1.カイの答え
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
――砂埃の舞う訓練場に足を踏み入れた瞬間、僕は急にくしゃみが出た。
同じくゲインと向き合っていたカイも、ほぼ同時にくしゃみをしたらしい。
その隙をゲインに狙われ、地をすべるような低い軌道で剣を差し込まれたカイは、そのまま弾き飛ばされた。
「……参りました」
「ふむ。剣筋は悪くありませんぬな。惜しかったですぞ。風邪ですかな?」
この蒸し暑い夏に風邪になるだろうか? 誰かがカイのことを噂しているんだろう。僕はその正体を知っているぞ。
最後に礼をして、僕の方へ歩いてくるカイを見ながら僕はそんなことを思っていた。
カイはゲインからお墨付きもらえるほど剣が上達した。同じころに始めた僕は全然上手くならない。
「アルス? どうした?」
「ああ、お疲れ様。そろそろご飯でもどうかなって、たまには一緒に食べよう」
カイは僕の提案に子供っぽさの抜けた笑みで「ああ。構わない」と僕にこたえる。
並んで歩くとカイはすごく身長が伸びた。
「カイは身長が伸びたよね?」
「そうか? 自分じゃあまりわからないが……アルスは全然伸びないな。今いくつだ?」
「……1.6ルムド」
「嘘つけどう見ても1.5ルムドくらいだろう? 俺より全然低いじゃないか。俺は1.7ルムドくらいはあるぞ?」
くそう……やっぱり身長が伸びないのは血筋なのか? 侯爵もそれなりに高いし、ヨルムさんも高かった。高身長の家系なのか?
僕は傭兵団の食堂へ続く扉に手をかけて押した。扉を開けると、温かな湯気と昼時のざわめきが僕たちを包んだ。
木皿の音が心地よく響いている。
「お、今日はシチューか。マリエッタさんが作るご飯はいつも最高だからな」
「そうだね。昨日は魚人のスープだったから今日は普通のお肉がいいな」
「お前。相変わらず見た目が苦手だよな。うまいじゃないか」
「うまいけどさ……見た目が……」
魚人の見た目だけは未だに慣れない。
マルクやアリアは普通に食べていて、初めて見たときは本当に驚いたものだ。ゲインは食えればなんでもよさそうだし。
「そこまで気になるか?」
カイと僕は食堂の奥にいるマリエッタさんへ声をかけた。すると、スキンヘッドのおっさん――いや、マリエッタさんが一人で出てきた。
そして、カイと僕を見ると急に両手を胸に抱き、猫撫で声で声をかけてきた。
「あら~ん。やだあ。カイとアルスじゃな~い。アタシのご飯を食べに来てくれたの? うふっ」
「ああ、マリエッタさん。俺とアルスの分の昼ご飯をもらえるかな?」
「OK~。ちょっと待っててね!」
そうしてスキンヘッドのオカマはルンルンとおしりを振りながら食堂の奥へ去っていった。
「相変わらずだよね。マリエッタさん」
「そうだな」
彼?はもともと孤児院でご飯を作っていたらしいが、経営難で孤児院が統合されることになり、その時に職を失った。
その後、メルがうちを紹介して今に至る。あの時はメルを攫いに来た悪党だと勘違いされてレオが武器を向けてしまい、逆にマリエッタさんにボコボコにされた――そんな笑い話もある。
「は~い。お待たせ! 愛情たっぷりのシチューよ。お肉は残り物の燻製肉を使っちゃったわ。いっぱい食べてね~」
僕たちは口々に礼を言い、少し年季の入った丸い席に二人で腰掛ける。
そして二人で料理を堪能し、最近の話をしていたが、ある程度食べ終えたところでカイが唐突に話かけてきた。
「それで? なんか話でもあるんだろう?」
「お、さすがにわかる?」
カイは一口カップの水を飲むとうなずく。
「当たり前だろう? 何年一緒にいると思ってるんだ。お前が俺に何か話そうとしていることくらいわかるさ」
どうしてその察しの良さをエルナに発揮しないのかと、僕は心中でため息を吐く。
「単刀直入に聞くけど、婚約の話が来ているんでしょう?」
すると、カイは露骨に嫌な顔をした。
「その話か……一応な。今までは父上が断っていたから、俺のところまでは来なかったんだ」
カイは侯爵と相当打ち解けていて今では”父上”と呼んでいる。
「父上が断れないのも無理はないらしい。父上がお世話になった騎士の“元上司”で、今はシルベスト王国にいる人物なんだ」
詳しく聞くと、それは侯爵の恩人からの紹介らしい。シルベスト王国と聞くと敵国のイメージが強いが、実はもともと帝国の騎士が独立してできた国だ。
「なるほどね。侯爵閣下はなんていってるの?」
「ああ、父上は断ってくれて構わないと言っているが、一度会っては欲しいと言われているんだ。だから会うだけ会うことにしてるんだ」
カイは苦笑いをしながらスプーンを木のさらにかつかつと鳴らしている。
「そのまま婚約とかにならない?」
カイは勢いよく立ち上がり、椅子がガタンと倒れた。
「なるわけないじゃないか! 俺は……その。まあなんだ。その気は今はないんだ」
一度咳ばらいをした後、周りを確認してから椅子を気まずそうに直す。
「そっか。カイが婚約ってなると傭兵団の立ち位置もまた変わるからさ。今のうちに聞いておこうと思ったんだよね」
「俺の話はいいんだよ。別に婚約するわけじゃない。会うだけだ。だから大した話じゃない。それよりも――」
カイはにやりと僕の方を見て笑う。
「お前はどうなんだよ? メルとリュシアとずっと一緒にいるだろう?」
「え? 僕? 何もないよ。というか二人とも弟として扱ってるだけだと思うし僕まだ十歳だよ?」
僕なんか何もないに決まっている。メルはできの悪い弟扱いだし、リュシアは恩人として接してくれているだけだ。
勘違いして告白なんてしたら……胸が苦しくなる。僕にはそんな勇気ないよ。
「ええ? そうかー? 二人ともお前に好意があると思うけどな?」
「いやいや、女の子って怖いんだよ? その気だろうと思って男が告白したら実は違いましたなんて全然あり得るんだから」
「そ、そうか……」
「そうだよ! カイは僕より大人なのに分かってないね。男ってのは勘違いする生き物なんだ。告白なんて百回やって一回成功すれば奇跡だよ」
「……」
カイはさっきから無言だ。視線は、僕の後ろの扉の方へ向いている。
魔力探知を使うと、すぐ真後ろに三つの反応がある。三人とも魔力がそれなりに高い。……終わった。
「ふーん。アルス。そんなに告白してるんだ?」
「……アルス様……私が知らないところで……」
「最低ね」
カイは目線で僕に「どうするんだ?」って聞いてきている。僕は首をかすかに横に振る。
どう見ても敗北必至だ。僕の北方防塞群はすべて突破されているとみていい。
僕はゆっくりと後ろを振り返る。そこには、腕を組んだメル、無表情のリュシア、そして冷たい目のエルナが立っていた。
三人とも食堂の薄暗い入口に立ち、逆光で表情がさらに怖く見えた。
「いやあ。おいしいご飯だった。あれ! メルたちもご飯かい? 三人で一緒なんて……偶然だね? 僕たちはもう食べ終わったからこの席を使うといいよ。
それじゃあ――」
僕は器をもって立ち上がり、一歩を踏み出そうとした。しかし、メルとばっちり目があう。
その視線は、ゆっくりと僕のシチューの容器へと下りていく。
「待って。アルス。まだ半分も残ってるじゃない? 一緒に食べましょう?」
その笑みは最近アリアに徹夜して怒られた顔にそっくりだ。
「俺は訓練がまだ残っているんだ。悪いな先に――」
「カイ。ゲインさんならさっき訓練が終わったから剣を研ぎに行くって言っていたわ。一緒に少しお話ししましょう?
エルナもたまにはカイとご飯食べたいでしょう?」
急に話を振られたエルナは目を丸くして、カイとメルへ行き来させうなずく。
「たまには皆で食べるのも悪くないわね? ねえアルス?」
僕はさっき飲み込んだものの味が分からなくなってきた。
――女神ルミエラよ。どうか祝福を――
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帝都アルベリア 大評議の間 ローゼンヴァルト大公
――同刻。二年ぶりに開かれる大評議は紛糾していた。
高い天井に声が反響し、重厚な石柱が並ぶ大評議の間は張り詰めた空気に満ちていた。
「アークレイン! 貴様! どういう了見でレオニクスと皇国の戦いに参戦した!」
レオニクス大公の怒号は、まるで雷鳴のように議場を震わせた。
「おや、手紙でも返しましたが、私は少しお手伝いをしただけですよ? 良かったではないですか。国境要塞も無事取り戻せたようで」
「なんだと……!」
レオニクス家は、今回の責任を自分たちだけで背負って決着をつけたかった。
初戦で敗北し、庇護下にあった国境要塞を守っていたガルディオン侯爵を失ったからだ。
反撃には出たものの、皇国軍の防衛線を崩せず戦況は膠着していた。
今回要塞を奪還できたとはいえ、実際にはアークレイン公爵軍の介入で皇国軍が撤退し、空になった要塞に入っただけにすぎない。
「レオニクスが戦っている戦争を邪魔しおって! 初戦の敗北で失墜した名誉を、自力で取り戻すはずの戦いだったのだぞ!
あれでは我がレオニクスの評判は変わらん! むしろ、お前たちアークレインのおこぼれをもらっただけだ!」
「苦戦しておいででしたから、同じ帝国のものとして手を貸してあげたのですよ」
アークレイン大公は足を組んだまま紅茶の香りを楽しんでいる。
私はこの男の真意が読み取れない。今の今まで全く動かなかったくせに今頃参入など。
「……おふざけは辞めていただきたい。貴方が動くなど余程の理由があってのことでしょう? 皇位継承争いに参加されるおつもりですか?」
その言葉を境に、議場のざわめきがぴたりと止まり、重苦しい沈黙が落ちた。
レオニクス大公は目を丸くしてアークレイン大公の方を見る。
しかし、当の本人は、騒然とする議場とは対照的に、湯気の立つ紅茶を静かに口へ運んでいた。
「帝国の未来は決まっているのです。正統な後継者こそがふさわしい。私はその正統な後継者を押すつもりですよ」
「なに! ならばアルフォンス様を共に支えようではないか! そうすれば今回のことは不問にしてやる」
レオニクス大公はどかっと、席に腰を下ろす。
まずいな。アークレイン大公が皇太孫アルフォンス様を押すつもりなのか?
胸の奥がひやりと冷えた。アークレイン大公が動くというだけで、帝都の均衡が揺らぐ。
「ええ。私は正統な後継者を押すつもりですよ?」
笑みを強めるアークレイン大公。
「エリック様を押すつもりはないと?」
「さあ? 何度も申し上げている通り、正統な後継者であれば私はそのお方にお仕えするつもりですよ」
レオニクス大公も怪しんでいる。正統性で言えば、アルフォンス様は前皇太子ジークレイド様の直系だ。
一方、エリック様にはその血統の正統性がない。
だが、この男はジークレイド様にも忠誠を誓っているようには見えなかった。それに現皇帝にも……。
私は唾をごくりと飲み込んで聞いた。
「何を……何を考えている? アークレイン大公」
アークレイン大公はゆっくりと視線を上げ、薄く笑った。議場の空気がさらに重く沈む。
だが、しばらくしてその口から出た言葉は私たちですら思いもよらない言葉だった。
「……帝国には英雄が必要なのです――初代帝アルベスすら凌ぐ、真の英雄がね」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
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