戦記47「回廊を巡る攻防」
戦いは広場を離れ徐々に中心部へ。
ようやく終わりが見えてきた!
戦記47「回廊を巡る攻防」
広場で、自分と国の為に兵が傷ついている。
だからこそ、舞姫はもっとも過酷な戦場へ向かうため、廊下を走っていた。
(―ここまでは、本当に作戦通り)
信じていないわけではなかった。
ただ、ここまで上手くことが運ぶとも思えなかった。
眠りから覚め、移動している間にユウ竜の『お願い』を聞いた後、舞姫とユウ竜は先行していたソウ竜とイン竜と合流し、状況を聞いた。それから一時間もしないうちにユウ竜は今の状況を作るための作戦を大まかに立て、かつ実現可能かの算段を付けた。
反対意見や危惧も出た。
だがそれらへの理由と対応策を示したユウ竜を前に、その声はやがて止んだ。
そして、成った。
(―このままユウ様の言った通りになるなら…)
緊張を湛えたまま廊下を走る姫。
チラリと後ろを…自分についてくる面々に目をやった直後、
「―飛ッ!」
姫が跳んだ。
気による急加速で身をかわすと、元いた場所に投げナイフが飛んできた。
おそらくは、姫が後ろを向いた隙を…実際には、気で相手の居場所を大まかに感じることができる姫には、予想された攻撃であったが…姫の隙を突こうとした攻撃を、姫は危なげなく躱して見せた。
(―これも、言った通り。なら)
言葉もなく、立て続けにナイフが数本飛んでくる。その全てを姫が避けている間に、黒い塊が…イン竜が廊下を駆け、ボウガンを発射しつつ、ソレに向けてナイフを構え振りかざした。
ィィン! と、金属がぶつかる音が廊下に響き、その耳障りな音に、姫とイン竜の後ろについてきていた兵達の歩みが緩んだ。
「走って!」
その緩みを引き締めるように姫が声を上げた。
そうはさせじと、ソレが行動しようとする度、イン竜がソレに張り付き阻止する。
「武運を、イン竜!」
言葉も短く、ユウ竜の立てた作戦通り、兵を引き連れ廊下を走っていく舞姫。
対してイン竜は言葉を返すことなく…いや、一瞬の隙が死に直結すると知っているからこそ、言葉も視線も贈ることなく、ソレに対峙した。
イィン、イィンと、言葉よりも激しいやりとりが数十秒と続く。
その数十秒の間に、どれだけの駆け引きや攻防があっただろうか…
たった一ページの小説すら読み切ることできぬ短い間に、イン竜とソレは互いの肌に切り傷を作っていた。互いの一撃一撃全てが致命傷を狙い、互いの一挙手一投足が致命傷を避けるためにできたものだ。
「ふー…」
「はー…」
やがて姫たちの足音が聞こえなくなると、イン竜とソレは初めて距離を取り、呼吸を整えた。
「おひさしぶりです、女竜ーさん」
姫が走っていた廊下の先を背にしたイン竜と、それに向かい合う形で会話を始める女竜。
「…ユウ竜の姿がなかったが」
「そりゃないでしょー、いませんし」
「…三人がかりで抜きに来ると思っていたが、お前一人に抑えられるとわな」
「心外ですねー。そんなに弱いと思われてたなんて」
「実際、この前は今ほど強くなかったが?」
「そーでしたっけ?」
「あぁ。仮にあの時、今ほどの力があれば、無事に逃げることはできなかったろうな」
女竜の言う通り、集団で引かせた時に比べてイン竜の強さは、力も早さも強化されている。
しかしそれはあくまで強化であって、隠していた実力の発揮でも、火事場の馬鹿力的なものでも、もちろん奇跡の類でもない。イン竜はイン竜で、戦いの為に力を溜めていただけのこと。その力の源泉はイン竜の…ダークエルフの女性が持つ特殊能力。
「金といい、傭兵といい…その強さもユウ竜のおかげか?」
「なんのことで?」
「隠すな、売女」
女竜の発言に、低い笑い声を漏らすイン竜。
その寒気を覚えそうな笑い声に、軽蔑を込めて言う女竜。
「…自分の主の婚約者と寝るとは、とんだ忠義ものだな」
ダークエルフの特殊能力…それは、男性と性的行為を行うことによって起きる能力の強化である。
生来の、魔力を筋力に変換する体質故だろう…ダークエルフは性行為を行う際、相手から漏れ出すエネルギー…まぁあえて精力といおう…を体内に取り込む特性がある。取り込んだ精力は貯金のように蓄えられ、その蓄積された量によって強化の幅が変動する。
なお実際には、生命力や気力やら、なんなら電力や火力やら、おおよそ力になりそうなものほとんどを取り込むことができる。それらの中では精力は抜群に変換効率がいい。
よって、ダークエルフの戦士たちは大きな戦の前には、よく行為にふけった。特に気力や精力に溢れている相手であればあるほど、流れ込んでくるエネルギーは多く、状況が状況なら、イン竜がユウ竜とそうしたように、他種族の男と行為に及ぶこともあった。それでも足りない時や相手がいない場合は、自ら火にあぶられることもあったし、電気を浴びることもあった。
そして、この能力を知っている者はこの世界でもあまりいない。ダークエルフ本人達を含む多くの者が、知っていたとしても、能力について伝えることが少ないからだ。
「…どこで知ったんですか、この能力のこと?」
イン竜のその問いに答えぬ女竜。
「まー…知ってるなら隠すこともないですかね。そのとーり。前より強いんで、気を付けた方がいいですよ?」
「そんな力に頼るなど、竜としての誇りもないのか」
「誇り? そんなもので何ができるっていうんですか?」
「…その場凌ぎの力欲しさに男を漁るダークエルフにはわからんことかもな」
「そっちこそ、本当に守りたいモノがない者にはわからないことかもしれないですね?」
女竜の顔が憎悪に歪む。
逆鱗とはこのことだと言わんばかりに。
「言うに事欠いて売女風情が…」
イン竜の顔が静かに整う。
矜持とはことのことだと言わんばかりに。
「ダークエルフって種族に思い入れがあるわけじゃーないですけど…少しはわかったって感じですかね、ご先祖さんたちの事」
歴史をきちんと紐解けば、彼女たちがなぜ行為に及んだのか、及ばないといけなかったのか分かるはずだ。しかし世の多くは歴史をひも解く前に、彼女たちの行為にのみ目を向けた。
体を売る他生きる術がなかった女と、快楽を求めて体を預ける女の違いなど考慮しない人間がそうするように…その時、何が何でも強くあらねばならなかったダークエルフの女性たちは売女と呼ばれるようになり、それを嫌ったダークエルフは人前から姿を隠すように村を作り、その能力について口を閉ざし、静かに暮らすようになった。
そして…
そんな村から出てきたイン竜は、過去のダークエルフがそうしたように、大事な者の為に力を蓄え戦場に立った。
例えそのために、大事な者から嫌われることがあろうとしても。
(―最初会った時は、姫様があんなになびくとは思ってなかったんだけどなー)
茂みに隠れつつユウ竜を見て、イン竜はユウ竜が強くないことをすぐに理解した。力のない割に上手く戦うなとは思ったが、ロウ竜は元より、ソウ竜とも姫よりも戦力として劣るユウ竜が、そこまでの人間だとは思えなかった。
しかし、舞姫は…気が見える故に、気の強さやあり方を判断の一つに加えている姫は、ユウ竜の気を歴戦の戦士と…神楽月にその名を知らぬ者のいない、神楽月のリン王や巫女姫と並び立てて評した。
相手の気を性行為によって受け取るイン竜だが、姫のように気を感知できるわけではない。だから半信半疑ではあったのだがあの晩…なし崩し的に体を許した一回で、イン竜は文字通りその身をもって知った。
ユウ竜と重なることで得られたエネルギーは、常人のそれをはるかに超えていた。
これまでイン竜は自分の部下などを相手にすることでそのエネルギーを得て来た。その部下だって、他の男達と比べればかなりのものだったが、ユウ竜のそれと比べると他と大差なくなるほどだった。
(―だからといってあれはやりすぎだったかなー)
ユウ竜には打ち明けなかったが、翌朝イン竜に比べてユウ竜の目覚めが遅かったのは、イン竜が気力を吸いすぎたせいだ。むしろイン竜の予測ではもっと遅く起きて来てもいいぐらいだったので、ユウ竜の回復力は高い方と言える。
(―まー、それ以外にもあの人でよかったなーってとこもありましたけどね?)
ユウ竜であれば、姫にばれないようにうまく立ち回ってくれるだろうし、バレタラばれたで、上手く切り抜けてくれそうな気もしている。
(―いやー…いっそバレタラ、三人もおもしろいかもしれないですね?)
自分の能力がそういう能力である以上、その能力とうまく付き合うことを選んだイン竜…能力を使おうとするたびに辛い事をしていると思うのがバカバカしくなり、いっそ楽しんで付き合っていこうと決めたイン竜…そんなイン竜を単なる好きものと見る者も、逃避行動と取る者もいるだろうが…
(―未来の可能性ってやつのためにも、がんばりましょーか)
そんなことは、イン竜にとってどうでもいい。
誰から何を言われようが、種族がなんといわれようが、歴史になんと書かれようが、
今、この場切り抜けて、姫と姫の大事とするモノのために、自分を余すことなく使うこと。
ただ、それだけがあればいい。
「ぼちぼちやりますか? 間に合うなら、お手伝いに行きたいですし」
「ホザケ…お前を殺して、すぐに舞姫とユウ竜も殺してやろう」
「それこそ、ホザケ、ですね?」
「…死ね」
イン竜と女竜の戦いが始まった。
見る者がいれば『死闘』と表現するに躊躇せぬだろう程の戦いだったが、廊下には誰もおらず、その戦いを詳細に書ける者は、後世にもいなかった。
なにせこの時、姫は近衛兵の中でも選りすぐりを引き連れて神殿の奥…リン王がいるであろう神樹のある中庭をめざし走っており、もう一人の重要人物であるユウ竜もまたその場にいなかったのだから。
故に二人の戦いは、夜の虫のように、イィンイィンと甲高い音だけを響かせ、命か時が尽きるまで続けられるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
内乱への終結へと向けて、あれこれと進行。
次回は、あのキャラとついにご対面。




