戦記55「強く、正しく、美しく」
投稿時間を間違えたお詫びではありませんが、連日アップ。
中庭での戦いも終了です。
戦記55「強く、正しく、美しく」
それができるかどうかは、一か八かだった。
できなければできないで他の手段も考えてはいたが、できればそれで終わりにしたいと思っていた。
神木の根を手にし王と認められる習わしならば、
音と共にこの手に収めてやろう、と。
そして、
「ぬぅぉおおおおおおおお!?」
ユウ竜が神木の根を掴み格納を命じるや、リン王の千切れた上半身から悲鳴が上がった。
神樹の根と一体となったその体が…者ではなく物として扱われた部分が、奪われていく。ユウ竜のどこかへと、神木の根が取り込まれていく。
取り込まれた矢先、失われた部分を修復しようと根が張るが、張っても張っても吸い込みは終わらない。
先の見えない糸車から糸を手繰り寄せているかのように、リン王の千切れた下半身その断面から…そして上半身からも、根がずるずると飲み込まれはじめた。
「がぅぁぁあああああ!!」
細胞を引きちぎられる痛み、
生命力を吸い取られる悪寒、
敗北へと繋がる予感、
それらがリン王の口から漏れる。
だがユウ竜もまた余裕があるわけではない。
(―吸い、きれんのか、これ!?)
格納している感覚はある。
だが、それがいつまでも終わらない。
格納できる量にも限界がある。
何より、吸い込んだ根が自分の中をのた打ち回り、内部から破壊してくるような強烈な不快感を与えてくる。
その不快感に、悪寒に、痛みに、存在感に、ユウ竜の片膝が折れる。
「ユウ竜!」
歌姫がユウ竜の体を支える。
「ユウ様!」
「姫様、行って!」
「でも―」
「行って!」
イン竜の声に押し出され、舞姫がロウ竜から離れる。
その隙をつこうとしたロウ竜と自分の手を重ね、地面にナイフで固定するイン竜。
顔をしかめるロウ竜に、イン竜は笑う。
「いま、さら一つ穴が開いたってどーってことないし、ね」
イン竜の自己犠牲に、まとわりついていた兵達の死力が増す。
「ユウ様!」
舞姫の手が…ユウ竜に届く。
それとほぼ時同じくして、ユウ竜の体から根が溢れた。
「ね、姉様これって!?」
ユウ竜と、舞姫と、歌姫を飲み込むように、ユウ竜の中から外の世界へと根が踊り、形を成す。
リン王が根を下ろした儀式の時と同じような球体となり、外と中とを遮断した。いや、一部だけ穴が開いている。その穴から、リン王から伸びる根が未だユウ竜へと吸われ続けている。
「がっ!?」
ユウ竜の意識がぶつ切りになる。
自分から生えた根に意識を、力を、根こそぎ奪われていくような感覚を前に、喋ること、考えることができなくなる。それでも格納だけは続ける。格納を止めればその時点で、根にやられるとでも知っているかのように。
(―儀式が…ユウ様に移ろうとしてる?)
儀式の夜は不安定。
その日はまだ、選ばれし王と確約されていない時間。
その時間に…おそらくは神楽月の歴史上初めて、王の根を奪おうとしたユウ竜に、儀式が、試練が始まった。
ただし、本来の形でないせいか、ユウ竜が受け入れなければならない根が多すぎる。しかもまだ増えている。
だがどんな状況であろうと、この根を御すことができなければ、待っているのは―
(―死なせない)
舞姫の中に、今までが浮かぶ。
同じくらい、これからが浮かぶ。
その中から、ユウ竜を消すことなど…もう、姫には選べないことだった。
「手伝って、歌姫」
「う、うん!」
神木の根が二人の存在を拒否するなら、きっと最初から一緒に球体の中になどいれない。
これには意味がある。
三人いることに、意味はある。
ないならないで、意味を、自分から見出す。
好機も、危機も、無為も、作為も、自分の意思で物語に絡め取り、望む場所へと手繰った男の隣にいる者として。
(―ユウ様は、死なせない)
姉妹が手を重ね、重ねた手でユウ竜に触れる。
二人の放った二本の気は絡み合い、一本の糸のようになってユウ竜の中に入り込む。
そして、守る。
舞姫を目に、
歌姫を手に、
ユウ竜の内側で荒れ狂う神木の根に立ち向かう。
ユウ竜の生命力を根こそぎ奪おうとする根に抗う。
次々と入り込んでは暴れる根を縛り上げ、押し留め、しかし尽きることのない神木の根。
(―姉様、だいじょぶ?)
(―もち、ろん)
両者、共に大丈夫なわけがない。
どちらもここに至るまでに、気力を使い、神経をすり減らし、体力も失っている。
余力があってユウ竜を支えたわけではない。
ただ反射的に、ただ思う気持ちだけで、共に飲み込まれただけ。
このままでは…
((―どうすればいい?))
姉妹の思考が、ユウ竜の中に跳ねた。
困っている。
悩んでいる。
必死に抗いながら、答えが分からず立ちすくんでいる。
自分では…自分だけでは辿りつけない場所まで運んでくれた二人が、運んでくれたのは他にもいたが…今、二人が傍で悩んでいる。
(―自分の仕事は)
考える頭はすでにない。
理屈で答えを導き出す余力はない。
残っていたのは、ほんの少しを思い浮かべることと、ほんの少しを想像すること。
そして僅かに一行分、喋ること。
すなわち、本能。
「しん、ちょう、ね」
何が正解かなんて判断できない。
しかしユウ竜は思い浮かべ、それを選択した。
舞姫と過ごした日から、あの歌を。
ユウ竜は想像し、それを選択した。
歌姫が、神鳥の音を託してくれたことを。
背景を活力に、出来事を伏線に、
そして、導き出した答え、
「なら、し、て」
歌姫が気づき、舞姫が応え、ユウ竜の中…黒鳥を呼び出した時のように、神鳥の音に触れ、それを揺らす。
鳥のような、鐘のような、現実には姿の無いソレは、二人の姫の揺すりに応え、震えて見せた。
途端、
「ぬぅっ、ぁっ」
リン王が血を吐いた。
ユウ竜の中で、神鳥の音が鳴き、根を啄むたび…リン王が血を吹き出す。
鳴き声は嘴のように鋭く、歌のようにしなやかに…根が蔓延るよりも早く音は根を啄み、栄養とし、更に響きを大きくしながら、次々と根をその身に宿し、やがて、
「…格納、完了」
意識を取り戻したユウ竜の言葉に…震えに負けたかのように、三人を覆っていた根の檻が崩れた。
砂や誇りよりも小さな粒となり、根が掻き消える。
そして、神鳥の響きも収まった。
根は消え、音も消え、かわりにあるのは、もはや再生することのない…切り口から内臓と血を巻き散らす、リン王の上半身と下半身。
「…つくづく、神鳥の音には、嫌われる男らしい」
血を吐き、仰向けに横たわるリン王を、二人の姫に支えられ見るユウ竜。
リン王は何度か何かの動きを取ろうと…はた目からはただピクピクと動くだけで、何がしたかったのかはわからなかったが…何度か動いた後、無駄と知り力を抜き、地面にその身を預け、言った。
「…参った。我の負けだ」
その言葉は中庭にいる全員に聞こえるよう力強く、
間違いなく伝わるよう正しく、
全てを受け入れたかのように美しく、
それを聞いた側近達から、一瞬にして力を奪う王の言葉であった。
「…負け、ですかな」
「の、よーですね」
ロウ竜と自分を繋げていた短剣を抜くイン竜。
自由の身になったロウ竜は、静かにリン王の元へと歩み寄る。
だれも、手は出さない。
「お力になれず、申し訳ありませんでした」
「何を…理由はあれど、最後に、お前ほどの竜に仕えてもらったこと、誇りに思う」
敬意を表し頭を下げるロウ竜に、動かぬ体で目を深く閉じ、それに応えるリン王。
「舞姫に歌姫、話したいことも、あれど…必要なことは、ロウ竜、と部下から、頼む」
「あ、あんたのいうことなんて―」
妹を押し留め、舞姫が言う。
「承知しました、鈴星のリン王」
姉の凛とした姿と、それをみたリン王の言葉の無い笑みに、戸惑いながらも歌姫は自分の言葉を飲み込んだ。
「ユウ、竜」
「今は竜ではなく、ただのユウですが」
「では、ユウ…」
かすむ視界の中、確かにいるであろう男に、言葉を託す。
「今より、お前が、鈴星の王だ」
曇る思考の中、自分の命を切り裂いた男に、残りのページを託す。
青春を共に過ごした親友と思い人が残した二人の娘よりも、
最後に言葉を残したい相手に、
個人の事など、たいして知っているわけでもないが、
王としての自分の勘を信じ、
「民と、国を、頼む。ユウ、王」
その最後の言葉に、歌姫や数名の兵こそ『なんでこんな勝手な奴が?』という顔をしたが、リン王の側近達やロウ竜、そしてその言葉を託されたユウ竜は一様に納得した顔をした。
そして、
「…承知」
重くもなく軽くもなく、熱くもなく冷たくもなく、
笑うでも怒るでも、喜ぶでも嘆くでもなく、
おおよそのその空間にいるすべての気持ちを受け止めるかのように中庸な声で、ユウ竜はその物語を閉じたリン王へ礼を取った。
「…終わらせに行きましょうかね」
砕けたリン王の愛刀を手に、ユウ竜がリン王の死体に背を向ける。
そんなユウ竜の前に、リン王の側近達が並び、
「我ら!」
一斉に膝をついた。
「我ら、これ、より、ユウ王、様の、命の元に!」
歓びなど何一つ交じっていない、その悲痛な服従の言葉に、ユウ竜は苦笑いを浮かべる。
「どんな命令でも?」
「それが、先王との約束であれば、いかようなご命令でも!」
「…じゃぁ、最初の命令」
「はっ!」
「リン王の亡骸を丁重に。鈴星のがいいか神楽月がいいかとか、今はちょっとわかんないけど…国葬を持ってお送りする。邪魔する者もでるだろうけど、それまで丁重に…返事はいらない。よろしく」
膝をついたままの側近の一人…先頭に立ち、ユウ竜と会話した一人の肩に手を置き、ユウ竜が中庭から立ち去る。
その横に、ロウ竜が並んだ。
「老いぼれも、いないよりはいいでしょう」
舞姫も行く。
「最後まで、お供します」
イン竜も。
「もーちょっとゆっくり行ってもらえると嬉しいーんですけどね」
歌姫も行き、
「ま、まって、あたしもいく!」
随分な間があってようやく舞姫の側近達も中庭からいなくなる。
「…我らもいこう」
「しかし」
「行こう」
「…あぁ」
そして、一行は聞く。
仕える主を亡くした兵達の鳴き声を、背中で。
それぞれ思うことはある。
だが、同情はない。
今、主を亡くして泣くのは、自分達だったのかもしれないのだから。
言葉を残して逝くのは、自分達だったのかもしれないのだから。
そして、残った者にはまだ、やるべきことは残されているのだから。
お読みいただきありがとうございました。
『戦闘』は終わっても、『戦争』がすぐに終わるとは限りません。
最後の仕上げが終わるまで、もう少しだけユウ竜達には頑張ってもらいましょう。




