見えてなかったのは、私だった(sideセラフィナ)
原作の過去エピソードを含みます。
ルキウスの過去がチラッと明かされます。
ある日の昼下がり。
私はフランヴェール公爵家を訪れていた。
いつものように用意されたティータイム。
向かい合って座るのは、婚約者であるシアン様だ。
穏やかな時間の中で、彼がふと口を開いた。
「セラフィナ、いつも君は妹を気にかけてくれるな」
「シアン様の大切な方ですもの。当然です」
そう答えると、自然と視線は庭園へと向かう。
柔らかな陽光の下、ベンチに並んで座る二人。
リリアーナ様とルキウス殿下が、楽しげに言葉を交わしていた。
ときおり視線を交わして、くすりと笑い合うその様子は、どこからどう見ても――仲睦まじい婚約者同士。
「……本当に、幸せそうだな」
ぽつりと零されたシアン様の声は、兄としての優しさに満ちていた。
(ええ……本当に……)
同じ光景を見つめながら、私は胸の奥でそっと息をつく。
(……よかった)
心から、そう思う。
あの人を、もう警戒する必要はないのだと。
この穏やかな日常を、疑わなくていいのだと。
今なら、ようやく信じられる。
だから私は、ただ静かにその光景を見守ることができる。
――これは、二度目の人生。
私は一度、この世界を知っている。
***
私はこの人生が二回目だ。
――時間が巻き戻り、もう一度やり直している。
シアン様と出会った時、彼の妹であるリリアーナ様はすでに亡くなっていた。
彼は、壊れかけていた。
今にもどこかへ消えてしまいそうな、不安定さを抱えていて。
放っておくことができなかった私は、少しずつ距離を縮めていった。
やがてそれは、恋へと変わった。
――そして、同じ頃に出会ったのが。
この国の第二王子、ルキウス・アウレリウス。
“無能王子”と蔑まれ、人々から距離を置かれていた存在。
けれど私は、幼い頃から両親に教えられてきた言葉を覚えている。
――偏見を持って関わってはいけない。その人自身を見なさい。
だから私は、誰とも変わらぬ態度で彼に接した。
それが、彼にとっては珍しかったのだろう。
少しずつ言葉を交わし、距離が縮まり、気づけば私たちは笑い合うようになっていた。
友人と呼べる関係。
少なくとも――私は、そう思っていた。
けれど。
ある日、彼は静かに口を開いた。
「俺を……選んでくれないか」
その声に、胸が強く揺れた。
「一人にしないでくれ……」
縋るような声音だった。
けれど同時に、どこか壊れてしまいそうな危うさを孕んでいて。
――ああ、と。
そのときになってようやく、気づいてしまった。
彼の気持ちに。
けれど。
私にはすでに、心に決めた人がいる。
だから私はその気持ちには、応えられない。
そうはっきりと、伝えた。
「……そうか」
短い返事だった。
彼は顔を伏せたまま、静かに背を向ける。
引き留めることもできず、私はただその背中を見送ることしかできなかった。
――あのとき。
ほんのわずかにでも、違和感を覚えていたはずなのに。
その数日後。
王宮が、崩壊した。
轟音とともに大地が揺れ、石造りの建物が音を立てて崩れ落ちていく。
人々の悲鳴が重なり、空気が震える。
まるで世界そのものが、軋んでいるかのようだった。
それはやがて、街へと広がっていく。
崩壊は止まらず、連鎖するように建物が倒れ――
そして、海が荒れ狂った。
押し寄せた濁流がすべてを呑み込み、国は混乱の渦へと沈んでいった。
その中心にいたのは――
他でもない、ルキウス殿下だった。
(どうして......こんなことを)
目の前の現実が信じられなかった。
彼と交流を深めていく中で、彼の人となりはわかっているつもりだった。
だけど今は、この状況を収めることが最優先。
シアン様とレオナード殿下の活躍で、なんとかルキウス様の暴走を止めることができた。
だけど、その過程で――シオン様の片腕が失われた。
ルキウス様の反撃によってだ。
「セラフィナ......そんな顔をしないで。君を守れたこと、誇りに思うよ」
シアン様は、宥めるように優しい声で囁く。
でも、私の心中は全く穏やかではなかった。
(――許さない)
愛しい、大切な人をこんな風に傷つけたこと。
こんな気持ち......ルキウス殿下は、わからないんだわ。
だから平気で壊していく。
こんなの人のすることじゃない。
国の被害も甚大だ。
命を落とした人々も少なくない。
復興には時間を要するだろう。
当然だけれど、ルキウス殿下は処刑されることになった。
王家の異能を宿していたらしいけれど、擁護できないほどの重い罪と判断されたからだ。
可哀想とは思わなかった。
当然だ。彼は残酷な人間。生きていれば危険なのだから。
そして――気がつけば、時間が巻き戻っていた
最初は混乱した。
けれどすぐに理解する。
これは、やり直しの機会なのだと。
あんな未来は、繰り返してはいけない。
ルキウス殿下を、止めなければならない。
そう、強く思った。
それに、シアン様のトラウマであるリリアーナ様の死も防げるのかもしれない。
だけど、過去にはなかった衝撃的な事実を知る。
「え......? ルキウス殿下と、リリアーナ様が......婚約......?」
どうして......?
ルキウス殿下は危険。リリアーナ様が危ないわ。
咄嗟にそう思った。
だからリリアーナ様とルキウス殿下の婚約が無くなるように動いてきたけれど――
リリアーナ様の意思は強かった。
そして、リリアーナ様はルキウス様の心を救った。
その時、ふと両親の言葉を思い出す。
――偏見を持って関わってはいけない。その人自身を見なさい。
自分が恥ずかしくなった。
見えていなかったのは......私の方だった。
結局、私も人々と同じように偏った見方で彼を見てしまっていたのだ。
――私は、間違っていた。
偏見を持たずに人を見なさいと、あれほど教えられてきたのに。
それでも私は。
“起こった結果”だけを見て、彼を決めつけていた。
あの人が何を思い、何を抱えていたのか。
知ろうとすら、しなかった。
「……ごめんなさい」
あの時はもう届かなかった言葉を、今になって口にする。
視線の先では、リリアーナ様が楽しそうに笑っている。
その隣で、ルキウス殿下も――穏やかに微笑んでいた。
(ああ……)
あなたは、最初からわかっていたのですね。
あの人を、“ルキウス殿下”として見ていた。
恐れるべき存在ではなく。
救うべき存在でもなく。
ただ、一人の人間として。
だから、この世界は――
「救われたのですね」
小さく、呟く。
そして、そっと目を伏せる。
「……ありがとう、リリアーナ様」
セラフィナ視点でした。




