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0.躍動する世界

文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。

 ――あの王の力を発現させて早二年、僕は十才になった。


 北方要塞から帰還した僕たちは、ヴァルグレン侯爵領で一ヶ月を過ごした。


 その静かな時間の中で、カイは――傭兵団を続けると決めた。

 ヨルムさんは悲しそうな顔をしていたが、侯爵は『いつでも帰ってきてよい』と言っていた。そして侯爵とカイは失った時間を取り戻すかのように一緒に過ごしていた。


 帝都に戻るときは侯爵家総出で見送ってくれた。侯爵自身も帝都まで同行してくれた。


 別れ際は、侯爵よりもヨルムさんの方が悲しそうな顔していたな。

 

 案の定マーガレットとはまた報酬の分け合いで揉めた。今回はそこそこ守れたと思いたい。

 そして傭兵団の再編や、北方から引き取ったドワーフたちの住居選びも進めた。

 一番変わったのは、僕たちの拠点が帝都だけじゃなくなったことだ。近場のマリードにも拠点を設け、ガストがそこを管理している。


 なぜか――僕たちの傭兵団は、いつの間にか千人を超える規模になっていた。


 さすがに帝都のスラムに千人も武装した集団を置いたら、帝都警備隊に何を言われるか、考えるだけで怖い。

 というわけで、帝都には三百人を残してマリードに主力を置いている状態だ。そのうちマリード以外にも拠点を置く必要が出てきそうだ。


 ……と、ここまでがこの二年間の話だ。


 そして――僕は今、とんでもない問題に直面していた。



「カイの婚約!?」


 思わず声が裏返った。


『ええ、そうなの』とエルナは困ったように肩をすくめた。


 お昼ご飯をメルとリュシアとゆっくり食べた後、僕は帝都にある碧狼(へきろう)傭兵団のアジトの一室にいた。

 壁には帝都周辺の地図が貼られ、机の上には書類が積まれている。参謀本部として使われているその部屋で、エルナの話を聞いていた。

 隣ではリュシアが紅茶を入れ、湯気と茶葉の香りが部屋に満ちている。メルは本棚に本を戻しながら、ちらりとこちらを見た。


「カイって貴族からの婚約を全部拒否してたよね? 確か侯爵が決めることなのでみたいな感じで」


「ええ。そうなんだけど……」


 カイがヴァルグレン侯爵の息子であるとは、公にはしていない。

 しかし噂は早く、すぐに社交界の注目の的になってしまった。侯爵も否定はしていないし、帝都に来たときは一緒に食事もしたりしている。


「なんでまた? 侯爵だってカイのことを尊重して断っているはずだよね?」


 この二年でカイは十五歳になり身長もかなり高くなり、声も大人声に変わり、爽やかなイケメンというより凛々しい感じになった。

 そのため社交界では傭兵出身の貴公子として名を挙げている。


「それが、侯爵のお世話になった騎士の方の紹介なんですって。断ってもいいそうだけれど……。カイ自身も断りづらいみたい。

 カイはあの年でまだ婚約者もいないから……」


 今この部屋のエルナ以外は「早く告白しなよ……」と思ったが、それは野暮である。長年拗らせた恋心に、周囲はみんなやきもきしているのだ。


 というか、カイも満更でもなさそうだけど?

 

 僕は持っていた羽ペンをくるくる回し、インクの匂いを気にしながら天井を見上げた。紅茶の湯気がゆらゆらと揺れ、部屋の空気が少しだけ重く感じた。


「……それで? 僕の方に相談しに来たってことだね?」


「ええ。カイはアルスとガストとはよく話をしているし、そういう話もしてるんじゃないかって思って」


 うーん。皆で飲んだりするときは――僕は果実水だけど――そういう話をする時もある。


「んー。でもなあ。最近はガストの話が多いんだよね。ほらガストも商業区の人と結婚したじゃない?」


 そう。

 わが傭兵団の初期メンバーのスラム出身者で、一番先にゴールインしたのはなんとガストだ。あの寡黙な感じでどうやら裏で話は進んでいたらしい。

 取引先の商会に奉公に出ている娘さんと付き合い、この前結婚した。今はマリードで二人で仲良く暮らしている。


「その時、カイの話もしないの?」


「一応するけど……カイだけじゃなくて僕の話とか、レオの話もするからなあ。でも僕もレオもその手の話は全然ないから、すぐ他の話になっちゃうんだよね」


「え! そ、そうなんだ……」


 なぜかエルナは僕の前で書類作業をしているリュシアや、僕にお茶を入れてくれるメルの方を見ている。二人はなぜか苦笑いしている。

 

 なんだ? まさか二人にはすでに好きな人ができたのか!


「え? メルもリュシアもその手の話があるの!?」


「アルス……私には来てない」


「アルス様。私は亜人ですから、そもそもその手の話は回ってきません」


 エルナは手を当てて小声で「ええ? 二人とも結構……」と言い、誰かが「エルナ! 言っちゃダメ……」とたしなめた。

 こほん、と誰かが咳払いした。


「アルス!」


「え? なに? メル」


 椅子が小さく軋み、メルは勢いよく僕の方へ歩いてきた。

 回していたペンをびっくりして机の上に落としてしまった。インクが少しだけ机に飛び散る。このペンは魔力を通す時だけインクが出る優れものだ。


「カイに直接聞いてきてあげてよ」


「え? 別に構わないけど…。なんて聞くの? きっと婚約はしないさ、って言われると思うけど?」


「そうだったとしても、いつまでもカイに婚約者がいないのは今後困るでしょう? 傭兵団としても偉い人達が結婚していないと安定しないわ」


 メルはかわいらしく腕を組んでいる。メルはこの夏十一歳になり、より少女から美女へと変貌を遂げてきている。僕の姉だというと隣にいる僕の顔を見て驚く人がいるのも納得である。


 パーツの配置が素晴らしいのだ。僕だって、そんなに悪くないはずなんだけどな


「アルス様。エルナはこの傭兵団の中でも魔法騎乗兵を率いる大切な存在です。そのエルナの心が安定しないのは今後の活動に支障が出ると思うのですが」


「そうかもしれないけど……」


 リュシアまでそんなことを言うなんて珍しい。大体僕の意思を尊重して何も言わないのがいつものスタイルだ。


 僕は椅子から立ち上がると、壁に掛けられている今日の予定を書いてある木札を見る。


 カイの今の場所は……今日は訓練場か。ゲインもそっちにいるなら、夜までその場所で訓練しているだろうな。


「とりあえずカイのところに行ってみようか。エルナも来る?」


「え!」


「アルス! エルナも一緒に行ったらエルナが聞いてるのがばれちゃうじゃない!」


「え? でもエルナが一緒の方が話が早くない? 知りたいのはエルナなんだし、そのくらい皆気になっているだろうから――」


「もう! 何言ってるの! 本当にアルスは乙女心がわからないのね!」


 ええ? 僕結構その辺敏感だと思うんだけど、転生前のラノベで鈍感系主人公にヤキモキしていたんだ。つまり敏感に察知できているはずだ。


「いいから! アルス一人で聞いてきてよ! エルナの名前は出しちゃだめだよ!」


「わ、わかった。聞いてくるよ」


 僕はそう言ってエルナの横を通り、扉に手をかけ部屋を出る。扉を開けると、石造りの廊下にじんわりとした夏の空気が流れ込んできた。

 建物の階段を下りてから、後ろを振り返り上を見上げる。


 エルナがいた方が早く結果が分かるのに……難しいなその乙女心ってやつは。


 一度ため息をはいてから建物の廊下を渡り、訓練場の方へ歩みを進める。遠くから剣の打ち合う音がかすかに響いてきた。



*************************************

ヴェルディア帝国 帝都 スラム街 碧狼傭兵団 メル


 ――アルスのいなくなった扉を皆が見つめている。

 さっきまで賑やかだった部屋が、急に静かになった。


 私はため息を一つ吐いた。木製の椅子が小さく軋む。アルスの座っていた椅子の前の椅子に座り、エルナにも前の椅子を勧める。


「ごめんね。エルナ」


「ううん。ありがとう。ごめんね年上なのにこんな相談……」


 エルナは戦場では勇猛果敢に戦い、弓や馬の扱いは傭兵団一の腕前だ。カイの副官として長く戦ってきたこともあり指揮能力も高い。

 赤い髪と相まって戦姫とまで言われるくらいだ。顔も今や美女へと変貌を遂げている。


「しょうがないよ。カイもアルスも鈍感だから……」


 あの二人は本当にどうしようもなく鈍感だ。それでいて自分たちは鈍感じゃないと思っている。尚更たちが悪い。


「メルとリュシアも大変ね? 私よりもずっと一緒に入れる時間があるのに、そういう話になったりしないの?」


「しないね」「しないです」


 アルスは仕事を始めるとずっと机に向かってるだけだ。たまにご飯ですら食べるのを忘れる時がある。私一人では手が足りないから、最近は護衛もかねてリュシアに来てもらっている。


「はあ。アルスもこんな美人二人に好かれているのに困った男ね……。メルもリュシアも告白何度もされているでしょう?

 メルは教会の若い男たちから言い寄られているし、リュシアは傭兵団の男性から凄いアプローチかけられているでしょう?」


「最近はきっぱり断っているから、そこまでではないわ。この前商業区に行ったときは、貴族のボンボンからリュシアは言い寄られていたわね」


「え? それ大丈夫だったの?」


「ええ。その……奴隷というより亜人が大好きな少し変わった方でした。アルス様が戻ってきてヴァルグレン侯爵様の名前出してその場は収まりましたが」


 リュシアは出会った頃よりも、ずいぶん大人びた。横顔を見ているだけで分かる。そしてその下へ目線を移動させてしまった。

 思わず自分の胸へ視線が落ちてしまった。

 

 まだ……これから、だよね?


「メルも教会の司祭の息子から言い寄られていましたよね? この前、大聖堂で会ったあの人です」


 一瞬だれかわからなかったが、思い出した。お世話になっている教会の方の息子で、父親はすごく優しい人だが、その髪の毛が少し寂しい方だ。息子も私より少し年上だったがすでに前髪が後退していた。


「ああ、あの方ね。土下座してまで結婚してほしい、って言われたけど……」


「あの後、あの方は隣にいたアルス様のことを毛嫌いしていて、アルス様本を大聖堂に借りに行けなくなっていました。あの方は大聖堂蔵書館の司書様でもあったらしいので……」


「え! だから最近アルス一緒に大聖堂の仲間で来てくれなくなったんだ。今度その人に注意しておく!」


 私が一人意気込んでいると、エルナが「やめた方がいいわよ。余計に入りづらくなるから」と言っていた。


「ともかく! 私たち乙女連合は男たちにしっかり乙女心を理解してもらわなきゃ!」

 

 部屋の空気が一気に華やぐ。女子だけの秘密会議が始まった。


 乙女連合――数年前にメルがたまたまそこにいたリュシアとエルナと一緒に作った恋愛応援組織だ。

 

 アルスもカイも……ちゃんと乙女の心を理解してもらうわ。アルスはリュシアは許すけど他の人を好きになるなんて許さないから――。


 その時、訓練場の方から二つのくしゃみが聞こえたような気がした。


 遠くで誰かが噂されている音だ。



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