戦記98「妹と妹」
メイドのいる生活。
プライスレス。
戦記98「妹と妹」
「ねぇ、スフレ! 演奏の用意をして頂戴!」
塊は、ワンピースを翻すフォード。
体当たりとでもいえそうな飛込みにスフレが僅かに咳き込む。
「こら、フォード!」
「ごめんなさい。でも、お兄様の無事をお祝いして、一曲演奏してさしあげたいの私」
「それは良いお考えですね。ご主人様も喜んでくださるでしょう」
「何他人事みたいに言ってるの? 一緒に演奏しましょうって、そういってるのよ、私。ね、いいでしょう?」
「申し訳ございませんお嬢様、スフレには別の役目がございまして」
「別の役目…って」
そして傍らにいる歌姫に気が付くフォード。
「あぁ、アナタが…ヤツネさんだったかしら?」
どうやら事情は知っているらしく、フォードは歌姫をそう呼んだ。
「えっと、うん、ヤツネです」
「はじめまして、フォードと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、お見知りおきを?」
「…あなたがお兄様のねぇ」
一瞬、歌姫に向けて眉をしかめたフォードだったが、そばにいる夫人のことに頭が回ったのか、すぐに笑顔を貼り付ける。
「で、ヤツネ様、お借りしてよろしい? 代わりじゃないですが、ご希望があれば一曲プレゼントいたしますので。ね?」
「別に…借りるも何も、私のメイドってわけじゃないし」
「そうね! そういわれるとそうですものね! じゃぁ、スフレお願いね」
「ということなのですが奥様…」
「はぁ…一曲だけですよ」
「お母様、商家ともあろう者が数を間違えてはいけませんわ。お兄様とヤツネ様に一曲づつ、計二曲です」
ユウとの再開に気が高ぶっているせいであろう…単なる我がままだけならまだしも、揚げ足を取るかのような発言に、
「フォード?」
夫人は、直接言われているわけではない姫ですら寒気を覚える重圧を放った。
オクターブほど低くなった夫人のその声を聞くや、フォードはすぐに居住まいを正すと頭を下げた。ただし、客達の目に付かないように、視線を下げる程度のものではあったが。
「申し訳ありません、お母様」
しかし代わりというべきか、その声は客人達に聞かせていた転調激しいそれではなく、夫人のそれと同じように低く平たい。
「お兄様との再会についはしゃぎすぎてしまいました」
「ユウ君のせいにするというのね?」
「いえ、不徳の致すところ…自制が足りず申し訳ありません。どうか一曲、お許し願えませんか?」
「頼む相手を間違えてます。頼むべきは?」
「スフレに」
「付け足しなさい。ユウ王様付きのメイドであるスフレさんにです。信頼と友情と立場は別々と心得なさい」
「はい」
早口で、半秒も間をおかず、笑顔のままやりとりされる一連の流れ。
「ヤツネ様も申し訳ございません。大変、お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「や、別に私は…なんとも…」
「ご容赦いただきありがとうございます」
そこまでを告げ、フォードの声に色が戻る。
「さ、というわけでスフレ」
「畏まりました。奥様、ヤツネ様、少々離れますがご容赦を」
苦笑もため息も見せずに、しかしどことなく疲れたような様子を見せながらホールから立ち去るスフレ。
「では、私も準備して参ります」
「我を通した以上、恥のないように」
「心得ておりますわ、お母様」
フォードもまたその場から離れていく。
「ほんと、誰に似たのか、せっかちなんだから…」
そして夫人はそんな娘が自分に背中を向けると、途端に小さく笑い。
「うん、いい気味」
と姫にだけ聞こえる声でそういった。
「ちょっと若くて人にちやほやされるからって、調子に乗りすぎちゃって、ねぇ?」
「…あれ、実の娘なんじゃないの?」
「実の娘よ? でもそれはそれ、これはこれ。腹立たしいのは腹立たしいじゃない。お客様であるヤツネさんに因縁までつけちゃって…」
「あ、やっぱりあれそうだったんだ」
眉根を寄せた顔を思い返す二人。
「面白くないんでしょうね。なにせあの子は『妹分』。あなたは『本当に妹』なんですもの」
「それの何が悔しいんだか…」
心底分からない…というよりはそんなことで難癖付けられても迷惑であるといわんばかりに顔を歪める姫。
「ま、慕うお兄さんとその妹の前でかっこつけたいみたいだから、少し眺めておいてあげて。きっと、損はさせないから」
「まぁ別に…嫌味とかは慣れてるし」
「慣れてるの?」
「まぁ…家でいろいろあるから」
できのいい姉に比べて、奔放で我の強い妹という対比の中、裏に表に歌姫に向けられる嫌味や嫌悪は少なくない。その全てを相手にしていたらきりがないし、まったく自分に非がないとも言い切れない。
だから不愉快ではあるが、あの程度であれば我慢するというほどのことでもなく…
「ふーん…イヤじゃないの?」
「好き嫌いならそりゃイヤだけど、言ってどうこうなるもんでもないでしょ?」
我慢強いというよりは、諦めてるといった方が近いのだろう。
肩をすくめるようなそぶりを見せると、それ以上その話を続けても益がないとでも思ってるのか、姫は言葉を続けなかった。
「あなたもせっかちさんかと思ってたけど、意外とのんびりさんなのね」
「そう?」
「そうそう。なるほどね、あの程度なんともないわけね」
どこか楽しそうに笑う夫人に、なぜ笑われるのかわからない姫。
とその時、フォードに遅れて人垣を抜けてきたユウが二人に近づいてきた。
「すみません夫人、流れとはいえ、俺が頷いてしまったもので」
おそらくはさっきのやり取りを遠目から見て、何があったのか察したのだろう。
夫人は笑みを引っ込めると、ユウの謝罪に対してため息をついて見せた。
「まったく…ユウ君はあの子に甘すぎます」
「面目ありません」
「おかげでスフレまで借り出されましたよ? ヤツネさんにも謝っておきなさい」
「あー…すまん」
「謝罪が言葉だけなんて、随分と偉くなったのねユウ君も」
「…何か欲しい物でもある?」
「謝罪が物だなんて短絡的すぎよね?」
「…どこか行ってみたい場所とかある?」
「すぐに答えを聞こうとするあたり、相変わらずせっかちさんよねぇ」
姫に向かって話しているはずが、横から口を挟む夫人。
「…ヤツネ」
「ん?」
「随分と夫人に好かれたな」
「は?」
と苦笑いをやや通り越し、重い空気を纏うユウ。
素っ頓狂な声を上げる姫。
「そーよ。私暫く、ヤツネさんの味方しちゃうから。ユウ君なんておまけよ、おまけ」
「は? え? なんで?」
「だって、かわいいし、のんびりさんだし」
「可愛いのは認めるとして、のんびりさんかって言われーごぶぅ」
ユウが最後までセリフを言うこと叶わず、体をくの字に曲げた。正確には曲げられた。
「あ、ごめん、つい」
くの字に折った拳を引っ込める姫。
「これ、の、どこ、がのんびりだと?」
「あら、かわいいって言われたつい手が出ちゃうなんて、青春って感じで微笑ましいじゃない」
しかしその微笑ましい拳は鳥こそ出てないものの気が纏われており、つまり少女の恥ずかしさゆえの一撃としてはありえないほどの威力を秘めているわけであり、それを受けるとどうなるといわれれば演技抜きにユウのようになる。僅かに涙目。
しかし夫人に言わせれば、
「そもそも女の子のパンチぐらい避けれない元竜が悪いのよ」
らしい。
「精進、いた、します」
「はいはい、頑張ってね。私達のためにも」
などとやっているところに飛び込む一つの音。
ポーン…と、水面に広がる輪のように空間に音が広がる。
姫がいち早くその音の出所に目を向けると、そこにはフォード…いや、フォードが腰掛ける一台の楽器があった。
「…こんな音なんだ」
「ピアノは初めて?」
絵本や小説、舞台に演奏…様々なところに登場し、その名前と形は有名ながらも地域によってはみかけない楽器の一つ…ピアノ。
温度や湿度の変化に弱く、いい音を保つためのメンテナンスが欠かせず、おいそれと持ち運べるようなものではないため場所も必要で、所持そのものが『裕福』の表れとすらいえる。
同じ系統の楽器でいえば、オルガンやアコーディオンなどを酒場や教育現場、教会などで見ることの方が多く馴染み深い。
「あの子、ピアノ弾けるの?」
どこか期待に満ちた姫の発言に頷くユウ。
「神楽月のほうにはピアノがほとんどない、って話になって『じゃぁ私が弾いて差し上げます!』ってね」
神楽月で目にすることの多い楽器といえば、太鼓と笛。弦楽器に分類されるようなものもあるが、それはあちらの世界で言う三味線や琴、琵琶、馬頭琴といった民族楽器の部類に入る。
「ピアノって難しいんでしょう?」
「音を出すだけなら誰にでも。演奏ってなるとそうともいかないけど」
「気になるなら近くで見てご覧なさい」
「邪魔にならない?」
「そんな愁傷な性格ならよかったんだけど…」
「まぁ、フォードなら逆に張り切って演奏してくれるんじゃない?」
薦めに従い、ユウと夫人と共にピアノへと近寄る姫。
ピアノはグランドピアノと呼ばれるような大型のもので、しかもグラン家所有のものだけありかなり高価な代物である。
その価値を示さんとばかりに黒く艶やかに光るピアノに姫が目をうばれていると、スフレが戻ってきた。
お読みいただきありがとうございます。
なぜか超人的スキルを持ち合わせていることが多い異世界のメイドですが、ボウなんかもその例にもれませんが、スフレは割りと普通です。ただ、普通にすごい。そんな感じのメイドさんにしたいわけで、その一例が次回にて。




