戦記57「戦の直後のエピローグ」
章の終わりはエピローグ。
まずは戦争直後から。
戦記57「戦の直後のエピローグ」
筆姫の言葉が、辺りを硬直させた。
相変わらず筆姫は愛らしげに、誇らしげに姉妹の姫に笑顔を浮かべている。
ユウ竜も変わらず、ただ静かに沈黙のうちに立っている。
何も変わっていない。
なのになぜか、一瞬にしてまるで違う空間に落とされたような…平凡な恋愛小説だったはずが、ページをめくると異世界冒険ファンタジーになっていたような、そんな違和感を覚える面々。
「…姉様、姉妹丼ってなに?」
「私に聞かれても…何かの名産とか…ユウ様ご存知ないですか?」
「何故よりによって俺に聞くんですか舞姫は…」
「ひぃぇ? ユウ様ならご存知かなと…」
「知ってますよ、知ってますけどね?」
「なによ、知ってるなら教えてくれてもいいじゃない!」
「や、それ歌姫が今一番、俺にいっちゃいけないセリフですよ?」
「はぁ? 姉妹丼の何がアンタに関係あるの?」
「ほら、どう関係あるのか教えてさしあげなくてはですよ、ユウ様!」
「ちょっと黙ってみましょうか、筆姫様」
「えと、で、結局なんなのでしょう?」
「…親子丼の親戚のようなものですよ」
溜息を吐きながらのボウの説明に『へー』と納得する姉妹。
『その説明は違う!』というツッコミをいれたい人間も数名いたが、突っ込めば突っ込んだで説明しないといけないことを理解し、誰も口を開かない。
「えーとですね、正しい姉妹丼というのは―」
というのに、事もあろうか自身で解説しようとする筆姫。
ユウ竜と視線を交わした騎士達は『これ以上この姫に喋らせてはならないと』という意識を共有するや、凄まじい剣幕で会話に割って入った。
「筆姫様! 先にやるべきことがおありかと!」
「分かってます。さすがに冗談ですよ」
頭を抱える騎士達に、くすくすと笑う筆姫。
なおこの一連の会話は、兵士達には『なんだか和やかで打ち解けた王族たちのやり取り』として映っていたようで、騒ぎにはなっていない。
むしろ騒ぐどころか、現状を把握するのに一生懸命で、広場にいる人数からすれば静かに過ぎるぐらいだ。
「さて…この隙に、既成事実を作ってしまいましょうね、ユウ様?」
「またそういう意味もなく意味ありげなことを…」
「あら、わたくしとユウ様の仲ではありませんか」
「はいはい。その仲は後でね。今はお仕事お願いします」
「その言葉、お忘れないようお願いします」
筆姫はクスクスと笑いながら、部下から書状を受け取ると、それを空中に浮かべた。
「では」
筆姫の顔つきが変わる。
刷り立ての白紙のように、綺麗だが何の愛着も愛嬌もない、ただこれから印字されるという役目を待つだけのような、そんな事務的な何かへと切り替わる。
「神楽月代表者、前へ」
舞姫が反応する。
姫は一瞬だけ戸惑いを見せたが、歌姫と視線だけのやり取りを交わすと、書状の前へ歩み出た。
「鈴星代表者、前へ」
ユウ竜が誰に断るでもなく前へ出る。
思っていたのと違う人物が歩み出たことで、筆姫の事務的な表情が一瞬崩れる。
「ユウ様…でお間違いないですか?」
「先程、王を託された。まぁ…一時的なものになるだろうけど」
「そう…ですか」
辺りの様子を…特に膝をついたままのチョウ竜の様子を見てから、筆姫は表情を改め直し、国宝たる銀の筆…銀でできた万年筆のようなものを握った。
「いかな理由があれど、過去に戦は始まり、今ここに戦は終わりました。これより先は未来に…共に新たなページを刻む者として手を取り合うこと、誓いますか?」
「鈴星代表、ユウ王。ここに共にページを刻むこと、願い、誓います」
「神楽月代表、舞姫…ここに、共にページを刻むこと、願い、誓います」
ユウ竜の真似をしつつ舞姫も宣言すると、
筆姫が持つ銀のペンから銀色のインクが溢れ、それはそのまま書状に文面となって広がった。
「両者の願い、誓い、言葉、現ペンシルグラード代表、筆姫が聞き届け、綴り終えました。願わくばその言葉、過去の産物となる日がこないよう…調印」
「調印」
「調印」
三人の言葉に合わせ、銀のペンからやはりインクが漏れ、書状の欄に、ユウ竜、舞姫、筆姫の名前が書きこまれた。
「これにて調印式を終了いたします。書状は複製を作成したのち、両国へ。原本は既定に従い、ペンシルグラードにて保管いたします」
書状はまるまると筆姫の手元へと戻り、騎士がそれを受け取り筒へと仕舞った。
「…これで終わりですか?」
「はい。式はこれで終了です。初めてにも関わらずキリリとした良い―」
と、笑顔で話している途中で筆姫は、そのセリフが返答としてふさわしくないということを悟り、
「はい、終わりです」
代わりに短くと、しかしそうはっきりと告げた。
こうして後に『神楽月の内乱』と書かれる戦争は、終わったのだった。
その頃、大陸を東西に切り分ける山脈のあるところに…
片腕を骨折し、全身のあちこちに傷を作った女が―セン竜と呼ばれていた女竜がいた。
全身で息をするように呼吸を荒げているのは、痛む傷の他に、憤りのせいもあるだろう。
(―あの、クソダークエルフ!)
技術や力やスピードなど、戦いにおける総合的な力は拮抗していたといっていい。
そんな戦いの勝敗を紙一重で分けたのは、気迫、に他ならない。
姫と国の為、一撃一撃を『自分が死んでも構わない』という思いから放つイン竜に対し、
『こんなチンケな国では死ねない』と考えていたセン竜の攻撃は浅くなる。
もちろんイン竜のブーストがなければ勝敗は変わっていたろうが、いずれにしろ今逃げているのは、セン竜であることに代わりはない。
あと数発打ち合えば命に及ぶと見たセン竜は、苦渋の色を浮かべながらも、この国の一件から手を引くことを申し出て、一刻も早く姫の元に行きたいイン竜はそれを受け入れた。
「ん…」
ここまで引きずるようにしてきた足がふいに軽くなった。
どうやら、回復薬が効き始め、足の修復が本格的に始まったようだ。
(―国は手にはいらなかったが…国宝一つあれば、面目は立つだろう)
セン竜は一度だけ神楽月へと…逃げてきた方へと視線を向けると、
「…いつか、再び戦うことがあれば、今度は勝つ」
そう誰にいうでもなくいい放つと、山の奥へと…
大陸の西側へと消えていった。
人知れず女竜が去った後、
場面を再び神楽月へと…王宮へと戻すと、そこでは大鍋をいくつも用いて、盛大…とはいかないが、食事が振る舞われていた。
「ユウ王様のお心遣いである!」
ガン竜が、大声で兵士達に伝える。
「遠慮はいらん! 食せ!」
負けじとソウ竜も大声で兵士達に伝える。
「思うことも言いたいこともあるのは、某にも分かる!」
「だが今は食え! そして寝ろ!」
「剣も槍も盾も弓もいらん! 持つべきは、ハシと皿だ!」
「戦は終わりだ! 腹を満たせ、そして、生きろ!」
ユウ竜はそれを離れたところから見ていた。
その横にチョウ竜が近づく。
「ユウ王様、こちらも…頂きました。ありがとうございます」
広場には、どちらの陣営に属していたかは関わらず、神楽月の人間が集められている。
一方、リン王達が連れてきた鈴星の人間は、本人たちの希望もあって、リン王の亡骸のある中庭に集められ、そこで同じように食事が振る舞われた。
「しかし、よかったのですか?」
「他国の兵に食事をふるまって、自国の兵に出さない王がいてたまるか」
「ですが王は元々…」
「言いたいことは分かってる。でも立場的に一番わけわかんないところにいるの俺なので、どちらからも嫌われたくない。ご機嫌取りだと思って、受け取らせておいて欲しい」
「はっ…御命令とあらば」
「いや、これはお願い。そんな仰々しいものじゃない」
「…はっ。では、王のお願い、とあらば」
ほんの少しだけ…やつれた顔に苦笑を浮かばせて、チョウ竜は神殿へと…中庭で出された食事を前にどうしていいか分からなくなっている兵達の元へと去っていった。
「こんなものまで用意してたんですね」
チョウ竜がいなくなった後ユウ竜に近寄ったのは、舞姫。
「ボウさんのお土産がご飯だったなんて、思いませんでした」
ボウが筆姫を呼ぶ際、路銀とは別にかなりの額を渡していたユウ竜。
その額の正体が、今振る舞われている食事の財源だ。
勝っても負けても生き残った者はいる。
その生き残った者に与えるためのお土産。
なお、業者に手配した食料は城の少し手前まで運んで貰っておき、最後は傭兵団が文句を言いながらも城内へと運び入れた。
「他がどうかは知らないけどさ」
恐る恐るといった風だが…食事に手を付け始めた兵を見ながら、ユウ竜が言う。
「一番最初に参加した戦争で、出たんだよ。竜じゃなくて、兵として参加してたんだけど」
「ご飯がですか?」
「そう。持ち込んだ食糧余らせても仕方ないって。まぁ、たいした食事じゃなかったんだけどさ。だけど旨いんよだねー。あと」
「あと?」
「終わったって、思えたんだよね。戦ってる時も似たようなもん食べてたはずなのに」
視線をずらさないユウ竜の視線の先を追う舞姫。
そこには、おそるおそる食べ始めていたはずの兵士が、掻きこむように食事を口にしている姿が…泣きながら、食事をしている姿があった。
視線を戻すと、同じものをみていたユウ竜は、笑っていた。
ただし、バカにしたものではなく、
知っているから漏れる、同調の笑みを。
「戦争が終わりました、なんて文章の、言葉だけで終われる奴もいるけど、そうじゃない奴もいるんだよね」
終わった?
まだ敵として戦っていたはずの人間が残ってるのに?
戦場になっていた場所にいるのに?
武器も防具も身の回りにあるのに?
小説なら『終わりました』で済んだかもしれないが、ユウ竜は終われなかった。
マンガなら『ページを捲れば』済んだかもしれないが、ユウ竜の時間は一瞬で流れたりはしなかった。
自分一人の勝ち負けではない戦いにどう決着をつければいいのか分からなかったユウ竜を前に、味方は勿論敵にすらメシを振る舞い、そして丼を突き出して来たのが、
(―剣姫様)
だった。
以来、真似をしている。
「さって、配ってくるか」
「ユウ様は、食べないのですか?」
広場の一角に、歌姫やロウ竜、筆姫と騎士団や、スワロにスバルを含む、各組織の主要人物たち用に設けられたイスとテーブルを見ながら尋ねる舞姫。
「適当に配り終えたら、俺も行くよ。姫様は先に座ってて。ボウ!」
ユウ竜の行動を見越して、いくつもの丼を乗せたトレーを持ってくるボウ。
「じゃぁ、私も行きます」
「や、でも来賓の相手もあるしね?」
「そういうと思って、歌姫にお願いしてきました」
ユウ竜が一角に顔を向けると、ちょうど歌姫と目があい、手で追い払われた。
嫌味、というよりは引き受けてやるよ、というその顔に、思わず苦笑するユウ竜。
その顔をそのまま、舞姫に向けるユウ竜。
「まだ、何をするのかまでは分かりませんが、きっと何かするんだろうなと思ったので」
「ご理解頂けているようで恐悦至極」
「いいえ、まだまだ…ですから、これからもユウ様のこと、教えて下さいね」
姫はそういって微笑むと、駆け寄ってきて手伝いを申し出た兵士にトレーを持って来てもらい、ユウ竜とボウと共に、進んで食事を受け取ることのできない兵士に丼を渡し歩いたのだった。
なお、その最どうでもいいことだが、
「…歌姫様もあれに参加してたら、姉妹丼っていって差し支えないですかね?」
という筆姫の発言に、
「いえ、差し支えます」
と、騎士達がつっこんだ。
あと、更にどうでもいいことだが、舞姫に手伝いを申し出た兵士が、例のユウ竜が名前も知らない部隊長だったため、どさくさに紛れて、やっぱりユウ竜の尻が被害にあったりもしたが、どちらも『ユウ王戦記』には記載されなかった、ということを付け加えておく。
お読みいただきありがとうございます。
今後の展開も絡めつつ、伏線? も回収しつつ、エピローグエピローグ。
飽きられない程度に進めたいと思う今日この頃。




