戦記64「姉妹にまつわるエピローグ」
2章エピローグラッシュ、ラスト。
歌姫と舞姫にまつわるエピローグをどうぞ。
戦記64「姉妹にまつわるエピローグ」
父の葬儀を終え、
竜の処刑を終え、
姉妹の姿は中庭にあった。
扉の外には、イン竜もソウ竜も、数名の部下もいる。
だがその中庭に、姉妹の他にいることを許されていたのは、たった一人。ユウ竜。
「約束通り、多少は飲めるようになったんですけどねぇ」
そういって、ユウ竜が墓標を前に酒を酌む。
杯は三つ。
一つは、自分の。
もう一つは、亡き王の。
もう一つは、亡き竜の。
並べたうちから、自分の酒を一息に煽り、それがユウ竜にとっての区切りだったのだろう…後は何を語るでもなく、目を凝らし、耳を傾けた。
姉妹による神楽へと。
(―鎮魂歌、か)
姉が舞い、
妹が歌い、
姉妹の声と動きは一つになり、森の木々がそうであるように、時に驚くほど悠然と、時に静々と、時に絶え絶えに、しかし『鎮魂歌』という言葉の響きほどには重くなく…
その神楽からは、死別を前向きに捕えようとしてきた先人たちの思いを窺い知ることができる。
神楽を始める前に、歌姫と交わしたやり取りを思い返しながら、ユウ竜はその所作を見つめる。
「あたし、強くなる」
歌姫はユウ竜の袖口を強く引き、いった。
『強くなりたい』などという願望ではない。
強い言葉と固い表情の歌姫の視線の先にあったのは、ロウ竜の亡骸。
その言葉を、ソウ竜でも、側近でも、姉でもなく、ユウ竜にいったのは、近くにいたからなどという偶然ではなく、明確な思いあってのことだろう。
ソウ竜と兵達によって埋葬されていくロウ竜を心に焼き付けるような眼差しの歌姫。
「強くなる…か」
歌姫が頷く。
「強くなる、とはどういう意味で?」
「いろんな意味で」
そのいろんなに、どれだけの種類の強さを求めているのか把握しきれないほど、その言葉は混ざり合い、重い。
「いきなり、は無理なのはわかってる。でも、ちゃんと強くなる」
「なんのために?」
「次、何かあったときの為に」
ふー、と大きなため息をついてから続ける。
「あんたが鈴星に言ってる間に、改めて皆から聞いた。アンタがいなかったら、まずかったって」
だから、感謝の気持ちが沸いた。
同時に、恐怖も覚えた。
「…アンタが姉さまとどうなるかは、もう姉様に任せる。けど、ここがあたしの国なのは変わらないから」
他の誰でもなく、自分がいれば守れる。
例え誰かいなくなっても、
例え大事な人が死んだとしても、
それらは今は『例え』だが、もう、姫は知ってしまった。
その『例え』は、いつかは分からないが、必ずいつかやってきてしまうことに。
例えば、今日の日のように。
「…つまり、その強くなるのに協力しろってことで?」
歌姫が頷く。
「とりあえず、神鳥の音ぐらいは使いこなせるようになりたいから…悔しいけど、今一番お手本に近いのはあんただし」
黒鳥も、七色の小鳥も、今のところ出せるのはユウ竜しかいないのだから、歌姫が助力を願う相手として間違いとはいえないだろう。だが、
「そもそも、気に関しては俺、ド素人なんだけどね?」
「分かってるわよ。だから、そっちの分はあたしが協力してあげる。あんたも、強くなるんでしょ?」
当然とばかりに尋ねた歌姫にどういったものか悩みつつも、ユウ竜は答えた。
「まぁ…ね」
その複雑な顔と声に僅かに顔をしかめる歌姫。
「あぁ、勘違いしないように。強くはなるよ。ただ、優先順位が難しい」
「国とかのこともあるからってこと?」
「ん…あんまり大きな声でいうことじゃないけど、手を付けないといけないところが多すぎてねぇ」
ユウ竜が鈴星に滞在している間にボウが調べた資料と報告から、神楽月の『国政』に関する問題点が浮かび上がっており、それも今後問題の種となっていくのは明らか…という現状で、個人の戦闘力を高めるという行動にどれだけ時間が割けるか怪しい状況である。
(―まぁ、多少のあてはあるけどできることとできないこともあるしな)
などと煮え切らないことを考えている一瞬の間に、姫もまた何事かを考えたのだろう…僅かな沈黙の後、言う。
「じゃぁ、そっちも手伝ってあげる」
その申し出に、僅かながら驚きの表情を浮かべるユウ竜。
「国政に興味なかったんじゃないの?」
「今まではね。でもそうもいってらんないでしょ」
とにかくそういうことだから、と言い切ると、歌姫はもうそれ以上は何も言わなかった。
(―変に落ち込むよりはいいといえばいいのかね?)
そんなやり取りを、思いを、決意を込めたかのような歌姫の歌は朗々と月に響き、やがてその声が途切れるころ、舞姫の動きも止まり、神楽が終わった。
そして諸々が終わったその日の夜…もう、明け方に近づいてきたほどの夜に、ユウ竜は神楽月で宛がわれた私室でまだ寝付かずに、人を待っていた。
その間、神楽月と鈴星の、そして周辺諸国の資料などに目を通し、今度のことを考える。
すると、やがて待ち人がやってくる。
控え目なノックの音に「どうぞ」と返すと、入ってきたのは舞姫。
「失礼します」
葬儀の時とも、処刑の時とも、神楽の時とも違う、浴衣のような簡易な服をまとっている。
風呂上りにまとうバスローブや寝間着のようなものなのだろう…実際、髪や肌が濡れているのは、湯あみをしてきたせいである。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいえ、ちっとも」
ユウ竜がテーブルからベッドに座りなおすと、舞姫もその隣へと座る。
ランプ一つの薄暗い部屋の中、舞姫の稲穂のような髪が光をまだらに反射している。
「それで、お話なのですが」
と固い面持ちで切り出す舞姫に、ユウ竜が
「あぁ、その前に」
と言葉を遮り、事前にボウに用意してもらっていたお茶を湯呑に注ぎ姫に渡し、自分も同じものを手にする。
「お疲れ様。お酒じゃなくて残念かもしれないけれど」
「そ、そんなにお酒が好きなわけではありません」
「ほんとに?」
「本当です」
「じゃぁ、今日の所はこれで」
「…はい」
乾杯、と。
二人で軽く湯呑をあてて茶を口にする。
緑茶ほど渋くなく、紅茶ほど甘い香りというわけでもない、その温いお茶に、固まり切っていた姫の顔が僅かにほころぶ。
「…おつかれさま」
その顔を見て、再度その言葉が口から出るユウ竜。
そして舞姫もまた、
「いえ…ユウ様こそ、おつかれさまでした」
そういって、顔を更に綻ばせた。
「で、お話とは?」
「あぁ…はい。いくつかあるの、です、が…なんというか、これからのことを、少しだけ確認しておきたいなと」
「これから…とは?」
「えっと…つまり、神楽月と鈴星と、私と、その」
「…俺のことを?」
「…はい」
照れと、不安と、決意と、いろんなものがないまぜになった歌姫に、ユウ竜は急かすことなく、言葉が紡がれるのを待つ。
そして舞姫はじっと見られている気恥ずかしさをごまかすように、『本題』に比べれば多少は話しやすい話題から口を開いた。
「鈴星との合併に関してですが、元々鈴星リン王がご存命の時から伝えていたらしく、反対の声は大きくありませんでした。ただ…」
「合併後の主導権争いは激しそう…かな?」
「お察しのとおりです。重要箇所を鈴星の官僚ではなく、自分達で埋めれるのか、その手の話が大勢をしめています」
周辺国における自負というか、弟国である鈴星の兄国としての矜持か、はたは単に利権の関係か…胸の内はそれぞれだろうが、いずれにしろ組織が大きくなればなるほどポジションの問題は頭痛の種であり、国レベルともなれば尚更だ。
「特に、今回の戦いで私達に着いてくれた者と、そうでない者でのやりとりが激しくて…」
「まぁ、だろうね…でもひとまず合併に賛成してるなら、暫くは様子見で」
「はい」
「で、だ。さしあたり合併するにあたりだけど…」
その先の言葉を予測して、舞姫の体に緊張が走る。
「確認するけど、鈴星から送った手紙はみたよね?」
「は、い…」
「そこにも書いてあったと思うけど、鈴星王の俺と、神楽月の女王が婚姻をもって国をまとめる…ってあったよね?」
「あり、まし、た…」
「それを理解した上で合併の話をふってきたってことは、そういうことでいいの?」
もう、何度この手の言葉を投げてきただろうか?
今まではなかば冗談といえば冗談でも済ませられた言葉。
しかし、ここに至ってはそうできない問題。
鈴星と神楽月、表面上は新しい代表同士が、平等の立場で新しい国となるためには、婚姻もせずに鈴星を舞姫へと献上することは難しい。そうしてしまえば、先の戦いの賠償となり、非が大きくなってしまう。
故に、もう一度訪ねる。
「そういうことでいいのね?」
と。
「そ、そういうこととは…」
「だから…そういうこと」
歯切れの悪いユウ竜の言葉に、舞姫が普段とは違うユウ竜の何かを察する。
「ですから…そういうことというのはどういうことですか?」
「分かるでしょ」
「分かりますけど、あえて聞きたいといいますか…」
そして姫は気が付いた。
「もしかしてユウ様照れてます?」
ユウ竜が僅かに視線を顔をそらす。
「…照れてない」
「今、一瞬言葉に詰まりませんでした?」
「詰まってないし、照れてないから、早く言いなさいよ」
「いや、照れてますよね?」
「照れてない」
「でも本当の所は―」
「照れてない」
この場にイン竜か歌姫でもいようものなら、即座にツッコミが入るようなやり取りを交わすこと数分…否定すれば否定するほど嬉々としてきた舞姫の表情と頑なさに、ユウ竜が根負けした。
「してますよね?」
「してますしてます、はいそーです、してたらなんだというのでしょう? だってね、さすがに俺もなんていうか、それは初めてなわけで」
「それってなんですか?」
「だから…結婚」
しぶしぶその単語をユウ竜が口にした途端、吹き出す舞姫。
「ユウ様にも恥ずかしいことがあったんですね」
「人を恥知らずみたいに言わないで欲しいんだけど…」
「いえ、そういうわけじゃありませんが、なんというか、どんなことでもさらっとやってしまうような印象があったので」
「必要だから慣らしたり、無理やりにでもやらなくちゃってしてるだけで、何も感じてないとでもお思いですか?」
「いいえ…むしろ、人よりもたくさんの事を感じて考えていらっしゃるように思います」
そういって、舞姫は一度深く目を閉じてから、ゆっくりと開いた。
ユウ竜は、何事かを言うのだろうと思い、その口が開くのを待った。
そして、
「…もう一度だけ、お誘い頂けますか?」
ユウ竜がそう思い、口にしたのは森の中。
まだ、舞姫がユウ竜をユウ竜だとも思っていなかったときの事。
その時と今とでは、いろいろなものが変わってはいたが…
その時のことを思い出し、ユウ竜が言う。
「…お嫁さんになりませんか?」
一言一句、同じではないけれど…
舞姫もまた、その時を思い出し、今の自分の胸の内との差を味わうようにしながら、言う。
「…どなたのですか?」
「俺の」
「どなたが?」
「舞姫が」
「私がユウ様の?」
「うん、お嫁さんに」
その時は、悲鳴で返したその言葉に、
冗談よりも暖かく、
現実よりも重くなったその言葉に、
いくつものいくつものいくつもの返答を、有り方を、行く末を、出来事を、重ねて重ねて重ねて、しかし選んだのはひどくシンプルな、しかし舞姫が選び抜いた唯一の返答。
「はい。喜んで」
かくして、
神楽月と鈴星は繋がれた。
もっともこの夜に交わされたのは言葉のみで、実際に婚姻が結ばれることとなるのは、もっと後…舞姫が正式に神楽月の女王となった更に数か月後の事である。
しかしその約束は違うことなく履行され、やがて新生神楽月は、この夜、舞姫が見せた笑顔とは裏腹に、いくつもの波乱に見舞われていくことになる。
「じゃぁ、そういうことで」
「えっと…ユウ様。ど、どうして、そ、そんなところに手がおかれているのでしょう?」
「ダメ?」
「ダメ…といわれるとダメな気がしますが…」
「じゃぁ、イヤ?」
「イヤ…といわれると答えにくいのですが…」
「じゃぁ、大丈夫」
「いえ、でも、あの、王族として、その、実際に結ばれる前にそういうのは、ちょっと問題になるというか、なんというか」
しかし、まぁ、その波乱も万丈も、さしあたり今の二人には関係なく…
「んっ…」
物理的に口を塞がれた舞姫はそれ以上反論のしようがなく…
同時に精神的にも塞がれたのか反抗もなく…
ことユウ王戦記に関して言えば、そんなところがどんなところかもわからない上に、この夜についてはそれ以上の描写も挿絵もない以上、具体的にどう物理的に口を塞いだのか、それは想像に委ねるしかないのだが…
そしてそれは後の世で、やれ口で塞いだ、やれ手であろう、やれ道具を呼び出したのだと議論の的になるのだが、やはりそんなことも、さしあたり今の二人には関係なく…
「いやー、やっぱりいったね、あんたのご主人」
「それをいうなら、そちらのご主人様も拒んでないようですが?」
「ね? ちょっと予想外」
「…止めるなら今のうちですが?」
「まぁー…さすがに宮殿中に声がもれるようなら止めるけど、ご褒美ってことでいいんじゃないかなぁ?」
「どっちにですか?」
「両方に?」
まさか扉の前でボウとイン竜が待機していたとも知らずに、二人の夜は更けていったのだそうな。
そんなこんなで、2章エピローグラッシュの終了と共に、2章終了です。
第3章では、独身時代最後のユウ竜さんが遊びほうける!
というほどでもなく、しかしまぁ、いろんな女性は出てき、あれやこれやって感じです。
どんなあれやこれやかきになる方は、また3章でお会いしましょう。
それでは、2章までのお付き合いありがとうございました!




