戦記54「王手を巡る攻防」
なんということでしょう。
アップする日時を間違えておりました。
そんなうっかりしつつも『王手』です。
戦記54「王手を巡る攻防」
中庭で激戦繰り広げられる頃、大多数の兵が集まる広場でも、激戦が続けられていた。
ソウ竜とガン竜の一騎打ちは、痣と切り傷にまみれ、素早い技の応酬から、一撃一撃をひねり出す展開へと突入。膠着状態であることに変わりはなかったが、見守る兵士達の精神力の方が先に切れそうな程の名勝負となっていた。
また、傭兵達による作戦も功を奏し、専守防衛を問ったおかげもあり、単純な兵数なら互角と言えるところまで差は縮まった。
しかし、傭兵団団長スワロの方はというと、
「んっとに、タフな兄さんだねぇ…」
チョウ竜の必殺ともいえる技…無数のチョウが竜巻のようになって襲い掛かかり、また一人部下が倒れる。
死んではいないようだが、回復薬をかけたところで、すぐに戦線復帰できるような傷ではない。
同じように、チョウ竜を守っていた部下もことごとくが倒れ、起き上がってくる気配がないのは救いだろうか…
「とはいえ、そろそろきついだろ? 爆発の数、減ってきてるもんねぇ?」
蝶の竜巻の全てが爆発するわけではない。
その中の何割かが爆発するだけ。
しかしその爆発する蝶―浮かんでいるだけのモノよりも気を多く消費する蝶の数が減っている。つまり、消耗している。
「…だとしたら?」
「ここらで、互いに休戦しないかい?」
「できない相談ですね…」
すでに伝令から、ユウ竜達が中庭に突入し戦っていることは耳にしているチョウ竜は、一刻でも早くここから王の元へと行きたい。
対してスワロは時間稼ぎに徹し、ここに引きつけることを最優先にしている。仮にここを抜かれることがあっても、消耗させればさせるほど、チョウ竜の危険度は下がる。
が…
「…これで終わりです」
チョウ竜が殊更多くの蝶を生み出す。
そのほとんどはハリボテ…爆発しない蝶ではあろうが…スワロは観念する。痛みの走る左足…部下のおかげで直撃こそ免れたが、よけきれなかった攻撃に、左足が負傷している。
この足で部下もいなければ、避けることは叶わないだろう。
(―けっこう頑張ったと思うんだけどねぇ)
せめて致命傷だけは避けようと攻撃に身構えるスワロ、
と、その時であった。
「なっ」
声を上げたのはチョウ竜。
ただし、声を上げないだけで驚いたのはスワロも同じ。
竜巻となるその直前、飛んできた針に射抜かれ、蝶が爆発した。
次々と…飛んできた針のことごとくが、爆発する蝶だけを射抜いて見せた。
よほど気や魔力の類を見ることに長けてなければできない芸当。そんな芸当をしてみせたのが、
「…ここにきて新顔ですか」
チョウ竜が目を細めた先にいたのは、軽鎧に身を包んだ少女。
濃く深い髪に、眼帯を付けた少女。
「失礼、戦う前にご挨拶が必要な方でしたか」
「そんな礼儀もありませんが…教えて頂けるなら聞いておきましょうか」
「ユウ様の…なんというんでしょうね。小間使いというか、側近というか、秘書というか、奴隷というか…そうですね、では何でも屋のボウと申します」
喋りながら、スワロに回復薬を―それも純度の高い、普通の回復薬よりも数段早く傷口をふさぐ高級品を渡すボウ。
スワロも見ただけでその効能を察し、傷口に振りかけた。
途端、抉れた肉や組織がうねるように盛り上がり、回復していく。
「ユウ竜の兄さんから聞いてるよ。あんたが、ボウさんね」
「ほぅ…なんと聞いてますか?」
「胸はないかわりに、良い目と頭と度胸を持ついい女だってさ」
「…いい女という言葉がなかったら、刺殺してるところですね」
会話の途中で生み出した蝶の、やはり爆発するものだけを即座に射抜くボウ。
「遅くなりましたが、間に合ったようで何よりです」
もし、ここでボウが間に合っていなければ、
スワロが倒れ、チョウ竜が神殿へと向かっていれば、この後の歴史はまた別のものになっていただろう。
「援護に回ります。前衛をお願いしても?」
「任せときな!」
(―分が悪すぎますが…せめて、鍵だけは守りぬかねば!)
この時、物理的にも因果的にも鍵を握っていたのはチョウ竜。
しかし、間に合った。
だから、成せた。
例え鍵をチョウ竜に守られたままだとしても、
神殿内部、中庭でユウ竜が繰り出した三手目、
その成功の鍵を握っていたのは、
「―参ります!」
果敢に攻め続けた舞姫と、
「うん、姉様!」
鍵のかかった檻に捕らわれているはずの歌姫。
中庭へ至る扉から走り込んできた歌姫の姿に、
事前に鳥を通して意思疎通をしていたユウ竜、舞姫、歌姫の三人だけが取り乱すこともなく、
神鳥の音をユウ竜が持ち出したことで、可能性の一つとして頭にいれていたロウ竜とリン王は油断なく、
三手目は放たれた。
(―行け、神鳥の音!)
神鳥の音の力を覚醒させ、撃ち落とされていた鳥を合計七話になるまで全て回復させるユウ竜。
その鳥が、舞姫と歌姫へと羽ばたく。
撃ち落とさんとロウ竜が仕掛けるが、今までと違い、鳥は華麗に回避してみせた。
(―ほんに…上手くお使いになりなさる)
神鳥の音は出力の宝。
故に、驚異的な気力を持つユウ竜が大きな黒鳥を生み出したのも、六匹の鳥を戦場に呼び出し続けたのも納得がいく。
が、なぜ気も録に知らなかったユウ竜が、細やかに操れたか。
正解は『操っていなかった』から。
途中で黒鳥から降りた歌姫は、神殿への入り口付近で待機し、そこから鳥を操っていた。
では見えないはずの鳥をどうして操っていたか?
それは、やはり鳥の力。
ユウ竜が出せた鳥は七匹。そのうちの一匹を歌姫の所においたままにした。そして残りの六羽が…特に、舞姫の肩口に止まっていた鳥を中心に、鳥を通して内部の様子を知り、それに合わせて鳥を操っていた。
しかし、そのせいで鳥を操る精度は悪くなる。
そのために、二匹の鳥を攻防に使えなくなる。
それを捨てる三手目。
歌姫の安全性を犠牲に、最大限の攻撃を放つ三手目、
「「樹鳥神楽合わせ(キチョウカグラアワセ)」」
七匹の鳥全てを歌姫が操り、八匹目の鳥として舞姫と共に踊るそれが、
「「弧鳥乱舞」」
ロウ竜を襲った。
敵の防御を鳥が打ち崩し、姫の蹴りが穿つ。
姫の体を空中で鳥が支え、姫の拳が討つ。
攻撃の度姫から失われる気は、支えるたびに鳥から補充され、休むことなき連撃は、飛翔する鳥の七色と姫のソレと相まって、無数の彩りとなって敵の全身に打ち込まれる。
その連撃の隙を縫ってロウ竜が攻撃を、防御を、回避を試みようとするが、そのいずれもが鳥と姫によって封殺される。
一対一…いや、二対一の時に限る技とはいえ、その威力は息を飲むほどの強かさ。
それが『樹鳥神楽合わせ 弧鳥乱舞』。
歌姫と舞姫の両親が、歴代の王族が得意としてきた、国と宝を引き継いできた者たちの合わせ技。
(―見よう見まねで、よくぞここまで)
呼べる鳥が小さい故に、気が付かなかった。
歌姫の気を操る力が、すでに母親の足元までに及んでいたことに。
優しく気を使うが故に、気が付かなかった。
舞姫の敵を穿つ術が、すでに父親の足元までに及んでいたことに。
(―お見事)
最後の姫の蹴り―残った鳥の気力を全てその身に宿し、七色と共に蹴り放つ最後の一撃を受け、吹き飛ぶロウ竜。
そして、吹き飛びながらロウ竜は見た。
舞姫が最後の蹴りを放つ直前、
歌姫がユウ竜の元へと駆けだしたのを、
三手目の終わりと同時に、すでに四手目へとユウ竜が手をかけていたことを、
そしてそれは、
(―王手か!)
ロウ竜が気を操ろうとするが、蹴りの衝撃を殺し切ることはできず、壁に衝突。
砕け、瓦礫と化した壁に埋もれる中、ロウ竜が見る先で、ユウ竜は金属の檻を…歌姫を閉じ込めていた牢屋の檻をリン王へと倒していた。
(―格納能力!)
ユウ竜が格納できるのは、何も装備や道具だけではない。
石も樹も、おおよそユウ竜が自分で持てる物なら、たいていの物は格納できる。
だからユウ竜は、鍵のかかった牢屋から、檻だけ格納した。
大きさも重さも、舞姫に事前にどの程度の檻かは確認の上での行動だ。
(―あたしのことまで騙しやがって!)
ユウ竜は、最初から姫を救い出した後は、可能であれば参戦してもらおうと思っていた。
ただし、覚醒能力で神鳥の音を試したいがため、説明する時間を省くため国宝は預かり、戦いに連れて行っても大丈夫かも問答の上で確認しようと思っていた。
そして、そのどちらも成った。
「いっけぇ!」
歌姫が恨みを込めてユウ竜を叩く勢いで触ると、巨大な黒鳥が生み出された。
覚醒で生まれるのは七匹の鳥、
歌姫によって生まれるのが一匹の黒鳥、
合計すればどちらも使っている気の量は変わらないが、ひとまとまりとなっている分、一匹当たりでの威力は黒鳥が勝る。
その黒鳥を、
(―させん!)
何をしようとしているか気が付き、ロウ竜が瓦礫を跳ね除け、リン王の元へと駆けようとする。
が、その前に舞姫が割って入った。
すでに自分の気のほとんどを使い果たし、小鳥の一羽もおらず、攻撃でも牽制でもなく、ただ飛びつき、抱きつき、その行動を阻止する。
その間に、ユウ竜は歌姫に自分の愛刀―ナナシを渡しながら、檻を弾き飛ばしたリン王へと、煙玉を放った。
白い煙に閉ざされた一角で、しかし気が見えるロウ竜は何が起きているかを把握する。
「おいで!」
歌姫の呼びかけに答え、黒鳥がナナシに近づいた。
そして、剣に飲み込まれるように一つとなった。
気をまとった剣―神鳥の音を使い限界近くまで呼び出された気をまとった、折れることも曲がることもない剣。
黒鳥を飲み込んだことで黒い輝きを放つその剣の威力を察し、ロウ竜が更に力を込める。
そしてその力を姫へと振り下ろそうと腕を掲げるが、その腕が後ろから絡め取られた。
(―イン、竜!?)
体のあちこちに傷を作り、しかし顔だけはいつもの笑みを絶やさぬイン竜が、ロウ竜の腕にしがみついていた。
「だーめ」
それにやや遅れて、突入してくる―ここに辿りつくために、置き去りにしてきた兵士達。
いずれも満身創痍であるにも関わらず、力強く室内に踏み込むと、ロウ竜を抑えるべく手を伸ばした。
間に合ったのは、偶然。
イン竜も置いていった兵たちも、再びここで参戦するなどユウ竜の計画にもなかった。
だが、そのおかげで…いや、それなくして、成せなかっただろう。
(―いったい…いくつを重ねればこんなことが)
ロウ竜に分からぬところで全てがこの一手へ繋がっている。
誰も計り知れぬところで、この一瞬に繋がってきた。
ボウが間に合い、チョウ竜を押しとどめたから、
イン竜と兵達がロウ竜を抑えること叶い、
それ故、ユウ竜はその手に黒いナナシを握ることができ、
黒いナナシの為には歌姫があり、
歌姫の前にはソウ竜と傭兵団があり、
始まりは森での舞姫との出会いであり、
しかし、ユウ竜がドラゴニアから宝や金を持ち出してこなければ、
それをいうならば、ドラゴニアが襲われなければ、
ペンシルグラードでリン王と会っていなければ、
更に前なら、竜とならなければ、
そもそも、洞窟で王の腕を切り下とす場面がなければ、
いや、この世界に来ることがなければ、
書き起こせばきりのない、
この戦記を読む者が知る一行、一文、一語がなければ、
リン王が風を産み煙を吹き飛ばした後、
リン王の生んだ風を切り、
リン王の愛刀を圧し折り、
リン王の胴体を真っ二つに切り裂くこと、
叶わなかった。
「「「「「「リン王!!!!!」」」」」」
駆け寄ろうとする側近達を、舞姫たちの側近が全力で止める。
気の使い過ぎでよろめいたユウ竜の体を歌姫が支えると同時に、その体に自分のもってる気を送り込む。
真っ二つになりながらも神樹の根の効果で命までは失っていないリン王が、その体をくっつけようと下半身に這い寄る。
近づいてきた上半身に反応して、リン王の下半身から根が伸びる。
ユウ竜はその下半身に―いや、伸びた根を掴むと、王の証を握りしめると、心の中で命じた。
(―格納)
お読み頂きありがとうございます。
将棋でいえば、必死―詰みの状態ではありますが、打ち損ねれば逆転されることもあるわけです。
ミスせず最後の瞬間まで、事を運んで頂きたいと思う今日この頃。
神楽月編もあと少し、です。




