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7.真実を知るために

文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。

 ――シルベスト王の言葉は僕の心に重くのしかかった。

 

 母の名。

 王の力。

 選ばれた者。

 運命。


 対面する王の顔は相変わらず無表情だ。目の前に用意された料理でさえ、今はただの置物のように感じる。

 王の言葉は、どれも僕の知らない”僕自身”の話だった。


 胸の奥がざわついて、落ち着かない。心臓の音がやけに大きく聞こえる。


 ――僕の知らない本当の母の話。母は何を望んだんだろう。


 その答えを知るためには、シルベスト王国へ行かねばならない。


 わかっている……。けれど、それは僕たち傭兵団の行く末も決めなければならない。


 そして──小さな息の音がした。


「アルス……」


 視線を向ける──メルだ。

 彼女の指が僕の服の裾をぎゅっと掴んでいた。震えている。怖いのだ。


「……行くつもりなの……?」


 その声は、誰よりも静かで、誰よりも痛かった。

 隣ではマルクが拳を握りしめていた。普段は温厚なお父様さんが、今は歯を食いしばっている。


「アルス……お前の母親のことは本当に俺も知らないんだ。

 唯一知っていたのが母さんだけだった。だからお前が真実を知りたいと言うのであれば、行くことを止めはしない」


 メルはマルクへ振り返る。マルクの声は震えている。本当はそんなことを言いたくないのだろう。


「アルスは……お前は俺たちの息子だ。傭兵団の仲間であり、家族だ。

 運命だの選ばれただのは俺にはわからない。けれど、れっきとした俺とアリアの息子だ」


 マルクの言葉に、僕は嬉しくなる。血は繋がっていなくても家族と言ってくれるだけで胸が軽くなる。


「アルス」


 カイの声がした。

 右隣に座っているカイはいつもの落ち着いた顔ではなく、どこか迷っているような目をしていた。


「俺は貴族になったから帝国からは離れられない。

 決めるのはお前だ。だから、俺は止めはしないさ。

 今生の別れってわけでもない。それに依頼でそっちの方へ行くこともあるさ」


 カイも必死に考えてくれているのだろう。けれど、王の言葉が再び頭の中で響く。


 ――覚悟を決めてもらわねばならぬ。


 それはつまり、傭兵団としてではない。

 真実を知るためには、王の力について知ることになる。


 僕は選ばなければならないのだ。


 瞳を閉じて一度大きく息を吸った。


「僕は碧狼傭兵団の参謀アルスです。それ以上でもそれ以下でもない、ただのアルスです。たとえ皇族の血を引いていようと、王の力が使えようと自分で運命は決めていきます。

 たとえそれが、僕の本当の母の願いとは違ったとしても」


 シルベスト王は僕の言葉を黙って聞いている。王は腕を組み瞳を閉じた。


「だから僕はシルベスト王国へは行かない。ここで仲間たちと共にこれからも過ごしていく。ここが僕の居場所で、僕の――人生を決める場所だ」


 その言葉はこの広い部屋の中で静かに広がった。

 言い終わった後、誰も何も話さない。まるで料理の湯気の音さえ聞こえてきそうなほどの静けさだ。

 皆次の言葉を――王の言葉を待っている。


 そして王はゆっくりと、それでいて威厳のある言葉を放った。


「それは、お前の母君が思い描く未来と違う選択だ。余が描く未来とものな」


 王の言葉は静かだった。

 怒りでも嘲りでもない。

 ただ、事実を告げるだけの重さがあった。


 その静けさが逆に怖い。

 会食場の空気が、さらに冷たく感じられる。


「……それでも、僕はここで生きます」


 自分でも驚くほど声が震えていなかった。王の瞳がゆっくりと僕を見据える。


「アルスよ。お前は“選ばれた者”だ。余がそう言った意味を……まだ理解しておらぬな」


 王が席を立った。その瞬間、会食場の空気がわずかに揺れた。


 テアが息を呑む。ゲインがわずかに前へ出る。カイやほかの皆も身構えている。


 王は続ける。


「余は、お前の選択を否定はせぬ。だが──選ばれた者が、その運命から逃れることはできぬ」


 その言葉は、まるで宣告のようだった。


「アルス。お前がここに残ると言うなら……余はそれを認めよう」


 場の空気が一瞬だけ緩む。だが、王の次の言葉がそれを打ち砕いた。


「だが、運命は待ってはくれぬ。いずれ、お前の力は暴かれる。いずれ、世界がお前を探し始める。いずれ──“王の力”はお前を選び直す」


 背筋が冷たくなる。


「その時、傭兵団はどうなると思う?」


 カイの肩がわずかに震えた。レオが歯を食いしばる。ボラムやフィン、ノエルの方が震えているのが分かる。

 テアは唇を噛み、視線を落とす。


 王は静かに告げる。


「アルスよ。お前の選択は尊重する。だが──その選択が“誰を巻き込むか”を理解しておけ」


 その言葉は、僕の胸に深く突き刺さった。メルの手が震えている。マルクの拳が震えている。

 仲間たちの視線が僕に集まっている。


 王は立ち上がり、背を向ける。


「食事前にすまぬな。余は明日の夕刻まで滞在する。考えが変わらぬと言うなら、それでもよい。

 だが……もし気が変わったら、いつでも尋ねてくるが良い。それまではこの屋敷でゆっくりとせよ」


 そう言い残し、王は周りの側近たちを連れてゆっくりと会食場を去っていった。


 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


 誰も動かない。

 誰も話さない。

 ただ、王の残した言葉だけが、胸の奥で重く沈んでいた。


 そして──

 僕のそばにメルが近寄ってきた。その袖を掴むメルの手の震えだけが、痛いほど伝わってきた。


 静寂が痛いほど続いた。

 誰も息をするのさえためらっているような空気だった。


 その中で──

 最初に動いたのは、マルクだった。


「……アルス、こっちへ来い」


 低く、震えた声。

 怒りでも悲しみでもない。

 ただ、息子を守ろうとするお父様の声だった。


 僕はゆっくりと立ち上がり、マルクの方へ歩く。メルが袖を掴んだまま、必死に僕についてくる。


 マルクは僕の肩を掴んだ。その手は強く、でも震えていた。


「……本当にいいのか? お前の本当の母親のことを知れるチャンスだぞ?」


 その一言で、胸の奥がぐらりと揺れた。僕は何も言えなかった。

 すると、カイがゆっくりと立ち上がる。団長としての顔ではなく、仲間としての顔だった。


「マルクさん。王の言葉は重い。だけど、今すぐ全てを決める必要はないと思うんです。ひとまずは食事が冷める前に食べましょう。

 そのあとで皆で考えましょう。遅れてくるエルナやアリアさんにも聞きたいですから」


 レオも続く。


「そうだぜ。俺たちが一緒に考えてやる」


「うんうん! 皆で考えようー」


 ボラムの声が場を和やかにする。フィンとノエルは震えながらも、僕の方へ歩いてきた。


「アルス……ずっといっしょにいるよ!」


「うん。任せて……」


 テアはずっと俯いていたが、ゆっくりと顔を上げた。赤い瞳が揺れている。


「……貴方の決めたことは尊重するわ。けれど、お父様が言った言葉も大事なことなの。

 私も詳しくは知らないけれど、お父様が直接くるほどの……だから、もう一度しっかりと考えておいて欲しいわ」


 そして、テア自身も席を立ちドアから出ていく。


 ゲインが静かに僕の前へ歩み出る。ゲインは僕の母のことを知る唯一の人間だ。


「アルス様。王の言葉は脅しではありません。それでも、選ぶのはあなたです。

 お母君── オルフェリア様は、アルス様がお選びになった道を尊重してくださるでしょう。しかし、今一度よく考えて頂きたく思います。どうか──どうかお願いしまする」


 その言葉と同時に深く頭を下げるゲイン。


「ゲイン……僕はそれでも傭兵団の皆をおいては行けないし、仲間がバラバラになるのも嫌だ。

 傭兵団は僕にとっての第二の家だ。それを置いては行けない」


「……」


 ゲインは顔を上げる。その瞳は真っ赤になっている。


「ごめんね、ゲイン」


「……いえ。アルス様がそこまで仰るのであれば……このゲインただ従うのみにございます」


 そう言ってゲインは僕の後ろに再び控えた。


 沈黙はもう、さっきのような冷たいものではなかった。仲間と家族の気配が、僕の周りを支えていた。


 僕は深く息を吸った。


「……ありがとう。みんな」


 その言葉を口にした瞬間、

 胸の奥の震えが少しだけ静まった。



*************************************

帝都 貴族区 シルベスト王国滞在の屋敷 カリステア


 ──扉を閉めた音がホールに響く。


 アルスは傭兵団を離れようとはしないだろう。

 仮に無理やり連れて行っても私たちに協力してくれるかどうか。


 だからテアは先手を打って、直接乗り込んだのだ。

 アルスが自分に興味を示しているのであれば、そのままシルベスト王国へ連れて行こうと考えたから。


「思っていたより、傭兵団に愛着があるのね……」


 普通、他国とはいえ王から招待されれば皆喜んで行く。傭兵の暮らしよりも遥かにいい暮らしができるからだ。


 けれど、アルスや彼らは他の傭兵たちとは違うわ。家族のように仲間を思い合っているのね。


 連れていくなら傭兵団ごと連れていくしかない。

 けれど、さすがにそんなことすれば外交問題だ。カイが貴族位を持っている以上帝国からは出れない。


「カリステアよ」


「お父様……」


 前方からお父様に声をかけられる。私はそのもとへ歩み寄り、お父様と並んで執務室へ向かった。

 その間は無言だ。

 執務室に着くと、周りのものたちも一部を残して去っていく。


「カリステアよ。あれはきっと来てくれないだろう」


 お父様も感じているのだろう。アルスは帝国からシルベスト王国へは来てくれない。無理やり連れていくこともできるが、それではアルスは"王の力"を使おうとはしないだろう。


「だが、何としてでもわが国へ連れてきたかった。オルフェリアの願いもある」


「その……オルフェリア様と言うのは? アルスのお母君と言うのは聞きましたが、お父様上と面識があるのですか?」


 お父様は悩むそぶりを見せつつ言った。


「ある。あのお方は私の恩人だ。私がこうしてこの場にいるのもあのお方のおかげだ」


 お父様は椅子に深く座りながら、何かを思い出すように語った。


「だからこそ、王の力を引き継いだのが、あの方の子だと聞いて驚いたものだ──だが同時に納得もした」


 そして私の方は目線を向けると。


「テアよ。今までお前の婚約者を決めておかなくてよかった。たとえアルスがどのような選択をしようと、お前は必ずアルスと共にあるのだ」


「……え?」


 思わず声が漏れた。

 お父様が何を言っているのか理解するまでに、ほんの少し時間がかかった。


 アルスと共にある。


 その言葉の意味を理解した瞬間、頬が一気に熱くなる。


「お、お父様……何を……」


「何を、とは?」


 お父様は愉快そうに眉を上げる。


「お前はアルスのことをずいぶん気に入っているみたいじゃないか」


「それは……」


 言葉に詰まる。


 確かにアルス自身が何者なのか知りたかった。だから傭兵団に入ると言って確かめたかった。

 直感的に、彼と共にいるのが自分の中で正解な気がしたのだ。それに彼は暴漢から命をかけて自分を守ってくれた。

 本来は見捨ててもいいはずなのに……彼は困っている人をほっとけない人なんだと思った。


 そんな彼は誰が助けてくれるのだろう。そう思い始めたら、急に気になってしかたなかった。


 そんな自分の気持ちを、お父様に見透かされているようで恥ずかしくなる。


「……ただ、彼が何をするのか気になっただけよ」


 ようやく絞り出した声は、自分でも分かるほど小さかった。


「ほう?」


 お父様の口元が緩む。


「それは好きだということかな?」


「……からかわないでください」


「からかってなどおらぬ」


 お父様は椅子に深く腰掛けたまま、私を真っ直ぐ見つめた。


「"王の力"を持つものが現れた今、その者とシルベストは結びつかねばならぬ。

 国に来てもらえぬのなら別の方法で繋がりを求めねばならない。だが、その方法がお前の幸せに繋がるのか――父親として、それだけが分からなかった」


 胸の奥が、わずかに震えた。


 王の命令でもない。

 国の都合でもない。


 お父様はただ、私自身の意思を認めてくれている。


「……お父様」


「ただし」


 お父様はそこで言葉を切った。そして、いつものように豪快な笑みを浮かべる。


「その顔を見る限り、私の心配も取り越し苦労に終わりそうだな」


「……え?」


「お前がそこまで気になる異性など、今までいなかったではないか?」


「なっ……!」


 思わず顔を覆う。


「ち、違います! 私はただ……!」


「はははは!」


 お父様の大きな笑い声が、静かな執務室に響き渡った。


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