戦記19「婚約者」
前回後書きでの宣言通り、新キャラ登場。
誰がでたかというと…
戦記19「婚約者」
父親であるリン王から、本気とも冗談ともとれる言い方で聞いていた自分の『婚約者』の話。
それは5年ほど前の…ユウ竜が竜となった少し後ぐらいから、度々姫が聞かされていた話。
話が起きたのは、神楽月が同盟を結ぶある国…世界に名だたる七大国の一つ、永世中立国『ペンシルグラード』。
ペンシルグラードは、大陸のほぼ中央に位置し、南北を山で挟まれた地に築かれた城壁都市である。特徴は、なんといっても優美な文化と国宝の数々。天険の要塞は、大軍の移動を妨げ、居住面積や職業軍人の数よりも遥かに高い防御力を国に与えている。その高い防御力に、多くの文化人が集まり研ぎ澄まされ、作られ運ばれた宝の多くも形を失うことなくあり続けることができた。
そんなペンシルグラードが、自国と同盟を結ぶ諸国を一同に集めて行う会議…という名の晩餐会で起きた一件が、リン王とユウ竜の出会いの場となった。
当時、ペンシルグラードと神楽月は同盟を結んだばかりで、リン王がその会議に参加するのは初めての事だった。そしてその会議に、ペンシルグラードと同盟を結ぶドラゴニアから、キョウ王とその御付きとして、ユウ竜も会議に参加していた。
それだけなら、リン王とユウ竜の接点は生れなかった。
「ご覧になって、あの恰好。ここをどこの牧場と勘違いなされているのかしら?」
聞こえるように、だが話しかけることはせず、豪奢な衣装を身にまとった婦人が感想を述べる。その矛先は、リン王とその従者達一向。
「我がことならいざ知らず、リン王をバカにするとは!」
「抑えよ。小事に我を忘れれば、大事を失うことになる」
元々大きな国でもなく、国交も専ら付近の小国に限られていた神楽月は、一言でいってしまえば田舎者。都会の風習や祝辞になれていないリン王は、自国の正装で赴き、自国の自慢の酒を手に乗り込み、そして失笑を買っていた。
笑い声の漏れるたび、憤懣やるせない部下を窘めるリン王の、しかしその胸の内は従者と同じ。
それでも王は王故に、自分を律した。
(―今ここで、同盟を失うわけにはいかぬ)
自国の南に陣取る蛮族の襲撃で、妻と部下を失い疲弊した神楽月の国力回復は何にも勝る急務。まだ幼い娘姫たちの為にも、自国の民の為にも、そして寄り集まるように手を結ぶ小さき周辺各国のためにも、腹が立った程度のことで崩せる同盟ではない。
同盟を成すために、幾度となくやり取りをかわし、安くはない品を贈答したのだ。明らかに格下である神楽月が七大国の一つと同盟を結ぶまでに運んだ老官僚の苦労は計り知れない。
(―だから、我慢できる。田舎者といわれようと、品性下劣といわれようと、我慢できる。私のことなら我慢できる。が…)
先祖が代々美しいとしてきた服をこき下ろされ、
国民が心を込めて造り選んでくれた郷土の逸品を辱められ、
自分がけなされるよりも、何よりもそれが辛かった。
言い返せぬ自分に憤りを覚える。
(―すまぬ。すまぬ、民よ)
そんなリン王に救いの手を差し伸べたのが、他でもないユウ竜、そしてキョウ王だった。
「キョウ王様、神の樹が根を張る森の水と土から作った神楽月の酒、一生の内に飲まぬは酒好きの恥と聞いております。どうやら他国の皆様はお酒にお詳しくないか苦手なご様子。招待されている身分で失礼とは思いますが、先に杯を頂くのはいかがでしょう?」
ペンシルグラードの同盟国はいくつもあれど、七大国の一つであるドラゴニアの影響力に勝る国はそう多くない。そんな国の王たるキョウ王の言動は、唯でさえ注目を集めるのに充分であるというのに、先だってのユウ竜の発言である。場は恐ろしいほどに静けさに包まれた。
キョウ王はやや居心地悪そうに『余計なことに首を突っ込みおって』と眼で送ると、ユウ竜は片目をつぶって『でも余計なことに首つっこむの大好きでしょ?』と返した。その返しに、キョウ王は『いわれるまでもないわ小僧が』と口をゆがませた。
「酒…と聞いて飲まぬは、確かにドラゴニアの王として恥よな。どれ、リン王殿、頂いてよろしいか?」
「お。おう、もちろんだ…いえ、もちろんでございます、キョウ王様」
へりくだるリン王に、ユウ竜が言う。
「恐れながらリン王様。キョウ王様の名を呼び共に語り合うに、様も敬語も必要ございません。治める国は違えど、共に一国の王。そこになんの上下がございましょうか」
「し、しかし御付の者よ、我が国は…」
「そのセリフの先、ご自分の国の民にお聞かせるできる言葉でございますか?」
ぎくり、と言葉を飲み込むリン王。
ほぅっ、と感嘆を漏らす幾人かの代表者。
この時点でユウ竜の顔と存在を一致させている者は少なく、ひそひそとユウ竜が何者かを探る声が漏れ出した。そんな探りに対する答えを兼ねつつ、ユウ竜はリン王に述べる。
「ご心配なく。ドラゴニアの王は、自分の右腕を落とし、主の事をオッサン呼ばわりする私ですら竜に召し抱え笑い飛ばすお方です。まぁその後よく殴られるわけですが、それに…」
と、キョウ王が放った拳骨を避け、一呼吸置き、
「酒の席で、上だとか下だとか、大きいとか小さいとかいうのは野暮でしょう。そんなのは、美しい女性とベッドの中で言い合うのが正しいあり方ってもんです」
そう、言い切った。
その発言に笑ったのは、キョウ王…いや、キョウ王をはじめ、どちらかといえば堅苦しいのが苦手な、諸国の代表者や御付の者達。もちろんその品の低い発言にしわを寄せる者もいたが、少なくともリン王に向けられていた侮蔑は薄まった。かわりにユウ竜への視線は厳しくなったが、ユウ竜は涼しい顔をしている。
「リン王の御付の方にお尋ねしたい。今年の酒のできはいかほどで?」
「そ、それはもう、自慢の逸品! 選り抜いた材料を熟練の職人がこしらえ、その中でも更にえりすぐった物のみを持参した次第!」
「なるほど。いかに素晴らしい絵画を飾り、いかに素晴らしい杯を手にしようと、そこに注いだ酒が安物では回る舌も回らなくなるというもの…人と人との集まりを円滑にすることを一番に据えたと思わしきこの美酒を持参せしことを決めたのは、貴殿で?」
「い、いや、滅相もない。某はただの付き人。酒を持って参ると決められしは、リン王でございます」
やや芝居がかったやり取りではあったものの、効果は十分すぎるほど…
多くの者がリン王の酒の存在を良し悪しは別に強く印象付けられたのを見てから、ユウ竜がキョウ王に空の杯を二つ渡し、そしてキョウ王が杯を手にリン王との距離を詰めた。
「自慢の酒を頂けるか、リン王殿」
「喜んで…つがせてもらおう、キョウ王殿」
「では、こちらからも返杯を」
「ありがたき」
二人の王の杯がぶつかる音をきっかけに、宴会は主催国ペンシルグラードの代表者が現れるよりも先に始まった。
笑いと賛辞と挨拶と、そして部分部分で妬みや嫉みや苛立ちの交じる宴会の中、ユウ竜はそっと会場から抜けでて廊下へと足を踏み出す。そこをリン王が呼び止めた。
「お付きの者よ、お前もぜひ私の杯を貰ってくれ」
「あぁ…すみません、実は自分はあまり酒が得意ではないもので」
「なんと、それは人生の八割を損しているぞ!」
「大丈夫です、損してる分は女の子が埋めてくれているので」
「そうか、お付の者はそういう男か」
「えぇ、そういう男ですよ自分は」
「そんな男が、この場を抜け出しどこへいこうというのだ? あの場にはこの田舎者には眩しすぎる諸国の美女が集まっているというのに」
笑いつつも本質は見逃さないリン王の深い緑の目を見て、ユウ竜はウソが通じない人間だと悟り、正直に話した。
「主催者を無視して宴にしてしまったので、少しばかり謝りにいこうかなと」
「よし、ならば共にいこう」
「いえいえ、それには及びません。謝るのを口実に、美しいとご評判のペンシルグラードのお姫様に御目通り頂けないかと下心を抱えているだけの事です」
「そうか…お前はそういう男か」
「えぇ、そういう男です」
「うむ、それでこそ王を狙う男だ」
ユウ竜が言葉に詰まったのを見て、リン王が笑う。
「有力者に恩を売り、顔を売り、誰が敵となり味方と成りうるか…主たる王を盛り立てながら、自分の益も勝ち取った。ましてや不利益すらこれから益に変えられぬものかと試そうという。このリン王、実にうまく使われてしまったようだ」
鼻の頭をかいてから、ユウ竜は苦笑いを浮かべた。
リン王はおもしろそうに笑い、笑い、笑い、そして泣いた。
さすがに泣かれることは予想だにしていなかったユウ竜は一瞬慌てたが、問いただすこともせず、静かにリン王が口を開くを待った。
泣きながら笑い、笑いながら泣き、その胸中を知るすべをユウ竜はもたず、亡き妻と民と娘たちの為にこの会議に臨んだ王の思いを想像するに至るのは、まだ暫く先の事…
「本来なら共に謝りにいくのが筋と思う。が…共に行く方が、貴殿にとっては都合が悪いのであろうな」
「まぁ…王様が隣におられると、こちらが目立たなくなりますので、どちらかといえば一人の方がいいですかね?」
素直に腹の黒いことを述べるユウ竜に、リン王はむしろ好感を感じ、涙も笑いも抑え込み、求めた。
「名前を」
求められ、答える。
「ユウ竜、と」
答えられ、言う。
「感謝する、ユウ竜殿」
深く、他国の竜とはいえ、格下である竜に王が深く礼を尽くした。
膝をつき、頭を垂れ、きつく、自分の拳を心臓の位置へと押し付けた。
「忘れぬ。口を回すのが苦手が故に、この思い表す言葉が見つからぬが、けして忘れぬ。忘れぬとも…」
「どうかおきになさらず。自分の為にやったことです」
「杯も受け取らぬ、同行もさせぬ、ましてや礼の言葉すら不要といわれては、私がお前に返せるものなど一つしかなくなるではないか」
「参考までに、その一つとは?」
「わからぬか?」
「…同性愛の趣味はありませんよ?」
「私にもないわ。生涯女として愛するは、死んだ妻一人だけよ」
「では、何を頂けるので?」
その質問に、リン王は笑いながら言った。
「私の娘だ。今はまだ幼いが、いずれ妻に似ていい女となる。その時互いに認め合えれば…貰ってくれ。民が許せば、王の肩書と国も一緒に」
お読みいただきありがとうございます。
というわけで、新キャラはリン王…オッサンでした。
なんかどうしても、定期的にオッサンいれたくなるみたいです。
そして書き終わった後に、そういえばまた女の子と会話していないユウ竜に気づく今日この頃…
大丈夫、次はちゃんと女の子と喋るから




