「貴様ら! なんだ! 何をする! 我々は皇帝代理であるエリック様の命令を――」
「私は月影騎士団団長! シャルゼ・ハイデンベルグである! 帝国特務法に基づきこの館に対する狼藉は許さない!」
館の正面で怒号が飛び交う。黒髪の女性──シャルゼが騎乗した三十名の騎士を率いていた。
「月影騎士団……だと? なぜここに……!」
「皇帝代理の命令であろうと、帝国特務法に反する行為は許されない!」
シャルゼの声は、剣より鋭く空気を裂いた。
帝国近衛の隊長が叫ぶ。
「黙れ! 月影騎士団は皇族の補佐に過ぎん! 皇帝代理エリック殿下の命令は絶対だ!」
シャルゼの瞳が細くすぼまる。
「皇帝代理? 寝たきりの皇帝陛下の代行権を、誰が与えた?」
その一言で、帝国近衛の兵たちがざわついた。
ローゼンヴァルトの兵の中から騎士の一人が前に出る。
「月影騎士団といえど皇族の命令に従う義務があるはずだ!」
シャルゼは一歩前へ出た。
「月影騎士団は皇帝陛下の影。その権能は皇族の命令より上位だ」
その言葉に、帝国近衛の隊長が顔を青くした。
「な……皇族より上位……?」
「知らぬのか? 愚か者」
シャルゼの声は冷たかった。
「月影騎士団は皇帝陛下の影。皇帝陛下が動けぬ今、影家の判断が帝国の最優先となる」
帝国近衛の兵たちが一斉に後ずさる。
その瞬間──シャルゼの足元から、黒い影が広がった。
「この館への攻撃は、皇帝陛下への反逆と見なす」
シャルゼの宣告は、帝都の空気を震わせた。
「退け。さもなくば──月影騎士団が敵となる」
帝国近衛の隊長が叫ぶ。
「月影騎士団が……皇族に刃向かう気か!」
シャルゼは静かにそれでいてよく響く声で言った。
「皇族にではない。帝国へ混乱を招くものは全て敵である!」
ドクン…。
その時僕の胸に再度強烈なざわめきが起きた。そして、腕輪も熱を帯び始めているのがわかる。
「うっ……」
先ほどよりも強い衝撃に僕は思わずうずくまる。
「アルス様!」
――その時、今まで一度も外れなかった腕輪が音を立てて外れた。
床に落ちた腕輪が、冷たい音を立てて転がった。
カラン……カララ……
その音が、館の中の空気を完全に変えた。
ゲインの目はこれ以上ないくらい見開かれ、落ちた腕輪を見つめる
「ま、まさか……封魔環が……外れた……?」
「ゲ、ゲイン……」
僕はそのまま倒れこんでしまう。硬い石床に膝をつき、視界が揺れる。
「アルス! しっかり……!」「アルス!」
テアが僕の肩を抱き寄せる。メルは泣きそうな顔で僕の手を握りしめている。
胸の奥が熱い。心臓とは違う“何か”が、目を覚まそうとしている。
遠くで剣戟の音が響く。
ガンッ! ギィンッ!
館の外では、すでに戦闘が始まっているのだろう。
帝国近衛の怒号、ローゼンヴァルト兵の叫び、月影騎士団の影が地面を走る音──
それらが混ざり合い、帝都の空気を震わせていた。
「アルス様! 意識を……!」
ゲインが僕の頬に手を当てる。その表情は、帝国騎士ではなく──
“家族を失いかけた者”のそれだった。
遠ざかる意識の中でテアの声とメルの心配する声が聞こえた……。
その時──館の外で、シャルゼの声が響いた。
「月影騎士団、前へ! 館へは一歩も入れるな! 魔法が使えないのは敵も同じだ! やれ!」
「くっ……月影騎士団! 貴様ら本気で……!」
「退けと言ったはずだ。帝国の影を敵に回す覚悟があるのなら、かかってこい」
シャルゼの声は冷たく、そして美しかった。
シルベスト王が叫ぶ。
「後衛は魔法援護をせよ! 前衛は月影騎士団と連携し敵を押さえろ!」
館の中が一気に動き始める。
しかし──僕は立てなかった。胸の奥の熱が、さらに強くなる。
ドクン……ドクン……
まるで、帝都の中心で何かが呼んでいる。
僕の血が──応えようとしている。
「アルス様! アルス様!」
ゲインの声が遠ざかる。
テアの手が僕の頬に触れる。
「アルス……お願い……戻ってきて……」
メルの声が震える。
「アルス……やだ……」
意識が沈んでいく。
遠く、城壁の方角から重い警鐘が響き渡る。
ゴォォォォン……
帝都が──完全に動乱へと沈んだ。
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帝都アルベリア 貴族区 シャルゼ
――館の中から元騎士団長、ゲイン元団長が出てくる。
そして私に向かって叫ぶ。
「シャルゼ! アルス様が……!」
その言葉を聞いた瞬間、シャルゼの中で何かが“切り替わった”。
「……そこを退け」
シャルゼの瞳が鋭く光る。
帝国近衛が前進し、ローゼンヴァルト兵が槍を構える。
「月影騎士団は皇族の補佐に過ぎん!皇帝代理エリック殿下の命令に従え!」
「黙れ……」
シャルゼは馬を進める。
足元の影が、まるで生き物のように地面を這い、周囲の光を吸い込んでいく。
それは魔力ではなく、シャルゼ固有の“魔力を使わない血統魔法”だ。
背後の月影騎士団の騎士が叫ぶ。
「まずい! シャルゼ団長の“血統魔法”だ!裏に回れ! 巻き込まれるぞ!」
その言葉に、騎士たちは一斉に距離を取る。
帝国近衛の隊長が怒鳴る。
「バカめ! 今エリック様が魔力封鎖を行った! この場で魔法は――」
その瞬間だった。
近衛隊長の首が、何の予兆もなく、唐突に
──飛んだ。
「え?」
誰の声かはわからない。だがシャルゼは驚くよりも先に冷静だった。
そしてそのまま、冷たく言い放つ。
「アルス様を狙う者は──帝国の、いや私の敵だ」
その言葉は、帝都の空気を震わせた。
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