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ユウ王戦記 ~三妃 七竜 十三宝 を揃えて異世界で王になるまで~  作者: しいか
第2章 神楽月(カグヅキ)内乱編

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戦記37「散歩」

 準備は終わった(戦争が始まるとは言ってない)

 そんなお話、どうぞ。

戦記37「散歩」


 笑顔とまではいかないが、苦笑のような顔を見せる舞姫が、気を紛らわせるためだろう…鼻を押さえながら聞いてきた。


「そ、そういえば、ナッツトーク…ってなんだったんですか?」

「あぁ…スワロもいってたけど、遊びっていうか作法っていうか…臆病者のことをピーナッツ野郎とかいうんだけど、知ってる?」

「聞いたことがあるようなないような…」

「そっからつけられた会話の仕方でね。ピーナッツを噛みながら言う時は、本当のことをいってません、っていう傭兵達に伝わる会話のやりかた」

「ピーナッツ…臆病者だから本当のことを言えません…ってことですか?」

「そういうこと」


 いろいろ理由はあるが、例えばスパイをかく乱するためだったり、単なる遊びだったり、あとは…


「同席する依頼主と傭兵団、どちらの顔も立てる時に交渉役が使ったりすることが多かったらしい」


 今回でいえば姫様が依頼主。交渉役はオレ。例えば俺がナッツを噛みながら「姫の為に死んでくれ」という。ナッツトークを知らない姫たちは言葉を額面通り受け取る。しかし知ってる傭兵達はそれが本心でないと…その本心がどこにあるかまでは明確にならないまでも、違う言葉であること自体は分かる。

 今回でいえば『お前たちの実力があれば死なないだろう?』とか『死にそうになるほどの激戦には送らない』などととることができるだろうか…いずれにしろ大筋合意が得られた後に、細かい打ち合わせをするので、大事なのは『死ななくていい』という条件設定であるわけだ。

 このように、表面的な言葉で依頼主を立てて、裏の言葉で傭兵団を尊重する。

 それがナッツトーク。

 ただまぁ今回これをやってみようと思ったのは、単に姫や相手の尊重がどうこうではない。

 今は廃れつつあるこの文化が通じるかどうか試してみただけのこと。


「古い傭兵達が使ってた文化は、古い傭兵達からしか…歴史や経験を引き継いできた傭兵達にしか伝わらない。大きいだけで若い集団にも、力はあるけど歴史がない団体にも伝わらない」


 今回欲しかったのは、歴史…というか信頼。長く続いているからといって良い団体とは限らないが、長く続くには続くだけの理由がある。だから、その歴史が通じるか試してみた。そして通じた。

 そして歴史がある…今でもナッツトークのような伝統を理解する傭兵団なら、宝刀の価値と歴史に名を刻むという有り方にも興味を示すと考えた。

 まぁ最後のスワロとの下りを考えると、ナッツトークが通じるか試されたことに若干いらだちを与えていたと思われるので、万事うまくいったとはいえなかったが、とにかくまとまったのだから結果オーライ。


「てことで、ナッツトークの解説でした」


 言い終えると、姫は一度深く目をつぶった後、妙に落ち着いた顔をし、そして微笑み言った。


「ほんとに…ユウ様がいてくれて、よかった」


 その言葉になんと返そうかと考えてるうちに、茂みから笑い声が聞こえた。

 俺も、姫も、どちらもまったく気づいていなかった。

 その笑いは本当にすぐ近く…茂みさえなければ普通に視認できる距離から聞こえた。

 そして茂みの影から…茂みから出てくるというのに、ほとんど音も立てず、誰かが現れた。

 その誰かを見た姫の顔が強張る。

 誰かの風体は、いってみればどこにでもいる老人。

 ただし、それが本当にどこにでもいる老人でないのは、現れ方や姫の態度から見て明らか。

 では、誰か?

 その答えは、姫の口から出た。


「ロウ…竜」

「お元気そうで何よりです、姫様」

「何を…しにきたのですか?」

「なに、ほんの少し散歩に来ただけですじゃ」


 草履を履いたその老人の…ロウ竜の姿は、確かに散歩に来ただけとしか思えないものだ。武器もない、防具もない、せいぜい腰に手ぬぐいをぶら下げているだけの小柄な老人。

 今まで、何人も竜や王や将というものと出会ってきた。

 その中でも、かなり異質だ。

 圧倒的な迫力とか、武器とか、威圧感とか、背丈とか、そういう分かり易い何かが何もない。

 もし、姫の言葉がなければ、ロウ竜だとは思わなかったかもしれない。

 だがこれが本当にロウ竜だというなら…いるのだ。目の前に。神楽月を守ってきた守護狼が。


「文字どおり一騎当千、たった一人で千人の盗賊から、村を守り切ったってロウ竜さん?」

「おやおや、古い話を…それは少々盛られすぎ。戦ったのはせいぜい百程度。それも一人でなく、村人に手伝ってもらってやっとのこと。いつの時代も、噂とは尾ひれはひれが付き物…そうはおもいませんか、ユウ竜殿?」

「こちらのこともご存じなようで…」


 ほっほ、と髭をなでながらいうロウ竜。


「正直、疑っておりました」


 撫でながら、こちらを品定めする細い目は鋭く、声が穏やかなぶん、違和感を覚える。


「あの女竜から、ユウ竜殿に邪魔されたと聞いてはおりましたが、さすがにドラゴニアから駆けつけたにしては早すぎる。とはいえ頼れる者もそうないとくれば、イン竜の流言工作かと思っておりましたが…」

「見るだけで本物かどうかわかるような特技をお持ちで?」

「いやいや、今しがた姫様が『ユウ様』とおしゃっておいででしたからな。そそかっしいとはいえ、人を見る目はおありの姫様がそういうなら、ご本人様なのでしょう。それに…」

「それに?」

「偽物か本物かなど意味ありますまい。大事なのは、目の前にいる者が何を成せるかどうかでしょう」


 どこを見ているかよくわからない視線…姫が俺の気とやらを見ていた時と同じような視線でこちらを見るロウ竜。


「なるほど、お年を召されているだけあり含蓄のあるお言葉。ありがたく胸にしまうことといたしましょう」

「いやいや、ナッツトークなどという古びた遊びまでこなし、傭兵団を懐に収めるほどの方に、爺程度から得るほどの言葉などございませんでしょうに」

「使える言葉は多くて困ることはありません。適切に選ぶことができればの話ですけど」

「それは確かに。いや、この年になってもまだ学ぶことがあるとは、人生は奥深きものですな」

「ではどうでしょう? せっかくだし、このまま一緒に酒でも飲んで、人生について語りませんか?」


 俺の提案に、ロウ竜は心底面白そうに笑ってから言った。


「散歩…ですからな。帰りが遅いと家の者が心配いたします。それに、そう警戒されていては、飲む酒もまずぅなりますので、ご遠慮いたしましょう」

「じゃぁ今日は諦めるとして、いつか一緒に楽しい酒でも飲みません?」

「それも無理でしょう。敵、ですしな」

「敵、ですか」

「そう、敵です。それに、酒を飲まないユウ竜様と、酒を断った爺とではそもそも飲める酒も飲めますまい」

「お酒がお嫌いで?」

「いえ、好きすぎて羽目を外してしまいますでな。血が騒ぐというかなんというか…無駄に若い芽を摘んでしまうのも忍びなく、ここ十年は控えております」


 ロウ竜…守護狼というだけあり、昔は狼の如き男だったのだろう。

 その片鱗を遅まきながら感じた。

 ないのだ。

 隙あらば姫を逃がすか、攻撃に出るかしようとこの会話の間も探っていたが、まるでない。

 あちらから攻めてくる様子は今のところない…ように思うが、それは俺が判断できない相手なだけなのかもしれない。現に姫はずっと緊張を続けている。

 せめて、ソウ竜かイン竜、いや傭兵団の誰かでもきてくれれば…


「先ほど、うちの孫が何やら大金を抱えて走っておりましたが、あれを用立てたのもユウ竜殿で?」

「ソウ竜と!?」

「ご安心下さい姫様。あのバカ孫は、こちらには気づきもせずいってしまいましたので」


 それはまったくご安心できない。

 これで希望のうち一つが消えた。

 あとはイン竜と傭兵団だが…歌姫からの伝言を聞かれないよう、少しとはいえ酒場から離れてしまったのが裏目に出たか。


「…で、ロウ竜さん」

「なんでしょうユウ竜殿」

「散歩…の目的はなんでしょう?」

「散歩に目的が必要で?」

「散歩したいだけで、わざわざ神楽月からこんなところまでくるわけないでしょう?」

「まぁ、それはそうですな」


 髭を撫で、姫を見ながらいう。


「もし、姫にその気がないようでしたら、この地からどこかへと逃げて頂こうと思って参りました」

「逃げ…る?」


 姫の乾いた言葉に、ロウ竜が頷く。


「歌姫様と共に、爺とどこかに逃げないかと、そう思っておりました。争いと関係のないどこかへ」


 それは、選択の一つだろう。

 実際、滅亡した王国にいた王族の生き方の一つではある。


「しかし、どうやら姫様は戦うことを選ばれたご様子。しかも、幸か不幸かユウ竜殿までおり、準備は着実に進んでいると。正直、予想外でした。数日前の姫様からは考えられぬこと故。そこでお尋ねしますが…姫様は、本当に戦争をする気がおありで?」


 口は、挟まない。

 姫以外に答えるものでも、誘導する類のものでもない。

 今の姫様は、十分それをわかってる。

 だからいった。


「…はい」


 姫の答えに、目を細めるロウ竜。


「死にますぞ、人が」


 姫は息を深く吸って、言葉を出す。


「さっき、ユウ様が、傭兵団のみなさんに、私の為に…『姫の為に死んでくれ』といった時…震えました」


 細切れになりそうな言葉を、ロウ竜は静かに受け止める。


「でもそれはナッツトークで、じゃぁ本当の言葉はなんだろうって考えたら…私がみんなの為に死なないといけないんだって思いました」


 息を吸い直し、姫が続ける。


「勿論、死にたくはないです。でも、私も傭兵団の皆さんも兵も、もしかしたらユウ様だって…誰かは死にますよね」

「戦争…ですからな」

「だから…逃げません」

「…怖くはありませんか?」

「昔から、怖い物ばかりです。それをみんなが守ってきてくれました…今度は私が守る番です」


 ロウ竜は空を見上げ…深く息を吐き出すといった。


「ご立派なお考えです。それでこそ王族…神楽月の血を引くもののあり方というものです。ですが」


 俺は、咄嗟に姫の手を引いてそこから引いた。


「そのお考えに、実力は追い付きますかな?」


 ロウ竜が、迫ってきた。



 お読みいただき、ありがとうございます。

 大局にばかり目が行くと足元をすくわれるということで、ロウ竜さんによる単騎襲撃。

 その実力はいかほどか…答えは次のおはなしで。

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