4.忍び寄る蛇
文章がおかしい、誤字脱字等ありましたら申し訳ございません。
――カイから考えておいてくれ、と言われて三日が過ぎた。
何も思いつかない。
この三日は、罠の説明を聞いたり、メルを慰めたりして過ぎていった。夜になるとアジトの隙間風が冷たく、石の床の冷たさを強く感じる。
六歳のメルは、心に蓋をしているのが分かる。目は虚ろで、笑っていてもどこか遠くを見ている。僕はただ、そばにいることで少しでも支えになれればと思っている。
僕の口から「ふう」とため息が薄暗い室内に小さく溶けた。
「アルスー。どうしたー?」
ボラムが、湿った匂いのする魚……らしきものを手に持って近づいてきた。籠の藁が擦れる音が耳に残る。
「それ、魚?」
前世の魚に似ているが、尾びれが人の手のような形をしていた。光の少ない室内で、その“手”だけが不気味に白く浮かんで見える。
「魚人の子供だよー。川で拾ったんだー」
衝撃発言である。
「ぎょ……魚人の子供? そもそも魚人なんて見たことないんだけど。いるんだ?」
「いるよー。大きくなると人みたいな姿になるけど、言葉は話さないし、中身は魚のまんまだよ」
ボラムは魚人の子供を軽く持ち上げ、続けた。
「魚人の子供はねー、少しずつ人の形になっていくんだよ。その部分が柔らかくて美味しいの。今日の夜ご飯にするよー」
「え、食べるの? それを?」
「アルスー、食べないと女神ルミナス様に怒られちゃうよー。光の導きに反してるーって」
嬉々としてボラムは魚人の子供を籠へ戻す。ちらっと見えた籠の中には、同じような魚人の子供がぎっしり詰まっていた。
女神ルミナスよ。僕は祝福の子どもじゃないのか。これは試練が重すぎる。
「ほ、他の魚はないのか?」
「贅沢言っちゃだめだよー。魚人の子供は外壁内じゃあんまり出回らないけど、スラムじゃ重宝されるんだよねー」
「これから毎日食べるのか……」
「何言ってんのー。来た日の夜ご飯にも出てたよー? パンに焼いたの挟んであげたでしょー」
ボラムが笑いながら、とんでもない事実を告げた。
な、なんだと……。フィッシュバーガーみたいで、塩味で結構おいしかったぞ。
あれが……こいつだと!
そんな衝撃を受け止めきれずにいたところへ、――そのとき、入口が軋む音を立てた。
外の風が一瞬流れ込み、ろうそくの炎が揺れる。
カイが戻ってきたのだ。
僕はカイに近づき、声をかけた。
「カイ。済まない。置いてもらっておいて、僕はまだ何にもできていない。考えがまとまらなくて……もう一度相談して決めさせてほしい」
「そうか……。最初に言っていたことは気にするな、とは言えないが、一緒に考えて決めていく方針なら大賛成だ。どのみち一度話す必要はあったしな」
カイは外から持ってきた壺のようなものを床に置いた。土の匂いと、どこか油のような匂いが混じる。
「それは……?」
中を覗くと、黒い液体が入っている。
「メルの髪を染める染料だ。今日、商業区に忍び込んできた。お前らの服を売った金で買ってきた」
「本当か! 助かる。メル!」
「うん! カイ! ありがとう!」
メルは、ぱぁっと音がつきそうな笑顔で喜んだ。
金髪が狙われると聞いてから、ずっとフードを被って生活していた。赤ずきんちゃんみたいで可愛いが、顔の周りに布があるのは鬱陶しそうだった。
それに、浄化魔法の存在が大きい。アリアには前世も含めて助けられていたと、今さらながら痛感する。
浄化魔法のおかげで、これまでは体が綺麗に保たれていた。お風呂に入れなくても困らなかったが、今はそうもいかない。メルに『アルスくさい』と言われたら傷つく。
メルは寝るとき暑いのか、薄着で寝ることが多い。お腹を冷やしそうだから、僕は近くで寝ている。決してよこしまな思いはない…………はずだ
むしろ、メルのファンが増えていることのほうが心配だ。
双子の男の子、フィンとノエルも、メルに話しかけられると嬉しそうにしている。
許さん……! お父さんは認めませんよ!
「アルス?どうしたお前?」
「い、いや、何でもない」
「大丈夫だよな?何かしら考えがないと、ボラムとガストだけ外で隠れなきゃいけねえからな?頼むぜ本当に……」
「そうだな……今から少し話できるか?」
僕は、自分の頭に魔力を流しつつ考えをまとめる準備をした。
「勿論だ。まず何が知りたい?」
「そうだな。このスラムには危ない奴らがいるのか?」
カイと俺は、近くにある瓦礫の石を椅子代わりに持ってきた。石は冷たく、指先にざらつきが伝わる。
「いる。二つの盗賊組織だ。黒蛇の帳と灰月の手。どっちも残酷で、俺たちは近づかない」
指を二つ僕の方へ突き出して説明を続ける。
「黒蛇の帳の頭はゴーン。若いが、西門周辺を暴力で支配してる」
「早速やばそうなやつがいるじゃん……」
前世のヤクザを思い出すような、典型的な“怖い大物”だ。
「まぁな。もう一つもやばいぞ。灰月の手と呼ばれている奴らは南門を仕切ってる。トップは女らしいが、詳しくは知らん」
「その二つはもちろん仲良くしましょう、って感じじゃないよな?」
カイは一瞬キョトンとしたあと、笑い出した。
「当たり前だ。黒蛇の帳のゴーンは、灰月の手の前の頭を殺してシマを奪ったんだ。その後の混乱に乗じて勢力を広げた。あの頃はスラムが荒れてて仕事にならなかった」
「よく知ってるな。カイ、まだ十歳だろ? その頃は物心つく前じゃないか」
僕は疑問をそのまま口にした。一瞬、転生者かと疑ってしまった。
「……そうだな。実はここ、元々もっと年上の奴らもいたんだ。そいつらが俺たちを拾ってくれた」
カイは少し憂い気味にアジトを見回す。木の梁にぶら下がる布切れが、過ぎ去った日々を静かに揺らしている。
今は、カイやガストより年上の子供は一人もいない。
「今はここにいないってことは――」
「ああ、死んだ。昔は年上の奴らがいた。五年前の病気で、魔力を持たない子はほとんど死んだ」
「そう……か」
カイが魔力持ちばかりを優先する理由が、少し分かった気がした。
「俺が魔力持ちばかりを集めてるのが不思議だったか? 魔力持ちを優先してるのは生き残れないからだ」
カイは遠くを見るような顔で語る。
きっと、その子たちはいい奴らだったのだろう。僕なら、子供の頃に“出ていく”なんて判断できない。
カイは湿っぽくなった空気を払うように膝を叩いた。
「うっし! 話の続きだ。これらの知識は、スラムにいた元灰月の手の爺が教えてくれたんだ」
「え? そんな人がよく教えてくれたな」
「あぁ、目が見えなくなって手足も切断されてたんだ。小さくなったから、このアジトに入れたんだよ」
本日二度目の衝撃発言だ。部屋の空気が一瞬凍る。
それ幸運なのか? どう考えても不幸だ。抗争で負けた人なのだろうか。
「一年くらいで死んじまったけど、髪の染め方とか魔力階位の話とか、色んな知識を教えてくれた」
「でも、カイたちにとっては幸運だったな」
「そうだな。あの爺は口は悪かったし、“俺は魔力持ちだぞ!”ってうるさかった。ははは」
カイは笑ったが、すぐに真剣な顔になる。
「あの人は俺たちの恩人だ。魔力持ちだけを集めろって言ったのもあの人だ。後悔があるらしい。傭兵団が大きくなったら、かなえてやりたい」
「そっか」
「ああ。とりあえず今は、どうするかを考えていきたい」
「わかった。それじゃ、この辺の――」
僕たちは夜遅くまで、今後のことについて話し合った。その話声はやがて消え、静寂が戻ってきた。
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帝都アルベリア スラム街 黒蛇の帳 ゴーン
――スラム街が暗くなるころ、盗賊たちは動き始めていた。崩れた城壁の前に、五十人ほどの荒くれ者が集まっている。
「ここか? ネズミどもの住処は」
手下たちに確認をしてゴーンは部下たちを下がらせる。
「よし。俺が魔法で入り口を広げる。ネズミどもを引きずり出せ」
「「「おう!」」」
ゴーンは手を前に突き出し、魔力を集中させた。
「おら、吹き飛べ!! 〈ファイヤーボール《火炎球》〉」
手のひらに、人の頭ほどの炎の玉が生まれる。それは一直線に崩れた城壁へ飛び、ボガンッ――と鈍い音を立てて直撃した。
「行け。金髪の女のガキ以外は殺せ」
手下たちは怒号を上げて突入していく。
「好き勝手やってたガキが――今日で終わりだ」
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