似たもの同士(sideルキウス)
リリー、君は俺にとって――世界のすべてなんだ。
穏やかな昼下がり。
木陰の下で、俺とリリーは並んで座っていた。
いつの間にか彼女は眠っていて、規則正しい寝息が静かに響く。
(……かわいい)
どうしようもなく、胸が満たされる。
こんな時間を過ごせる日が来るなんて――あの頃の俺は、想像すらしていなかった。
***
幼い頃の俺は、ただ純粋だった。
誰かに認められたくて、剣も学問も必死に取り組んだ。
けれど――どうやら、やりすぎたらしい。
第一王子である兄上より優れていると、そんな噂が立ち始めた頃から、すべてが狂い始めた。
毒殺未遂。
夜中に忍び込む刺客。
気づけば、命を狙われる日常になっていた。
母は幼い頃に亡くなり、味方などいない。
誰も信じられない場所で、ただ一人で生きていた。
(……俺は、存在してはいけないのか)
そんな考えが、頭をよぎる。
それでも。
(死にたくない……)
それだけは、はっきりしていた。
ある日、刺客から逃げる最中に腕を斬られた。
焼けるような痛み。
だが――すぐに違和感に変わる。
傷口に触れると、すでに塞がっていた。
(……なんだ、これ……)
理解が追いつかないまま、その日は終わった。
そして、その夜。
爆ぜるような音で目を覚ます。
視界に映ったのは、荒れ果てた自室だった。
花瓶は砕け、家具は倒れ、壁の額縁まで歪んでいる。
暗殺者でも来たのかと思ったが、そんな気配はない。
困惑していると、侍女が駆け込んできた。
「まあ……! ルキウス殿下、お部屋で暴れたのですか?」
冷ややかな視線。
否定する間もなく、その話は広まった。
――癇癪を起こす、扱いづらい王子。
そして、それは。
まるで“出来損ないである証”を手に入れたかのように、王妃を満足させた。
数日後。
再び、同じことが起こる。
爆音とともに目を覚まし、荒れた部屋を見下ろす。
(……またか)
嫌悪と共に、ふと考えた。
――元に戻ればいいのに。
そう思った、次の瞬間。
砕けた花瓶が、ひとりでに形を取り戻す。
倒れた家具が、ゆっくりと元の位置へと戻っていく。
まるで、世界そのものが“命令に従っている”かのように。
(……俺が、やったのか?)
試すように意識を向ける。
――動け。
それだけで、物は従った。
そのとき、理解した。
これは、“物体を操る力”だと。
そして同時に、傷を癒したあの力を思い出す。
俺は二つの異能を持っていたのだ。
本来、王家の異能を持つ者は、王位を継ぐ資格を持つ。
だが――どうでもよかった。
(知られたら、もっと狙われる)
(死にたくない……)
その一心で、俺はすべてを隠すことを決めた。
無能を演じる。
愚かで、価値のない王子として生きる。
それが――生き残るための選択だった。
今になって思えば。
この力があれば、抗うこともできたのだろう。
すべての元凶である王妃すら、排除できたはずだ。
けれど。
そんな未来を選ばなくて、本当に良かったと思っている。
だって――
国王になどなってしまえば、リリーと過ごす時間が減るだろう?
「本当に王位を目指す気はないのか?」
かつて兄上にそう問われたことがある。
「リリーと過ごす時間が、減るので」
即答した俺に、兄上は呆れた顔をした。
「お前な……」
呆れた顔を向けられる。
「兄上、頑張ってくださいね」
「とりあえず補佐はしてもらうからな」
そんなやりとりを、交わしたこともあった。
面倒なものは兄上が背負えばいい。
俺は――リリーと過ごす。
それでいい。
幽閉塔の件は却下されたが……。
まあいい。
代わりに、報酬はもらうとしよう。
辺境に別荘でも建ててもらうか。
人のいない場所で、静かに――
リリーと、二人きりで。
「ん……」
その時、リリーが小さく身じろぎした。
薄く目を開け、眠たげに瞬きをして、俺を見上げる。
「あれ……私、眠っていました?」
「ああ……」
とろんとした瞳。
無防備なその表情に、胸が満たされる。
誰も近づかなかった俺に、彼女は近づいてきた。
最初は――打算だったのだろう。
俺も初めは身体の弱い彼女に癒しの異能を使うことで、執着とも取れる使命感を抱いていた。
だけど徐々に、彼女は俺の心に侵入してきた。
彼女も”死にたくなかったから”と言っていた。
打算的に近づいたずるい女だから、離れるなら今だとも。
だが、それがどうした?
初めは打算的だったとしても、演技だったとしても――。
彼女と交わした言葉や表情......全てが嘘であるはずがない。
俺はリリー自身にどうしようもなく惹かれたんだ。
今更離れるなんて――許せるはずがない。
もう、俺にとって彼女は“世界”そのものだ。
それ以外は、いらない。
彼女は俺がいなければ長く生きられない。
だから俺は、癒しを与える。
互いが互いを必要としている。
その事実が、どうしようもなく心地いい。
もし――彼女がいなくなれば。
この世界は、どうなるのだろうな。
「……ルキ様?」
「すまない。少し考え事をしていた」
「……目の前にいるのにですか?」
「……そうだな。ここにいるのに」
そっと、彼女の膝に身を預ける。
リリーはくすりと笑って、俺の頭を撫でた。
「今度、辺境に別荘を建てようと思う」
「別荘ですか……素敵ですね」
そっとリリーの頬へ手を伸ばす。
「使用人は連れない。リリーと二人で過ごす」
「……ふたりで?」
「料理も、着替えも……全部俺がやる」
「ルキ様......」
驚いたように目を瞬かせて、それから――柔らかく笑った。
「でも……素敵ですね」
「だろう?」
「私も、たくさん甘やかしてあげます」
二人の目が合う。
自然と、笑みがこぼれる。
結局、俺たちは似たもの同士なのかもしれない。
だから、この関係は壊れない。
壊させるつもりも、ないけれど。
リリアーナには長生きしてもらわないと。




