12.北方要塞群
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
侯爵の言葉を聞いた瞬間、胸が強く締め付けられた。
帝国北方を守る七つの砦――北方防塞群のうち四つが陥落したというのだ。その砦が、半分以上も陥落しているなど、普通であれば考えられない。
「……侯爵閣下それは私たちに知らせてしまってよいのでしょうか?」
カイが震える声で侯爵に尋ねた。この情報はどう考えても秘匿事項だろう。庶民である僕たちに知られていい情報ではない。
「ふんっ。もう手遅れであろう。お前たちには侯爵家の不祥事も知られてしまった。
それに、先ほどの魔王の話といい、お前たちの情報収集能力は高い。すぐに知れ渡ってしまうだろうからな。であれば、先に話しても問題なかろうと判断したまでだ」
侯爵は不機嫌そうな顔のまま椅子に深く座りなおした。そして、ひじ掛けに腕を置き足を組んだまま続けた。
「追加依頼というのは、砦への派兵依頼だ。本来なら他の傭兵団にも同時に声をかける予定だった。
だが今の侯爵家は、度重なる戦争と魔王軍の侵攻で兵力をほとんど割けん。領内の治安維持すらままならん状態だ。
それにマーズの件もある。あれも我々が手を離せないのをいいことに、好き勝手しおった」
「傭兵であれば冒険者含め、北方はたくさんいると聞いていましたが……」
僕は無礼を承知で会話に入り込んだ。今更、この人はそんなことを気にするような人ではないだろう。という判断だ。案の定、侯爵は僕の質問に対しそのまま答えてきた。
「もちろん、北方の傭兵たちにも声はかけた。だが……足りん。全く足りんのだ。騎士団も領地を守る兵力以外は全て砦に送っている」
「それでも食い止められないのですか?そこに僕たちが加わった所であまり役には立てないような気がするのですが……」
カイの言う通りだ。そこまでして食い止められないなら、僕たち100人くらいが言っても焼け石に水だろう。
すると。侯爵のすぐ後ろに控えていたヨルムさんが言葉を発した。
「陥落した兵士の生き残りから話を聞いたのですが、どうやらドワーフたちの動きが悪いと報告にはありました。今にして思えばそれも仕方のないことでしょうが。
それと同時にどうやら鉄嶺堡からの補給が来ない、というのも戦況に大きく影響しているようです」
「鉄嶺堡?」
カイと僕は顔を見合わせて知っているか?と互いに確認したが、どうやら僕たちも知らない名前だ。北方防塞群として認識しているから、砦一つ一つの名前なんて知らないのが普通だ。
すると、侯爵が僕たちが知らないことを察したのか、顎で説明してやれ、とヨルムさんに指示を出した。
「鉄嶺堡は初代帝アルベスとドワーフが築いた“北方の心臓”です。鉄鉱山そのものを要塞化した、当時の技術の結晶――難攻不落の砦と言われております。
そして、六つの砦に地下から物資を送るための補給要塞としての役割もあります」
「ということは、その砦からの補給が来ないということは既に陥落した、ということですか?」
「いえ、陥落はしておりません。ただし――現在は……」
ヨルムさんが侯爵の顔をうかがっている。言いにくいのかな。その視線を受けた侯爵がため息をつきながら事情を説明してくれた。
「……鉄嶺堡は、今はドワーフと冒険者たちに占拠されておる」
侯爵は苦々しく吐き捨てた。
「待遇を改善しろ――それが奴らの要求だ。応じない限り砦は返さぬ。補給も止める、と言い放っておる」
「それは――つまり、僕たちが保護しているドワーフたちと一緒に砦に行って砦の解放を促してこい、ってことですかね?」
僕は思ったことをそのまま口に出してしまった。横からカイが「アルス!」と諫めてくれるが、さすがにこれは僕たちというか傭兵団に益がなさすぎる話だ。
「そういうことになる。行ってくれるな?いや、行くのだ!帝国にいる傭兵は有事の際には戦闘に参加する義務があるはずだ」
「ですが、それは必ず報酬を先渡しした場合に限るという法律であったと記憶しています」
「ふん。そこまで知っておるのか。意外と帝国での傭兵の扱いを知っておるようだな。だが、報酬の先払いであればいいのであろう?いいだろう。
カイ。お前に私の権限で男爵位をくれてやる。金は500枚さらに追加してやる。さらに領内での傭兵募集にも侯爵の名前を貸してやる。武器防具も城に余ってる奴ならくれてやる」
カイは息を呑んだ。男爵――それは、スラムの子供だった自分には縁のない言葉だ。
侯爵もそこまで追い詰められているのか。けど、この報酬にはデメリットも存在する。
それは、男爵として任じたのがヴァルグレン侯爵ということだ。つまり、今後カイが貴族として帝国で活動するときは侯爵派閥ということに自動的になってしまうのだ。
侯爵自身がどの勢力に属しているのか分からないが、3年前の襲撃を裏で操っていた勢力と近いのは避けたい。
「どうだ?男爵になることは傭兵団としてもこの上ない名誉だろう?」
「……」
カイも僕と同じことを考えているのだろう。果たして侯爵が信用できるかどうか。だが、露骨にここで断れば信用していません、と言っているようなものだ。
返答に困るなこれは。
「閣下。あまり、性急にことを進めるのはよくないかと」
ヨルムさんが僕たちの空気を察してか、横から助け舟を出してくれた。侯爵は椅子から立ち上がると僕たちに近づいてきた。
「お前たちが何を心配しているのかは知っておる。3年前に貴族にそこのアルスという小僧が襲われたのだろう?そしてその黒幕が貴族だということも知っておるぞ」
「!!」
「ふん。わたしとて独自の情報網は持っておる。しかし、その貴族の正体までは分からないがな。少なくとも私はその貴族たちとは繋がりはない」
侯爵はそのまま話を続けるみたいだが、信じれるかどうかは微妙だ。すると、侯爵は机に戻り地図の下にあった手紙を手に取ると、僕たちの前に差し出した。
僕たちがマーズから回収した手紙か?そういえば、何て書いてあるか聞いてはいなかったな。
「この手紙は偽物だ。大公からの手紙ではない。よく似せているが、アークレイン大公家の紋章の象徴である瞳の作り方が粗い。手紙の中身はドワーフたちを殺せば大公家に迎え入れると書いてある。そして、その時に伯爵位も授けるとな」
「つまり、誰かが偽造して侯爵家の中を乱そうとしている?」
僕は自分の頭に魔力がじわじわと流れていくのが分かる。
なぜ?北方防塞群が魔王の手によって破られることは帝国の衰退を意味する。帝国の衰退を望む者……?胸がざわつく。
だが、諸外国がサリエラを狙う理由は薄い。もっと別の意図があるはずだ。
「アークレイン大公は北方防塞群にも増援を出してくださっておる。そのようなことはそもそも望まないだろう。あのお方は帝国に対して不利益になるようなことはしないからな」
「ではやはり、皇国や連邦などの諸外国の仕業ということでしょうか?」
カイも僕と同じ結論に至ったみたいだが、諸外国が帝国の騎士団に所属していたサリエラを傭兵を雇ってまで殺す理由が分からない。
「そうだな……確かにあり得るだろうな。だが、私の考えでは帝国に対して敵意を抱いているのは諸外国だけではない――
ローゼンヴァルト大公家とレオニクス大公家、この二つの大公家も怪しいのだ」
「閣下!!その発言は!」
「よい。そもそも今回の皇国との戦争も、あの二家が主導で行っているくせに、いざ戦端が開くと決め手に欠ける戦いばかりだ!」
ヨルムさんが焦っている。しかし、侯爵の口からでた言葉は、とんでもない発言だ。帝国三大公家の内二つが怪しいなど、そのようなことが確かにあまり口にしない方がいいだろう。
それに戦い方も気に入らないみたいだな。
「ローゼンヴァルト家もレオニクス家も、口では帝国のためと言いながら動かん!連邦軍を退けた我々に、今度は魔王軍の対処まで我々だけやれ、と言いおる!いい加減にしてほしいものだ!」
ヴァルグレン侯爵も相当たまってるみたいだな……。大変そうだ……。
「はあ……はあ。ふうーー。ヨルム、酒を持ってきてくれ」
「だめですぞ兄上。最近は酒にばかり頼りすぎです!ご自愛くだされ!」
「ええい!ともかく碧狼傭兵団よ!行くのだ!支援はすべてしてやる!今は時が惜しいのだ!」
カイはやや気圧され気味だったが、確かに帝国が崩れるのは帝都を拠点にしている僕たちとしてもよくはない話だ。
カイに視線を向けると、頷き返してくれる。
「分かりました侯爵閣下。僕らも同じ帝国民として今の事態は見過ごせないですから、ご依頼承りましょう」
「まことか!」
侯爵はヨルムさんから酒を断られてまた怒り出しそうであったが、僕たちが決断したことで少し機嫌は良くなったみたいだ。
「では準備が出来次第向かいます。鉄嶺堡へ向かうのは自分たちだけでしょうか?」
「いや他の傭兵たちは残る砦に向かってもらう。随時こちらからも増援を送る手筈だ。それまで耐えてくれれば良い」
「承知しました。それではーー」
だが侯爵は、早速立ち去ろうとする僕たちを後ろから止めた。
「待て!ヨルムよ。お前もこいつらと共に向かうのだ」
「兄上!それでは兄上の周りの警護がままなりませぬぞ!」
「よいのだ。その傭兵団の団長の助けとなってやれ」
「ですが――」
ヨルムさんはさらに続けようとしたが、侯爵はその言葉を押しのけるようにして言い放つ。
「よいと言っておる!ヨルムよ、お前が行くのだ。いいな?」
その言葉にヨルムさんが唇をかみしめながらうなずき了承した。
「……侯爵閣下。ヨルム殿をお借りできるのは心強いですが、本当に宜しいのですか?閣下のお側を離れるということは――」
「心配されるほどのことではない、カイよ。それよりも、お前も分かっておろうな?鉄嶺堡は北方の”喉元”だ。そこを突かれれば、帝国は一気に崩壊へ向かうのだぞ」
侯爵の言葉は、カイに危険な場所へ行くことへの確認が含まれていた。カイは拳を握りしめ、侯爵の目をまっすぐ見て答えた。
「問題ありません。俺たちにも――守るべきものがあります。だから戦います。必ず、守り抜きって見せます」
その目を見返す侯爵の顔は、まるで子を心配する親のような顔であった。
「わかった。行け……」
僕たちは野営地に戻るため部屋から出た。
部屋を出ると、侯爵の視線が背中に刺さるように感じた。その重さが、これから向かう戦場の現実を静かに告げていた。
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