戦記20「王と姫と竜と」
そろそろ森での一悶着も終わりの頃。
ボクの誤字脱字との戦いも終わりになってほしい今日この頃。
戦記20「王と姫と竜と」
ペンシルグラード同盟会議での一件。
それが、ユウ竜とリン王の出会いの場。
リン王がユウ竜に娘を許嫁として差し出した理由。
「礼も辞退も許さん。貴殿が私を利用したように、私も貴殿を利用させて頂く! だから、杯の一つぐらい余裕で開けられる男になっているように!」
その後、ユウ竜は責任を取るという名目で会議に顔を表すことを禁止され、リン王と接触する機会は得られなかった。
リン王はしきりに残念がっていたが、キョウ王にお忍びで遊びに行く旨とその際はユウ竜をお付として派遣するよう約束を取り付け、足取りも軽く帰路についた。
足取りが軽かったのはユウ竜のことだけではなく、その一件にて新たに生まれた神楽月の同盟国や、自慢の酒を卸してほしいという商売の話も入ったからだ。いずれをとっても、神楽月にとって価値の大きい会議であったことは間違いない。
そしてリン王は神楽月に帰ると同時に二人の娘と主だった臣下を集め、この話を聞かせた。
「王! お気は確かですか!?」
同盟国の同盟国とはいえ、直接的には国交のないドラゴニアの、それも名前も知れぬ上に目立った功績もないような竜に嫁がせる約束をしたことを多くの者が咎めた。
が、リン王自身と、会議に供した臣下の多くはこれを推した。
「あの場におれば、必ず納得する! 剣でもなく、金でもなく、言のみであの場を制したユウ竜殿は、必ず一角の御仁となられる!」
「仮定の話などあてになるか!」
「今においても、ユウ竜殿のおかげで、新しき商売先、同盟国が増えたことは間違いなかろう!」
「きっかけにはなったかもしれぬが、商売が増えたは神楽月自身の酒の力、同盟が増えたは王のおかげであろう!」
「では、この場にいる誰でもよい。それだけのきっかけを生み出せる者が、ここにおるというのか!」
賛成と反対の票は拮抗し、最終的には老官僚の『まだ姫も幼い故に、成熟してから決めてもよかろう』という案を落としどころとし、一件は『そういう話が酒の席であった』程度の話へと置き換えられた。
「舞姫、お前は母に似て美しくなるだろうが、残念ながら父に似て愚直に過ぎるところがある。そそっかしいところも玉にきずだ。だからこそ夫となる男は、妻がそうであったように、落ち着き深く、腹の一つや二つ操る男でなくてはならん」
ユウ竜のユの字すら口にするのも重くなる臣下が増える中、王はことあるごとに姫にユウ竜のことを聞かせ、お忍びでユウ竜と会っては最新の情報を話して見せた。
「聞け、舞姫! あの男、未だに酒の一杯も飲めぬくせに、小癪にも私から一本取って見せおった! 本当に…本当に、あんな小癪な手…亡き妻と同じ一手を打ってきた! 実に不愉快で痛快な一手だ!」
良いところも悪いところも…そこかしこにリン王が話を盛った部分はあったであろうが、舞姫はそれらを楽しんで聞いた。もしかしたら、子守唄や寝かしつけの物語よりも多く聞いたかもしれない。それほど強く印象に残っている。
自分の婚約者の話という実感はなかったが、父親が気に入った一風変わった男の話として、戦記に記された豪傑というよりは、夢物語に出てくる冒険者のような男の話に、興味が尽きることはなかった。
(―わたしの旦那様は、どんな方なのでしょう?)
幼心に『婚約者』という響きに幾ばくかの夢を見た少女は成長し、現実的な淡い恋心のようなものも抱いたり失ったりしながら月日は経ち今に至り、
(―この方が話に聞いていた…ユウ竜様)
今この時、『婚約者』は夢物語から飛び出て、現実へとやってきた。
父と、父と自分の愛する国の矜持を守ってくれた男。
父が、認めた男。
父と母が愛し守り抜いた神楽月の王になって構わないと伝えられた男。
そして今、自分を守ろうと敵へ顔を向けている男。
そんな男を姫は背中からみつめ、女は枝の上から見下ろした。
「我が耳を疑うな…お前ごときが王となると、そういったのか?」
「姫様に納得して貰えればね?」
「先代の王が言った、そんな言葉を信じろと?」
「別にお姉さんに信じてもらう必要はなし。俺と姫様が分かってればそれでいいし、姫様は…ちゃんとその話聞いてたみたいだしね?」
ちらりとユウ竜が顔を向けると、舞姫が小さく息を飲んで体を強張らせた。恐怖…ではなく緊張と動揺。そして僅かに差し込む赤の色。嫌悪や失望やらはどこへやら、あ、う、と言葉にならない呻きを上げる。
「…何故、王を目指す?」
女の声に、単なる非難や嫌悪ではなく、真意を問う重く深い意味が宿る。
ユウ竜は十分にそれを感じた上で、偽りなく答えた。
「三妃七竜一三宝、揃えてこの世の誠の王となる…昔っからの、といってもここ数年だけど、目標なんでね」
「誠王伝説…か」
侮蔑を含む女の物言いに、ユウ竜は笑いながら頷く。
「王に成って何かを成すではなく、王に成ることが目的とは愚かな」
「勿論、王に成ってやりたいことは別にあるけどね。いくつか、果たさないといけない約束もあるし」
「お前如きが?」
「そ、俺如きが、王になる。だから、竜にならないかって勧誘されてもね? てわけで警戒しないで…ほら、もうちょっと近づいて貰えると助かるのだけど、舞姫さん?」
「警戒してるのは、寝返りそうだったことだけが理由ではないと思いますけどね」
「なにそれ。汗臭いとか?」
「臭いのは、胡散のほうじゃないですか?」
ユウ竜とボウのやり取りに、思わず笑い出す舞姫。
そして笑いながら姫は、ユウ竜の背に近寄った。
頬に赤みと、瞳に光を宿し。
ユウ竜がそれを見て姫の頭に手を乗せると、姫の赤みと輝きが増す。
「少しばかり見所があるかと思ったが、御伽話を語る夢想家だったか」
「夢見ることは大切よ? 昼見るも然り、夜見るもしかり」
「ただの寝坊助なだけです」
ボウのじと眼に苦笑いで返すユウ竜。そしてやはり笑う舞姫。
そんな舞姫を…正確には、舞姫の後ろにある茂みを見て、ボウはいった。
「そろそろいいみたいですね」
「あ、もうそんな時間?」
ユウ竜とボウが僅かに隙間を広げるように体を動かすと、その間を縫うように、茂みの中から矢が飛んだ。
放物線を描く弓ではなく、直線を描くボウガンの矢が飛ぶ。素早く三本。
矢の狙いは、女。
女は一本目を短剣で弾き、二本目を飛び退きかわし、三本目を再度短剣で切り落とそうとしたとき、とっさにフードを目深に被って目を覆った。
直後、閃光。
三本目の矢先が弾け飛ぶと同時に小規模な光が女を襲い、隙を生む。
そこに、合わせて四方から放物線上に矢が飛んだ。
多人数による同時射撃。それも、綿密に打ち合わせされた絶妙なタイミングと角度。
女は身体を複雑にねじりながら大きくその場から飛び退き、辛うじて矢の直撃を避けたが、うち何本かが肌をかすっていた。
「今のも避けるとか、とんでもないお姉さんだな…」
かくいうユウ竜も今の攻撃を凌ぐ手段はもっているが、身体能力一つで脱することはできなかっただろう。
「イン竜か…」
おそらくは、矢を放った者の…正確には、矢を放った集団を取りまとめている竜の名前であろう。最初の三連続の矢が放たれた茂みを睨んだが、すぐに視線を移し、周辺の変化を把握しようと努める。が、それも数える秒数もないほど僅かな間…
僅かな痺れを感じると同時に傷口を吸い上げ、絞り、血と共に毒を体の外へ追いだすと、
「…引くとしよう。もう一人の姫の命が惜しくば、追ってこぬことだ」
そう言い残し、すぐさま茂みの中へと潜り込み、見えぬままどこかへと走り去っていった。
ユウ竜達は、引くと見せかけた奇襲を暫し警戒した後、ふっと緊張を解いた。
「ありがとう、イン竜」
「いえいえー、姫様。ご無事で何より」
舞姫の言葉に軽く答え、ユウ竜達の頭上…生い茂る木々の枝から女性が姿を現し、着地した。
その恰好は姫と同じような民族的な衣装を目立たぬように地味にしたもので、隠密性と機動性を感じさせる。胸はサラシのようなもので潰し固めているのか、今は身長や括れとのバランスから見るとやや小ぶりに収まっているが、ほどけばそれなりの量感があるだろう。
手にしているのは小型のボウガン。腰の辺りに鞘に収まった小刀も見て取れる。
イン竜にやや遅れ姿を現した配下の者も、彼女と同じような服装で、違うのは武器が弓なこと…いや、もっと目立った違いが、彼女と配下との間にあった。
それは肌と耳。
砂漠の民のように濃い肌の色と先の尖った耳を持つ彼女は、一目で姫や配下たちとは違う種族であることが見て取れる。その種族とは、
「ダークエルフ?」
「おー、御存知ですか?」
ズバリ種族を言い当てたユウ竜に、赤い髪から突き出た長い耳を動かし、イン竜が顔を向けた。
「話には何度か。会ったのは御嬢さんが初めてだけど」
「ダークエルフって排他的で引きこもりがちですからねー」
機敏な動きであるのに、どこか緩慢な印象を受けるのは、ところどころ伸びたようになる彼女の口調と柔らかい音域のせいだろう。小さな庭に感じるような、素朴ながらも親しみやすい雰囲気がある。
「御嬢さんはそうでもないみたいね」
「そーなんですよ。おかげで故郷で浮いちゃって浮いちゃって、気が付いたら姫様に拾われたって流れです」
「あ、すみません、ご紹介します。この子はイン竜。神楽月の正式な竜の一人です」
正式な、に若干の力を込めて説明する姫に照れたように笑みをこぼすイン竜。
ダークエルフという種族はその歴史的生い立ちなどもあり、彼女が言うとおりの性質をあらわす者が多いのだが、その笑顔からは種族にありがちな重く緊張的なものは感じない…というよりは、感じさせない。
(―徹底してコントロールできるようにしたってことなのかね?)
笑顔の裏を想像しようとしたユウ竜に何らかの変化でも感じたのか、それともただの茶目っ気か、イン竜は片目をつぶって愛嬌をふりまくと、ユウ竜から視線をずらしボウへと語りかけた。
お読みいただきありがとうございます。
キャラがたくさん出てくると、言葉のかき分けとか、どんな外見だったかとかをまとめたりとか、やることと考えることが多くなってめんど―楽しいです。
これからもっとキャラが多くなっていくので、楽しすぎて更新スピードが落ちないか心配です。楽しすぎて涙がでないか心配です。何より読む人が楽しいかが心配です。
心を配りすぎてなくならないようにやってきたい所存。新しいイン竜さんを好きになってくれる人がいれば本望。




