戦記18「金と竜と女」
見返しても見返しても誤字がなくならない。
これはもはや病気ではなく呪いだ。
戦記18「金と竜と女」
『どこの?』ではなく『どこから?』の意味を察し、女の顔から嘲りが消えた。
ボウはユウ竜の発言を理解したようだが、姫は理解できなかったのか、視線をユウ竜に向ける。
「お姉さん、この辺りの竜じゃないでしょう? 流れ着いて拾われたの? それともどっかの国が裏から手を回してるの?」
身に着けているマダラの服、襟巻とフードの隙間から見える色素のたまった色合いの肌や、言葉の端々に感じるイントネーションの違い、それと手にしているダガー…さきほど戦っていた男達がいずれも手にしていなかった、生活に使うには難しい両刃の武器。
それら全てが、ちぐはぐに過ぎる。意図的にバラバラにしたかように、様々な国の要素が折り重なっているのだ。まるで、どこか違う国から来たと察して欲しいとばかりに。
なので、先程の質問だけでは不十分。
故に、ユウ竜は続けた。
「お姉さん、本当はどこの国の竜で、どこの国の竜が裏にいるって思わせたいの?」
女はピクリとも反応を示さず、無言でユウ竜を見下ろす。
ユウ竜は黙ってそれを見つめ返す。
そんな沈黙の間に割って入る舞姫。
「あの…あの方は、鈴星の竜ではないのですか?」
「鈴星…ってどこ?」
「神楽月の隣に位置する小国です」
「むぅ、勉強不足か」
「いえ、規模でいえば町程度の生産性から、独立はしていても周辺国からは神楽月の自治区程度に扱われています。ユウ竜様がご存知無いのも無理ないかと」
ボウの言葉に、舞姫が頷きながら尋ねる。
「あの、私はてっきり鈴星と内通者の反乱だと思ってたのですが…」
「鈴星のことは詳しくは知らないけど、自治区に見られるぐらいなんだし、だいたい神楽月と風土や文化はかわらないんでしょう? あのおねーさんの姿見てどう思う?」
「えぇと…奇抜な趣味だなぁと」
ちぐはぐな組み合わせがそう見せたのだろう。
実際、自国で流通しているものばかりで身を揃えている舞姫の姿がこの国でのスタンダードか、姫という立場から鑑みるに上級の装いだとすれば、女の姿はあまりにも奇天烈と言わざるを得ない。
「使ってる武器は、確か砂漠の境界線辺りの街を中心に広まったもの、マダラの服は島国の雰囲気があるし、でも襟巻は商業都市群のものっぽいし、んでもって肌の色は…化粧してるのかな? 地肌が見えないからなんともいえないな」
「お詳しいんですね」
「諸国を遊び歩くのが仕事だったもんで、多少はね」
ユウ竜を見る舞姫の目に、僅かながら輝きが増す。
「じゃ、じゃぁ、結局あの方はどこの方なんですか?」
「さぁ、それが決めかねるので、さっきからどこの竜か聞いてるんだけどね」
「いずれにしろ、他国が絡んでるってことですか?」
「そういうことになるんじゃない? お姉さんが鈴星の出身だとか言わない限りは」
そこで説明を止め、改めて女を見るユウ竜。
女は説明している間もじっと真意を測ろうとユウ竜をみていたが、やがて口を開いた。
「…確認したい。いや、願い出たいといってもいい」
どうぞ、と先を促され女がいう。
「この件から手を引け。行きずりで関わるには大きいぞ」
「でも、舞姫さんっていうご褒美があるしなぁ」
「け、結婚のことは話の後っていったじゃないですか!」
「後は後でいいけど、それとは別に褒美は貰えるんでしょう?」
「それはもちろん、お約束します!」
「ちゃんとお金でとかモノでとかいっておかないと、ご褒美に姫様自身を強請られますよ」
舞姫のボウを見る目に信頼が宿り、宿った分だけユウ竜への信頼が失われた。
「お金と、宝物と、あと名産のお酒とか、あと、あと」
「はいはい承知承知。というわけで、いずれにしろ、現状お姫様に付く方が利益的なんだよねぇ」
「つまり、寝返るなら、姫よりも良い褒美を寄越せということだな」
「ま、そういうことかな?」
「そんな!」
非難めいた声と視線を向けつつ、舞姫がややユウ竜から距離を取る。それは先ほどまで細かく上がり下がりしていたものとは明らかに差のあるものだ。
女は姫の様子が演技の類ではないことを見てから、いった。
「利に聡い男は嫌いではない」
「その方が世の中スムーズに動くからね。で、どう口説いてくれるか聞かせて貰っても?」
「建国の暁にはなんなりと用意しよう。金も宝も、あと酒か」
「いや、酒はあんま飲まないんで、その分甘味でも。てか神楽月って、そんなに大きな国だっけ? それとも、後ろに付いてる別の何かがくれるの?」
あくまで後ろにいるどこかのことを気にするユウ竜に、しかし女もあくまで後ろの国に関して明言せずに続ける。
「金の出所に貴賤があると考える口か?」
「いや、ないね。お金は平等。使える金なら問題ない。宝も同じく」
「なら、暫くは困らぬだけ用意する」
「でもそれって、俺が姫様助けても貰えるものだよね?」
「お前にその気があるなら、新しい国の竜に据えて貰えるよう取り計らっても良い」
「嬉しいは嬉しいけど、就職は急いでないから、舞姫がいる分こっちの方がお得な気がするし…おまけで、お姉さんと戯れる権利も貰えたりしない?」
舞姫がより深く非難めいた視線を送り、更に距離を取る。
おまけにボウも距離を取る。
「金より地位より、女に重きを置くと?」
「お金は喋ってくれないし、抱きしめても固いし冷たいからね。あと働くの好きなわけじゃないし」
「金で女を買えばいいし、仕事で女を抱くことだってあるだろう?」
「舞姫さんを金や仕事で抱けるとお思いで? それともお姉さんは、金で買われるのも仕事であてがわれるのも平気な人で?」
舞姫を一瞥し、女が言う。
「…おまけで求められるのは癪だが、望むとあれば多少は許してやろう」
「お、いってみるもんだ。ちなみに一晩?」
「働きによっては、幾晩でも」
「あれ、安い女と思われたくない口かと思ってたのだけど?」
「安くないからこそ、報酬となるのだろう? これでも、そこにいる小娘に負けぬ程度の価値はあるとみているが…」
やや挑発的に舌を動かし目を細め、女が問う。
「見立てはどうかな。ドラゴニア一の女好きと名高きユウ竜殿?」
「あら、ご存じで。でも間違ってるから訂正。一番の女好きはキョウ王様だからね?」
「では、一、二を争う、としておこう」
「それなら間違いではないね、確かに。まぁ、退職して元だから、正確にいえばどっちにしろ違うけど」
「で? まだ報酬には見合わぬと?」
「金と地位とお姉さんと…まぁ、報酬としては文句ないどころか、破格に過ぎるよね」
『では』と女が口を開きかけるよりも早くユウ竜は継ぎ足した。
「でも、ダメだね」
鋭さを帯びる女の視線。
それに怯まぬユウ竜の態度。
一目でわかる。交渉の余地はどちらにもないことが。
「もう姫さんと約束たからね。これが終わったら嫁にもらう」
「は、話しあう約束ですよ!」
「話しあったら、嫁にする自信がある!」
「う、うぅ…否定できない自分が怖いです、怖いです…」
顔だけで『助けて』と求めた姫に、顔だけで『ご愁傷様です』と告げるボウ。
「大丈夫、本当に嫌だってことはしないから」
「さっきからずっとイヤだっていってるじゃないですか!」
「大丈夫、本当に嫌だってことはあんまりしないから」
「あんまりってなんですか、あんまりってなんですか!」
ユウ竜が近づこうとすると、先ほどとは違うニュアンスで距離を取ろうとする舞姫。
女はそんな二人に、棘のある声で尋ねた。
「姫の夫と…舞姫の夫となる意味、わかっているのか?」
「それは、先代皇帝リン王の二人いる娘姫のうち、神楽月の王位継承権第一位の舞姫の夫となることを分かっているのか、という意味であってる?」
わざわざ説明的に述べたそのセリフに、舞姫が「えっ?」という顔をユウ竜に向けた。
ユウ竜はその顔に、見たいものが見れたとばかりに楽しそうに笑い、ボウはため息をついてみせた。笑顔とため息の理由は、想定とは違いながらも、ユウ竜自身が語った『王』に至るためのカードが…知己の仲であるリン王の娘たる舞姫が、会いにいくまでもなく手元に舞い込んできたから。
「いったでしょ? 理由がいるなら、後で説明するって」
「え、あ、でも、それって」
「知ってますよ、ユウ様は神楽月のことも、姫様のお父様…リン王様の消息が絶たれていることも」
ボウの補足に、舞姫が再び言葉を失う。
そして外に出なかった言葉が、頭の中で跳ね返る。
「お会いしたのは数えるぐらいだったけど、酒好きで快活な親父さんだったな」
「どこで、お父様と?」
「初めてお会いしたのは、他国の同盟会議に参列した時に。その後は、お忍びで商業都市に遊びに来られた時に、町をご案内しつつ何度か。消息がわからなくなったことを知ったのは、風の噂で」
(―知ってる、お父様の事。覚えてる、お父様の事。じゃ、じゃぁやっぱりこの方が…)
「困ったことがあれば頼れとお約束頂いたので、図々しいながらも姫様に助けてもらうつもりでこっち来たんだけど…どうもあてがはずれたみたいだな」
「ユウ竜様のアテは、当たることの方が少ないですが?」
「かわりに、思いもよらないことは起きるし、間も悪くはないだろう?」
「ま、それは否定しません」
「というわけで舞姫様、自己紹介が遅れましたがもう一つの約束…酒の席とはいえ、お父様と交わした約束果たしに馳せ参じました」
(―やっぱりこの方がお父様のいっていた)
「姫様のお眼鏡にかなう男になっていたら、王との約束通り、旦那にして頂きたい所存」
(―私の、婚約者のユウ竜様)
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
というわけで、婚約者の登場(もう出てたけど)です。
そして次回、新キャラの登場です。
そろそろ新オッサンを出したいのですが、はたして出るのはオッサンか美少女か…美青年? 知らんな。




