戦記29「敵か味方か」
おやじが好きです。
じーさんが好きです。
でも女の子はもっと好きです。
そしてイケメンはいなくなればいいと思う。
そんなモノカキがお送りする物語、本日もスタート。
戦記29「敵か味方か」
「爺は、姫様たちが反逆者となることを知りながら、あの者どもを…鈴星のリン王達を招き入れました。故に、爺は姫様たちの敵です。お分かり頂けましたか?」
自らを敵だといっておきながらも平然とし、まるで普段と変わらないロウ竜にどう接していいのかわからず、歌姫は青い目を向け続ける。が、やはりなんの変化も見て取れない。
「爺、これ解いて。いえ、解きなさい」
従う必要はない。
敵なのだから。
しかしロウ竜は姫の姫たる口ぶりに応えるように、力を解いた。
姫がその真意を探るように目を向けつつ体を起こし、埃を払う。
「儀式の日取りは?」
「次の満月の夜に」
「つまり、姉さまに許された期限はそこまで…あと三日か四日かってことね」
「いいえ、違います。歌姫様、あなたに残された期限がそこまでということです」
どういうこと?
と怪訝な顔をする歌姫に、ロウ竜は言う。
「今はまだ、神樹の根の儀式があるため…そしてまた、差し出がましいようですが、爺の進言もあり、姫様への尋問は厳しくありません」
「はいはい、そりゃどーも。かんしゃかんげきあめあられー」
「しかし儀式が終了すれば、残すは姫様の持つ神鳥の音のみ。そうなれば、対応は熾烈を極めるでしょう。助けようとする勢力はことごとくが根絶やしにされ、姫様自身は拷問にかけられ、生きているのか死んでいるのかわからぬ日々に晒され、そして口を割ったところで土に返されるでしょう」
「そ、そんなこと、一国の姫に対して!」
「いいえ、起きます」
ガンとした物言いに、歌姫がたじろぐ。
「姫だろうと、王だろうと、竜だろうと、兵だろうと、民だろうと、必要があればするのです。いとも容易く」
「そ、それなら割らなければいいだけのことでしょ!」
「いいえ、割ります。いえ、割らされます。失礼ながら、姫様程度の小娘の口を割らす方法、爺ですら二つ三つ心得ておりますれば、本職の…今力を貸している者なら、造作もありますまい」
「あの女のこと? あいつ、神楽月でも鈴星の竜でもないでしょ? 協力者って言ってたけど、何者?」
爺はつい、と脇を見るように視線を動かしたが、それについては何も言わず、かわりに押し聞かせるように言った。
「よいですか姫様。まだ分かっていらっしゃらないようなので、お教えます。これは、戦争です」
戦争、の言葉に歌姫の心臓が跳ねた。
「よいですか、姫様。戦争です」
神楽月は、基本的に戦争から遠い。
ロウ竜が若き頃…五十年も前に、当時の王達と共に近隣を平定し、国力を高めたからだ。
しかしその後、平和にさらされた神楽月は武力を弱め、昨今でいえば蛮族の襲撃を受け、王妃と共に往年の兵士達を亡くした。
今いる兵士達の大半は戦争を…戦闘を知らぬ兵ばかり。そしてそれは姫も同じ。
姫にとって戦争とは、物語の中の…戦記や冒険譚や異世界物語の中でのことでしかない。
つまり、我がことではない。
「戦場では、みな子どもに戻ります。食卓に並んだ好物を少しでも多く得んと争い、自分よりも小さく弱き命から羽をむしり足をもぎ、ねぐらに水を流し込み、巣を火であぶります。強き者、声の大き者、金を持つもの、そういう有る者に無い者は従っていきます」
その理屈は、わかる。
歴史がそうであったことも知っている。
本に、そう書いてある。
だが、実感はない。
イメージはある、知識もある、だが体験だけが抜け落ちているせいで、『戦争』という言葉は得体の知れない不安となって姫に圧し掛かる。
「…爺は違うでしょ?」
何度、この声を聴いただろうか?
母親を亡くした時、
夢にうなされた時、
森で迷った時、
自分を頼ってくれた時、何度姫のこの声を聴いてきただろうか。
そして何度それに手を差し伸べただろうか?
だが…
「敵、と申したはずです」
ロウ竜の声は、姫の助けを退けた。
初めて…といっていいかもしれない出来事に、姫は自分が心の傷を負ったのを感じた。
どんな状況であろうと、本当に自分が助けを求めた時に、ロウ竜から手を跳ね除けられたことなど一度としてなかった。
皆が、品行方正で努力家の姉を褒め称え、不遜で我がままで無鉄砲な自分を悪し様に罵る時も、ロウ竜は自分を守ってくれた。
そのロウ竜が、言う。
「爺もまた然りです。爺もまた、有るものに首を垂れることにしたのです。国を守る力なき姫達ではなく、いつまでも帰らぬ神楽月の王ではなく、今、国を守る力を持つ鈴星のリン王に」
他の姫なら、泣いただろうか。
よその姫なら、嘆いただろうか。
そんな弱弱しくも女らしい姫なら、ロウ竜は手を跳ね除けなかっただろうか?
だが、幸か不幸か歌姫は違う。
悔しげに、憎々しげに、可愛げなく睨み付けながら、唇を噛む。
「そして、なんでしたかな…そうそう、戦争です。みな子どもに戻り、そして厄介なことに、体だけが大人ゆえ始まるのです。凌辱が。女は犯されます。美しく、希少で、価値のある者から順に…そう、姫様たちのことです」
恐怖…よりは嫌悪感に近かっただろう。
戦争よりも身近である分、一層姫の体は震えた。
理由はいくつもあっただろうが、いずれにしろその犯されるという言葉への嫌悪は感じた。
そして同時に思い浮かべた、自分に向けられた鈴星のリン王の物欲しげな顔を。年若いとはいえ、女故にわかる、胸や尻や腿を…男に性的な目を向けられる不快さを、リン王の視線から受けたことを。
「戦争とは、戦とは、男とは、大人とは、そんなものです。爺もまた戦争を繰り返してきた男故にわかります。人など所詮そんなものです」
その考えに至るまでにどれだけの経験があったのか、姫には分かるはずもない。
分かったのは、今のロウ竜のことだけ。
その後に続いたロウ竜の言葉がウソでないということだけ。
「爺は、そんなものに、姫を巻き込みたくございません」
それは、本心だ。
少なくとも、歌姫にはその声がウソをいってるようには聞こえなかった。
それでも、姫は反抗的に返した。
「…奴らに協力することが、戦争をしないことになるっていうの?」
「いえ、戦争は起きます。放っておいても。この世から戦がなくなることなどないのですから」
「だったら何の意味もないでしょ!」
「いえ、意味はございます。今ならば、姫様たちをお逃がしすることが可能です。どこか遠く…静かに爺と暮らしましょう。戦から遠い…少なくとも我が身には降りかからぬ、穏やかなどこかで」
姫も竜も国も関係ないところで、静かに暮らそうと。慎ましながらも微笑ましく暮らそうと、そのためならどんなことでもしようと、この老人はいっている。そのために今、姫の敵になったのだと。そのためなら、恨まれてもいいと。そのためなら祖国を、竜として生きた全てを捨ててもいいと、そういってる。
そのなんと、重きことか…
だからこそ、歌姫は激怒した。
「じゃあ、神楽月の民はどうなるの!」
姫の口から真っ先に出てきた言葉に何かを思い目をつぶり…ロウ竜は僅かに言葉を探し、目を開く。
「神楽月と鈴星の民のためにもなりましょう。二国が一つとなれば、大きな国となる。大きな国に手を出せる国はそうそうありません」
「ウソだ! 大きな国になって、もっと大きな国にするために、戦争したいだけでしょ!」
「それはワシの与り知らぬこと。ワシが手を貸すのは、国が一つとなるところまでと約束しております」
「無責任糞爺! それが神楽月の守護狼とまでいわれたロウ竜の言葉!?」
「なんとでも仰って頂いて結構。いずれにしろ、姫が神鳥の音を使いこなせぬ以上、選べる道など変わりません」
そう、確かに歌姫が神鳥の音を使いこなせているならば、官僚たちも味方についたのだ。
使いこなせていれば、戦うことができたのだ。
これは、姉と違い、ずっと国宝を所持していたのに、使いこなせなかった自らが招いたことなのだ。
だからこそ、認めたくない。
「使えないわけじゃないでしょ!」
姫の手から気で作られた白き小鳥が生まれた。
それはまさしく、『神鳥の音』によって生み出された小鳥。
小鳥が、格子の隙間を縫って、ロウ竜へと襲い掛かる。
「たかが、小鳥一羽呼び出すだけで使えるとは、片腹痛い!」
ロウ竜が小鳥を握り潰し、塵へと還す。
ジリジリと焼けるような痛みがロウ竜の手のひらに残るが、それだけ。
弾き飛ばすことも、気を失わせることも、牢獄を破壊して逃げ出すことすら叶わない。
それが、今の国宝の使い手の現状。
「この程度のこと、気の使い方を把握しているものなら、扱い方を教わった途端できてもおかしくないでしょうに」
神鳥の音の扱いは、本質的には一子相伝。
その入り口までは、神楽月に住まう中から才能ありとみられたものの多くが耳にし実際に扱うも、その中から選ばれ、奥義ともいえる真の力の扱い方を教えられるのは一人のみ。
そして母親たる巫女姫はその一人に選ばれたもので、その母から選ばれたのが歌姫に他ならない。故に才能はあるはずなのだ。が、
「巫女姫様は、見事な神鳥を…この世の魂を極楽へと導く七色の鳥を生み出し、お使いになられた。せめて使えるというなら、それに近い程度のものをお使いなされてからいうのですな」
「母様とあたしは別人でしょ! なんでもかんでも比べんな!」
凍てつく目をロウ竜に向け、肩で息をする歌姫。
姉と比べられ、
母親と比べられ、
それは妹姫にしかわからない屈辱であろう。
その屈辱の隣に立ち、労わってくれていたロウ竜に、吠えるしかできない歌姫。
「…いずれにしろ、答えの要る日までもう少々あります。それまでに考えをおまとめ下され。国宝を預け爺と舞姫様と共に国を去るか、国宝を有したまま鈴星のリン王の妻となり神楽月に残るか、または…その身を土に返し、魂を神樹へと送ることにするかを」
「帰れ!」
「ではまた…」
「帰れ! 帰れ! 二度とくんな! 爺なんて、だいっきらい!」
「…それでも爺は、姫様の事を思っておりますよ」
ロウ竜はそれだけ伝えるとイスから立ち上がり、やや牢から離れた所まで歩き、暗がりへと視線を向けた。
その視線は今まで姫に向けていたものとは明らかに違い、まさに竜とはかくあるべきといった力を感じる。そんな視線の先にいたのは…
「そんなに睨むな。どんな話をするのか、きになっただけだ」
女竜。
ユウ竜達に退けられた、フードを目深に被ったあの女竜。
「牢屋には近づくなと、そういう約束であったはずだが?」
「ここが牢屋の近くというなら詫びよう。しかし同時に、私のことを明かさぬという約束もあったはずだが?」
「いつ、ワシが誰に、お主の事を明かしたと?」
一触即発。
そんな言葉が似合うほどに互いの緊張が高まる中、先にそれを崩したのは女竜。
「わかった。牢には二度と近づかぬ。それで良いな?」
「よかろう。ただし、二度目の反故は死をもって償ってもらう」
「よもや、そのご老体で?」
「もはや長くはない命と交換なら、安いもの。分かったら、下がれ」
女とロウ竜は暫し睨みあい、結果女が後ろに下がった。
「約束は守る。ただし、そちらも守れ」
「わかっておる。期日までに説得できれば、穏便に。もしできねば…」
「お前の手で国宝を奪い、姫の命を絶て」
女はロウ竜の変化のない顔を暫し見つめたあと、音も立てずどこかへと消えていった。
「長く生き、酸いも甘いも色々あったが、最後にこんなお役目が回ってこようとはな…」
ロウ竜は、下がらせていた牢番を呼び、自身は牢屋を後にすると、一人呟いた。
「…少し散歩にいくとするかの」
ロウ竜が、散歩というには早すぎる、獣が駆けるような速さで神楽月からどこかへ向かう頃、一羽の白き小鳥が空へと舞い、雲の最中へ消えていった。
お読みいただきありがとうございます。
じーさんと姫のやり取りが思いのほか熱く、二話にまたがってしまいました。
次からは再び、ユウ竜さんたちのターン。
しかし、ロウ竜さんはどこに散歩にいったんですかね(棒
そんなこんなで、また次回。




