戦記96「宴にて」
データを整理していたら、ボツと名前付けされたテキストがぽつぽつと…
削除してないということは、どこかで使う可能性があると思ってとっておいてるわけですが、実際に使われることはあるのだろうか…
戦記96「宴にて」
(―タスケテ)
鳥を解さなくても、その思いは伝わったのだろう…
ユウは小さく噴出すように笑うと、客の話に制止を促しながら歩き出した。
「して、何にお困りなのでしょうか!?」
と、その間にも迫ってくる男
「えっと、なんていうか、まぁ、こっちに来たばかりだから…」
「なるほど…それはお困りでしょう!」
「うん…そう、お困りです」
実際何に困ってるんだろうと疑問に思いながらも鸚鵡返す姫。
そしてようやく駆けつける。
「お話弾んでいるところあれですけどね? 他の皆さんお待たせしてしまいますし、続きはカンパイしてからにしませんか?」
「おっと失礼、私としたことが…」
「さ、何かご希望のものはあります? ワインにビールに、お好きなものをお注ぎしますよ」
「いや、ユウ王殿に注いでいただくなど…」
などと話をしつつ男を遠ざけ、グラスを持たせるユウ。
「酒があまり得意でないもので、できればアルコールのないのがいいのですが、お勧めあります?」
「おぉ! それでしたら、ぜひうちのジュースを。取れたての果実を絞ったお勧めですぞ!」
ユウのグラスに男がジュースを注ぎ、男のグラスにユウが酒を注ぎ、
「ヤツネ様もどうぞ。私のお勧めです」
「ん、ありがとう」
スフレから乳白色の液体が注がれたグラスを受け取る歌姫。
改めて見渡すと、いつの間にかホールへと現れていたメイド達によって、客人達の手には中身の揺れるグラスが行き渡っていた。
「それでは、ユウ王様、カンパイのお言葉を」
グラン夫人の声がホールに響き、客人達の視線がユウへと定まる。
ユウはやや気恥ずかしそうに笑い、
「えー…これからも共に発展していくことを願い…カンパイ」
「「「「「カンパイ!」」」」」
そしてグラスが触れ合う音と共に、宴が始まった。
姫とコウは、隙を見てユウに別れていた間のことを聞こうとするのだが、なかなかその機会が訪れない。話の切れ目に声を掛けようとしても、それよりも先にユウは違う誰かと話してしまうからである。
「お味はいかがですか?」
「…おいしい」
スフレはこの宴の間、歌姫とコウ付きのメイドを仰せつかっているらしく、宴が始まってからも大皿か料理を取り分けてくれたりとかいがいしく世話を焼いてくれる。
それはありがたいし、料理も実際おいしい。が、姫の表情は明るくない。
さらには、
「コウ!」
「は、はっ!」
客人との間で、コウの話題が出たのだろう。
『姫の方を頼む』と応接間で言われたこともあり、始まっても姫の近くにいたコウだったが、ユウに手招きされたとあっては話が変わる。
「…すみません」
姫のことは気にしつつも、自分を呼ぶ主人の元へ駆け寄るコウ。
途端、先ほどのオヤジを中心にコウを囲む輪ができあがった。
「お前さん、凄腕の剣士なんだってな? その話を聞かせてくれよ!」
「いえ、しかしこのような場で話すようなことは、それに聞かせるほどの話術があるわけでもありませんし…」
「きにすんな、きにすんな。ほれ、食いながら教えてくれよ」
「コウ、よろしく」
「ユウ様…」
「まぁせっかくだしね? なんか強い敵と戦った話とかない?」
「…わかりました。では、ある洞窟にいたヘビのバケモノとの戦いでも」
「よっ、待ってました!」
懸命に話を続けようとするコウを好ましく思う者達でできたその輪は、朗らかに進んでいく。
ユウは暫くその輪に混じっていたものの、他の客人から声を掛けられるとスルっとその場から離れ、違う輪へとその身を落とし込む。
そして輪ごとに表情と声を変える。
明るい場所には明るく、真剣な輪には面持ち硬く、叱責には熱意を持って…
そんなユウを目で追う姫。
「ユウ君が気になる?」
「ひぃっ!?」
なんの気配も感じさせず背中から姫に声を掛けたのは、グラン夫人。
なお、思わず宙に浮べてしまった皿は、スフレがキレイに受け取って事なきを得ている。
「すごい…」
「お粗末さまです」
微笑みすら浮べて焦り一つないスフレから皿を受け取る姫。
そんな二人の心中など知ったことかとばかりに話を進めるグラン夫人。
「んー、好きな男の子を見てる…ってわけでもないわよね?」
「うっわ…」
心底嫌そうな姫の声と顔に、心底面白そうに笑う夫人。
「アレに? 私が?」
「ふふ、でもお姉さんはそんなアレを選んだんでしょう?」
「姉さまは趣味が悪いから」
「じゃぁ、ヤツネさんの好みの男の子は?」
「…顔のいい王子様」
「あら、かすりもしないのねかわいそう」
と口では言いながらも、夫人の笑いはますます強くなる。
「ヤツネさん面白いし、うちの子にならない?」
「はぁ!?」
「奥様」
「はいはい、冗談よ冗談。ほーんと、ユウ君に似てスフレもせっかちさんなんだから」
ややふてくされて…そう見えるようにわざわざ頬を膨らませた夫人の姿に、姫が思わず小さく噴出した。
「じゃ、話に戻るけど…ユウ君が気になる?」
姫の緊張がほぐれたのを見て、夫人が切り出す。
「まぁ、変な意味でなければ」
姫もまた、素直に答える。
「何がきになるのかしら?」
「…ちょっと母様に似てるかなって思って」
「そう…お母様に」
歌姫の両親が亡くなっていることは、もちろん夫人は知っている。
そしてそれを知っているせいか、それとも喪服を身に纏っているせいか、呟きは透き通っていながらも深く姫の耳に沈みこむ。
「お母様も、ユウ君みたいにお仕事をなさってたの?」
「仕事?」
「そぅ。ああやって、繋がりを深めたり、情報を貰ったり」
宿場町で東奔西走していた、あれが仕事というなら理解できる。が、話したり、食べたり、飲んだり…それが仕事、といわれるといまいちぴんとこない姫。
しかしユウが普段と違い…少なくとも自分や舞姫と話しているときなどとは違い、相手に気を使っているのは見て取れる。
「メイドを迎えにきたんじゃなかったの?」
「勿論、それも目的。ただ、お仕事も目的。あの子、せっかちさんで欲張りさんだから」
ユウと客人達が秘密裏に何を話したのか姫には分からない。
しかし、雰囲気を見るにソレはいい方向にまとまったのだろう。
ただ、ユウはそれ以上を手に入れようとしている。だから、話を切り上げない。自分や、自分の周りにいる者のため、そして、
(―神楽月のタメか)
ユウの仕事とやらが宿場町の一件で何を国にもたらしたか…その全貌を目の当たりにしたわけではないが、それが小さくはない事を理解した上で、再度今のユウを見る。
皿の上に料理は載っているが、ほとんど減っていない。かと思うと、薦められた料理はその場ですぐ口に運ぶ。そして話題に変える。材料から国の名産を、調理法や味から文化を、客人の薦めから価値観を、そうして相手は気持ちよくユウに情報を与え、与えるほどに親しみを深める。
そして、思い出す。
(―母様も…そうしてたっけ)
王宮にいる父に対し、母はよく町に出ていた。
王宮の父に舞姫がくっついているのに対し、町に出る母に歌姫はくっついていた。
だから、王宮のことは姉ほどには知らない。
国のことも、ロウ竜の方が遥かに詳しかったろう。
だが、その代わりに歌姫は知っている。
母のことと、母が何をしていたかを。
王よりも民に慕われていた女王のことを、その女王がどんな風に人と接していたか、を。
「…アイツが仕事をしてるんだとしたらなんだけど」
「うんー?」
「私にできる仕事ってない?」
じっと自分を見る姫に、グラン夫人もまたじっと見返し、
「…若いっていいわね」
しみじみ言った。
「奥様」
「分かってるわよぉ、ただね、なんていうか、こう…おばさん、ぐっときちゃった」
そして姫の頭をよしよしと撫でてから夫人は言った。
「そっかぁ、ヤツネさんにとってユウ君はライバルなのね」
「はぁ? ライバル? アイツが?」
「だって、負けたくないんでしょ? あなたの大事な人のために、自分の方が役に立ちたいんでしょう?」
「…そうかも?」
自分の中に、明確な言葉はない。しかし夫人の言葉に否定の気持ちは生まれない。ならば、そうなのかもしれないと姫は思う。
「で、ない? 何かできること」
「自分では思いつかないの?」
「…正直、ぜんぜん」
なにせ来たばかりでここがどんなところかも分かっていない状態である。
それでも気持ちがそう思った以上、じっとはしていられないのだろう。
「アナタも負けず劣らずせっかちさんねぇ」
そんな心境すら察しているのか夫人は柔らかく微笑みながら口元に手を当て、
「んー、そうねぇ…今のヤツネさんだったら」
と、グラン夫人が口を開くその前、
ガチャン!
と、低く大きな音がホールに飛び込んだ。
その音が、扉を勢いよく開いたものだと皆が理解すると同時…
「ただいま戻りました!!」
扉を開けた者が、駆け出した。
「こらっ!」
そして夫人が、叱咤を飛ばした。
しかし、駆け出した者は…少女はそれを意に止めない。
外見だけでいえば、舞姫と同じか少し上ぐらいの少女は、上質な布地をグランギニオール調に仕立てた長いワンピースをはためかせ、ホールの中ほどへと走りこむ…いや、ホップ、ステップ、ジャンプ、とばかりに飛び込んだ。
「お兄様!!」
そんな少女を、ユウが抱きとめる。
「おっと」
エネルギーを逃がすように半回転しながら着地させるその光景は、はためくワンピースの柔らかい揺らめきとホールに差し込む日差しのせいで、絵画や小説のワンシーンのように客達に映った。
目を奪われたが為に生まれた一瞬の静寂…
その静寂の間に、少女とユウは目を合わせ、互いが互いをきちんと認識したことを理解すると、
「心配しました、心配しました、心配しました!!」
少女は涙を浮べながら、ユウの胸板を殴りつけた。
といっても、歌姫のような殺気も力強さも無い。
ただただ気持ちをぶつけるための動作だが、ユウにとってはこちらの方がこたえるようである。
「あー…悪い」
「本当です!」
叩くのを止め、潰さんばかりに抱きつく少女と、その少女の頭を苦笑いを浮べながら撫でるユウ。
そんな光景を客人達が、思い思いの表情で見つめる中、グラン夫人がため息を一つ。
「まったく、あの子は…」
仕事のことなどどこへやら…少女のことですっぽりと抜けた姫が問う。
「あの子、誰?」
そして同じくすっぽ抜けた夫人が答える。
「フォード・グラン。私の…一人娘です」
お読みいただきありがとうございます。
そんなわけで、ついに娘登場&名前も。
今後の活躍に期待。




