戦記89「グランギニオールへようこそ」
『アナタだけの特別と出会う街、グランギニオール』
―グランギニオール観光協会
戦記89「グランギニオールへようこそ」
今日のこのぐらいの時間に到着予定であるとは、先に走らせた手紙で伝えてはいたものの、まさか待たれているとは思いもしなかった。
いや、まぁ『館』の方でならまだわかる。が、まさか城門でとは…
「もしかして、待たせた?」
「時期、という意味ならすでに何日も。この場に、という意味でしたらさほどでもございません」
「それは申し訳ない」
「いえ、来て下さると信じておりましたので」
いって微笑む、我がメイド。
こげ茶と黄色が混じったような髪の色に、陶磁器のような白い肌。アクセントに引いた口紅はけして濃い色ではないが華やかな印象を与え、長いスカートにエプロンという仕事着…いわゆるメイド姿であってもどこか品の良さを感じさせる。
着ている服さえ違えば、貴族の令嬢と言われても信じてしまいかねない。
「ねぇ、その人がアンタが迎えに来たメイド?」
「そ。スフレ」
男ならともかく、メイドの何がそんなに気になるのかわからないが、スフレのつま先から頭の天辺まで眺める姫。
(―そういえば神楽月でもメイドに食いついてたか)
なんらかの憧れでもあるのか、単に物珍しいのか…まぁ俺も衣装としてではなく、仕事着としてのメイドを初めて見た時はこんな感じだったきがしないでもないので、そんなもんかもしれない。
今はどうかって?
ちょっと本人前にしていえることじゃないので差し控えさせていただきます。
「スフレと申します。お見知りおきを」
スカートの端を持ち上げ軽やかに挨拶するスフレ。姫が釣られて頭を下げる。
「こちら俺がお世話になってるところの妹様」
「存じております。お名前はヤツネ様、でお間違えございませんね?」
手紙に特徴と共に記しているとはいえ、そつのないことである。
「あ、っと、ヤツネ、です。はじめまして」
「はい、はじめまして。ご主人様が…ご迷惑をおかけしているかと思います…ほんとに」
ねぇなにその、確信的な物言い?
「うん…ほんとに…」
そして君もなんなの、その悲壮感溢れる返し?
「…が、がんばです!」
ねぇコウ、へたくそなフォロー入れるぐらいならそっとしておいてくれる?
「そちらのお連れ様がコウ様でいらっしゃいますね?」
「はっ。ユウ様に仕えて浅いですが、よろしくお願いいたします」
ピシリと背筋を正し、目上の者にするような挨拶を向けるコウ。
「そう畏らずに…役所は違えど同じような立場です。こちらこそよろしくお願いいたします」
「はっ!」
「じゃ、挨拶も済んだところでいきますか」
「ご案内いたします」
スフレを先頭に城門を潜る。
本来は馬車の荷改めなど手続きがあるのだが、どうやらすでに手を回してくれていたらしく、軽く挨拶するだけで通れてしまった
「婦人の手回しで?」
「お察しの通りです」
「ますます頭があがらなくなるな…」
俺とスフレの会話を聞いて、姫が「婦人?」という顔をしたが、それも一瞬。
なぜなら、そんな疑問よりも姫の関心を奪うものが目の前に広がったから。
「うわっぁ…」
「これは…」
口を開いたまま立ち止まった姫と、そこまでではないにしろ驚きを隠せないコウ。
二人の視界に入っているのは、グランギニオールのメインストリート。今通った南門と、反対の入り口である北門とを繋ぐ大通りで、人ごみさえなければ、一個竜隊が行軍してもなお余裕を感じさせる広さと長さを誇る。
都市全体が活気に包まれたグランギニオールの中でも、特に活気のある場所だ。通りを挟んだ両脇には大小関わらず商店が立ち並び、日用品から美術品、武器の類から専門書等々、メインストリートを歩いて見当たらない店は無い、とまで言われている。
それら商店で買わされる声もさることながら、通りのあちこちでは、自慢の技を披露する大道芸人や、ざわめきの中にいてもなお耳をひきつける詩人、その美貌をおしげもなく魅せる踊り子など、未熟も達者も含めて表現者達への喝采やおひねりが飛び交う。
更にはカートや袋から軽食やドリンクを販売する者、似顔絵を書き小銭を稼ぐ画家などなど、とにかく一枚でも多く、一秒でも多く、稼ぎたい、楽しみたい、という『欲』を前向きに付き合う、大陸でも有数の大通り―
「これが有名なグランギニオール大十字街(グランギニオール・グランクロス・ストリート)でございます」
初めての光景を目と、耳と、肌と、感じられるもの全てで捕らえようとしているかのような姫に尋ねる。
「大十字街の名前、聞いたことは?」
「ない…」
「コウは?」
「名前ぐらいは…しかしここまでとは…」
「てか十字ってことは、もう一本あるの?」
「そ。これは南北を走るメインストリート。で、東西を走るセカンドストリートもあって、だから十字路」
「そっちもこんなに?」
「立地の関係でメインに比べると趣が違うんだけど…まぁ劣るかっていうとそうでもないかな?」
「賑わいでいえばメイン、景観でいえばセカンド、といわれておりますね」
スフレの解説を聞き、改めて感嘆の息を漏らす二人。
「…外から見て、すごいとは思ってたけど」
「けど?」
「今日、お祭りでもやってるの?」
その発言に思わず噴出す。
「なんで!? なんかおかしなこといった!?」
「いや、うん、なんていうか、よく言う人がいるんだよ、その質問」
だがまぁ、神楽月にいればこの発言もわからなくはない。
国土だけでいえば、神楽月よりも狭いグランギニオール。しかし人口は神楽月よりも多いはずで、しかも他国からの来訪者や滞在者もいる。それらを含めた人口密度は、神楽月の3倍はくだらないだろう。
その人だかり、
その人だかりを受け止める商店の数、
その商店がやり取りする経済の規模、
言い方は悪いが、いわゆる田舎に近い場所に住む者のほど、この光景を見て、先ほどの『祭りでもやってるのか?』という発想に繋がる。
「この町ではこれが普通なんだよ」
「これが…普通? 毎日このような人ごみなのですか?」
「いや、さすがに今日は休日だからいつもより多いけど、それでも半分減るぐらいじゃない?」
「それでも、神楽月のお祭りぐらいじゃない…」
立っているだけでも次々と人や物が流れていき、その度に視線を向ける姫。
宿場町に着いた時、あれだけはしゃいでくれたにも関わらず、商談の関係でろくに楽しんでもらう暇も無かったが…その分もこの街が補ってくれるだろう。
でもまぁ今のところは、
「暫く滞在する予定だし、先にご挨拶にいくとしましょうか」
声を掛け、メインストリートから右手に伸びる道へと注意を向ける。そこは馬車が往来しやすいように整えられた、メインストリートに比べればやや幅の狭い、運搬・輸送がメインの道…商人やこの街の有力者など、馬車を使う者達用の道といってもいいだろう。
メインストリートの両脇を固める店が、旅行者や一般市民を相手にしたものが多いのに対し、こちらはそういった類を相手にしたやや高級品志向めいたものや、老舗と呼ばれるようなものがやや目立つ。
「ヤツネ様、暫く歩くことになりますが馬車にお乗りになりますか?」
「ん…歩いちゃマズイ?」
「勿論構いませんとも。よろしければ、簡単にではありますが、ご案内しながら向かいましょうか?」
「いいの?」
「私のご案内などでよければお任せ下さい」
「お願い!」
目を輝かせとは、今の姫のようなことを言うのだろう。
あの店はなんだとか、この建物はなんだとかいうスフレの解説を一生懸命聞きながら歩く姫。普段からあまり『姫らしい姫ではない』とはいえ、今の姿を見るとそれなりに…といっては失礼か…やはり色々と考えながら姫という人生を生きてきたんだろうなぁと思う。
「…同行して頂いたかいがありましたね」
手綱を繰りつつ、前を行く姫に聞こえないように言うコウ。
「なにが?」
「ヤツネ様の気分転換に連れて来て差し上げたのではないのですか?」
「…どこまで事情知ってるの?」
「どこまで…といわれても量りかねますが…慕っている者を亡くせば気も落ちるかと…」
まぁ…ロウ竜と神楽月リン王の死を知らないという立ち居地ではないだろう。けして人事ではないが、コウだって鈴星の隣王という目標ともいえた人物を亡くしている。ある意味では、俺よりも姫のことを…って
「…コウ」
「はっ」
「ヤツネを神楽月から連れ出したの、それも理由か?」
いくらなんでも全てを信じるには、姫の発言だけでは力不足だったはずだ。が、姫の痛みが分かったからこそ、少しおかしいと思っても自分の責任が及ぶ範囲…鈴星までならと『気分転換』に連れて行った。そっちの方が納得がいく。
「それ、は…」
「ウソと隠し事は?」
「…仰るとおりです」
「それで俺に怒られるとは?」
「…思わなかったといえばウソになります。ですが…あまりにも必死だったもので…」
本人は隠そうとしているのかもしれない。振り切ろうとしているのかもしれない。姫としての思いや、ロウ竜の意思や、あれやこれやを背負おうとしている。だけどまだ少女といって差し支えない年齢でやりきれるはずもなく、それは妙な頑なさや必死さとなって表れている。
それが、一時的にではあろうがあのはしゃぎよう…
「…コウのお手柄か」
「私が…ですか?」
「コウが連れ出してなかったら、俺はヤツネを神楽月に置いてってたからな」
「あの、私は、その…」
「で、お前もか?」
「はっ?」
「慕っている者を亡くせば気も落ちる…だろ?」
あっ、と町を見たときとは違うニュアンスで息を呑むコウ。
「いえ、それは、その…」
「コウ?」
「…落ちました」
ま、だよな。
「ですが!」
少し強い口調で…苦笑を浮べかけた俺の動作をさえぎる様にコウは口を挟み、
「…今は、ユウ様にお仕えしておりますので」
そう、まっすぐに俺の目を見ていった。
そこには、鈴星で怒りを孕んで模擬戦を挑んできた時の鋭さはなく…
「…落ち着いたら」
「はっ」
「…庭でも借りて模擬戦する?」
「はっ…あっ、はっ! 喜んで! し、しかしなぜ!?」
「ん、まぁ、だからお手柄へのご褒美…ってそれが模擬戦って―」
「ありがとうございます!!」
思わず前を歩いていた二人がこちらをみるぐらいの勢いで例を述べるコウ。
「…じゃぁ、まぁ、そういうことで」
「はっ!」
二人がこちらをみようが、呆れた顔をした後に向き直ろうが、気にせずはつらつとした表情のコウ…そこにウソや隠し事の雰囲気は無く、いってみれば心底楽しみにしてくれてるようで…
(―まぁ、俺も悪い気はしてないわけだけど)
さっきの発言といい視線といい、少しは認められたってことだといいなぁ…などと思っている矢先、
「うわっぁ…」
今日何度目かの姫の感嘆を聴きながら、目的地へと着いたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
てな感じで、いよいよグランギニオールへと足を踏み入れました。
メガロポリス偏をおおまかに区切ると、この前までが『至るグランギニオール』パートで、ここからが『グランギニオール市内』パート、といったところでしょうか。
これから物語りは…というかユウ達の話は暫くの間、グランギニオールを中心に展開します。
てか、ここまでくるのに24話もかかってるとは…初登場キャラや、メインに出張ってくるキャラなんかもおり、気を抜くと話が長くなりそうなのできをつけねば…と思いながらも、みなさんのお気に入りが一人でも増えるといいなと思う今日この頃。
男も女も幼女も淑女も令嬢も、わんさと出てくるグランギニオール市内の日々お楽しみに。




