第68話 毒薬の使い途
ぼくは、その日のうちに修道院を出た。
先生が言った通り、娼館に身を寄せることにしたんだ。
先生が経営に絡んでる施設だから融通も利くんだろう。ぼくは一階の一室を貰って移り住むことになった。
当然のようにミスリルもついてきて、当然のように、また女装させられているところだ。
ミスリルは化粧品を大量に持っている。
仕事で使うのかな。
……それとも、趣味かな。
「化粧品は女性が存在する限り高値で売れる商品ですからね。よく調合を頼まれてここにも卸しているんですよ」
「そ、そうなんだ」
また心を読まれちゃった。
でも、ほんとに、なんでもできる人だな。
「ミスリルさま! べべちゃん! 久しぶりね!」
「あっ、ノナさんとレゼさん!」
以前、潜入捜査でお世話になった素敵なお姉さんたちが、ぼくの部屋を訪ねてくれた。
「今回はお泊まりなんだって?」
「また楽しくお話ししましょうね」
お姉さんたちがわらわらと集まってきて、ぼくのベッドに腰掛けた。
「ねえミスリルさま! それ、新作の白粉と頬紅でしょ。私にも分けてよ、お代は払うからさ。お店からじゃなく直売してくれない?」
「私もー!」
「私はその香水がいいなぁ!」
「いいですよ」
ミスリルは、ぼくの髪型を整えながら相槌を打った。
「ただし、今のようにノックも無しに入室するのは許しません。二度としないで下さい」
「「「「は、はいっ!」」」」
「私たちはまだ大事な話があるので、当分は立ち寄らないようにお願いします」
「「「「は、はいっ!」」」」
ミスリルの口調はいつも通り丁寧だったけど、珍しく機嫌が悪そうな低い声だったから、お姉さんたちは姿勢をぴっと伸ばして退出していった。
どうしたんだろう。
なにかあったのかな。
「ここの娼館を、閉めようかと思います」
「えっ?」
「院長が、彼女たちの借金を帳消しにすると決めたので」
「それって、もしかして」
ぼくは、お姉さんたちの借金を帳消しにして、家族のところに帰してあげたいって思ってたし、相談もしていた。
ミスリルはそれを覚えていて、きっと先生に話してくれたんだ!
「あなたがここに住まう以上、もし刺客や役人が入ってきた場合、彼女たちにも危険が及ぶ可能性があります。
何より足手まといです。捕まって拷問となったら、余計なことを話さないとも限りませんし」
あっ、思ってたのと方向が違った……。
「みなさんの食事に軽い毒を混ぜて、悪い病気が流行ったという噂を流します。
大丈夫ですよ。体から自然に排出されていき、また元通り元気になりますので。
女性たちには故郷までの旅費と餞別を渡して帰らせましょう。今のうちに、別れを済ませておきなさい」
……この人、怒らせちゃいけないな。
とても怖いことを優しい笑顔で言うよ。
「ふふ。院長の考えは、前にあなたが言っていたのと大体同じですよ。費用も院長が工面してくれましたから」
「ほんと!?」
「はい。顔にも言葉にも出しませんし、やることは極悪ですが、心は綺麗な方です」
その日は、お姉さんたちとみんなで食事をして、楽しく過ごした。
ミスリルは手抜かりなく、娼館の従業員の食事やお客の飲み物に毒を混ぜていた。
彼が言ったように、お姉さんたちは夜中から熱を出し、身体中に蕁麻疹みたいな発疹が出て、女将がどのお医者さんを呼んでも「原因不明」言われるばかりだったんだ。
*
ぼくは、夢を見ていた。
暗い洞窟を駆け抜ける。
出会う魔物の群れを片っ端から斬り捨てる。
太刀筋が早すぎて見えないほどだ。
九つ首の巨大な竜が立ちはだかるのも気にせず、雷撃を放つ。
なんて鮮やかな手際だろう。
なんて、躊躇がなくて残酷な人だろう。
夢の中で見たその人の手には、雷霆の複製が握られていた。
剣を握る手は、金色の毛に包まれた獣の手だった。
その人は豹に似た姿をしていた。
でも、目を凝らしてよく見ると、獣の姿の奥に本当の姿が見えるんだ。
「覗き見なんて、お行儀が悪いよ?」
ラキが振り返って言った。
ぼくは、言葉を詰まらせる。
全身を魔物の血に濡らし、血に塗れた剣を振って飛沫を飛ばしてる。
ぼくの知ってる、優しくて甘えん坊なラキとは違う人みたいだ。
「……どうして、魔物を殺してるの?」
「アイビーさんに頼まれたから。
ここは冒険者が経験を積むための施設なの。
雷霆のジェネリックをボス部屋の報酬に使うんだって。安心してよ、ほかのも完売したわ」
ラキは黒金の剣を布で拭いてから、壁に設えられた祭壇に乗せた。
「そこはどこなの? みんな心配してるよ。
でも、ごめんね。せっかくラキが偽物の主になってくれたのに、新しい魔剣がみつかった。
叔父上にぼくのことが探られそうなんだ。ラキはしばらく帰ってきちゃダメだよ」
「うん。私はアースエルテの冒険者ギルドに来てるの。ギルドマスターのアイビーさんは、いい人だよ。きっとリュテの力になってくれると思う」
「わかった! じゃあ、ぼくが会いに行くよ。
話したいこともあるし」
「王さまが躍起になってるなら、しばらくは無茶しないでみんなの言うこと聞きなさいよ」
「子供扱いしないでよ」
「……そうね」
ラキは、なぜか急に赤くなって押し黙った。
「とりあえず、私は元気だから。みんなには、そう伝えておいて」
「うん」
*
ぼくは、夢から覚めた。
ベッドから起き上がると、ミスリルが旅支度をしていた。
「なにが起きているかは、あなたの見た夢で大体把握しています。旅費を用意しておいたので、すぐにでも出立なさい。彼と一緒に」
ミスリルは、その横に立っている男の人をぼくに紹介した。
「この方はベネディクタス。今日からあなたの従者です」




