戦記72「夜の中」
さぁ、はじまるざますよ。
いくでがんす。
んがー。
戦記72「夜の中」
ハンコウコンビに、試験的にとはいえ仕えてもらうことになったその日の夜、
いない間に関するあれこれの打ち合わせを終え、ボウが俺の私室を出て行ったあと、控え目なノックが聞こえてきた。
ボウのノックの音ではない。
ここ数日の流れから、イン竜が来たかとも思ったが、もし奴ならノックなどなしで襲ってくる。
となると…
「どうぞ」
鍵を開け扉を開くと、そこにいたのは、
「こんばんわ、ユウ様」
「こんばんわ、舞姫様」
薄手の衣装…寝間着に着替えた舞姫様が、手に小さめの酒瓶を持っていた。
「明日にでも出発すると聞いたもので、ご迷惑でなければ…」
「迷惑なんてとんでもない。けど…大丈夫?」
そもそもが忙しいから時間がとれなかったわけだし、最近は四六時中ソウ竜が見張りというか脇を固めているせいで自由には動けなかったろうし…そんな諸々を込めた質問に、
「大丈夫です」
姫はそう答えた。が、
「そのわりには、廊下の遠くからソウ竜の怒鳴り声が聞えてんだけど…」
「姫様! こんな夜更けにあんな輩の寝所に出向くなど―ぅっ!?」
あっ、静かになった。
「はーい、お騒がせしましたー」
その間延びした謝罪から、イン竜がソウ竜を物理的に黙らせたことは間違いないだろう。
「…大丈夫になりました」
「…のようですね」
廊下に顔を出してみると、イン竜が手をヒラヒラさせながら、片手でソウ竜を引きずっていた。
静けさが辺りに響く。
「あの、ご迷惑なら―」
舞姫が再度そのセリフを言い終える前に。
「どうぞ」
と、手を引いて招き入れ、扉を閉め、
「…お邪魔します」
そういいながらやや恥ずかしそうに笑う舞姫様をイスに腰掛けさせた。
別に作り自体は他の部屋とそうかわらないだろうが、置いてあるものが物珍しいのか、または単に俺の部屋にいるっていうのが落ち着かないのか、舞姫はきょろきょろと視線を彷徨わせている。
「明日は、何時ごろ出発のご予定ですか?」
「特に決めてはないけど、まぁ昼過ぎぐらいかな」
「何か準備など、お手伝いすることはありますか?」
「いや、大丈夫。ボウとハンにお願いしてあるから」
などと話しながら酒を杯に注ぐ。
甘いお酒の香りがゆったりと部屋に広がっていく。
「「乾杯」」
杯を軽くこするようにぶつけ、酒を口に含む。
香りに似てやや甘めで、後味として残るほど強くない酒が、すっと喉を通っていく。
おそらくは、明日出発する俺に会わせて選んでくれたのだろう。
「ありがとう」
「いいえ」
と、こちらのお礼の意味…舞姫の心遣いに気づいたことが伝わったのか、姫はやはり恥ずかしそうに笑いながら、こちらの杯を酒で満たし、同じくこちらも姫の杯を満たし返した。
相手が減らしては満たしてを、たわいない雑談…ここ数日のちょっとしたミスや困った客人の話題などと共に繰り返し、やがて酒瓶が空になる頃、姫が切り出してきた。
「…お聞きしてもよいでしょうか?」
その顔は、酒が入っていても真摯で、ウソや冗談を聞きたいわけではないのが、はっきりとみてとれた。
「どうぞ」
果たして何を聞きたいのか…
いくつか想像するうちに、姫が聞いてきたのは、こんな質問。
「ユウ様は、神楽月をどうしたいとお考えですか?」
「どう…とは?」
「なんでも構いません。ただ、ユウ様が何をお考えなのか聞きたいだけです…きっと、私と初めて会った時には、すでにお持ちでしたよね?」
初めて…森で会った時。
その時には…そう、確かに姫の言う通り、あった。
だから姫に『お嫁さんにならないか?』と…他にもいろいろ理由はあったが、そう聞くことにし、そう生きることを決めたのだ。
「私は…もう、ユウ様が思い描く形であれば、どんな国にでも納得する決心というか…たぶん納得してしまうと思います」
「そういってくれるのは嬉しいけど、とんでもない圧政を敷くかもよ?」
「ユウ様なら…意味があるなら、そうすると思います。でも、なければしませんよね? だから、納得します」
きっぱりとした物言いに…そこまで信用してくれている舞姫に、ありがたいやら、素直すぎて多少不安やらと複雑ではある。
「…そこまで信じてくれる根拠は?」
「わ…私の旦那様になる方ですから」
そう述べた姫の顔の赤いこと…
「…食事は?」
来客とやらで、ハンコウコンビとの食事を中座した姫に腹具合を尋ねる。
「軽くは頂きました」
「じゃぁ、果物でいいかな」
格納していた食糧の中から適当な果物をいくつかとナイフと皿を取り出し、切り分けて並べる。
そして、シャクシャクと歯触りのいい音を立てながら、思い返す。
「…こっちの世界に初めて来たときに、思ったことがあるんだけどね」
「はい」
「金髪美少女に会いたいって」
「…はい?」
「で、数年後出会ったわけだけど」
と、舞姫を指さして言うと、
「ゅぅ…」
言葉に詰まる舞姫。
可愛い…が、本題はそこではない。
「そう思う前に、死にそうになってね、そん時にオッサンに会ったんだけど、そのオッサンにいわれたんだ。三妃七竜十三宝を揃えた王は誠の王となる」
「誠王伝説…ですね」
「そ。そん時のオッサンがさ…まぁ、ドラゴニアのキョウ王だったんだけど、こー…一言でいうと、かっこよくてね。あぁ、どうせこの世界で死ぬんなら、そういうのを目指してから死にたいなって」
「…目指してから死にたい?」
「うん、だって…死ぬでしょう?」
姫の顔が変わる。
父の葬儀があり、
恩師の葬儀があり、
部下の葬儀もあった姫にとっては、まだ痛い言葉だろう。
だけど、これはあの日から変わらない事実だ。
あの日から確かめ続けてきている事実だ。
忘れない。
あの日、次々と死んでいったクラスメイト達。
忘れない。
戦場で死んでいった兵士達。
人は死ぬし、俺も死ぬ。
それはアッチの世界もコッチの世界も変わらない。
だけど、コッチはアッチと違って、とっても異世界だ。
だから、どうせ死ぬのなら、異世界で死ぬのなら、一番異世界であるものに臨んで死にたい。
「あぁ、まぁ、だからといって自殺したいわけじゃないんだけどね。どうせ死ぬなら、そうありたいってだけで」
目指したところで、道半ばで死ぬかもしれない…てかその可能性の方が多いだろう。
それでもいい。目指すこと、目的にとすることに意味がある。
「たぶん…そん時は、生きるための目標みたいなものだったんだろうけどね」
あてもない異世界に放り出された少年が、生きるために選んだ指針。
どうせいつかは死ぬけども、極限まで生き続けるために選んだ目的地。
なぜならば…
人は、目的の為に行動する。
人は、大きな目的の為に小さな目的を立てる。
その目的が消えないか、または命が続く限りは、動くし生きる。
種の保存とか自己複製のためなんかじゃなくて、ただただ、目的のために生きる。その目的が生き残ることな人もいるけど、全員が全員そうというわけではない。
登山家や、冒険家や、発明家が、種の保存や自己複製よりも踏破や研究に重きを置くのと一緒。
それが、俺にとっては誠王だったというだけのこと。
「今は…今も誠王に?」
「なりたいと思ってる。ただ、」
「ただ?」
「思ってた誠王の姿も、なりたい理由も、あの頃とは少し変わったかな」
「昔は…どのような?」
「とにかく強くて、なんでもいっぱい持ってて、可愛いお嫁さんがたくさん」
「では…今は?」
イメージは前からあった。
でも、それを改めて言葉にしたことはなかった。
それが、形になっていく。
不確かだったイメージがこねくり回され、意識が形を整えていき、やがて五回ほど肺の空気が入れ替わる頃、ようやくそれは言葉になって、口から出た。
「笑って生きて、死ねる国を作りたい」
お読みいただきありがとうございます。
演劇をやってるのですが、そちらが公演期間中だったり、余計な情報書きすぎて一話ほぼまるごとボツとかにしてたら、だいぶ更新があいてしまいました…
次回は早めにアップできる予定です。




