戦記15「戦記へ続くエピローグ」
エピローグラッシュ、その3。
そしてドラゴニア編ラスト。
なお、メインヒロインがようやく登場した模様。
長い前振りの終わりをどうぞ。
あ、せっかくなので章にわけてみました。
戦記15「戦記へ続くエピローグ」
ヨウ竜の姿が見えなくなり、その体が立てる音も、ありふれた森のざわめきへと変わる頃、ようやくユウ竜は伸ばし続けていた背筋を楽なものへと崩した。
(―ちとあてははずれたが)
再開した時、今よりも『いい女』とやらになってることを期待して、自分も負けないようにと決意を新たにして、もう一人のエピローグへと移る。
「さて。お次はカイ竜を見送るか」
「は? え? ちょ、なんだ見送るって?」
「目指してるの、ニューワールドだろ?」
「なんで知ってんだ? いったか、目的地?」
「いや、前にそんなこと言ってただろ? お前ならそこを目指してんだろうと思ってさ」
ドラゴニアが大陸の北東に位置してるのに対し、ニューワールドという国は大陸の南西…真逆ともいっていいほどの位置にある。現在いる森の位置からしても、まだまだ遠い西にある国である。
「あっちの…って元は自分の世界なのになんか変だけど、あっちの技術に興味あるんだろ?」
「ある! けど…」
ニューワールドは、異世界から流れ着いた人間と、異世界から来た人間の子孫たちが中心となって作り上げた国だ。そのため、異世界の技術とこちらの世界の技術が入り乱れる、技術者にとっては一度は行ってみたいどころか、永住したいほどの国ともいえる。
科学技術に明るく無いユウ竜の異世界での話を聞くだけで喜び、発明のアイディアを沸かせていたカイ竜にとっては猶更だ。それは確かにそうなのだ。だが…
「…お前は一緒にこないのかよ」
カイ竜の願いは、そこにユウ竜も一緒に来てくれることだった。
が、ユウ竜はきっぱりといった。
「いかない」
理由は色々ある。求められれば説明もする。だが、その意思を変えることはないだろう。
ユウ竜がカイ竜を理解しているように、カイ竜もまたユウ竜を理解している。
この顔の時は、本当に大事なことを話している時の顔で、そしてお互いに大事にしているものを曲げたことは一度としてない。
「…わかった」
大きく溜息をつき、カイ竜は理由も聞かず受け入れた。
それがカッコイイ別れだと思っていたから。
「ここでお別れでいいんだな? 目的地があるならそこまで送るぞ?」
「まぁ、どこじゃないといけないってもんもないからな。ここからでいい」
「わかった…じゃ、じゃぁ、あれだ。ここまでの、お、お礼を貰っていく!」
「それぐらいはするけど…何か欲しいもんでもあるのか?」
「…ある」
「なんだ?」
「それ、は、その、あれだ…め、目をつぶれ!」
何事かと思いつつも、ユウ竜は言われるがまま目をつぶった。
ボウは生い茂った木々に目をやり、何も見ていないふりをした。
カイ竜は顔を真っ赤にして、手の汗を何度もスカートにこすり付けながらユウ竜に近づき、(大丈夫か、あたし臭くないか!?)などと焦りながらも深呼吸を繰り返しつつ顔を近づけ…
「せい!」
ユウ竜のおでこに思いっきり頭突きを噛ました。
噛ました方も噛まされた方も、鈍い痛みに腰を曲げる。
ボウが人知れず自分の額に手をやった。
「お礼はお礼でも、お礼参りかこのやろう!」
「やかましぃぃ! おまえの、おまえが、おま、おま、おまえがぁぁぁぁ!!」
膝を曲げ地面にへたり込むカイ竜…高めの身長はちょうどユウ竜の手の置きやすい位置まで下がり、ユウ竜はそのままカイ竜の頭に手をやった。軽く置いたはずなのに、衝撃でカイ竜の目にたまっていた涙が溢れた。一度流れた涙は涙の跡に続くように、次々と連なり流れていく。
「やだー! 一緒にいこうぜー!!」
「…ごめんな」
「やーだー! ひとり、やーだー!」
カイ竜が話さないので、ユウ竜ははっきりとは知らない。
ボウが調べてきた他の七竜の情報の中、カイ竜の情報に記してあった『孤児院で育った天才児』という文字と共に添えられていたエピソード程度しか知らない。
親から捨てられた絶望だとか、孤児への虐待だとか、孤立した天才が受けてきた苦悩や苦痛など、物語の中のものしか知らない。
育てられることのなかった幼児性を恥じて隠すために、殊更際立った言動をするようになった心境も知らない。
その言動を受け入れて、あまつさえ肯定してくれた上で対等に接してくれたユウ竜がどれだけの存在なのかも知らない。
友情と思っていたモノが、恋慕や欲情に移りゆく自己嫌悪やフラストレーションなどもっての他だ。
カイ竜の気持ちを本当の意味で理解できるものなど、この世界に数人もいないだろう。
(―その数人の中に、ユウ竜様はいない)
端から見れば分かり易いほどに向けられた好意も、ユウ竜は寂しさからくる何かや、悪友としての何かぐらいにしか感じていない。今こうして頭に手を置いているのも、男女の何かだとは思っていないのだ。
(―誰にでもするんですよ、この人は)
もはや性癖といってもいい。
泣いてる女性がいれば、手の届くところいにれば、手を伸ばさずにいられない。
たとえそれが、自分が仕える王の妃だろうと、一国の竜だろうと、みすぼらしい奴隷だろうと、伸ばすのだ。
ただし、自分の望みと力の及ぶ範囲で。
そして今、カイ竜の望みは、ユウ竜の望みと力が及ばないところにあり、加えてカイ竜は全てを薙ぎ払ってでもいくほどの…たとえば剣姫ほどの場所にいない。
そしてカイ竜は、それを感じている。ユウ竜の中で自分は女性というカテゴリーに入っていないのを理解している。ただ、わからないのだ。どうしたら自分をそのカテゴリーに含めてくれるのかが。ただ、できないのだ。そのカテゴリーに自分をいれてもらうための行動を。見よう見まねですらできない。アドバイスされてもうまく動けない。そして、カイ竜もまた自分の願いを曲げることができないタイプの人間だ。
だからユウ竜は今も変わらず頭を撫で、カイ竜はやがて決めるに至った。
「…もう大丈夫。泣いて悪かった」
垂れた鼻水をかもうとポケットをまさぐるが、あるのは爆弾や部品ばかりで、ティッシュの一枚もありはしない。
(―こんなんだから、あたしはあれなんだよ)
また涙が出そうになるのを堪えたところにボウからハンカチを差し出され、結局堪えきれずにもう一筋だけ涙を流す。
「ごめんな。いけなくて」
「いいよ。あたしだって、お前に付いてかないし。おあいこだ」
ユウ竜が伸ばした手を使わずカイ竜は立ち上がり、スカートの泥を払い落とすと、無数のポケットや飛空艇から爆弾の類をユウ竜に預けた。
「暫くやれないからな…必要だろ?」
「正直助かる」
「ふふん、当たり前だ。なにせあたしだからな」
そう。カイ竜のポケットにハンカチなんてものは入ってない。大勢の男に好かれる女の必需品のようなものなんて入ったためしがない。今はいてるスカートだって、恰好ぐらい女らしくしておけというボウのアドバイスの元、ユウ竜が好きそうな服を選んでもらっただけなのだ。
全部、他の誰かに決めてもらっただけなのだ。
ドラゴニアに行くことになった時まで、ユウ竜に我がままに行動することの大切さを気付かされるまで、他の誰かの言葉に従っただけなのだ。
(―だから、今はこれでいい)
必要とされている。
そして心得ている。
自分が必要とされる場所と時は、もう少し後…国、という確固たるものをユウ竜が築いた時であることを。自分という人間を本当の意味で生かすには、金も場所も資源も、様々なものを必要とする。だから、今はまだその時ではない。隣にいることでできることもあるだろうが、利口な選択ではない。この時を利用して、いつかくるその時の為に、自分にできることがあるのだから。
「せっかくだから、いってくる。んでさ」
「あぁ、呼べるようになったら、来てくれ。頼む」
その言葉は、カイ竜が本当に欲しかったニュアンスではなかった。
ヨウ竜に向けたものとは違うニュアウンスだということは分かっている。
それでもカイ竜は、心の底から笑って見せようとして、結局できずに泣きながらいった。
「あたしに任せとけ!」
そしてほとんどの男に『喋らなければ可愛い残念な美人』と言われた女は、残り少ない『だがそれがいい』といってくれた男を置いて飛空艇に乗り、西の空へと飛び去って行った。
後に残ったのは、ユウ竜とボウ。
「…二人きりになってしまいましたね」
色恋のそれとは違うニュアンスで、ボウがいう。
「五年か…いろいろやったんだけどなぁ」
「この一件だけで、ずいぶんとなくなってしまいましたね」
「いやぁ、思いのほか残った方だけどな」
少なくともお前は残った、といわんばかりにユウが笑う。
それに対してボウは…伏し目がちに、笑って見せた。
「まぁ、珍しいこともあるもんで」
「他に誰がいるというわけでもありませんからね…少しばかり気を抜いても咎められることもないでしょう」
「そらそーだ」
そういって両肩に手を回そうとしたユウ竜の手を払うボウ。
「だからといってハメを外しすぎても困ります」
「けちー」
「そんなこというと、本当にお金とりますよ。いっておきますが、頂いた御給金はドラゴニア分までですからね?」
「出世払いじゃダメですか?」
「つい最近、騙されましたからね。その手の嘘にはのりません」
ドラゴニアの王となる…その約束を蒸し返され、苦笑いを浮かべるユウ竜。
「じゃぁ、今度こそするしかないか。出世」
「ぜひ、そうしてください」
「ん、そうする」
「まずは国選びからですが、この森を選んだということは、多少の目星はつけているのですね?」
「まぁ、目星というほどではないけど、考えていることはある」
「お聞かせ下さい」
「聞きたい?」
「聞きたくないといっても話すのでしょう? 幸い、時間もできましたしね。暇つぶしに聞いて差し上げます」
「じゃぁ、まずこの辺りの国だけど―」
そういって、ユウ竜とボウは歩き出した。
キョウ王の元、キョウ王戦記に名を刻んでいたユウ竜は、ドラゴニアを去り、自分の物語を歩みだした。
同じく、キョウ王の元から離れたゴウ王も、自分の物語を歩みだした。
いや、彼らだけではない。
人一人づつに物語があり、それらは時に協力し合い、時に潰しあい、語り合い、やがて王の元に戦記として寄り集まる。
そして戦記は、急に生まれたりはしない。
キョウ王戦記という時代が歴史となり、その歴史から流れ出た新たな時代が、新たな戦記を産むに至る。
そして戦記はキョウ王に限らず世界のあちこちにあり、新たな戦記が生まれる兆しもすでに各所に散らばっており…
それは例えば、ユウ竜とボウが歩くこの森の中にも生まれていた。
「きゃぁ!?」
「っと、ととと!?」
バキバキバキ…と枝をへし折る音と共に、樹の上から降ってきた少女を抱き留めるユウ竜。
朝露のように透ける白い肌と、稲穂の色を写したような金髪、深い森のような緑の瞳…すらっとした手足は染めた皮や糸でこしらえた装飾品に彩られ、控え目ながらも主張を忘れない胸元や括れを包むのは、農耕や狩猟を中心とした営みを感じさせる民族的な衣装。
都会の女が好んでまとうどこか作られた優美な香りとは違う、森の草花や果物から溶け込んだような香りが少女を包むように漂っている。
(―空から美少女とか、すげー異世界)
異世界、
そう、異世界。
(―ここは…異世界)
忘れていたわけではないが、どこか薄らいでいたその言葉と状況…それが、蓋を外した間欠泉のように噴出してくる。
ドラゴニアの竜となる前、あの日洞窟を走っていた時の感覚が、キョウ王に立ち向かった時考えていたことが蘇ってくる。
五年前、ユウという名を貰う前、王という目標を見つける前、少年は思った。
(―金髪美少女に会うための、もとい生き抜くための生存戦略だ…だっけか)
そして腕の中には民族的な金髪美少女がいる。
「す、すみません、ありがとうございます、私急いでて―」
そんなユウ竜の内側など知れるはずもなく、少女は抱えられたまま自分を助けた男の顔を見て、そして目を大きくぱちくりとしてから真剣な顔つきになって、いった。
「―さぞや名のある戦士の方とお見受けし、お願いがございます」
少女はユウ竜の恰好を…正確にはもっと別の何かだったが…を見て、冒険者か修行家か、いずれにしろ戦える者だと察し、言った。
「突然な上不躾で申し訳ありませんが、どうか我々をお助け下さい!」
少女が願い出た途端、森の奥から聞えてくる野太い声。
「「こっちだ! 舞姫がいたぞ!!」」
その声を聴き、少女が顔を焦らせる。
ユウ竜は相変わらず、お姫様抱っこ、と言われる体勢で少女を受け止めたまま、ボウに目をやった。
ユウ竜の目には『悪いことを考えてるだろうな』という光があった。
ボウの目には『悪いことについていくんだろうな』という陰りがあった。
そして二人は頷いた。
「えー、舞姫さん?」
「は、はい、舞姫です…すみません、言い忘れてたわけではないのです。あの、急いでて、あ、私この辺りを収める国の姫をしております、舞姫です」
「ふむ。この辺りを収める国の舞姫さん…ね」
「あ…の? ご、ご迷惑、なのは重々承知しております! ですが、あの、私、あ、大丈夫、ちゃんと報酬もお支払いしますので、どうか」
「ん、わかった」
「それじゃぁ!」
「うん、舞姫さん、お嫁さんにならない?」
少女は…舞姫と名乗った少女は、追われていることも忘れ目をぱちくりさせ、言った。
「…どなたの?」
「オレの」
「どなたが?」
「君が」
「私が、アナタ様の?」
「うん、お嫁さん」
ユウ竜のいった言葉の意味をようやく理解し、舞姫は言った。
「ゅえぇぇぇぇぇ!?」
その悲鳴なのだか驚きなのだか分からない声は森中に響き、更なる追手を集めることになるのだが…
追手はもちろん、この二人…いや三人でさえ、これが、大陸の戦記をいくつも左右する出会いだとは知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございます。
切りのいいところまで毎日あげようと思ってたら、まさか2週間も毎日アップするとは思ってみませんでしたが、なんとかやりきれたので一安心。基本遅筆なので絶対どこかで途切れると思ってましたた…読んでくれる人がいなければ無理でした。本当にありがとうございます。
一番最初に話を書き始めた時は、このドラゴニア編はちょうど反逆を受けたあたりからのスタートで、すぐ本編(次の章)が始まる形だったのですが、実際形になったのはこんなでした。良かったか悪かったかはどっちなんですかね…。
ともかく、メインヒロインの舞姫も出てきたところでお話はまだ続ける気なのですが、完全に書き溜めが尽きてるので少しだけ時間を下さい…一週間
開けないぐらいですかね?
ストーリーラインと序盤の書き溜めがあればなんとかなりそうなのが今回やってみてわかったので、そのあとはまた毎日アップしてけたらいいなーと思ってます。
というわけで、ある意味次の編からが本番。
自分だけの、姫と、竜と、宝を集めるユウ王の物語、お楽しみにして頂ければ幸いです。
それでは改めまして、ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。
物語はまだ、続くんじゃよ。