戦記95「ホールにて」
本来、このあとに続く96話と繋がっていたのですが、長くなったので分離。
男ばかりの話し合いから、女性達の出番です。
95話、どうぞ。
戦記95「ホールにて」
ユウと別れて少々の後…
スフレに連れられいくつものテーブルが並ぶホールへとやってきた歌姫とコウは、卓上を彩るかのような料理を目の前に、あんぐりと口を開いていた。
「みたことない料理ばっか…」
しかし、見た目といい匂いといい、見慣れないというだけで食欲は刺激される。
「初めてグランギニオールにお越しとお聞きし、ご用意いたしました。メガロポリス各地の郷土料理や名産品を使ってのメニューです」
「グランギニオールのではなく、ですか?」
「グランギニオールは文化の交流地点…各地域からレシピが集う中で多数の亜種や味付けは増えましたが、元をたどれば各地方に起源があるものばかりなので」
例えば、東の海から魚のホイル焼きが届き、東の山岳・森林地帯から野菜とキノコの盛り合わせが届き、それが出会って魚とキノコのホイル焼きが生まれた。
そして長い年月の間によりグランギニオールに根ざした味付けへと変わっていった。
「グランギニオールの母親は料理の種類が豊富、といわれる一因といったところでしょうか」
「本当に食べてもいいのでしょうか?」
「勿論です。お言いつけ下されば、おとりわけ致しますよ」
「グランさんとか待たないでいいの?」
「どうぞ、先に頂いて下さい。奥様からもそういい付けられております」
と言われるも、どうみても自分達だけ…ユウ、歌姫、コウ、の3人分とは思えない量を見て『他の客人との会席』であるかを尋ねると、案の定そうであるという返答を得る。
「今、ユウ様がお話なされてるお方達との…ということですよね?」
「はい。終わりましたら、こちらへお越し頂くことになっております」
裏ではユウを囲み、穏やかではない話題について話しているが、表向きには『ユウ王との懇親会』を目的に集まっている。
その表向きの料理が、今テーブルに並んでいるものである。
「ささやかではありますが、ご主人様の王就任祝いと、無事を喜ぶ会…といったところですね」
「ささやか…これで?」
「はい。正確な到着日時が分からなかったので、小規模なものになっております」
その上、冷めると味が落ちるようなものはまだ出ていない。
そんな状況ですら自分の…いや、姉や父の誕生会ですらこれほどまでには並ばない。もちろん量だけでなく、種類も。
「先ほども言いましたが、ここには様々な食材が多く入りますし、料理や飾り付けを得意とするメイドもおりますので」
だから見た目ほどは予算がかかってないという説明をスフレがしている間に、そばへと寄ってくる一人のメイド。
「スフレ様、いかがなさいましょう?」
スフレはすっと歌姫とコウの様子を見た上で、
「お待ちになるそうです。お茶とお菓子をお願いします」
そう申し付けた。
「畏まりました」
そして給仕担当と思わしきメイドは軽やかにお辞儀をすると、厨房の方へと消えていった。
その後姿を見ながら、ややほっとした様子の二人。
「すみません、気を使わせてしまいました」
「お気になさらずに。ご飯は皆で食べる方が楽しいですからね」
微笑みながらスフレが、壁際に寄せられた椅子へと二人を誘導する。
「さっきのメイドはグランさんの? それともユウの?」
「あの子はグラン様…というか、お屋敷のメイドですね」
「じゃぁあいつのメイドって、スフレさんだけ?」
「他にもおりますね。ドラゴニアを離れる際に暇を出した子や、別の奉公先にいった子もいるので、数は減りましたが」
そもそもが個人付きの…中でも住み込みで働くメイドというのは数で言えば少数で、多くは必要に応じて召集される家事代行や家庭教師、子守などである。
「他の人は? 厨房で料理とかしてるの?」
「料理を担当してる者もおりますが、ほとんどは出払ってますね」
「買い物などでしょうか?」
「いえ、洞窟にもぐったり、道具を作ったり、魔物とじゃれてたり…ですね」
思いもよらない答えに、一瞬耳を疑うコウ。
「…メイドがですか?」
「はい、メイドがです」
おおよそメイドの仕事とは思えない羅列に顔を歪めるコウ。
「ご主人様の元にいるメイドは、私のような純粋に家事や執務を助ける者だけでなく、戦いや探し物、情報収集を担うものも含まれておりますので」
「なぜ…メイドに?」
「趣味でしょ」
コウのもっともな質問に、間髪いれず答える歌姫。
「半分は…そうかもしれませんね」
姫の回答に対し、やさしげな笑みながらも、どこか遠くを見るようなスフレ。
「まぁ、正確にはメイドがアレコレしているのではなく、アレコレできる者をメイドにしておられるのですが」
「メイドが先ではなく、技能が先、ということでしょうか?」
「はい…様々な理由があって、ご主人様はドラゴニアで自分の軍や兵がもてない状況が続きました」
大きな理由でいえば、ゴウ竜を筆頭にした反対派が、ユウが戦力を持つことを危惧したこと。なにせユウが『誠の王』を目指すといったことがきっかけでキョウ王に気に入られ連れて来られたのだから、致し方ない。
そのほか細かい理由でいえば、異世界から来たばかりの、強いのか弱いのかもよくわからない人間の下に付こうという兵士があまりいなかったことなどもあるだろう。
裏の理由でいえば、キョウ王がユウを育て上げるために、頼りになりそうな兵士をつけることを拒んだこともある。
「その代わりではありませんが、政経に打って出たご主人様が、秘書や下働きを雇うことは許されました」
「なるほど…表向きはメイドとして雇い、実際には様々な業務に当たる面々が集められたわけですね」
「そういうことです」
「執事じゃダメだったの?」
「それ、は…」
姫のもっともな問いに固まるスフレ。
「コウもメイドにさせられたりね?」
「え゛っ」
姫のありえないともいえない予想に固まるコウ。
ちょうどそんな時にやってくる、お茶と茶菓子を携えたメイド。
メイドは硬直したスフレとコウに一瞬驚いた顔を見せつつも、手際よく紅茶を二つ…姫とコウの分を用意し、立ち去って行った。
「そしてドラゴニアから逃げる際、中核を担う者だけを集めてコチラへお世話になり、他の者には暇を出しました。渋った者もおりましたが、ご主人様が落ち着いたら声をかけるから…と」
執事の件、黙殺。
「では純粋にメイド業務に就いているのは、今はスフレさんだけでしょうか?」
メイド服の件、黙殺。
「いえ、私ともう一人…メイド長がおります」
「あれ、ボウは? 料理とか作ってたけど?」
「ボウさんの場合は、メイド業務も行う…が正しいでしょうね。メイド業務の統括を私が、ご主人様のサポート全般の統括をボウさんが、そしてメイドの管理や教育…それと接待などがメイド長の分担ですね」
などと話している間に、時間は三十分を過ぎていた。
その間に姫は紅茶を飲み干し、茶菓子も余さず口に運びいれており、
「おかわりをお持ちしますね」
とスフレが厨房に足を向けたとき、姫がホールへと続く扉に顔を向けた。
やや遅れてコウも姫が向けた理由に気づき、目をやる。
「お時間のようですね」
そしてスフレも気が付いたころ、ホールの扉が開かれた。
「さぁ、皆様どうぞこちらへ」
扉を開き、客人達を先導してきたのはグラン夫人。
その後ろからゾロゾロと客人が…メガロポリスの有力者達がやってくる。
そしてその一団の後方…髭を蓄えた紳士と、一見すると庶民風なオヤジと談笑しながら、ユウが入ってきた。
「ユウ様!」
ユウの姿を見つけるや、大股で近づくコウ。
一部の客人が、コウの長身と厳しい顔つきに気おされる中、オヤジは口笛でも吹きそうな勢いでコウを値踏みする。
「おー、こりゃまたすごい美人さんだ! これが?」
「そう、うちのコウ」
「びじ、うち、え?」
「確かに、ユウ王さんが自慢するだけのことあるな!」
バンバンと分厚い手のひらで背中を叩かれるコウ。
「ここは居酒屋じゃありませんよ?」
グラン夫人にたしなめられ、オヤジが慌てて手を離す。
「これは失礼…お詫びといっちゃなんだが、酒は好きかい?」
「た、たしなむ程度には」
「そりゃよかった。ユウ王さんへの土産とは別に、タルで一つ贈らせて貰おう」
言ってオヤジは他の客人の輪に混じる。
気が付けば、ホールにはいくつもの輪ができていた。
或いはテーブルを囲み、或いは壁際のイスに集まり、また或いはホールに備え付けのピアノの周りへと…
そんな、ホールにできた人の輪を興味深そうに見ながらユウへと近寄る姫。
そして途中でぶつかる。
「ご、ごめんなさい!」
余所見の謝罪を述べた先にいたのは、髭を蓄えた紳士。
「お気になさらず。小鳥が羽を休めた程度の揺れでしかございません」
この手の発言を日ごろから言いなれているのだろう…気負った様子も、ひょうげた様子も無く、すらっと口にする髭の紳士に、むしろ姫の方が戸惑いを浮べる。
「そう…いってもらえると?」
「初めてお会いしますね…お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「えっと…ヤツネです」
「なるほど、アナタが…」
目を細め、手を取り、姫の甲に口付けを送る紳士。
そのさりげない動きに姫は反応することもできず、気が付いたときには身一つ離れたところで会釈されていた。
「今は敢えてこのように振る舞うこと、お許し下さい」
普段なら口付けどころか勝手に手を握られただけで罵倒か鳥が飛んだろう…しかし相手の詳細はともかく、ヤツネが歌姫であるということを知っていると悟り姫は、
「…こちらもぶつかりましたし、お相子で」
「ご寛容、感謝いたします」
殴るはもちろん、手の甲を拭うようなこともしなかった。が、けして快くというわけではないことが顔にありありと浮かんでいる。
紳士はやや困り顔を浮べながらさっと辺りを見渡すと、飲みかけのティーポットに目をつけた。
「紅茶は、お口に合いましたでしょうか?」
「え? うん、おいしかったけど…」
「それはよかった。我が国自慢の紅茶です。お土産にお持ちいただける様、手配いたします」
「へ? え。や、いらない」
「お気に召しませんでしたか?」
「召しました、けど」
「なら、どうぞ。アナタの喉を潤せるのなら、茶葉も本望でしょう」
微笑む紳士に何をいっていいのか分からなくなる姫。
そんな姫のところに、どしどしと音を立てて駆け寄るや、片膝を付く太り気味の男性。
「や、ヤツネ様!」
「は、はい!?」
紳士が機を得たとばかりにその場を離れていく。
残った男は、気を使ってくれたのだとばかりに息をたっぷりと吸い込み、力強く言った。
「感服いたしました!」
「…は?」
「行動力、先見の明、柔軟な感性! うちの娘にも見習わせたい!!」
立ち上がり姫の両手を包み込むように握る男。
汗ばんだその手は正直気持ちのいいものではないが、やはりこの男も自分の正体を知っているようである。
「お困りのことがあればなんなりと…なんなりとお申し付け下さい!」
「…今まさに困ってるんだけどね」
「おお! なんと! お申し付け下さい、さぁ!」
思わず口から出てしまった言葉に反応した男を見て、しまったと思っても後の祭り…誰か救いの手を出してはくれないかと見渡すと、他の客と談笑しているユウと目があった。
お読みいただきありがとうございます。
次回、ついにあのキャラクターが登場。




