18.鉄嶺堡《てつれいほ》の戦い_下
長くなりました。改稿予定です。
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
――三日目。僕は北門に来ていた。
朝の空気の中で吐く息は白く冷たい。来てはみたが、広がるのは草原ばかりで人っ子一人見えない。
今日侯爵が来てくれなかった場合は……どうやって逃げるかな?そもそも逃げられるのかな……。
その時、後ろからリュシアの声が聞こえた。
「アルス様。団長が南門へ来てほしいとのこと」
「うん。わかった。行こうか」
僕は最後に名残惜しそうに北門の先を見つめるが、変わらず広がる景色が見えただけだった。
南門へ着くと、すでにドワーフや傭兵たちが並んでいる。眼下にはゆっくりと森から出てくる魔物の軍勢が見える。
初日から数はほとんど変わっていないように見えた。カイが僕に気付き手を挙げている。
カイの隣につくと、カイが僕にだけ聞こえるような声で話し始めた。
「アルス。今日も猛攻撃だろうな。こっちは元々千人ほどのうち過半数がやられている。東門を守らなくていい分を合わせても厳しいな」
カイは城壁の上で金髪を揺らしながら、眼下に迫る魔物たちをじっと見つめている。
僕ものぞき込むと、昨日よりもオークの数が多い。それにゴブリンの中でも体格のいいもの――ホブゴブリンの数も初日よりも明らかに多い。
「敵も、本気だね」
「ああ。魔力持ちの数もわかるか?」
「いや、この戦場に来てから居るのが分かるくらいだよ。魔力の密度が高いから中位級が多いと思う。上級もいるかもね」
「ははは。笑えないな。上級が来たら」
上級など帝国でも滅多にいないし、そもそも見た事ないからどのくらいか分からない。
「とりあえず、まだ魔物たちも準備している段階だ。作戦も何もないさ。守るだけだろう?」
「うん。今日は侯爵の軍勢が来てくれるはずだ。来ることを祈るしかない」
「連絡が取れていないからな。ヨルムさんも居るし、来てくれるとは思うが……」
その言葉の先は言わなくてもわかる。その前に要塞が陥落する可能性が高いのだ。
「……一応周りの要塞へも連絡はしているけど、どこも攻められているみたいだ。ここほどの数では無さそうだけれど」
「ワルトたちを行かせたのは失敗だったか?」
僕の方を見ずに聞いてくるが、カイも失敗だったとは思っていないだろう。その分、敵も分散したからだ。
「僕たちの数が多少増えても、厳しいのは変わらないさ。成功か失敗かなんて誰にもわからない。今は皆で生きて帰ることだけを考えるしかないよ」
「そう……だな。悪い、俺も少し怖気づいてるんだろうな」
見ればカイの顔もだいぶやつれている。戦闘が始まって二日で当初100近くいた傭兵団の数は40人まで数を減らしている。領都で募集した数を入れてそれだ。
連れてきた傭兵たちは南門にほとんど居た。戦闘経験の高さから必然的に激戦区に置かれたのだ。
皆知らぬ顔じゃない。僕をよくからかってきた奴も、一緒に訓練してきた人だっている。
――もはや一緒に帰ることは叶わなくなってしまったな。
「少しでも多く生き残れるようにしないとな……」
カイは後ろを振り返り、傭兵団員たちを見つめている。僕もそちらを振り返りこの中で果たして何人帰れるだろうか、と心の中で思ってしまった。
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――その日の戦闘は、昼前から激戦を極めた。僕自身も剣を握り、少しでも敵を倒しながら指揮をしていた。
「大楯隊!前へ2歩――〈リミテッドブレイク〉!」
「「応」」
「そんなんじゃ、アルスの坊に頼りないと思われるだろうが!気張れや!」
まずいな……西門にも敵がこんなに。
「ぎゃぎゃぎゃっ!」
「この……!ぐっ、だらああ!」
ついに大楯隊の面々にも負傷者が出始めた。前よりも数が少なくなっているところに、敵は増えているから対処しきれていない。
「邪魔なんだよ! どけ! 私に近づくんじゃねえ!」
「ルビーさん! あんまり前に出ないでほしいっす! 連携が取れないです!」
「ケイト! お前、口動かしてないで手を動かせよ!」
「それはルビーさんっす!」
西門の城壁上はもう限界で、ルビーたちが階段を死守している。だが奥の区画はすでに魔物に食い破られ始めていた。
「アルス!カイより伝令!南門に中位級が一体!持たないみたい!」
その時エルナが走ってきて最悪の状況を伝える。
中位級の出現頻度が高すぎる!僕たちが守る西門にも魔物が殺到している。南門から同時に何体も出てきたか!
僕はルビーを援軍に出すことを決め、指示を出した。エルナに礼を言われたが、戦況は悪い。
くそっ。侯爵はいつになったら来るんだ!
先ほどエルナにも嗜められたばかりだが、常にそう思ってしまう。こうしている間にも、ドワーフも傭兵団の仲間たちも次々とやられているのだ。
そして、更に戦況は悪化していく――
すぐ後ろの城壁塔に、急に火の手が上がった。ゴブリンメイジの中位級が出てきたのだ。城壁の一角を完全に占拠された。
エルナもすぐにこちらで戦ってくれているが、あいつを倒すならリュシアしかいない。
「リュシア!」
「アルス様! こちらも中位級が!」
ケイトの前にはホブゴブリンの中位級。リュシアの前には身体強化のオークが登ってきていた。どちらも厄介な敵だ。
まずい…!本当にまずいぞ!崩壊するぞ!
そして、その時――
エルナに向かって先ほどのゴブリンメイジから魔法が放たれた。
「エルナ!」
「っ!」
そして、そのままエルナは城壁の階段付近まで飛ばされた。
「まずい! この高さから飛ばされたら!」
僕は慌てて下を見ると、エルナは身体強化を咄嗟にしたらしい。全身に火傷を負いながらも、かろうじて動いているのが見えた。
ほっとしたのも束の間、戦況が悪いことを再確認する。
……西門はもう持たない。撤退するしかない。エルナを救出しなければまずい!
「ガンテ! 僕と一緒にエルナを救出しに行ってくれないか!」
「…っどら! アルス坊! ……おうよ!ゴンズ!あとは任せるのじゃ!」
ガンテは、目の前のオークの頭を盾で叩き割りながら僕に答えた。
「悪いね。戦況は最悪だ! けど、エルナを失うと余計に厳しくなる!」
「わかっとる! アルス坊の行きたいところについてくだけじゃ!」
僕はガンテに少しだけ微笑むと、一度頷いた。頼りになる味方だ。出会ったのはまだ少しだけど、ガンテなら僕の背中を守ってくれるに違いない。
「行こう!」
階段付近にいたケイトたちの支援をしつつ階下に降りていく。なんとか、ケイトとガンテで中位級を倒したが、ケイトも怪我だらけだ。
「自分は上で戦うっす! 上で敵を押さえるっす!」
「わかった! 頼むよ!僕たちもエルナを連れて、すぐに上に上がる!」
下に降りると、敵の死体と味方の死体が入り混じっていた。ひどい光景だ。
僕はすぐにエルナのそばに行くと、おんぶするようにしてエルナを担いだ。身長が低いから、引きずるようになってしまうけど仕方ない。
「……ごめん。アルス」
「話さないほうがいいよ。西門はもうダメだ。南門まで撤退しよう」
「坊。嬢ちゃんの足はわしが持つ。嬢ちゃん嫌がっても文句言うんじゃないぞ!」
エルナが少し笑っている。僕も少しだけ笑った。
「急ごう!」
「おうよ!」
西門の城壁上に戻ると、リュシアとケイトが中位級を倒したらしい。城壁に登ってくる魔物はまだ多いが、少し余裕ができた。
僕は一度息を目一杯吸うと撤退の指示を出した。
「全員南門の城壁まで撤退だ! 引いてくれ! 大楯隊を中心に徐々に後退する!」
「おう! ほら気張れ! ドワーフの同胞よ! 一旦撤退じゃ!」
ドワーフたちが次々と集まってきて、なんとか一塊になった。城壁の上にはもう多数の魔物が登ってきている。
少しずつ後ろに下がり、南門との連絡通路まで下がっていく。ここを梯子で登れば南門へ入れる。
「すまない! 南門の誰かいるか! 梯子を下ろして欲しい!」
だが、南門の上からは返答がない。一瞬最悪な想定が浮かんだが、すぐにボラムが顔を出したことでホッとした。
「今降ろすよー! 離れててー!」
そして梯子が降りてくる。
「リュシア。エルナを連れて先に上がって」
「で、ですが、アルス様!」
「ごめん。話を聞いてる時間はないんだ。ガンテがあるから平気さ」
渋るリュシアにエルナを背負わせ先に行かせる。問題は誰が残るかだが、もちろん大楯隊と僕だ。
「ケイトも先に行って欲しい。南門も押されているはずだ。ルビーたちがどこまで耐えているか……」
「……わかったっす。アルスさんも早く来るっすよ!」
「もちろん。すぐ行くよ」
僕はケイトに少し笑いかけ、目の前を見る。
大楯隊は必死に耐えてくれている。僕はなけなしの魔力を発動する。
「〈リミテッドブレイク〉」
ドワーフたちに重ねがけをする。重ねても効果が長引くだけだ。意味はあまりないかもしれない。
けど、一緒に戦う者として何もしないのは――格好が悪いじゃないか。
「アルス坊。最初に撤退するのじゃ」
「そうだね。そうするよ」
「……」
ガンテがこちらを見る。何か言いたげだが、もう敵は倍以上に増えている。
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――あの後、リュシアも結局降りてきて必死に梯子を守るような形になってしまった。
大楯隊の盾が一つ、また一つと減っていく。最後は自分の体を盾にするかのように……。
「坊! もう持たない! 引け!」
「まだ! 僕だって剣くらいは振るえる!」
「坊!」
まだだ!侯爵の援軍が来れば皆助かる。
少しでも!少しでも――
その願いは虚しく、ついにゴンズが敵に殴り飛ばされ壁に打ち付けられ――
魔物にすぐに囲まれて見えなく――
「ゴンズ! 坊! ……リュシアよ! 坊を連れて行け!」
「まだ! まだ戦える!」
「役に立たん! 坊よ! わしがあとは引き受ける! リュシア!」
リュシアは、すぐに僕のそばに来て僕を抱き抱えた。
「アルス様、もう無理です!」
「まだだ! ガンテたちを置いていけない!」
「それでもです! 私はアルス様を死なせるわけにはいきません!」
待ってくれ!まだ大楯隊は――
梯子に登るリュシアに抱き抱えられながら、僕は下を見た。もはや大楯隊は孤立しており、梯子の下ではガンテが傷だらけになりながら梯子を守っていた。
「おうよ! 一度は死んだ命じゃ! 最後に恩人に返せるなら、女神様も喜んで迎え入れてくださるじゃろう!」
ガンテは笑っている。
だけれど――
サリエラの時のことが頭を駆け巡った。
僕は――
また……失うのか。何もできないまま。
「なんでだ! なんでなんだ! 何が悪いんだ! 教えてくれ!」
何が悪かったんだ。ただ目の前で自分の親しい人が死んでいく……いつも、いつもそうだ。
彼らは【いい人生】だったのか?
虐げられて、戦場で散る。
それが……いい人生なのか!
その時――今までつけていた腕輪が震えた。
そしてまるで、僕の体を包むかのように青い光が溢れ出てきた。その量は――異常だ。
なんだ……これは!なんだ!
抱き抱えているリュシアも驚愕しているのが伝わる。
何せこの魔力量は――
中位を遥かに超えている。城壁だけじゃない。戦場全体をも包んでいる。
まるで誰かに囁かれたように、その言葉が浮かんだ。
「ロイヤル・マイト」
口にした瞬間、なぜこの言葉を知っているのか――そんな疑問が頭をよぎった。
その一言とともに、戦場全体を魔力が駆け抜ける。
途端に、戦場にいる兵士たちの位置がすべて頭の中に浮かんだ。
傷ついている者。倒れている者。恐怖に震えている者。
そのすべてが、手に取るように分かる。
そして――傷ついた兵士たちが、次々と立ち上がっていく。
「ア、アルス様……その髪と瞳は……!」
リュシアが驚愕した表情で僕を見ている。
「今はガンテたちを助けるのが先だ! 皆傷が癒えてきている! ガンテ!」
だが、下を見るとガンテやゴンズまでも起き上がっていた。
途端に戦局が変わり始めた。
大楯隊が武器を振るう。
ただそれだけで、魔物たちが次々と吹き飛んでいく。
「なんじゃ……この力は……!」
ガンテが驚愕の声を上げる。だが、僕にはそれ以上のことが分かっていた。
戦場にいる全ての兵士の位置が分かる。
傷の痛みも、恐怖も、苦しみも――全部、僕の中に流れ込んでくる。
そして、その全てを包み込むように、僕の魔力が広がっていく。
「……僕が、皆を守る」
その瞬間。
戦場を覆っていた魔力が、さらに膨れ上がった。
――この日。
ヴェルディア帝国の歴史に、新たな王の力が刻まれることになる。
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