21.皇位
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
皇位と大公が口に出したとき、一瞬ゲインが下を向くのが分かった。口を堅く結んでいる。
大公は僕の目を見たまま、話したことを説明してくれる。
「アルス様は皇位のことをご存知ないでしょう。それもそのはず、帝国でもその魔力階位を知っているのはごく一部の上級貴族か、皇室にいる方だけでしょうから」
大公は静かに椅子を離れ、窓辺へ歩み寄る。月明りを受けた横顔は、どこか思案を含んでいた。
「皇位とは、上位級を超えた魔力階位です。そして――その力を可視化できるほど発現させた者は、初代帝を最後に存在しません」
「初代帝以来、誰も……」
そんな話を聞いても正直現実味がない。大公の言葉が続く。
「ゲイン。アルス様はどのお方の子供なんだい?」
「……それは言えません」
「アルス様だって気になるだろう? 主君の子供にそれを秘密にしたままにするのは不義理ではないのかな?」
ゲインは下を向き奥歯がなるほど噛みしめている。
確かにゲインは最初に出会った時から何かを知っていた節があった。けれど、サリエラのこともあり、僕に話す機会を作らなかったのだろう。
ゲインが苦しそうな顔をしているのを見ていられなくて、僕は声をかける。
「ゲイン。……もちろん気にならないと言えば嘘になる。でも、僕には母さんと父さんがいる。それが揺らぐことはないよ」
「アルス様……」
ゲインが僕を目を赤くしながら見つめてくる。本当に涙もろい騎士だ。この騎士がここまで話さないとするのだ。理由が必ずあるのだろう。
僕は大公の方に体を向けた。
「大公様。僕は傭兵団のアルスです。皇帝になる気はありません。皇位継承にも参加する気はありません」
「……そうですか。アルス様がそのように仰るのであればそうしましょう」
良かった。大公がそう言ってくれるのであればこのまま――
「ですが、私も大公領の民の安寧のため、この帝国のために動くのは自由にさせて頂きます」
「……それは僕のことを皇宮に報告するということでしょうか?」
それが一番まずい。
そうなったら傭兵団にも迷惑がかかるし、大公が命じれば、これからの仕事に支障が出るかもしれない。
メルとリュシアが僕の腕を強く握る。二人とも不安そうで、何か言いたげだが言葉が出てこない。
二人とも……流石に腕が痛い……。
「おや、私は言葉にしたことはきちんと守りますよ。大抵は、ですが。それでも皇宮に報告はしませんよ。
余計な媚は売らず、己の領地を守ることだけを優先してきましたのでね。
だからこそ、皇室には好かれてないでしょう」
「好かれていない……?」
「ええ。他の大公たちは今の皇室にすり寄るのが得意ですからね。ですが、我がアークレインはそのようなことはしません」
わざわざ、アークレインという言葉を強調しているあたり、なんとなく三つの大公家は仲良くないのが推察できてしまった。
大公はそれすらも僕に気付いてほしいのだろう。
「アルス様が皇帝になる気がない旨は承知いたしました。ですが、私が引き下がっても一度その力を示した以上、静かには済まないでしょう」
大公は扉の前に近づき、最後に思い出したかのように言った。
「もし困ったことがあれば私をお頼りください。領都にてお待ちしております。
御身に女神ルミエラの加護がありますよう」
最後に一度僕の方に頭を下げ、大公は今度こそ去っていた。
静かな人だけど、すごく頭が切れる人、といった印象だ。
なんて言うか、無表情な横顔のせいか、どこか距離を感じる人だな。
「アルス様……申し訳ありません」
急にゲインが僕に頭を下げてくる。
背丈が高いからそれでもゲインが目をギュッと瞑っているのが見える。
「いいんだ。気にならないって言えば嘘になるけど、真実を知ったところで誰だかわからないしね」
「アルスは本当に皇宮に戻らなくていいの? そこの方がいい生活ができるんじゃないの?」
メルが僕の顔を覗き込むように聞いてくる。見ればリュシアやガンテも僕の方をじっと見ている。
「きっといい食事も出て、いい服も貰えるんだろうけど、でも皆がいないじゃないか。それじゃ僕にとってのいい生活とは言えないかな?」
ガンテが、場の空気を和ませるように笑った。
「がはは! 坊は天性の人垂らしじゃの!」
ガンテが僕を茶化してくるが、本当のことだ。皆がいるならどこでもいい。
僕たちはそのまま、明日に備えてもう一度眠ることにした。
戻ってきたアリア母さんも、ゲインも今日はここで寝るらしい。
「何かあったら困りますからな!」と言っていたが、魔物も去った今早々起こらないと思うけど……。でも頼りになる。
そして、そのまま眠りについた。
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鉄嶺堡 宿舎 アークレイン大公
――アルスと別れた後、大公は直ぐにでも出立する準備を進めていた。
他の騎士団の者たちも、急な転進に驚きながらも粛々と準備を進めている。
「閣下? すでに夜も更けているのに、本当に出立なさるのですか?」
私の副官――ルシャナが声をかけてきた。そういえば帝都の会議が終わってからずっと付き添ってくれていた。
「ルシャナ。ついに見つけたのだ。私が仕えるべき真のお方を」
「それは……次の皇帝陛下候補ということでしょうか?」
さすがに理解が早いな。
ルシャナと話をしていると話がしやすくて助かる。
「そうだ。アルス様というお方に出会った。この要塞が落ちること以上に意味のある出会いだった」
すると、ルシャナは慌てたように周りを見渡し、私に少し近づいてから声を下げて注意してきた。
「閣下……そのような物言いは……聞かれると困るので止めてください」
「そうだったな。すまない。少し興奮しているようだ」
そして、私は思い出したかのように少し考えにふける。顎に手を当てると少しひげが伸びてきているのがわかる。
「それで、この後はどのように動くのですか?」
私はしばらく黙り込んだ。
すでに答えは決まっている。
「むろんアルス様を皇帝にするのだ。それ以外にはあるまい」
アルス様に出会って分かった。あのお方はあの年頃にしては頭もかなり良い。話を完全に理解していたし、周りからの信頼も厚いのだろう、エルフとドワーフという気難しい種族すらも信頼を寄せているのだ。
まさに万民に愛される器の持ち主だ。あの方が皇帝にならずして誰がなるというのか。
確かに出生の秘密は気になる。
私が知っている皇族でそのような女性がいただろうか?男性かもしれないが、それであれば皇室が完全に把握しているだろう。
降嫁した女性をもう一度調べてみてもいいかもしれない。
女性……私は一瞬、帝都でいつも通う高級娼館の女性を思い描いた。
気品があり、私が帝都にいる間は私が常にそばに置いている女性だ。
――まあいい。アルス様に出会えた以上、母親が誰かなどどうでもいいことだ。
それよりも……。
「ルシャナ。しばらく私から離れて傭兵団の募集が出たら中に潜り込め。そしてアルス様に近づけ」
「はっ。承知いたしました」
「私はしばらく領都でやることがある。報告を怠るな。すべて記録して私に送れ」
ルシャナは頭を下げ、そのまま私のもとから去っていく。きっとうまく入り込むだろう。
魔力も中位級だ。すぐに気に入って取り立てるだろう。
さて……まず手始めに皇国との戦争を終わらせるとしよう。
アルス様が皇帝になるというのなら、まず帝国そのものを立て直す必要がある。
レオンハルトの爺が何を言おうが関係ない。
私は年甲斐もなく胸が高鳴っているのを感じる。
最近は暗い未来の展望しか見えなかったが、ここにきて光明が見えた気分だ。
私は後ろの騎士に声をかける
「お前は先に領都に戻り、騎士団に動員令をかけろ。先発はフランクを総大将に一万。連邦側から攻め込み皇国へ圧力をかけろ」
「はっ」
騎士が去っていくのを見ながら、自然と口角が上がるのがわかる。
アルス様……時代が貴方を放ってはおかない。
――きっと、いや絶対に。
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――大公はどうやら深夜に帰還したらしい。それを聞いた時は驚いたものだ。
皇帝にならないかと、もう少し粘るかと思っていたから肩透かしを食らった気分だ。
粘られても答えは変わらないからいいんだけど。
「この死体はここに積んで! まとめて燃やすって言ってたから!」
「あいよ! 坊ちゃん!」
僕は今ドワーフたちや傭兵団の仲間たちと戦後処理――したいの片付けだ。今日は西門の区画だ。
魔物たちの死体は城壁の至る所にある。そのまま放っておけば疫病の元にもなるし、他の魔物を誘発しかねない。
仲間の死体は砦の中できちんと葬るが、魔物はまとめて焼却だ。
「おーい。アルスー」
「ん? ボラム! どうかしたの?」
城壁近くで指揮をとっていると、後ろからボラムが息を切らしながら走ってくるのが見えた。
「はあはあ。さがしたよー」
ボラムの呼吸が落ち着くのをまってから、話を聞いた。
ヴァルグレン侯爵が僕を呼んでいる、と。
最近、大貴族とよく会うな、と心の中で思いながらボラムに「わかった」と伝える。
この場はボラムが引き継ぐそうで、すぐに向かうことにする。
道中メルが負傷者の回復をしているのが見えた。
するとメルは僕に気付き、負傷者の治療を中断して僕の方へ駆け寄ってきた。
「アルス! どこへ行くの?」
「ヴァルグレン侯爵に呼ばれているんだ。何か話があるみたいで……」
「私も行く!」
「え? でも、治療中じゃなかったの?」
「皆軽傷だよ。城壁の上で作業してて、指を切ったとかそんな感じ。回復魔法が使えるようになってから皆いっぱい来るんだけど大変なの」
それだけじゃ無いんじゃないかな?きっとメルに会いたくてきている人も相当数居そうだ。
「メル……気をつけなきゃダメだよ?」
「私よりアルスの方が気をつけてよね! すぐ怪我したり、倒れるんだから!」
解せぬ……メルには僕の思いは伝わらないのだろうか。いつまでも出来の悪い弟だと思われていそうだ。
「ともかく! 私も一緒に行く!」
メルはそう言うと僕の手を握り、侯爵の待つ部屋の方は歩き出した。
別に手を繋いでもらわなくても、迷子になったりしないのにな……。
僕はそう思いながらも、メルと一緒に歩き出した。
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