戦記88「邂逅」
連載中断後に減った読者数が、この前書き時点で元に戻るどころか増えておりました…素直に嬉しい。
登録したまま待っていた皆様ありがとう。
登録解除したけどまたしてくれた皆様ありがとう。
そんなこととは知らずに登録してここまで読み進めてくれた皆様ありがとう。
登録してなくても読んでくれている皆様ありがとう。
また二ヶ月ぐらい更新しなくなっても見捨てないで下さい。
それではいきます、戦記88!!
戦記88「邂逅」
コウの声を聞いた瞬間、咄嗟に姫の肩を掴み、胸の内に引き寄せた。
「きゃぁ!?」
という小さな悲鳴は、俺がなんらかの感想を浮べる前に、うめき声の様な、うなり声のような、言いようのない音の塊によってかき消された。
聞こえてきたのは、馬車の外から。
そしてその音が馬車にぶつかった直後、荒れ道の振動などとは比べ物にならぬ揺れが馬車を襲った。
ベルトで止められていた箱はまだしも、積み上げられていただけの荷袋などは踊るように飛び跳ね、いくつかの中身が散乱し、背中に軽くはない衝撃と共に痛みを与えてくる。
(―傭兵団か!?)
しかし、その揺れは数秒のこと…
荷物が踊っている間に、外から聞こえた音の塊は消え去っていた。それにあわせ馬車の揺れはなくなり、散らばった荷物も動きを止める…襲撃にしては中途半端だ。
「怪我は?」
「ない…だいじょぶ」
馬車の壁と俺の体で作った空間に収めるようにしたおかげか、姫に傷はないようだ。
「ならよかった」
とはいえ、まだ考えることはおろか、まともな反応を見せることもできそうにない…姫の無事を確認してすぐ、ナナシを呼び出し外へと飛び出そうとする。
が、それよりも一瞬早く、外から扉が開かれた。
「陛下! 姫様!」
開いたのはコウ。
冷や汗でも浮べたのか、前髪の何本かが額に張り付いている。
「お怪我はありませんか!?」
慌ててはいる…が、愛用の太刀は抜かれていない。
であれば、脅威は去った…のだろう。たぶん。
「大丈夫…だけど、コウ」
「はっ、陛下!」
「それ」
「それ?」
「名前」
「…あっ」
「いざって時こそ気をつけてね」
「はっ…以後気をつけます。ユウ様、ヤツネ様」
戒めのためか、改めて名前を口にし、コウが頭を下げる。
「で、何があったの?」
コウの頭を上げさせながら馬車の外へと降りる。
ざっと見た限り、やはりなんらかの脅威にさらされているようにはみえないが…
「それが…その、はっきりとしたものは何も見えず、忽然と突風が襲ってきたというか…」
馬車の中にいた俺達ならまだしも、御者台にいたコウがはっきりと状況を掴めないとは…いささか予想外だ。
「…でも風が吹き付けてくるよりも先にコウから注意されてなかった?」
「魔剣のおかげで、風に関しては反応できるもので…」
なるほど…氷の魔剣の持ち主は寒さに強いとか、火の杖を持つ者は噴火を言い当てるとかは良く聞く話だ。コウの魔剣にもそのような能力が備わっていてもおかしくない。
だとするとコウの言うとおり、馬車を揺らすほどの強風が突如吹いたのだろう。
普通、台風にしろ竜巻にしろ、大型の風は遠くから吹き初め徐々に強くなる。
しかし今回は、団扇や爆弾などがそうであるように、何かの衝撃などによって突如起きた…らしい。が、何によって風が吹き付けてきたのか、その原因はコウにも見えていないと。
となると一番ありえるのは…
「コウ、魔力探知はできるほう?」
「申し訳ございません。風以外のことはまるっきり…」
「てことは、何者かの魔法って線は残るわけね」
いや、だとするとただ風を当てて終わりにする意味が分からない。襲撃の初手としてはアリだが、その後に何もないのではたんに揺れるだけで終わりだ。せいぜい荷が崩れて…後でチェックするけど、いくつかダメになってるだろうなもったいない、お土産にしたかったのに…
「…風ねぇ」
来た道を見ると、今までと今の車輪跡に大きな位置ずれが起きている。周辺の木々や葉にも、風によるものと思える折れや飛散がみれる。
風を感知できるというコウが吹いたというのだから、やはり風は吹いたのだろう。が、試しに両手で車体を揺らそうとしてみたが、元々しっかりとした造りだけあり多少押した程度ではびくともしない。
今も風は吹いてはいるが、あくまで常識の範囲内の風であり、吹き飛ぶようなものではない。ドラゴニア時代、メガロポリスへの滞在は比較的多いほうだったが、こんなことは起きたことがないし聞いたこともない。
(―意図的にか偶然かはわからないけど、誰かが起こしたのは間違いない…か?)
自然発生しにくい以上、誰かが起こしたと思うべきだろうが、さてそうするとその理由がわからない。
(―偶然?)
かもしれない。
確かに、いつ襲撃されてもおかしくはない…特にここ数日は、商談のために出歩いたし、必要によっては王であることを明かしたのだ。傭兵団に情報が伝わっていると考えてもいいだろう。が、全ての出来事が傭兵団や襲撃に繋がるものだとも限らない。
むしろ傭兵団というよりは…
(―薬草がらみ?)
可能性としてはありえる。が、判断材料はない。そして材料となりそうなものも見える範囲になさそうである。
「コウ、何か気がついたことは?」
「申し訳ございません…」
俺もコウもお手上げ…なら、そろそろ考えるのを切り上げるべきか…などと思ってるときに、
「出ても大丈夫?」
呼吸を落ち着けた歌姫が窓から顔をのぞかせた。
「ナイス、ヤツネ」
「へ?」
「急ぎで悪いんだけど、鳥出せる?」
「出せるけど…どうするの?」
「ちょっと辺りを調べて貰える? 範囲は広くなくていいから、比較的念入りに」
「調べるって何を?」
「わからん」
「オイ」
「とにかく気になる物があればなんでも…人でも物でも何かの跡でも」
「んー…よくわかんないけど、わかった」
姫の顔が窓から消えるとすぐに白い鳥が飛び出し、空や茂みの中を飛び回り始めた。
これでとりあえず周辺の状況はわかるだろう…仮にさっきのが魔法だとしたら術者がいる。そして術者は筆姫様みたいな桁違いの者でない限りは、だいたい視界に収まる範囲が効果範囲だ。
仮に茂みに隠れているのだとしたら下手に探すのは危険だが、姫の鳥ならそこらへんは安全だ。
そしてそれはそれとして、
「コウ、馬と馬車の確認。馬車も周辺も問題なければ、早めに離れる」
「はっ! 承知いたしました」
二人に作業をお願いしている間、ナナシを握ったまま辺りに注意を配る。
突風が吹いただけ。
それもただ一度だけ。
それ以外の変化はなく、遠くに鳥か何かの鳴き声が聞こえ、そよ風が吹いているだけ。
しかし、何か確実に起きているように勘ぐってしまうのは、寂れ気味の旧街道の雰囲気によるものだけだろうか? それとも…
「んー、ダメ。変なものとか特にない」
「こちら問題ありません。いつでも出れます」
「ん、わかった…二人ともありがとう」
二人に礼をいい、コウを御者へと戻す。
何も分からないというスッキリしない感覚は残るが、だからといってここで止まっていても単に時間を無駄にするだけだ。
「あーあ、せっかく貰ったのにもったいない…」
姫が馬車の中を片付け始める音が聞こえる。ガチャガチャという音から察するに、陶器やガラスなども割れているのかもしれない。
「ユウ! 早く手伝って!」
「はいはい。んじゃコウ、よろしく」
「はっ! お任せください!」
「って、うっわ、思ったより散らかってるなこれ…」
「だから早く手伝ってっていったでしょーが」
姫にどやされながら乗り込むと、馬車は緩やかに加速し、やがてかなりの速さへと到達した。
「ちょ、ちょっと早すぎない!?」
「だいぶ時間をとってしまいましたので! 遅れを取り戻すためにもご容赦ください!」
「うぅー…それはわかるけど…」
「なんなら休んでる?」
「…いい。片付ける。言い出したの自分だし…」
「ま、休もうにも休むスペースもないしね」
「そーいうこ―いった!?」
「す、すみません姫―じゃなくてヤツネ様!」
振動で飛び上がった民芸品にひざをぶつけられた姫と、そんな姫に謝るコウ。
そんな二人の様子に、つい笑いを漏らしてしまう。
それを見咎めて姫は不満と怒りの顔をこちらへと向け、俺は取り繕ったセリフでそれを宥めながら片づけを続ける。
(―ま、警戒しすぎてもしかたなし。楽しんでいきますかね)
ガラス片などを優先的に格納しつつ、馬車旅は続く。
途中、姫に講座を開いたり、窓の外に視線を向けたり、揺れに眠りを誘われたり、コウのおねだりに応えて模擬戦をするなどしつつ、中継地点として小規模な町を一つ経由し…
宿場町を出てから二日後の昼過ぎのこと。
「…なに、これ」
窓から見える景色に絶句した姫の顔を堪能しつつ、馬車はようやく辿り着いた。
「宿場町であれだったから、きっといい反応してくれると思ってた」
「だって、これ…」
「そう、これ」
町を囲うように円形に広がる高い石壁、
壁を越える高さの時計塔、
どこからともなく聞こえる拍手、
止むことのない喧騒と笑い声、
例え相手が誰であろうと、町の何かが必ず虜にすると噂に名高い、文化と芸術の都。
まだ全貌が見えずとも、期待に胸を膨らませざるを得ない、夢と欲の集まる城壁都市。
「ここ…ここが、あれ? あの」
「そ、グランギニオール」
そんな都市の城門前まで辿り着き、コウが馬車のスピードを落とす。
そして完全に止まったところで馬車から降りると、馬車の前には女性がおり…
その姿に姫が再度唖然としている中、俺の顔を見るやこういった。
「お待ちしておりました、ご主人様」
微笑み、恭しく頭を下げるその女性…それは間違いなく、俺の私設隊に所属するメイドだった。
そして、ユウ達がグランギニオールへと到着する頃。
グランギニオールから西の山岳地帯にほど近い穴蔵に、その者たちは集っていた。
「酒だー!」
「いーや、女だ!」
「ばっか、食いもんだ!」
全体的に粗野な印象を受けるが、その表情や体つきに溢れんばかりの生命力を滾らせる男達。
昔からメガロポリスに属する主要国を上客とし、幾度となく振りかけられた侵略の手を力で切り伏せてきた男達…
時と場合により救国の戦士であり、
時と場合が違えば暴虐の尖兵であり、
しかしいついかなる時も、彼らは彼らでしかない。
そんな彼らを指し、人は言う。
―彼らは彼ら
―彼らを動かすのは、金、酒、食い物、女、戦い、そして少々の仁義
―彼らが掲げる名は『大熊傭兵団―ビッグベアード』
出自を問わず、気風と腕っ節のみを入団条件とする彼らが信じるのは、己と己が最も信じる男…傭兵団を仕切る団長、名を『グリーズ・リー』。
「アレだコレだとケチクセェ。金はあんだ、好きなもん好きなだけもってこいバカヤロウ!!」
「「「「「っしゃー!!」」」」」
ガラガラのひび割れた、しかし穴蔵の端まで届くその声に、傭兵団のテンションは天井知らずに跳ね上がる。
そんな部下達のバカ騒ぎを、熊を髣髴とさせる毛むくじゃらの巨躯に酒を流し込みながら見回すリー。
そして一部…四人ほどでテーブルを囲み、明らかに他とは様子の違う部下をみるやのっしりと立ち上がり、その肩を叩きながら声を掛ける。
「おう、やってるか」
「親分…俺達は…」
「俺がやってるかって聞いたら、黙ってやりゃーいいんだ、やりゃー」
乾くどころか、まだ一滴も入ってないグラスに酒を注ぎながら部下へと寄越すリー。
「話は聞いた。元々楽にいくとはおもってねーよ。ユウ王さんとやらの顔しっかり拝んだだけで、まずまずってとこだ。しかも、妙な風まで吹いたんだろ?」
この時点からいえば二日前…ユウ達が突風に襲われたちょうどその時、彼らもまた突風に襲われていた。場所で言えば、ユウ達が走っていた街道を見下ろせるやや離れた丘辺り…姫が捜索した範囲からかなり外れた丘の上で。
ユウ王が旧街道の町をうろうろしているという情報を得、せめて顔だけでも…あわよくば襲い、連れ帰ろうと望遠鏡を覗きながら機を狙っていた。しかし…できなかった。ユウが悩んだように、彼らもまた突風の正体が掴めず、もしやユウ達が何かしでかした? とまで考えた。
そしてその後暫く監視を続けたあと二手に別れ、一手は今グランギニオールへ。そしてもう一手が報告のため戻り、今ここに…
「しゃーねぇ、しゃーねぇ。んな時もある」
バンバンと肩を叩くリー。しかし、男の一人が言う。
「ちげーんだよ親分。俺達がいいてぇのは突風がどうこうじゃなくて」
「勝てねーと思ったんだろ? なまっちょろい男一人と、女二人相手に」
ズキリ、と痛ましい顔を浮べる男達。
追ってる間、何度か襲撃をかけようとした。が、ことごとくを諦めた。
何か違和感を覚えればすぐ警戒を見せる上、傭兵の手口を知っているかのようなユウ。
定期的に飛び出し、一定範囲内を飛び回っては馬車へと戻る白い鳥を操る姫。
気分転換の模擬戦で、辺り一面の草木をなぎ倒す力を持つコウ。
それらを見て悟る。
『今、自分達だけで手を出してはいけない』
彼らは、戦いを生業とする人間である。
守るための兵士でも、勝ち取るための冒険者でもなく、戦うための傭兵である。
だから敏感だ。
戦えなくなった傭兵に価値はない。
勝てない相手や、いらぬ危険には過敏に反応する。例えそれがたった三人の相手でも…
だから、リーは言った。
「そんだけお前らが優秀だってことだ」
それ以上の問答は必要無い。
「まだ頼む仕事はある。今はやっとけ」
そして酒と食べ物を引き寄せ、呼びつけた娼婦を何人か隣に座らせて自分のイスへと戻る。
するとすぐさま、入れ替わりに傭兵の矜持と生き様をしる男達がテーブルに群がる。分かち合い、結束する。酒と、食べ物と、女を潤滑油に、戦いと、少々の仁義と、自分と、自分が信じた男の為に。
「「「「首あらって待ってやがれ、ユウ王!!」」」」
吹っ切った偵察隊が、ユウと、姫と、コウの特徴を饒舌に語り、
書き上げられた似顔絵が穴蔵を行き交い、
「うっわ、この姫様かわいすぎねぇ!?」
「同意。だけどあと二年若くないと」
「黙れ幼女趣味! 選ぶならこっちのデカチチだろ!」
「かー! これだから女にしか興味のねー連中は! 選ぶならどう考えたって、ユウちゃん一択だろ!?」
「「「「いや、それはねー」」」」
「おーしお前ら表でろいぃ!!」
彼らには、飛び交う言葉が冗談でも本気でも、どちらでもよい。
全ては、宴を楽しむ為。
やがて潰えるその日がやってくるまで、楽しむ為。
彼らが彼らである為。
今という物語を一秒でも楽しく生きれればそれでいい。
(―いいねぇ…この宴に見合う奴ではあるってわけだ)
『ユウ王を捕縛しろ』
その依頼料の前金が、この宴の軍資金である。
酒も、食べ物も、女も、明りを灯さなければ一瞬で闇に落ちる穴蔵に運び込めるほどの金と釣り合う依頼、その標的。
(―お前さんらも旅は楽しんだだろうし…)
酒を一息にあおり、まだみぬユウ達の姿を思い描くリー。
その傍らには、巨躯に見合う大斧。
その大斧を振るうは、斧が小さく見えかねない巨躯の男。
(―ぼちぼち仕事すっとすっかねぇ)
東の地、グランギニオールにてユウ一行。
西の地、穴蔵にてビッグベアード一団。
同じメガロポリスにありながら、やや離れた位置関係から両者の物語は絡みだしていくのだった。
いくつもの『邂逅』を縫い目にしながら。
お読み頂きありがとうございます。
何度か話題にしておりますが、二ヶ月ほど前パソコンがクラッシュしたときは、書き溜めてたデータがすっとんだことに絶望してました。そして今書いてるのは書き直してるものなわけですが、結果的にはすっとんでよかったのかもしれません。
たぶん、元のデータの進行具合ではグランギニオールに着くだけでもまだ数話かっていたでしょう…それが削ったり構成弄ったりで、なんとかこのあたりで到着。
ユウ達の特徴などを捉えなおすのに多少のあれこれはありましたが、結果的にはスマートになってよかったかなと。
元々書いていたものも書きたいものではありましたが、もっと書きたいもののために削るのもまた大事ですね…できれば一応『エンディング』と思っているところまでは書きたいのです。
そうすると、初期に計画していただけでも
・神楽月合併前後
・鬼牙島遠征
・ペンシルグラード攻防
・ドラゴニアとの決着
・他七大国とのあれこれ
などを筆頭に、少し書くだけでもどうかと思う探検だとかイザコザとか、女の子やオッサンやじーさんやバーさんがおったりするでなぁ。
わしゃぁいつまで生きれるとも分からんで、いきとるうちに完結させたーとそうおもっちょるわけじゃよ。
まぁそんなわけで、書きたいモノが多いなら書くところは選ばないと、読む人も書く人も大変ですよね、というわけで…
とはいえダイジェストばっかでもしょうがないので、うまく折り合いつけながら進めて生きたいなと思う今日この頃。
それでは次回から、いよいよグランギニオールでの生活が始まります。
メイドとか、夫人とか、その娘とか、美女とか、令嬢とか!
まぁ…けむくじゃらなオッサンもでますけど…
ではまたお会いできたら幸い。




