戦記56「戦の終わり」
そう、戦は終わるのです。
戦記56「戦の終わり」
正面の扉から、ユウ竜達は姿を現した。
広場には倒れている者もいたが、比較してみれば立っている者の方が多かった。
気づかぬ者もいた。
だが、扉に近い者から順に、その姿を…一行の姿を目撃する。
真っ先に気が付いたのは、一番扉の近くにいた三人。
「まさ、か」
一人は、チョウ竜。
「…やったみてーだね」
二人目は、スワロ。
そして三人目が、
「…御無事なようで何よりで」
「ん、今回も何とか助かった」
表情こそ動かぬものの、ほっ、と一息つくボウ。
ユウ竜はボウとスワロに笑みを向けると、ややしまりのある顔をチョウ竜に向けた。
「チョウ竜…で間違いないな?」
「…いかにも」
「先代鈴星国王、リン王から、今しがた王の座を受け継いだ。この戦、終わりにしたい。協力願えるか?」
愕然とした面持ちで、ユウ竜の脇に控えるロウ竜を見るチョウ竜。
その横にいる、舞姫、歌姫、イン竜をみれば、その言葉が嘘かどうかなどすぐに判断できる。が…それでも確認せずにはいられなかった。
「その言葉は…誠で?」
「確かに、ワシも側近達も聞きました」
「…王は?」
「…勇敢に」
蝶が消える。
意図的にではなく、文字通りその『気』を失い…力を亡くし、肩の落ちたチョウ竜にユウ竜が近寄り、砕けたリン王の愛刀を手渡す。
幾度となく、リン王の窮地を救い、何度なくリン王の逸話を紡いできた魔法剣の、真っ二つに折れた刀身を…握りしめるチョウ竜。
「王は…戦い、負けましたか」
「…一人じゃぁ、勝てなかった」
「でしょうね」
嫌味、だろうか?
回りの者が棘のある物言いだと感じたそれに、しかしユウ竜はさして表情を変えることもなく、だが代わりにか、
「ん、戦争でなきゃ、俺の負けだった」
そう、返した。
多数で多数と争い、
多数で目的を成し、
多数で一所を責め、
多数で一人を討つ時もあり、
それらを躊躇わない戦い、
即ち、戦闘ではなく戦争。
その勝者、ユウ竜が続けていう。
「停戦の号令を」
「…王の御命令とあらば」
認める。
受け入れるよう努める。
心を静め頭でもって…チョウ竜が部下に指示を出す。
「…できません」
「…御命令です」
「できません! 王は、リン王だけです!」
指示を受けた部下が何度も首を振る。
何度も何度も、その命令を跳ね除ける。
が、
「リン王が選んだ王の命令が聞けぬと…リン王の意思を侮辱すると申すか!」
ユウ竜の一言に、部下が折れ、
「…民と国を託された。今は一人でも多く助けたい。頼む」
続けたそのセリフに、部下は動いた。
ユウ竜を憎みつつも、共に過ごしてきた仲間の命を救うため。
「…すみません。本来なら、私がいわなければならないことを」
「いい。嫌われるのは慣れてる。代わりに、まとめ役は頼む」
「…承知」
チョウ竜が膝をつき、ユウ竜に服従を見せる。
それに続き、
「…同じ側の竜として、隣に並んでもよいかな?」
「無論です。あなたが手を抜いたなどと…ましてや陰謀どうのなどと思っておりません」
「まぁ、抜く手も片方なくなってしまいましたしな」
笑っていいのか分かりにくい冗談をつきながら、ロウ竜もまたユウ竜へと膝をついた。
「舞姫、歌姫、もうちょっとこっちに」
「な、何よ急に、変なことしない?」
「今はしない」
「今はって何よ、今はって!」
「歌姫、いいから」
ユウ竜に呼ばれ、姉妹がユウ竜を挟むように立つ。
その後ろにイン竜とボウが控える。
一同が並んだのを見計らったかのように、チョウ竜の部下が、銅鑼を鳴らした。
グゥァアンと、
空気を歪めるような大きな銅鑼の音を何度も何度も打ち鳴らし、停戦を知らせる。
「スワロさんもこっちくる?」
「やめとくよ。そんな堅苦しそうなとこ。それに、このまま部下にされちゃーたまんないしね」
「残念、そのつもりだったのに」
「ま、たまになら付き合ってあげるからそれで勘弁ってことでよろしく」
スワロが信号弾を打上げ、傭兵団が停戦を知る。
「あの信号弾は…」
「どうやら…終わったみたいだな」
副団長のスバルから伝達され、舞姫軍も停戦を知る。
終わった。
終わった。
終わった。
…終わった。
それは少しづつ少しづつ広まり、
少しづつ少しづつ、武器のぶつかり合う音が薄れていく。
そして、
「…こっちよりも先に」
「向こうの決着が着いたようだな」
ソウ竜とガン竜が槍と拳を収める。
「…どうする? 勝った方の勝ちということにするか?」
「そんなもので勝ちとなどできるか!」
「じゃぉ、そっちの負けにするか?」
「それこそ意味がわからぬわ!」
「じゃぁ…しょうがない。スッキリしないところもあるが…」
「…引き分けしかあるまいな」
一騎打ちを見守っていた兵も何事か起きたことに気づき、ざわめきを見せる。
「「双方、武器収め!」」
ソウ竜とガン竜の命令に、それぞれを対象としていた兵達が、それぞれ武器を下していく。
兵は武器をおろしながら、停戦の理由を、恐れと不安と期待の眼差しで戦場に探る。
そしてみつける。
膝をつくチョウ竜とロウ竜を。
そしてその前に立つ、ユウ竜と二人の姫を。
「…勝ったのか」×「負けたのか…」
誰のつぶやきだったかは分からない。
だがその言葉を皮きりに、或いは崩れ、或いは叫び、争いに終わりが来たということを表しあった。
「…王」
折れた剣と主の姿の無い光景に…ガン竜が漏らした呟きにかける言葉を見つけられず、ソウ竜は黙してその隣へと並んだ。
「…向こうにいかなくてよいのか?」
「戦にこそ参加したが…某が戦ったのは、お主だガン竜」
「…心遣い感謝する。ソウ竜」
兵を率いる大将どうしの戦いは…結果、どちらもさして兵を動かさぬままではあったが…
その結果はどうあれ、
それぞれが望む形であったかどうかは別に、
戦争は終わったのだ。
そこに、
「La.Pasuwaruto→Le.Mizerabulu」
やって来た。
拡声器で拡大されたような奇妙な声と、神楽月では馴染みのないその言葉にどよめきが走る中、ユウ竜とボウが大きくため息をつく。
「このタイミングかよ…」
「狙ってと思う方が妥当ですね」
音に導かれるかのように、空中に巨大な魔方陣が描き出される。
空を紙面に四隅に一つづつ、そして真ん中に四つを足したほどの大きさの魔方陣が一つで計五つ。
それぞれが複雑な模様と膨大な数の文字で構築された魔方陣は、夜空に白く輝くと、雪のような光を降らせ、神楽月の王宮全体に包み込んだ。
新手の魔法攻撃か…と慌てた兵士もいたが、その幻想的な光景にほとんどの兵士が見とれている中、光は傷を負った者へと…深い者にはより多く、浅い者にはほどほどに、それぞれの傷の度合いに応じて集まり、体の中へと溶け込んでいった。
その中には、もちろんロウ竜やユウ竜、姫たちもいる。
それぞれに応じた分の光が溶け込む。
すると、その傷が塞がった。
さすがにロウ竜の腕が生えるようなことはなかったが、傷口には肉と皮が張り、気で無理やり止血させるような必要はなくなった。
「どなたが、これを?」
舞姫の問いに、ユウ竜は正面を指さした。
開いていた正門にいたのは、見慣れぬ井出達の一団。
「国是に従い、我らに攻撃の意思はなし!」
「「「攻撃の意思はなし!」」」
「道を開けて頂きたく!」
「「「開けて頂きたく!!」
力強く、まっすぐな言葉に、兵達が正門から遠のく。
それはユウ竜達が立つ扉の前まで一直線に続き、さながら人を分けて作った道のようになる。
「ありがたく!」
「「「ありがたく!」」」
その道を、一団が来る。
いずれも銀に輝く立派な甲冑に身を包み、剣を携えた『騎士』というものを絵に描いてそのまま具現化させたかのような恰好の中年手前といった男が先頭をゆく。
そしてその後ろには、同じ甲冑に身を包んだ青年達。
戦時でないことを表す為か、あえて兜を被っていないその顔立ちは、神楽月のそれとは違い鼻筋が通り、色も白く、向こうの世界でいう西洋風のそれ。
更には髪の色も赤や青や緑など、西洋ファンタジーといえばかくありき、といった様相である。
「うわ、かっこいい…」
思わず漏らす歌姫だが、それも無理ないこと。
騎士然とした様相だけでなく、ほぼ全員が美形といって差し支えのない容姿をしているのだから尚のことだ。
「どこかの誰かさんとは大違い」
「わ…私はユウ様の方がかっこいいと思いますよ?」
『ありがとう。でもどうして今言ったのかな? そしてなぜ小声なのかな? なぜ疑問形なのかな?』
とはあえて発言せず沈黙を決め込むユウ竜。
自らを自らの言葉で痛めつけるほどの自虐趣味は持っていない。
「よかったですね、お優しい方が奥様になられるようで」
代わりに主人を祝福がてら加虐しに行く従者のボウ。
そんなやり取りをかわしているうちに、一団の動きが止まる。
そして歩み出る。
十人ほどの騎士に囲まれ、一人馬のような生き物に膝を揃え乗っていた女性が、一人その背から降りて近寄る。
それに合わせて、ボウが女性へと歩み寄り、膝を折る。
女性はボウに膝を立てるよう促した後、ユウ竜の姿を認めると、にっこりとほほ笑んでみせた。
「ご足労頂き、まことにありがとうございます、姫」
「いいえ、おきになさらず、ユウ竜様。あぁ…今は竜ではなく、ユウ様、でしたね」
紙のめくれるような、不必要に空気を揺らさないハイトーンの声。
その声を生み出す首筋は細く小さく、その顔を支える体つきも全体的に子ぶりながらも、不思議と非健康的という感じはなく、卸したての手帳のような瑞々しさと、どこか希望を感じさせる雰囲気に溢れている。
そんな体を包むのは、細かい刺繍の施された、しかし動き易さを損ねることのないドレス風のワンピース。白を基調に黒で引き締め、赤、青、緑の三色の色使いが合わさり、質素さと華やかさを共に感じさせる。
そのワンピースにかかる長い髪はゆるくウェーブがかかり、白をベースに黒が交じる独特の髪色。
その特徴的な色をした前髪は、眉を隠し眼鏡にかかり、眼鏡の奥に見える目はインクを染みさせたような黒色で、目の形は細く伸び、両端は下がり、全体として柔和な印象を与えてくる。
いくつもの特徴を持ち、美人や愛らしさで評されることの多い、世界に名だたる王侯貴族たちの中でも更に目を引き美しいと言われている女性、それが
「ご紹介いたします。ペンシルグラード女王の、筆姫様です」
ボウの紹介を聞き、舞姫と歌姫に緊張が走る。
ペンシルグラード現女王…巨大な魔力を持ち、その魔力を国宝『銀の筆』で魔方陣として描き出す、大国の女王。
同じ『姫』を持つ者でもそこには列記とした差があるというにも拘らず、両親不在の今となっては、他の誰でもなく自分達が対面に立たねばならない相手である。
思わず救いの手を…と思って舞姫がユウ竜を見てしまったのは、仕方のないことだろう。歌姫も舞姫に続きユウ竜を見る。
しかしユウ竜は二人の視線に気づいても何をするでもなく、ただ静かに佇んだままを崩さない。
そして更に仕方なく…実際歌姫はそうしてしまったが…この中で王と共にペンシルグラードに交渉役として出向いたロウ竜をみようとして…舞姫は辛うじて踏みとどまった。
そんな姉に気づき、慌てて…そして少しだけ辛そうに、歌姫もロウ竜から視線を外した。
そんな姉妹の様子を、まるでその胸の内まで察しているかのようにに優しげに、そしてそんな二人と会えたことを誇らしいとでも感じているかのように暖かな笑みで、筆姫が二人の姫へと近づいた。
声を張る必要もないほどの、周囲の人間にしか声が聞こえないような距離まで近づかれ、おのずと緊張が高まるが、二人の姫は下がることなく、それを受け入れた。
「あなたが、舞姫様…ですね?」
「は、はい、舞姫と申します。この度は突然のことにも拘らずご足労頂き、まことにありがとうございます」
「いいえ。同盟を結ぶ者として当然のことです。それで…そちらが妹の歌姫様ですね?」
「は、はい、歌姫です、と、申します」
「お二人ともリン王様のお話どおり、とても愛らしいのですね」
そして、
「じゃぁ次は姉妹丼ですね、ユウ様」
お読みいただきありがとうございました。
終わりだというのに新キャラ登場。
どこまで書こうか、どこかで切ろうか悩んだ挙句、こんなところで次回へ続く。
そしてエピローグや次章への伏線張りへと移っていくのです。




