戦記33「酒場」
みんな大好き夜の居酒屋!
十代には十代の、二十には二十の、三十には三十の良さがあることをみんなに知ってもらいたい。そんな思いがあったりなかったりしつつ、今回のおはなしをどうぞ。
戦記33「酒場」
手早く準備を済ませると、俺達…俺、姫、イン竜、そして数名の御付…は、町にある一番大きな酒場へと向かった。
「わ、私酒場に行くのは初めてです」
名酒の国の姫だし、祝月十二杯にも興味を示していたし、姫はお酒が好きなのだろう…行ったことのない酒場への緊張と共に、奇妙な期待の響きも感じる。ちなみに神楽月の法律には飲酒に関する年齢制限はないらしいので、けっこう小さい頃から飲まされてきたのではないかと踏んでいる。
酒場にはいき慣れているとはいえ、飲みなれているとは言えない俺よりも姫様の方が酒に強い気がする。が、酒に強いからと言って酒場になじむとは限らないのが難しいところ。
「これから行くところは表通りにあるし、そんなにガラの悪いところじゃないから大丈夫だとは思うけど、中には怖い人がいる時もあるからきをつけてね?」
「怖い人…ですか?」
「まぁ、お酒が入るとどうしてもね」
しかも、これからいくのは、傭兵達が居つく酒場なわけだ。一般住民が仕事の終わりに一杯楽しむための酒場とはあり方からして違う。その傾向は、大きく言えば二つほどにわけられる。一つは、無法地帯。傭兵もゴロツキも盗賊もひとからげに酒を楽しむ場所。もう一つが、傭兵達の事務所やアジト代わりにされているところ。危険度でいえば前者の方が圧倒的に高く、幸いにもこれからいくのは後者で、そういう意味ではまだマシなのだが…
傭兵達の売り上げを中心にしている以上、店からの配慮はあまり期待できず、傭兵達の気分しだいでルールやマナーが変わることもあるため、気楽に足を運べるというわけでもない。
急ぎでなければ、傭兵団への仲介人を辿ったり、別の場所で団員と仲良くなってからボスを紹介してもらう方があちら側からの印象はいい。
なので、できれば姫には宿屋にいてもらった方が安全なわけだが、姫自身の立っての希望であったことと、傭兵達に誰が主かを伝えるためにはいてもらった方がよいのも確かなため、参列して頂く所存と相成った、わけである。
「もし何かあったり、危ないと思ったら、俺の手を握るなり、袖を掴むなりしてて」
「は、はい!」
「じゃぁ練習」
「え、え、で、でも」
「何かあってからじゃ遅いでしょ!」
「は、はい!」
といって手を差し出した俺に対し、姫は手にしようか袖にしようか悩んだ挙句、指先で袖を掴むことにしたようだ。
同じ仕草でも、嫌悪の結果やられると気持ちへのダメージは甚大だが、姫のそれからはどちらかといえば照れを感じるので好印象だ。
「じゃ、何かあったらそうするってことで」
「は、はい!」
そしてぱっと手を放す。
やや残念な気もするが、町中にみせつけるような趣味もないので、ここはよしとする。
などというやり取りをしている間に、目当ての酒場へと付いた。
木造二階建ての居酒屋兼宿屋…この場合の宿屋とは、娼婦を連れ込んでベッドの上で戯れるための場所という意味を多く含む。
外から見るに、広さは姫様が借り切っている宿屋の二倍弱ぐらいだろうか。仮にこの規模の宿を一つの傭兵団で貸切に近い状態を維持しているというなら、それは確かになかなかの傭兵団である。
大陸に知れ渡るぐらいの傭兵団…そこまでいくとギルドといった方がいいだろうが、そこまでいかなくとも、周辺国ではそこそこ名前が知れてておかしくないレベルかもしれない。
小さくては役に立たない、しかし大きすぎると手に余る。
(―話が通じる連中ならいいんだけど…)
案じながら先頭をきって店の扉を開く。姫を中央に配置し、その後ろにはイン竜、姫の左右に御付が一名づつひっついている。俺を前面に配置し、後衛たる姫の周囲を隙なく守る陣形である。陣形ってほどの人数じゃないけど。なお、あまり大勢で入るのも憚れるため、その他の御付は店の前で待機である。
「いらっしゃい」
という酒場のオヤジの歓迎…にしては棘を感じる言葉と共に店に入る。
店内には傭兵団の仲間とその関係者―例えば馴染みの商人だとか、馴染みの娼婦とか思わしき人間達が、思い思いにくつろいでいる。その騒ぎ方や、部屋の満室を示すカウンタープレートなどから察すると、羽振りはよさそうである。残念なことに。
(―こりゃぁ、ちょっとやそっとの額じゃ動かないな)
おそらくは、一仕事終えてきたのだろう…報奨金が入った直後ということは金には困ってない可能性が高く、その場合当たり前のことだがこちらが積まないといけない金は多くなる。今後のことを考えると、ケチれるところはケチっておきたいのだが…
いずれにしろ、交渉の流れ次第といったところか。
(―さて、間違いでなければ、すでにソウ竜が中に入っているはずだけど…)
と、店の隅々に視線を向けようとしたとき、声がした。
「貴様! もう一度いってみよ!」
(―こりゃもう見るまでもなくダメそうだ)
と思いつつ、ソウ竜の声がした方…店で一番でかいテーブルに陣取っている一角へと眼をやる。
そこにいたのは、テーブルにこぶしを叩きつけるソウ竜…背中には宿屋では存在感の薄かった奴自身の武器と思われる槍が担がれている。低くはないソウ竜の身長と比べても尚長い槍は、遠目にもなかなかの業ものであることが見て取れる。少し装飾がハデだなとは思うけど。
そんなソウ竜とテーブルを挟んで向き合っているのは、歴戦の傭兵とはこういう井出達だといわんばかりに、眼光鋭く体格のいい中年…酒の席でも軽鎧を身に着けているのは、常に戦場に身を置いている表れなのだろうか?
そして個人的には誰よりもきになったのが、一人の女性。もし戦場でも同じような恰好だとしたら、よくそれだけの露出をしながら、肌に傷一つないもんだなと驚きの目で見てしまう滑らかな肌を持つ、見目麗しき女性。佇まいや目じりの印象などか察するに、俺よりは年上だろう。もしかしたら三十代かもしれないが、肌のつやといい生き生きとした目といい、年齢を錯覚させるに十分な魅力がある。十代には十代の、二十には二十の、三十には三十の良さがあると心得ている当方としては、十分を過ぎて十二分な女性である。
なお他にもテーブル周りには傭兵仲間と思われる男がちらほらいるが…特筆すべき人間はそれぐらいだろう。
「何度でも言ってやる。世間知らずのぼっちゃんはさっさと帰りな」
響きのある中年の声に、更に怒りを増すソウ竜。
そんな中、女がこちらに気が付いた…というよりは、店に入った時からこちらを見ていたのだろう。ソウ竜と姫の恰好を見比べて、こちらがお仲間であることに気が付いたのか、席を立ち近づいてきた。
「んー、お兄さんたちも、アノコと同じお話かしら?」
酒と香水の交じった香りが漂う。
酒はともかく、香水は安くない…っていうかかなりの高級品を使っているらしい。刺激と不快は少ない、だが存在感はある香りが、女の移動に合わせて立ち上る。
「そ、そうです、あなたたちにぜひ―」
と話し出した姫の口をイン竜が塞ぎ、小声でいう。
「事前の打ち合わせ通り、ユウ竜様に任せましょう」
「わ、わかりました」
姫が俺に頷くのを見て、女は交渉役がオレであることを承知したようだ。姫たちの事を無視するわけでもないが、主な注意は俺に向けられる。
「あらら、怖がらせちゃった?」
「いやいや、お姉さんがあまりにも刺激的な恰好なので、緊張しちゃっただけですよ」
「えー、こんなオバサンの恰好に?」
「誰しもが年を重ねることから逃げられないなら、美しく重ねたいと思うのが女心って奴なんじゃないですか?」
こちらの返しに、けらけらと笑い出す女。
夜の女を思わせる恰好でありながら、その笑い方は戦場をくぐった人間が持つ豪胆さがある。間違いなく、この女性自身も戦場に立つ戦士なのだろう。
「やめときなやめときな、こんな娼婦みたいな恰好。お姫様にはにあわないって」
「おろ、どうやら自己紹介はいらないようで?」
「あそこの兄さんが、聞いてもいないのにベラベラと喋ってくれたものでね。ようこそこのような場所に、舞姫様、イン竜様、お付のみなさま」
一人ずつ視線を向けて名前を言い当てる女性。そして最後にオレに視線を止めて、
「で、お兄さんはどこのどなたかしら?」
試されてる…かな?
鋭い視線を交わすようなセリフを選ぶとする。
「一、今晩のお姉さんのベッドのお供、二、今日の酒盛りのお相手、三、」
「ドラゴニアを追われた、ユウ竜さんとか?」
「ご名答。正解者に拍手」
俺が拍手すると、なぜか姫様と、姫様に遅れてお付までが拍手を送った。
女は一瞬、意表を突かれたかのように茫然としたが、姫の一生懸命な顔を見るや、すぐにけらけらと笑い出した。
「わーお、嬉しい。でも拍手だけ? それとも賞品でもくれるのかしら?」
「一晩お付き合いしましょうか?」
「んー、今日の相手はもう決まってるの」
「じゃぁ、マスター、彼女にこの店で一番高い酒を。代わりに俺は水で」
マスターは頷くと、すぐに酒の用意をはじめた。
「水飲んでる奴に高い酒奢られるのもね…お返しに、あんたのぶんはあたしが代わりに驕ってあげる。何がいい?」
「じゃぁ、ナッツを一皿お願いしても?」
「酒はいいの?」
「あいにく酒に弱いもんで」
女性は俺の方をじーっとみてから頷くと、店主の元へと軽快に近寄り、高そうなグラスに注がれた酒と一皿のナッツをもって戻ってきた。
「姫様たちも、適当に頼んどいて」
「え、でも」
「お店に来て何も頼まない方が失礼。酒代ぐらいは持って来てるからご心配なく」
イン竜に姫たちの注文を任せて、先に店主から水を受け取る。
「本当に水だけでいいんだな?」
「ナッツも頼んだけど?」
「…わかった、いいならいいんだ」
水を片手に女の元へと戻る。
「席の希望はある?」
「まぁ、順当にいったら、あそこの席かね?」
未だ剣呑な雰囲気で言い合う…というよりは一方的に怒声を浴びせるソウ竜がいる席へと目を向ける。
「あそこでいいの?」
「お姉さんにご同席頂けるなら、どこでも構いやしませんが、まぁあれでも身内なもんでね。放置するのも気まずいもので」
「はいはーい、それではボスのテーブルへご案なーい」
女が我先にと歩いていく。
その後ろに従うようにテーブルに向かい、俺と姫様が席に付き、残りは姫の後に立ち並んだ。イン竜はカウンターに註文をしにいったようだ。
「貴様ら、大義に命をかける気概はないのか!」
「ねーよ。大義で腹はふくれねー。こちらと慈善事業じゃねーんだ。傭兵に仕事させてーなら、金を払いな」
「だから、国さえ取り戻せばなんなりと用意するて申しておる!」
「そんな口約束で動けるか。うちがどんだけの食い扶持養ってると思ってやがる。今、ここに、必要な金用意しやがれっつってんだよ」
激高するソウ竜に対し、務めて冷静にいう男。
その冷静さが逆にソウ竜の怒りを高めているのだろう。
もはや見える距離まで来ているというのに、ソウ竜はこちらに気づいた様子もない。
俺が視線を向けると、姫様はため息をつきながら、呼吸を整えた。
「ソウ竜!」
「は、はい!?」
姫の一喝に、慌てて視線を彷徨わせるソウ竜。そして姫の姿を見て顔をほころばせて、俺の顔を見てしぼませた。なんて分かり易い奴であろう。
「ど、どうして姫様たちがここに?」
「傭兵団の皆さんとお話をするためです」
「そ、それならば今しがた某がしていたところで…」
「お話? 私にはソウ竜が怒鳴っていたようにしかみえませんでしたが?」
「そ、それは、この者達が分からずや故に致し方なく!」
じっと見つめる姫の姿に何も言えなくなり、ソウ竜がうつむいた。
「では、お願いしますユウ様」
「なっ!?」
姫が俺の名前を出した途端、顔を上げるソウ竜。
そんなソウ竜を姫は再び睨み、黙らせる。
ただし、黙っただけで恨みがましい視線はコチラへと突き刺さり、鬱陶しいことこの上ない。が、まぁ逆の立場だったらと思えば、その視線の鋭さもわからなくはないので、咎めはしない。
(―それに、ソウ竜が先にわめきちらしてくれてた意味合いもないではないしな)
交渉の全権が俺に移ったことを察し、店中の視線が俺に向かってきたのを感じる。
まぁあれだけ騒いでいたのだ。店中の注目を集めて当然だ。それら視線が一斉に…現状敵意が多いが、それでも無視されるよりは何倍もましだ。
「あー、そんなわけで自己紹介から始めましょうか。こちらは神楽月の姫君である舞姫、そして交渉担当することになった俺が、ユウ」
「ドラゴニアの遊び竜と噂の?」
「そう、そのユウ。わけあって、今は国を捨てて竜ではないので、気軽にユウと呼んで頂けると幸い」
「そうか。先ほどよりも話がしやすい相手にかわってくれて、こちらとしても幸いだ。で、用件は?」
「の前に、そちらも自己紹介して頂けません?」
「知ってて来たのではないのか?」
「もちろん事前に調べてきてはいるものの、もしかしたら人違いだったり、偽物である可能性だってなくはないでしょ?」
俺の言葉に男は暫し…グラスに注いだ酒を一口飲む間だけ黙り、そしていった。
「深緑の傭兵団を仕切ってる、スバルだ」
「おーけー、スバルさん。あと、そちらの女性のお名前は?」
「えー、あたしなんかの名前きいてどうすんの?」
「女性に会って名前を聞かないなんて失礼な生き方できないもんでね?」
女はケラケラ笑うと、俺の皿からナッツを掴み口に放り込みながら言った。
「スワロ。覚えておいてね、お兄さん」
「おーけー、忘れるまで覚えてる」
そしてやはりケラケラ笑う女性。
さて、どうやら掴みは悪くないようだ。このまま場が和むまで話をしてもいいのだが…
「夜も遅いし、率直にいきましょうか」
「おいおい、まだ夜は更けたばかりだぜ?」
「話がまとまった後、一緒にお酒を飲む時間ぐらいは取りたいんでね?」
「一緒に飲めるといいがな」
「それはそちらさんの返答次第でしょ?」
「いーや、そっちの条件次第だな」
へっ、と鼻で笑う男…スバルの返答に、
「じゃぁ、一番最初の条件だけど」
ナッツを口に放り込み、噛み砕きながらいう。
「姫のために死んでくれ」
お読みいただきありがとうございました。
少し書き溜めが落ち着くまで、更新間隔をあけての…二日に一回ぐらいを目安にアップしております。ある程度溜まって章の後半…一気に章が終結を迎える局面とかにはまた毎日アップしていきたいと思っておりますので、今しばらくこの頻度でお付き合い頂けると幸いです。




