20.アークレイン大公
少し会話の行間を開けてみました。良さそうなら他もこれにしてみようかと?
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
大公と名乗った男が一歩近づいた瞬間――空気が震えた。今まで出会った誰とも比べ物にならない。
皮膚の表面を撫でるような魔力ではない。圧そのものが層を成し、幾重にも折り重なって大公の身体を包み込んでいる。
「そ、そんな……どうして大公様が僕に頭を……」
僕は傅く大公を前に、喉が一度ごくりと鳴った。帝国に三人しかいない大公。ほかの貴族の頂点に立つ存在が、僕に膝をついている。
「そのように私に畏まる必要はございません。あなたは皇室に連なるお方。敬語も不要にございます」
「皇室……ですが、僕は望まれた皇族じゃありません。認知もされていませんし、庶子として扱われているはずです」
サリエラ一家に預けられた庶子。それが僕の立場だ。皇宮にいる”本物の皇族”とは違う。
「関係ありません。貴方様は王の力に目覚められました。それこそが証なのです」
「王の……力?」
「はい。私は遠くからでもその力を感じました。あの力は、帝国史に刻まれたものだけが放つものです」
王の力。
最後に使ったあの力のことだろうか。
だけれど、僕は前から仲間を強化する力は使えた。あの力がそこまで大げさなものだとは思いもしなかった。
その時、扉の方から大きな声が聞こえた。
「アルス様! 起きられましたか! 心配しましたぞ! このゲイン心配で夜も眠れ……ず」
「あ、ゲイン」
ゲインが扉の方から涙を流しながら入り込んできたが、僕の横の人物を見て固まった。
「アークレイン大公! なぜ貴方がここに?」
「おや、随分な挨拶じゃないかゲイン騎士団長どの。いや、今は元だったかな?」
「いや……失礼をしました。まさかここにいるとは思いませんでしたぞ」
ゲインが珍しく僕以外で畏まっている。
「ゲイン。君が騎士団を辞したと聞いたときは驚いたものだよ。今の陛下に忠義はなくとも帝国自体に忠義がある男だったからね。
だけれど、アルス様を見て納得したよ。そういうことだったんだね」
大公はゲインを見ながら、何かに納得したような顔をしているが、ゲインは難しそうな表情を浮かべている。
「……アルス様のことをどうなさるおつもりか?」
「アルス様は王の力に目覚められた。その意味は分かるだろう?」
「っ! まさか! 皇位継承争いに巻き込むおつもりか!」
皇位継承?そういえば、帝都では随分前に、次の皇帝が誰になるのか揉めていると聞いたことがあったな。
それに僕が?
「その……なんで僕が? 確か皇太子様がいると聞いたことがあるのですが?」
僕の疑問を聞いて大公が僕の方を振り向く。ゲインは扉の前から僕の方に近づいてきてそばに立った。
「アルス様は、この帝国の皇帝がどのように選ばれているのかご存知でしょうか?」
「いいえ。知りません」
「皇帝は選ばれるのではなく、目覚めるのです。王の力に目覚めた者だけが皇帝になる資格を持つのです」
あの力が皇帝になる資格ということになるのか?
ほかにも使える人がいるなら、その人も候補になるのだろう。
僕の疑問は、次に大公が放った言葉で解消される。
「アルス様。王の力に目覚められた方は3人しかおられません。初代帝から三代帝まで、その力に目覚めたとされています」
「3人……」
「しかし、四代帝から先は一人も目覚めておりません」
「えっと、それって現皇帝陛下は目覚めていないってことですか?」
「そうなります。ですが、それは本来あってはならないことなのです」
その時の大公の表情は険しかった。本当に、あってはならないことだと思っているようだった。
するとゲインが言葉を繋いだ。
「……アルス様を皇位継承に参加はさせません」
「なぜだ? この力を持っているのであれば、次期皇帝候補の最有力者だ。
ゲイン。貴方もわかっているはずだ」
「それでも! それは……それだけは、承知することはできません」
ゲインが僕の顔を少し見て、そのまま絞り出すかのように言った。
「ゲイン。これはこの国の未来の話だ。貴方が嫌だからという理由で、この国を終わらせるわけにはいかない」
「……」
「暗愚帝以降、この帝国は衰退した。過去の栄光はもうなく、腐敗にあふれ、かつての強国だった面影は張りぼてとなり果てた。今のままでは、帝国はさらに衰退する」
「……そうであったとしても……アルス様を皇位継承に参加させるわけにはいかないのです」
部屋に沈黙が流れた。リュシアやメルも話を聞いて驚いた表情のまま静かにしている。僕もどうしたらいいのかまるで分らない。
「ゲイン……貴方の、いや月影騎士団の今の主君は誰だ?」
「っ!!」
「月影騎士団は皇帝直属……だが、実態は違う。君たちは“皇帝ではない誰か”の命で動いている。
この私をもってしてもその誰かが分からない。そのようなことあり得ないのだよ。大公が調べて分からないなど」
大公は静かに事実を語る。そして、少し部屋の中を歩き始めながら淡々と続ける。
「月影騎士団は、その“誰か”の命で動く。そしてゲイン、君はその方に絶対忠誠を誓っているはずだ。
それなのに今はアルス様に仕えている――矛盾していると思わないか?
その方の指示だろう?だが、アルス様の出生が分からない。私も知らないくらいだ。よほど巧妙に隠していたな?」
大公は一つ一つを確かめるように、着実に正解へと近づいていく。
「――もしくは、その方のご子息か?」
大公のその言葉にゲインは表情を一切変えていない。魔力の乱れもない。だが大公は確信したように笑った。
「ゲイン。アルス様は……月影騎士団の真の主君の子供だな?」
「……」
「確信したよ。全てつじつまが合う。隠せるのも当然だ。君たちが動いているならね。
初代帝より続く帝国の影。貴方たちが秘密を守ろうとしたら私でもわからない」
ゲインの方を見ると今まで見たことがないくらい無表情だ。冷たい瞳。今にも大公へ切りかかりに行きそうな勢いだ。
「……アルス様は皇位継承に参加はさせない。大公閣下、これは貴方であってもさせるわけにはいかない」
ゲインが拳を握りしめ、僕を庇うように一歩前へ出た。そして、その声は今までの声とは別の質をもって部屋に響いた。本当にゲインなのか疑問に思ってしまうほどだ。
「ほう。私とやるつもりか? ゲイン」
「必要であれば」
途端に、空気が押し潰されるような圧が部屋を満たした。
ガンテもいつの間にか起きて、僕を庇うようにベッドの前へ身を寄せた。
リュシアとメルは、圧に押されるように僕へ身を寄せ、しがみついてきた。守るように腕に力が入る。二人のいい匂いが鼻をくすぐる。
「ふ、ははははは」
突然大公が笑い出した。ゲインも急に笑い出した大公に驚いているようだ。
「っ! 何がおかしいのですか?」
「いやなに。貴方がそこまで守ろうとするなど、本当に確信してしまった。アルス様は月影騎士団の主君の子だろうとな。
安心したまえ、皇宮には黙っておこう。少しからかっただけだ。それに――」
大公はその目線を扉の方に向け、そのまま軽く頭を下げた。
「女性を待たせるのは私の主義に反するな。料理もさめてしまうだろう?」
見るとアリア母さんが料理を持って、開いている扉からこちらをうかがっていた。
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――あれから大公は僕がご飯を食べるのを、静かに目を閉じて腕を組みながら椅子に座って待っていた。
ゲインはずっと厳しい表情を崩さない。
いやいや、ゆっくり食べさせてよ……。いやだよこんな空気で食べるの。
できれば、リュシアかメルと一緒に会話しながら食べたかった。だが、僕が食べ終わるのを見るとアリア母さんが、すぐに食べ終わったお皿を下げてしまった。
必然的に会話できる状態になってしまった。
「アルス様は、皇帝にはなりたくはないのですか?」
大公が、僕から離れた位置にある椅子に座ったまま僕に聞いてきた。ゲインは僕のベットのすぐ横にいる。
「あまり興味はありませんね。今の生活でも充分に恵まれていますから」
「なるほど……あまり権力とかには興味がないのですね」
「傭兵団のことで手一杯ですから」
今でさえこんなに大変なのに、皇帝とか勘弁してほしい。とてもじゃないが、僕にはできない。
「大公閣下はアルス様を皇帝候補にして、第三の勢力を作ろうとしているのですかな?」
「第三の勢力?」
僕は思わず聞き返した。
帝都では、次の皇帝を巡って揉めているとは聞いていた。でも、僕がそこに加わるということなのか?
「ゲイン。貴方は今の皇室に帝国を再興させる力があると?暗愚帝が皇帝になって以降、まともな皇帝は一人も現れていない。次代でさえ操り人形にすぎない。
アルス様はその資格があるのだ。帝国の臣民として当然の考えだと思わないか?」
「それは! それは……いささかアルス様の意思を無視した考えですぞ」
「私はただ、アークレイン大公領が安寧であれば良い。それを帝国が守ってくれるというから代々仕えているのだ。
それだけだ。むしろゲイン貴方は何を考えている?ここまで力を示したアルス様が、ただの傭兵として終えると思っているのか?」
ゲインはその言葉を聞いて僕の方を一度見る。その顔はとても悲しそうで、悔いているように見えた。
「……アルフォンス様ではダメなのですか?」
「ダメと言う話ではない。資格が無いと言っているのだ。皇帝になる為の素質をお持ちでは無い。
君はもう一人のエリック様のことも聞きたいのだろうが、あの方こそ資格はない。だが――」
大公は僕の方をその青い瞳で見つめる。この人に見つめられると自然と背筋が伸びてしまう。
「アルス様にはその全てがある。腕輪で正体を隠していようがいつかは全てわかってしまうだろう。
ゲイン、貴方は知っていたはずだ。あの可視化できるほどの魔力……アルス様は――」
大公は一度言葉を止め、僕をまっすぐ見つめた。
「初代帝と同じ皇位の持ち主だ。――歴代の皇帝ですら、誰一人として到達できなかった、あのお方と同じなのだ」
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