戦記41「夕日の中の童歌(わらべうた)」
頑張ったこにはご褒美が必要だと思うのです。例え道半ばでもあってしかるべきだと思うのです。
準備を頑張ったユウ竜と姫にも、準備編などという長い前振りを耐えた読者の皆さんにも、ご褒美があってしかるべきなのです。
そんなことを思いながら、今回の物語をどうぞ。
戦記41「夕日の中の童歌」
静かに…今までの人間達と違い、静かに静かに入ってきた誰かは、ユウ竜の横たわるベッドに腰掛けた。
そしてユウ竜の手を握り、呼吸を繰り返す。
その、心を静めているような、何かを練り上げているような、そんな不思議な静けさを保っていたのは…
(―舞姫か)
風呂上がりに感じる石鹸の匂い…ではなく、身を清めた後のような真水の匂い。それと、髪にしみ込んだような森の匂いが部屋に広がっていく。
(―先にいかなかったのか)
てっきりソウ竜と一緒に、兵の指揮を執りに行っているものだと思っていたユウ竜は、少しの驚きを覚えた後、安堵と謝罪の入り混じった感覚に覆われた。
(―ごめんな、あとありがとう)
起きてから言おうと思っていた言葉を、胸の中でつぶやく。
と、姫の呼吸が音に変わった。
「…起きてるらっしゃるんですか?」
(―へ?)
「…あ、えと…寝たふり…じゃ、ないですよね?」
(―どういうこと?)
寝ているわけではないが、寝たふりでもない。そして頭に言葉は浮かべているが、喋っているわけではない。なのに意識があることを悟っているかのようで、その理由がわからぬユウ竜が微動だにできず考えてる間に、姫は言った。
「気が、反応していたので…」
(―あぁ、そんなこともできるのか)
「あ、やっぱり聞こえてるんですね」
ユウ竜が何を考えているのかまではわからないが、自分の声に反応していることは分かるらしい。
「えと…このままでも、いい、ですか?」
ユウ竜の手を握りながら姫がいう。
(―いいよ。なんか妙に心地いいし)
「…いい、です、かね?」
(-いいよ)
「…いいですよね」
姫は何度かユウ竜の反応を確認すると、また静かに呼吸を繰り返し…その静かな世界を極力壊さぬように、何かの歌を口ずさみ始めた。
それは歌い手のように聞き惚れるほどではなく…むしろ旋律といえるほどのものもないメロディで、
それは詩人の語りのように胸躍るものでもなく…むしろ古い言葉の塊で意味が分かるようなものでもなく、
「カンジュシーン、カンチョーターク、リョーヤクマンゲッスンニャーター」
ただ、合わさることでどこか落ち着く歌で、今この部屋を満たす音楽には一番よいと思えるものであった。
その歌を聞いてると、不思議と体が軽くなるような…気持ちが楽になるような、そんな歌だった。
やがてその歌が途切れると、舞姫は歌ではなく言葉を紡いだ。
「神楽月の童歌なんです。神の樹と神の鳥のお話」
そして古い言葉を訳して、姫は語った。
―神の樹伸びる、神の鳥啄む、両者は約束した満月の夜、空となる
―神の樹は人に寄り添った、人を導いた、人を選び王と成し呼んだ
―神の鳥は人を観た、人を正した、人を選び姫と成し呼んだ
―王が気に入らなければ、満月の夜啄んでおくれ
―そうしたら僕は新しい芽となる
―なら私は新しい芽を見守ろう
―神の樹伸びる、神の鳥啄む、両者は約束した満月の夜、空となる
「だから…襲撃の日は、満月の夜に決めました。儀式の最中を…戦いの始まりにしました」
約束した満月の夜…儀式の日のことだろう。
満月の夜啄んでおくれ…儀式の夜に倒してくれということだろうか?
そうすれば新しい芽となる…神樹の根そのものか、または新しい王を選ぶということか?
なら私も新しい芽を見守ろう…神樹の音か姫が、新しい王を導くということか?
ユウ竜の考えを補足するように姫がいう。
「儀式の夜、新たに神樹の根を宿した王は一晩安静にしないといけない…という仕来たりがあるんです」
神樹の根を宿し、宿したことを民に告げた後、新しき王は神の樹の前で朝を待つ。
「いってましたよね、ユウ様。長く伝わってきたなら、意味があるって。私も…そう思います。神樹の根と一緒に伝わってきたこの歌と仕来たりにも意味があるんじゃないかなって」
(―悪くないと思う。どのみちどこかで決断しないといけないわけだし。でも…)
「でも歌を信じるなら、神鳥の音が必要で、鈴星のリン王を倒す前に、妹を助けないといけないことになるんですけど…」
(―だよなぁ…まぁでも、国宝に対抗するなら、こちらにも国宝があった方がいいのも確かか)
「どこにいるかは、イン竜に調べて貰うことになりました。まぁ、たぶん岩屋の牢にいると思いますけど」
(―牢ってことは鍵が問題か)
「でもそうなると、牢の鍵を鈴星のリン王やロウ竜がもってる可能性があって、これをどうしようかなって…そもそもその二人がどこにいるのかとか、誰が兵を率いる大将をやるのかとか、一応自分なりに考えて、ソウ竜とイン竜も納得はしてくれたのですが、自信がないというかなんというか…」
「よしよし、偉い偉い」
「だから本当はユウ様に相談したかったんです…」
「ん、それは申し訳ない。起きたらすぐに相談にのるから」
「ほんとですよ?」
「ほんとほんと」
「ほんとのほんとですよ?」
「ほんとだって。今だってただ倒れてるだけじゃなくて、ちゃんと考えだけは…」
そしてようやく二人は気が付いた。
自分たちが、声にだして会話をしていることに。
「「…ん?」」
ユウ竜が目を開き、周りを確認する。
夕日の差し込む部屋の中、ベッドに横たわる自分と腰掛ける舞姫。
久しぶり…というほどの感覚ではない。倒れてから一日も経っていないのだから、それも頷けることだが。
「あれ…想像以上に回復が早い…」
そして体を起こし、姫と繋いでいる手を観る。
「そういえば、姫が部屋に入ってきてから急に意識がはっきりしてきたけど…姫様、何かした?」
「えーっと…ユウ様の気の流れが妙になっていたところがあったので、少し治してましたが…」
「…もしかして昨晩も?」
「はい。時間が出来た時に少しづつ…」
姫曰く、気の操りに長けてくると、自分の気だけでなく相手や周りの気を操ることもできるのだそうだ。それも、無抵抗だったり、協力的な相手の気であるほど操りやすい。
「気を使いすぎたお父様やお母様と似たような気のしこりというか、乱れがあったので、それを解しました」
「へー…肩揉みとか肩叩きみたいなもの?」
「ほぐすという意味では同じようなものかもしれません。そういう治療師もおりますし」
「気のマッサージか…よくやってあげてたの?」
「はい。妹と一緒に…あ、妹の方が操るのは得意なので、私が見て、妹がほぐす、みたいなやり方なんですけど…」
と話を続けること数行…
言葉を切った姫の続きを待ち顔を見るユウ竜に、姫は言った。
「どうしてそんなに普通なんですか!!」
そして抱きつき、泣きながら、叫んだ。
まだ痛みの全てから回復したわけではないユウ竜の体は、その突撃のような抱きつきに鈍い痛みを感じたが、謝罪と嬉しさがそれを上回る。
「も、もうしわけない…」
「どれだけ心配したと思ってるんですか! ですか!」
グーで殴る姫。
心なしか痛みが大きいあたり、気で殴られているのかもしれないと思いながらも、されるがままにするユウ竜。
「…ありがとね」
ユウ竜の言葉を境に、姫のグーが止まり、かわりにユウ竜の服に透明のシミがぽつぽつと出て来ていく。
気の…扱い方はよくわからないが、涙の止め方なら少し分かるユウ竜は、流す涙が今この分だけでもなくなるまで、頭を撫で、背中をさすり、部屋の中の夕日が赤から黒へと変わっていく様を眺めていた。
幸い、宿は静かで、
幸い、咎める者はなく、
幸い、威勢を張らないといけない相手もなく、
幸い、二人はいろいろな意味で二人であった。
「…優しすぎだよねぇ姫様。泣いてくれるのは嬉しいけど、会ってまだ一週間も経ってない相手ですよ?」
「…そういえば、そうですね」
くぐもっと声でいう姫の顔はユウ竜から見えない。
だから、どんな表情で姫が言ってるのかは分からない。
「でも、それをいったらユウ様もそうじゃないですか。一週間も経ってない私達に色々と」
「俺は、まぁ、ほら。お嫁さんになってもらうために、いろいろ頑張らないといけないじゃない?」
「あぁ…そういえばそうでした…」
「また忘れてたの?」
「いえ、あの、忘れてたというか…」
「というか?」
「こ…断る気持ちが、どこかにいってしまっていたので…」
その言葉の響きといい、シチュエーションといい、部屋に満ちた真水の匂いといい、夕日の赤さといい、
(-あ、これ我慢できないパターンだ)
ユウ竜は姫の体を力づくで引き寄せると、顔を上げさせた。
涙と照れと夕日で真っ赤になった姫の顔が一瞬視界に入ったが、姫はすぐに顔を背けた。
「こっちむいて、こっち」
「や、やです!」
「そこをなんとか」
「イヤです! どうして向かないといけないんですか! ですか!」
「顔が見たいから」
「だから嫌です!」
ベッドの上でじたばたと暴れる二人。
しかし、この場に詩人かモノカキがいれば、嫌らしさよりも可愛らしさを特徴にして綴るだろう戯れが暫し続く。
その一瞬の間に夕日は落ち切り、部屋の中を黒が覆った。
その黒の一部を追い払うかのように、煌々とした月明かりが…ほぼ満月といった具合の月明かりが部屋に差し込む。
ランプの着いてない、赤みの無い世界は、緊張と不安をあおりながらも、どこか心を落ち着ける。
「…そろそろ行こうか」
「…はい」
それをきっかけの合図として、二人は戯れを辞めた。
「移動しながらで構わないから、いくつか教えて欲しいことがあるんだけど、お願いできる?」
「はい。私でできることなら」
「できることなら…か」
ユウ竜は少し考えた後、言った。
「さっきのとは別件で、今、1つだけお願いしてもいい?」
ユウ竜の発言から微妙なニュアンスを感じとり、姫は先程とは違う緊張が走る。
「え、えと、でも急がないと時間が」
「大丈夫、そんなに長くはならない。だから、ね?」
「も、ものによります…」
「目、瞑って」
「うぅ…」
唸り声と共に全力で警戒を露わにする姫。
しかし、体は逃げていない。
「もしかしたら、また倒れるかもしれないし、もっともしかしたら、もう会えないかもしれない」
そのセリフに、姫は唸り声を抑えた。
もう会えない…もう目を覚まさない…それはユウ竜が倒れ寝ている間に感じた恐怖そのものだ。
「だから、出発の前にちゃんとしておきたい」
ユウ竜の声のトーンに押されるように姫の緊張は高まり、だが…
「…ダメ?」
「…き、聞かないでください…」
姫は答えの代わりに、ぎゅっと目を閉じた。
「…ありがとう」
ユウ竜が姫の耳元でお礼を言うと、姫の体が小さく跳ねた。
それを微笑ましくみつめると、ユウ竜はそっと…そっと、姫のその顔に触れ、
「さ、キレイキレイしましょうねぇ?」
そして顔を拭いた。
「…ふぇ?」
「ほら、目を瞑ってじっとしてる!」
「は、はい!」
一瞬目を開きそうになった姫が、慌てて目を閉じる。
「あぁ、そんなに力入れないで、上手く拭けない」
「あ、あの、ユウ様いったいなにをっぷぇ!?」
開いた口にユウ竜が出したハンカチが覆いかぶさる。
「何って…顔拭いてるんだけど」
「…あれだけ思わせぶりなこといっておいでそれですか!?」
「はて、なんのことだか?」
姫の抗議に人の悪い笑い声で返すユウ竜。
「てかなに? 何を思わせぶられたの? 何をされると思ったの? ねぇ? ねぇ?」
「し、知りません!」
そうこうするうちに顔を拭き終わり、ハンカチを格納する。
「はい、これで終わり。いつものキレイな顔になりました」
「あ、ありがとうございます?」
「いえいえ、どういたしまして。まぁね、個人的には泣いてる顔も好きなんだけど、姫様はやっぱりどちらかというと、笑ってるとか照れてるとか、そういう顔の方がいいなと思ってね」
「あ、ありがとうございます…」
困ったような、照れたような…下を向いた姫の顔にそっと手を添えるユウ竜。
そして姫の理解が追い付く前に自分の顔を近づけ、姫の顔の角度を調整し、そのまま唇を重ねて見せた。
三…二…一…
ゆっくりと三秒数えて顔を放すと、二人の目があい、姫の顔がそうとわかるほどに赤く染まった。
「か、顔を拭いただけじゃなかったんですか!?」
「顔を拭いたのは準備。本題はこっち」
「ずるいです! 卑怯です!」
「ふっはっはっは! そんなこと言われすぎてもはや何とも思わんわ!」
「なんで偉そうなんですか!」
一発、姫の拳がユウ竜にぶつかる。
気の乗ってないただのじゃれ合いほどのパンチ…普段ならどうということのないそのパンチだったが、ユウ竜の体にちょっとした痛みが走る。
(―気で意識は戻したけど、体調は別ってことか)
自身も軍も万全とは言い難い。
それでも行かねばならないし、勝たねばならない。
「あぁ、そうだ姫様」
「…なんですか?」
「続きは、戦に勝ってからね?」
パンチが飛んでくることも想像しながらいったユウ竜だったが、ヒメはじっとユウ竜の顔を睨んだ後、
「…か、考えておきます」
そういった。
(―負けるつもりなんてなかったけど)
「…負けられないね、こりゃ」
「もちろんです!」
勝った先に欲しいものが、手に入れなければならないものが待っているのだから。
お読みいただきありがとうございます。
至極どうでもいいことですが、個人的に読む分にはなんともないのですが、文章を書くときに『口づけ』のことを『キス』とか書くと恥ずかしくてしにそうになります。
―ユウ竜は姫の目を閉じさせ、そっとキスをした
なにこのおしゃれな単語? 二枚目と三枚目の間をいったりきたりのユウ竜さんにはとてもじゃないけど似合わない! ましてやこれを『キッス』とか『KISS』とか『チッス』とかしようもんなら、ディスプレイをクラッシャーして超エキサイティングでバトルドームなこと請け合いです。
我ながら何いってんだかよくわかりません。
ちなみに、だからといって『接吻』とかも受け付けません。
―ユウ竜は舞姫の顔に手を重ね、そして接吻を交わした
なんなの、鬼平犯科帳とかなの? 唇分厚そうだし、『ユウ王戦記 ―夜の暴れん坊将軍― 戦記40 ~上様ご乱心、真夜中の殿中でござる~』とかわけのわからんサブタイトル入れたくなるじゃない!
我ながら何言ってるかわかりません。
と、まぁそんなこんなで、ギリギリ自分の中で許せるのなが『口づけ』なのです。あとは『唇を重ねた』とかです。それ以上のディープな奴になるとキスという表現の方がしっくりくるのでそっちを使うこともあるのですが、今回はあくまで『口づけ』です。
その昔『純愛だからキスはない!』と宣言していたギャルゲーがあったのですが、純愛だからこそキスはするだろうと思うので、ユウ竜はしますさせますさせません。
やっぱり我ながらなに言ってるかよくわかりません。
とまぁそんな感じで、ユウ竜さん(と舞姫)のやる気ゲージも上がったところで、そろそろ決戦ですかね。
第1章から数えて2回目の集団戦…どんな戦となるかお楽しみに。




