戦記52「中庭への初手」
盛り上がってきたらだったか、山場に入ったらだったか忘れてしまいましたが、後半は毎日更新したいと言ったので、せめて一回ぐらいは公言したことを果たしたいと思い、急きょの連日アップ。
楽しんで頂ければ幸い。
戦記52「中庭への初手」
悲鳴も、怒声も、剣のかちあいも、爆撃も、届いているはずだというのにその空間には、奇妙な静寂があった。
神楽月神殿の中庭…切り倒された神樹を前に酒を煽るは、鈴星リン王。
「やはり…神楽月の酒は旨い」
飲みはすれど酔うこともなく、薄く平たい杯に満月を映しては一息に飲み干すリン王。
杯が渇くことを許すまいと、すかさず次を注ぐ側近達。
そんな姿をやや離れたところから見るロウ竜。
「ロウ竜、本当に飲まぬでよいのか?」
「控えておりますからな」
「ふむ。無理強いも良く無かろうな…では、この戦いが終わった時に相手をしてもらうとしよう」
「しかしですな…」
「お前の酒癖は聞いておる。案ずるな、神楽月のと巫女姫の代わりに、我が止めてやるわ!」
大仰に笑うリン王…しかしその中に奇妙な哀愁とでもいうべきものを見いだし、珍しく苦笑いを浮かべるロウ竜。
リン王もまた、そのロウ竜の苦笑いに自分が知らずと漏らした哀愁を見いだし、笑い声を潜め、一息に酒を飲み干す。
注ごうとした側近を制し、リン王は月を見上げる。
「約束の…満月だな」
「そうですな」
「本当に…強かった。二人は。酔ったお前を止められるほど」
二人とは勿論、神楽月のリン王と、巫女姫のこと。
「神楽月のは雄々しく強く、巫女姫は雅で強く、二人揃えば息を飲むほど強かった」
「まぁ…強さだけなら、先代も越えていましたな」
「認めるのも口惜しく何度も挑み、巫女姫に至っては同じぐらいに口説いたが、最後の大一番に至るまで惨敗だ。あの時ほど己を惨めに思うたことはない…世を呪うたこともない…友となりたいと思うたことも、二人を支えたいと思うたこともない」
「おかげで鈴星の悪童も、神楽月のバカ夫婦も立派な王になられましたな」
ロウ竜の言葉に笑みをこぼしてから、リン王は言う。
「故に…今でも信じられん。あの二人が死んだなどと」
リン王の声の余韻が消えていくのを捕えれるほど…おおよその事情を把握している側近達は、リン王の気持ちを慮ったのか、身じろぎひとつせずに静寂を保った。
その静寂に、ロウ竜が漏らす。
「しかし死にますからな、人は」
「簡単にいえるのは、経験故か、ロウ竜?」
「どうですかな。単に薄情なだけかもしれませぬ」
「お主が?」
『そんなわけがあるまい』という意味を込めて低く笑うリン王。
「ワシのことを笑う前に、ご自身はいかがで?」
「おーおー、お主が薄情だというなら、我も随分な薄情者だ。なにせ親友と一度ならず惚れた女の娘らを降し、その国を我が物にしようというのだからな」
笑う二人に、しかし側近たちの表情は硬い。
その表情を見るまでもなく察し、リン王は言う。
「お前たち、分かってるな?」
頷く側近達。
「これは、鈴星と神楽月、どちらもの為。感傷を持ち込むな。全ては手筈通り…よいな?」
殊更強く頷く側近達。
その顔は相変わらず固いが、目に迷いはない。
「よい部下をお持ちで」
「うむ。女運はなかったがな、部下にだけは恵まれ、なんとか王をやってこれた」
「確かに、女気っはからっきしですなぁ」
「その点に関しては、あ奴が羨ましい。側近といい、舞姫といい、話に聞くにグラン夫人やペンシルグラードの筆姫とも懇意ときた。いかにすれば多くの女と懇ろになれるか、ご教授願いたいところだ」
「まぁ、聞いたところでマネはできますまい。己の生き方を変えるには、互いに年を取りすぎてますからな」
「むぅ…あわよくばその手管で歌姫の心、手に入れること叶わぬかと思っておったのだがな」
「またまた御冗談を」
「いや、今でこそ子供だが、あれは化けるぞ。何せ、巫女姫の幼き頃に瓜二つ故な」
「仮に育った頃には、こちらは更にジジイでしょうに」
「それが悩ましいところよな」
そして再び笑うリン王。
しかし、その笑いがピタリと止まる。
「時間か」
そして杯を投げ捨て愛刀を手にする。
「そのようで」
ロウ竜もまた鎖を腰から外し手に握る。
二人の様子から、事態を察した側近達が手に剣や槍を握る。
「さて、一番に到着するは誰かな?」
神殿から中庭へと続く扉をみつめる一行…
耳を澄ますまでもなく聞こえてくる足音と掛け声…
そして、
「せあぁぁぁぁぁぁ!!!」
野太い掛け声と共に、やってきた。
先頭は、神楽月の鎧と剣を手にした舞姫の側近達。
その後ろに、
「来たな、舞姫!!」
挨拶などする気もなく、部屋に入ると同時に気を使った移動で一瞬で距離を詰める舞姫。
リン王の側近達がそれに対応しようとするが、それよりも早く、
「いきなり王を狙わせるわけいにはいきますまいて」
ロウ竜が舞姫の進路上へと躍り出る。
姫の拳を鎖を巻きつけた腕でガードし、その直後
「裂っ―!」
ガードされた腕を軸に、体を捻りながら舞姫の体が半回転する。
その回転と気を利用した蹴りが、ロウ竜に襲い掛かる。
「ぬっ!?」
今までの姫とまるで違う戦運びに…最初からロウ竜に防がれることを前提にしていたとしか思えない技の連携に、ロウ竜のガードがやや遅れる。
「―派!」
蹴りと同時に放った気に、ガードこそ間に合わせたが踏ん張りが利かず、ロウ竜の体が吹き飛ぶ。
姫はその衝撃を利用し、
「飛―」
鳥が飛ぶかのごとくリン王へと更に詰め寄り、
「―掌!」
手のひらに溜めた気を叩きつけるべく腕を振り上げた。
が、
「飛脚―」
姫の後ろから小さな掛け声が聞こえるや、ロウ竜が姫の横に並んだ。
「―狼!」
姫の『掌』と、ロウ竜の『狼』が互いの技と共にぶつかる。
瞬間、お互いの体を吹き飛ばし、前後からぶつけられ逃げ場を失った気が、空気を爆発させたような音と共に空に打ち上がる。
「はっは! 遠くまでよく聞こえそうな、盛大な幕開けよな!」
笑うリン王のすぐ脇へと、吹き飛ばされた身体を上手く操り、なんなく降り立つロウ竜。
「一応礼をいっておこう、ロウ竜」
「いやいや、差し出がましいことをいたしまして」
一方、
「姫様!」
「大丈夫…です、たいしたことはありません」
地面に擦り付けられるように自身の側近達へと押し戻される舞姫。
姫が立ち上がる間にリン王の側近達は陣形を整え、舞姫側の側近もまたそれに合わせて形を作る。
「来るとしてももう少々かかると思っていたが…初手といい、お前の父親ほどとはいかぬが、なかなか見事である舞姫」
「まぁ、その分無理もしたんでしょうな」
リン王とロウ竜の落ち着いた物言いに、憎々しげに唇を噛む舞姫の側近。
実際、一秒でも早く辿りつく為、途中襲撃に会うたびに、何人もの側近を置き去りにしてここまで来た。
こうしている今も、廊下の途中途中で攻防を繰り広げているだろうは、何もイン竜ばかりではない。
「しかし何を慌てる必要がある? 夜明けまでまだ時間はある。たっぷりと最後の夜を楽しんでも罰は当たるまい?」
「…今倒れていってるのは、神楽月の兵士です!」
と、構えを取りながら姫。
「兵を思う気持ち、分からんでもない。だが、そのせいで事を急ぐは王の器とはいえんな。兵が真に悲しむは、己の命が消えた時ではない。仕えるべき主がいなくなった時よ」
と、悠然と剣を構えるリン王…
しかしその前にロウ竜が割って入る。
「姫のお相手は、ワシの役目…でしたな」
「少しぐらいよかろう」
「ダメですな」
「しかしだな」
「ダメといったらダメですな」
互いに無言で視線を交わすリン王とロウ竜…
その押し問答に先に折れたのは、溜息をついたリン王。
「その頑固さ、我が子供のころから変わらな」
「そちらは大きくなったのですから、多少聞き分けて頂かないと困りますな」
「むぅ…」
舞姫の両親と浅からぬ交流があったリン王とロウ竜にも、少なくないやり取りがあったのだろう。
その全てを舞姫が知る由はないし、そもそもが知る気もない。
「…行きます!」
呼吸が整い、舞姫が地を蹴る。
合わせて舞姫の側近も声を上げ、剣を掲げる。
「ではこちらも参りましょう」
ロウ竜が姫に合わせて空を蹴る。
合わせてリン王の側近達も声を上げ、武器を掲げる。
リン王が見守る中、両者と両隊はぶつかり合う。
隙を作り、隙を抜こうとする舞姫側、
守利を固め、守り抜こうとするリン王側、
士気も、質もほぼ互角。
しかしながら人数に勝るリン王側、
加えてほぼとはいったが、ロウ竜が組する分、質でも勝るリン王側、
徐々に徐々に舞姫側は押され、リン王から離され扉へ扉へと押し込まれていく。
その、苦しく悔しげな舞姫側の側近達の顔、
されど、苦しくも凛々しい舞姫の顔、
(―お強くなられましたな)
心からロウ竜は思う。
技の切れ、勢い、顔つき、どれをとっても数日前の舞姫とは格段に上。
(―三日合わねば括目せよとは、男に限ったことではありませんな)
理由の根底にあるのは、精神。
肉体も、技も、たかが数日でレベルなど上がらない。
だが、肉体も技も、それを扱う者の心次第で、鋭くも鈍くもなる。
立つことを覚え、
戦うことを覚え、
率いることを覚え、
この数日で舞姫は少しづつ、少しづつ、その心を研ぎ、今、王を名乗る者たちの仲間入りを果たした。
今目の前にいるのは、両親の庇護で育ち、自分が世話を焼き、家臣達が幼さを嘆いていた舞姫ではない。
(―しかし、それでも爺には及びませんな)
ロウ竜の蹴りが姫の腹に入る。
気で防御はしているものの、勢いを殺し切れず地面に打ち付けられる。
それは、もう何度目かの直撃…しかしその痛手にもめげず、姫は立ち上がり構えを取る。
自分達ではロウ竜の壁にさえなれぬと知っている側近達は、歯を食いしばり、せめて敵の側近が姫の邪魔とならぬよう、数で劣る戦力を気力で埋めんとする。
素晴らしいと、
敵ながらあっぱれと、
嫌味でなく思うロウ竜。
同じく、リン王。
だからこそ油断せず待ち構えている。
(―いつきますかな、ユウ竜殿)
姫がめげずに立ち向かえるのは、ユウ竜が来ると信じているから。
ユウ竜なくして…少なくともユウ竜が仕込んだなんらかの策なくして勝利を作れぬことは、ここにいる全ての者が承知している。
故に、姫達は抗う。
故に、ロウ竜達は押し込む。
ユウ竜が選択すべき扉も壁も、舞姫たちが入り込んできたここより他にない。
扉から攻め込んでこようとも、
壁を破壊してこようとも、
中庭故に四方に入り口も壁もあれど、リン王が立つ神樹の平台へ辿りつくには、他三方はいずれも遠い。
仮に裏をかくつもりで他三方から来たとしても、距離の問題で十分に対処できる。
奇襲が効くのは四方のうち、この一方のみ。
それを知っているからこそ、ロウ竜と側近も押し込む。
来れば即対応するために。
ユウ竜自らがリン王へと放つ初手を潰すために。
(―例えあの時はワシの勝ちだとて…いや、勝ちだったからこそ、甘くは見ませんぞ、ユウ竜殿)
血の湧く思いがする、
知が疼く思いがする、
ロウ竜の若かりし頃、
賢く老たる竜ではなく、狡く狼たる竜であった頃、戦いに身を投じていた日々の、強敵や宿敵や怨敵と日々を削っていた日々の、今までの日々に至る日々で培い感じ続けてきた、戦うことへの楽しみと恐怖。
個人としての武ではなく、集団としての戦への楽しみと恐怖。
(―奇襲、奇策、奇手、緩手…さぁ、どんな一手で参りますか、ユウ竜殿!)
どれだけ胸の内が高鳴ろうと、舞姫への緩みなど見せることないロウ竜。
どれだけ激しく動こうと、変化を見逃すことのなく目を配るロウ竜。
そんな老たる竜の高鳴りに応えるかのように、
そんな狼たる竜の警戒など嘲笑うかのように、
(―ユウ様が…)
放つ。
(―来た!)
一手。
「初手!」
ユウ竜の声は―
「爆―」
―頭上から
「「「「「「なっ!?」」」」」」
何人が、誰が、どこに属する者が発したかも分からぬが、気付いた誰か達が発した。
その目に映るは、満月から飛来する、黒鳥の背に乗ったユウ竜と、
「―撃!!」
リン王へと降り注ぐ爆弾と、
爆風と、
爆音と、
「二手!」
続けて鳥の背から飛び降りたユウ竜の声と、
「突っ込めぇぇぇ!!」
急直下する黒鳥の体当たりだった。
お読みいただきありがとうございます。
神楽月内乱編ラストバトル突入です。
初手、爆撃!
二手、突撃!
三手目以降、どんな戦いを指していくのか…それはこの後まだ一文字も書いてないのでどうなるのか、作者自身にも分からないので、アップされるまでお待ちください。




