第69話 殉教者の聖剣
「これは、院長の依頼で製作した、対精神感応のピアスです。平穏の魔剣の影響を受けないように、身につけなさい」
出立の日の朝、ミスリルは餞別にピアスをつけてくれた。
ぼくの耳には先生に開けられた4つのピアスホールがある。
隷属の首輪に押さえ込まれた魔力を放散させるためのピアスが左右に1対。
左に催眠を司る魔剣『平穏』。
ミスリルのピアスは、右耳につけることにした。
「はじめまして、リュテさま。今日からあなたの従者になるベネディクタスです」
ミスリルが紹介してくれた従者は、焦げ茶の修道士服を着た、髪も瞳も茶色の男の人だ。
先生よりも少し年上で、30代半ばくらいに見える。
「はじめまして。ぼくはリュテだよ。でも、不思議だな。ベネディクタスとは、どこかで会った気がする」
「私は……」
ベネディクタスはなにかを言いかけたけど、エウテルペが遮った。
『必要以上に主に近づかないで! 差し迫った事態だから我慢するけど、あなたのことは信用してないの! もし、前みたいなことになったら……!』
エウテルペの口ぶりは、ベネディクタスの過去を責めているようだ。
何を怒っているのだろう。
「まあまあ、平穏さん。急ぎの出立になりますし、私にはもう監視がついているでしょうから、他にリュテを任せられる方がいないのです。今回はベネディクタスに任せて、必要ならあなたも手助けしてあげてください」
『……わかったわよ』
エウテルペは渋々了承した。
「リュテ。認識阻害の仮面をつけて、前に作った透明化毛布を被って出なさい。ベネディクタス、リュテを頼みますね」
「ご配慮ありがとう、ミスリル」
*
「べべちゃん、いる?」
ノックの音がして、ノナさんとレゼさんがぼくの部屋のドアを開けた。
ぼくは、慌てて毛布を払いのけて仮面を隠した。
「病気は大丈夫? 二人とも、うちまで自分で帰れそう?」
「大丈夫じゃないけど、伝染病で追い出されるんだから行くとこ他に無いしね。
……死ぬなら故郷で死にたいと思ってたから、良かったわ。
それに、院長が旅費やら餞別をくれたの」
レゼさんは、仕方なさそうな口ぶりとは裏腹に、故郷に帰るのは楽しそうに見える。
「あの人、顔は怖いし性格も冷たくて最悪だけど、こういう配慮があるから嫌いじゃなかったわ。最後に挨拶したかったけど……」
先生の悪口を言うノナさんの頬が心なしか赤い。……ミスリルの毒が効いてるんだな。
ふたりの顔や体には、大きな赤い発疹ができている。大丈夫。毒が抜けたら元気になるからね。
「ノナさんもレゼさんも、気をつけて帰ってね」
「ありがとう。べべちゃんも、元気でね」
「ありがとうね。院長にもよろしくね」
先生はぼくを厳しく鍛えながら、約束はきっちりと守る人だった。
ここのお姉さんたちにもそういう接し方だったのかもしれない。去り際に先生への礼を口にする人が多かった。
娼館の女性たちは皆、僅かな荷物をまとめ、いそいそと出ていく。
借金のかたに売られてきた人たちだ。
帰れるのが嬉しくないはずがない。
ぼくたちは、その帰郷するお姉さんたちに紛れて娼館を後にした。
*
ぼくとベネディクタスは、国境の街アースエルテまで馬で南下することにした。
『ちょっとー、主にくっつかないでって言ったでしょ!?』
「無茶を言わないでください、馬上ですよ?」
ベネディクタスは一人で馬に乗れないので、ぼくの後ろに相乗りしている。
エウテルペは、それが気に入らないみたいだ。
「エウテルペ、なんで怒ってるの?
ベネディクタスが悪いことでもしたの?」
『「祝福」は悪くない。でも、そいつと一緒にいると主が危険に晒されるのよ。だって、そいつのふたつ名、「殉教者の聖剣」よ?
持ち主がみんな惨たらしい死に方をする、呪われた聖剣なのよ!?』
ミスリルが紹介してくれた時には気づかなかったけど、ベネディクタスは人間じゃないらしい。ぼくは、後ろにいる男を振り返った。
ぼくの目は、人間以外の存在が普通の人間に見えたりする。首輪で能力を封じられているから、違いがよくわからないことがある。
「エウテルペの言うことは、ほんとなの?」
「私が自ら人を苦しめたことはありませんが、私の力を巡って諍いが起こるのは、事実です」
ベネディクタスは、申し訳なさそうに俯いてしまった。
『ほらぁ。だから、私がそいつの記憶を消してあげたの。なのに、またのこのこ出てくるから、イライラしちゃって!』
やっぱり、エウテルペのせいか。
時々、ぼくの記憶がなくなるのは。
ミスリルはそれに気づいて、ピアスをつけてくれた。
たぶん、ぼくが忘れてはいけないと、彼が感じた何かがあるからだ。
「エウテルペ、主としてお願いするよ。
この先、なにがあっても、ぼくの許可なしに記憶を消すのはやめてほしいんだ。
それと、今までに消したぼくの記憶を、可能ならぜんぶ返してくれる?」
『私が主と契約してから消したのは、ごく僅かよ。私の前の主は、シアエさまなの。シアエさまに命じられたぶんは無理。それでもいい?』
平穏の魔剣から、トンボの羽を持つ小さな妖精が飛び出してきた。
ちょっと拗ねたみたいな顔をしている。
「ぼくの記憶なのに、ぼくの自由にならないのは複雑だけど。うん、いいよ」
エウテルペは、小さな手をぼくの額に押し当てた。
グリーンの光が目の前に拡がった。
……特に変化はないな?
『あっ、そのピアス! 私の魔力が効かないなんて、どんな構造してんのよ!?
ピアスといい、あの眼鏡といい、あのミスリルって子、普通の魔術師じゃないわね!?』
「えっ、そうなの?」
エウテルペが忌々しそうにするから、ぼくは気圧されて対精神感応の制御ピアスを外した。
全く同じ手順でエウテルペが催眠を解いてくれた瞬間に、ぼくは記憶の一部を取り戻した。
ベネディクタスが、心配そうな顔で見下ろしている。
「……久しぶりだね、ベネディクタス」
「……ええ、本当に」
ベネディクタスは、少し涙ぐんでいる。
取り戻した僅かな期間の記憶のなか、ベネディクタスは、何度ぼくの記憶が消されても、ずっとそばにいた。
「あの時、騙し討ちみたいに握らせたこと、まだ許してないけど。
あとで、『殉教者の聖剣』の、カッコいいふたつ名の由来、ちゃんと教えてよね?」
「はい」
ベネディクタスは袖で顔を拭って笑った。
アースエルテまでは遠いんだ。
道中は、楽しく過ごさなくちゃ。
☆休載のお知らせ☆
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
新章突入にあたり、物語全体のプロットや構成を見直すため、しばらく更新をお休みいたします。
プロットは最終話まで出来ており、執筆は好きなので絶対にエタることはございません。
これからの展開をより楽しんでいただけるよう、少し時間をかけて全体を整えたいと思っています。
また、営業編、陰謀編を経てストーリーが激化していくため、内容に合ったタイトルや冒頭の改編を予定しています。
「タイトルをたびたび変えて呆れられるかも」
「次は見つけてもらえないかもしれない」
など、読者の方への申し訳なさと不安はありますが、納得のいく形に整えて、もっとおもしろくしたいと考えております。
再開時期は未定ですが、また更新を始める際にはお知らせいたします。
リュテの成長やラキとの関係、先生やトニトルスの章を見届けたいと思って下さる方は、ブックマークをしていただくと、再開の際に通知が参ります。
また彼らに会いに来てくださると嬉しいです。
キマモリニコ




