戦記86 「商談」
『私が町長です』
知っている人は知っているであろうこのセリフと共に登場させようと思いましたが、あんまりにも意味深になるので自重。
そんな感じで、戦記86!
戦記86 「商談」
恐縮そうに述べるリーフと名乗った町長…
その顔からは、危害どころか、商談で優位にたってやろうという商魂すら見えず、ただただ萎縮しており、ユウは少々警戒しすぎていたな…と反省し、にこやかな笑みを浮べて仕切りなおした。
「回復薬…ですか?」
「はい。お連れ様にお聞きしたところ、新しい販路を探しながらの旅路とのこと。これからのお付き合いを考えていただくと共に、もし可能であれば可能な分だけでも今のお手持ちからお分けしていただけないかと…」
確かに、自分たちは商家を名乗り旅をしている。その旅の目的も、コウが町長に伝えたとおり『新しい販路の開拓』つまり、商売相手探しとしている以上、そういう話が向こうから来るのこともないわけではない。
そして相手の求めている回復薬に余裕がないかというと、そんなことはない。神楽月でハンに頼み、今は自分が格納している分に加え、コウが鈴星で馬車に積んだ分とをあわせれば、この店の棚を埋める程度の量は分けられるだろう。
そして相手の様子から察するに、商談は一通り有利に進められるだろう。
しかし、だからといってすぐにお譲りします、とはユウはいわない。なぜなら、いくつかの考えと疑問があったから。
「まぁ荷の中にないこともないですが、お聞きしたいことがございます。お譲りするかどうかは、納得のいくお答えを頂いてから考えてもよろしいでしょうか?」
「勿論でございます」
「ありがとうございます。あぁ、最初にですが、けして取引したくないわけではなありません。私達も新しい販路を得たいと思っております。しかし、闇雲に広げれば痛い目に会うのも世の常…互いに快い関係を結ぶための者とご理解いただければ幸いです」
「えぇ、ごもっともでございます。それで、何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「いくつかありますが、まず一番最初に…なぜ、回復薬なのですか?」
今回、ユウ達は旅の商家を名乗っているが、その商品を具体的には設定していない。
馬車で商品を売りまわるような者なら当然、馬車の中に入っているものしか売れないし、商談の為に旅をしている者だって、自分が使う商材にまつわるものしか持ち歩かない…というか、商品にならない物を馬車に積む意味も余裕も普通はない。
が、ユウは違う。
その格納の能力で、おおよそ商品となりそうなものは取り出すことができる。武器だろうと、消耗品だろうと、美術品だろうと、その品質や量に差はあれど用意はできる。つまり、相手の欲しいものに応じて何の商人と名乗るかを変えることができる。
しかし、用意できるとはいえ『食料品』や『回復薬』の類を求められるとは、意外だった。
これが旅人や、飢えや災害に苦しむ場所なら別である。しかしここは寂れたとはいえ、宿場町。故に、ユウは尋ねた。
「回復薬のような日用品を切らすほど、逼迫した環境にあるようには見えないのですが…」
と。
回復薬とは、何も冒険者や傭兵など戦う者のみだけが使うわけでなく、幅広い人間が用いる、日用品の類のものである。
誰だって、日常的に怪我をする。
ほんの少しの擦り傷や切り傷ならまぁ使うまでもないだろうが、例えば料理人が誤って自分の手を切ることもある。あるいは工夫や職人が、工具や材料を落として足の骨を折ることもある。その時に頼るのは医者ではなく、回復薬だ。
もちろん命に関わるものや、複雑に体が折れたり千切れたりしていれば話は別だが、回復薬で直る程度の傷であれば、まず間違いなくそちらを選ぶ。一週間かかる傷が数十分で直り、しかもちょっと買い物に出れば手に入るモノであれば、誰もがそちらを選ぶに決まっている。
そして選ぶ者が多いのだから作る者も多くなる。作られた物が多くなればそれを手にする人も増え、それは次第に当たり前のことになっていき、やがて日常になる
感覚の程度いえば、市販品の風邪薬などとおなじようなものと捕らえればいいだろう。毎日使うわけではないが、必要になれば誰でも使えるもの。
職業柄必要になる武器や工具、余力があるから求められる美術品など、人を選ぶ物とは違い、誰もが毎日のように消費していく食料品などに近いもの、それが回復薬である。
だから、食料がそうであるように回復薬などの医薬品は、道具屋などに頼るだけでなく、町や国などの自治体がある程度組織的に購入し備蓄しており、もし備蓄できなくなっているとしたら大問題である。
しかし、ユウが見たところ道具屋の棚にはきちんと回復薬が並んでいるし、その値段が極端に高いといったこともない。神楽月に比べれば割高といえるが、庶民が普通に変える程度の値段である。
故に、ますます薬を求められる理由がわからないユウに、町長は語った。
「まだ店にも町には備蓄がございます。ただ、あくまで残りがあるというだけで、新しい仕入れができない状態が続いておりまして…」
「それは…回復薬だけですか?」
「回復薬だけというか、薬関係全般がでございます…」
「それ以外は普通に?」
「はい、食料等も問題なく…」
「…ということは、仕入れ業者ではなく、生産先の問題ですか?」
「お察しの通りでございます…」
「なるほど」
ある程度の状況を察したユウ。
そんなユウに歌姫が話しに割り込むように口を挟む。
「質問」
「はい、ヤツネ」
「何がなるほどなんだか、さっぱり」
ユウが町長に『うちの若いのに勉強させても?』というニュアンスで目をむけると、町長が『どうぞ』と頷いた。
「まず、町や店にはだいたい馴染みの仕入れ業者がいて、その業者が注文に応じて必要なものを集めてくるんだけど」
「あー…御用聞きみたいなもん?」
「まぁそんなもんかな。で、その御用聞きはあくまで御用聞きなので、自分が商品を作ってるのではなく、作られた商品をどっからか運んでくるわけだけど、その業者が仕入れられない…仕入れて『くれない』なんじゃなくて、あくまで『できない』なわけね」
「食料とかは普通に入ってるから『回復薬だけできない』ってことか」
故に、生産者の問題…今回は、回復薬を作っている者の問題となる。
「で? 何が問題になってるの?」
「なんでも、薬師様が回復薬を作れずにいると…」
歌姫に聞かれた町長はそう答えてから、仕入れ業を頼んでいる商人から聞いた話を付け足した。
「ここ最近、材料となる薬草がまるで採れなくなったそうで…」
「回復薬って薬草がいるの?」
「モノによるけど、必要なことは多いな。あとは純度の高い水とか、目的によって防腐剤とか、効力高めるための魔法石だとか」
「妙に詳しいわね…それって医術とか錬金術系でしょう?」
「まぁ、身内に詳しいのがいてな…ていうか、回復薬のことぐらい知っておけ。自国の主産業だぞ」
ユウに言われ言葉に詰まる歌姫。
その手の話をされるたびに逃げるか聞き流すかしていた歌姫が知らなかっただけで、ユウの言うとおり、医薬品の類は神楽月や鈴星の主産業の一つである。周りを森林に囲まれている両国には豊富な薬草と湧き水や川などの水資源が豊富にあり、材料に事欠かないためである。
「おぉ、皆様は神楽月のほうの商人様でしたか」
町長もそのことを知っていたのだろう。
ユウ達が神楽月や鈴星からやってきた商人だと察し、期待に顔を明るくする。
「あちらは、薬草が尽きたりとかは…」
「少なくとも私達は聞いておりませんね。薬が手に入らない、ということもありません」
「では!」
「お譲りしようとは思っております、ただその前に先ほどの薬草の話ですが、どの程度のことですか?」
「どの程度…とは?」
「馴染みでいらっしゃる商人が懇意にしている薬師様だけですか? それとも、他の薬師様たちも同じような状況なのでしょうか? と」
ユウの問いに、町長は言葉を詰まらせた。それで十分答えにはなっていたが…
「いや、さすがはというべきでしょうか…お察しの通りです」
「では、やはり?」
「はい。メガロポリスの広い範囲で同じような状態になりつつあるそうで…」
もし、その馴染みの商人が普段取引先にしている薬師だけの問題なら、一時的にでもいいから仕入先を変更すればいいだけの話である。しかしそれをしていない以上何か理由があり、ユウはそれを他の薬師も同じような状況に陥っているからと想像した。
(―であれば、戦争のためにかき集めてる…ってわけでもないのか)
ユウがどうして情報を欲しがったか…それは、この一点を気にしていたからだ。
(―対ドラゴニアか神楽月か…いずれにしろメガロポリスが戦争用に回復薬をかき集めているわけではない、と)
日常品故に出回るはずの薬が足りなくなる理由の一番は戦争だ。
現に神楽月首都周辺では、先の内乱のため一時的とはいえ医薬品が品薄になったし、そのため値段がわずかばかりに高騰した。
「…薬草が取れなくなった理由は聞きましたか?」
「はっきりとは…ただ、その、実は…薬草だけでなく、薬師様自身もお見かけしなくなったとか…」
「は?」
「いえ、全員が全員ではないのですが、何人もの商人様とも取引なされていた有名な薬師様のお姿もみえなくなったとか、一部の方のお住まいでは争った形跡があったとか、死体がみつかったとか…」
死体、の単語に歌姫が息を呑み、暗い表情を浮べる。
コウもやや顔を引き締める中、ユウは口元に手を当て思案する。
(―薬草が奪われて薬師も殺されて…傭兵団が絡んでる? とはさすがに飛躍しすぎか…いや、でも或いは…)
全容が見えぬ中、知りえた情報から現状を想像し黙り込むユウ。
その顔に、もしや売ってもらえないのでは…という不安を抱く町長であったが、そんな町長の暗い顔はすぐに吹き飛ぶことになる。しかし…
「わかりました。お売りしましょう」
「おぉ!」
「神楽月と鈴星、両国の名にかけて」
「…へ?」
そしてユウは町長の手を握り、言う。笑顔で。
「はじめまして、鈴星の国王、ユウです。今後とも、よいお付き合いをして頂けると幸いです」
その瞬間、町長の顔は引きつり、相手が自分が思っていたよりもはるかに巨大な『販路』を求めている者だということを悟ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
伏線というかなんというか、色々諸国の思惑とかが絡んでますよ的な流れになる第3章。
傭兵団、薬師、メイド隊など、いくつか単語がでておりますが、どこがどう絡んでいくのか…想像しながら読んで頂くもよし、身を任せてもらうもよし、ご自分のスタイルに合わせてお楽しみください。
てなわけでまた次回。




