第67話 神代の遺物(ロスト・レリック)
アースエルテの中心街、冒険者ギルドの応接室に豹人――ラキは招かれていた。
アイビーはラキに着座を勧めながら、自らも席につき、切り出した。
「隣国カーロとの間に、ジェム砂漠があるのは知ってるか?」
「ええ。5年前に地下迷宮が突如出来てから、観光地として発展したと聞いてます」
「その噂、流したの俺なんだ。もともとあそこは古くからあった遺跡を改造して、アイテムと魔物をあとから配置した、手作りのダンジョンでな」
アイビーは神妙な面持ちで告白したが、
「えっ、それって詐欺じゃないですか」
と、ラキは容赦なく断罪した。
「人聞きの悪いこと言うなよ。ちゃんと、そういうテーマパークだと宣伝もしてる。
いわゆる街おこしってやつで、税金と協賛金で作った公共事業なんだ。実際、観光収入も雇用も増えて街全体が潤っていた」
「過去形ですか? それで、雷霆のジェネリックは、ドロップアイテムにでもするの?」
「ああ、まさにそれだ。攻略難易度を初中級の冒険者向けに設定して、レベル上げで長く滞在してもらう想定をしていたんだが……」
「上級冒険者が攻略してアイテムを根こそぎ持って行っちゃった、……とか?」
「ご名答。当時は準備に手一杯で、対策が甘かったのは認めるよ。
入場は、ギルドカード提示の自己申告制にしてた。ランクの低い日雇い冒険者の中に、実力を偽った高ランクが紛れるなんてずるい手口は、想定していなかったんだ」
「随分と人がいいのね」
「まあな。俺だけの損害なら諦められるが、投資した税金やらが無駄になるのは、申し訳ないからな。
……というわけで、雷霆の複製を地下迷宮のラスボスの撃破報酬にしたいわけよ。『神代の遺物』って体でさ」
「お好きにどうぞ?」
ラキは、アイビーに19本のジェネリックを売った。その後はどうしようが彼の自由だ。
「本題はここからだ。元聖騎士のおまえさんを見込んで、頼みがあるんだよ。
地下迷宮のボスの部屋に、雷霆を1本設置してきてくんねえかな? あいにく、そこまで行けるだけのパーティーが、いま、不在なんだわ」
アイビーは、拝むような仕草をして見せた。
「……それは無理かな。私、いま、謀反人だし。知らずに剣を買っただけなら見逃されても、いまは事実を知ってしまったでしょ? 私と手を組んだら、共犯になっちゃうよ?」
ラキはアイビーを凍りつかせる言葉を淡々と口にしたが、アイビーは引き下がらない。
「王が怖いなら、最初から雷霆の複製なんか買うかよ。冒険者狩りでは何人もの仲間を亡くして、恨み骨髄なんだ。ひと泡吹かす機会があるなら乗るに決まってるだろ」
アイビーは組んだ指が変色するほど握りしめている。それまでの飄々とした口調が演技であったかのように、怒りで震えながら。
「……ここだけの話だが、本物の雷霆の主は王に捕まって処刑された。聖騎士団長の娘で、まだ子供だったのにだ。
あの王は実の兄を殺して王位につき、幼い甥も殺してる。許せるわけねえだろ!」
「……へえ、初耳。ソースは?」
ラキは淡々と探る。
否、相手に腹を割らせるよう仕向けている、というべきか。
「俺もギルドマスターの端くれだからな。各地を旅する仲間から、情報は得られる。
それに、だ。これは私情なんだがな。
俺は、ガキのころからエギルの剣に憧れてたんだ。勇者が持ってた剣が、エギルの剣だったから――」
良い年して、少年みたいなおじさんだね。
他人のことなのにいちいち熱くなって、全部顔に出す。諜報や謀略には使えないな。
……人柄は嫌いじゃないけど。
ラキはアイビーを値踏みし、そう結論した。
「ふうん。でも、これ複製品ですけどね?」
「バカ言うな。これは間違いなくエギルの剣だ。おまけにこの魔力付与、天才魔術師のミスリルが絡んでるだろ。マニア舐めんなよ?」
ここまで心酔されたら、エギルも悪い気はしないだろうな。 態度には出さなそうだけど、とラキは笑った。
「……ほんとに、複製なんだけどな」
「はいはい。なんか人に言えない複雑な事情あんだろ? こんな極上の魔剣を300なんてあり得ねえ。事件の匂いがぷんぷんするぜ。
で、勿体ぶる理由は王のほかに、なんかあんの?」
アイビーは、思考と言動にほとんど齟齬がない。随分と潔い、さっぱりした性格の男だ。
「わかった。こちらの条件を飲んでくれるなら、引き受けてもいいよ?」
*
ジェム砂漠の地下迷宮入り口に案内されると、ラキは雷霆のジェネリックと愛用の剣を腰に帯びた。
「ねえ、アイビーさん。私が雷霆を置いたふりして盗ったらとか考えないわけ?」
ラキは精神感応で、とうに彼の胸中を読んでいる。アイビーは一点の疑い無く、初対面の豹人に、この街の命運を賭けていた。
「当たり前だろ。俺は英雄が大好きなんだ。
聖騎士団長に認められて『聖猊徽章』を身につけた騎士が、俺を裏切るはずないだろ?」
ほんとうに子供みたいだね、この人。
でも、やっぱり嫌いじゃないわ。
悪い噂の絶えない父を手放しで褒め称えるアイビーに、ラキは好感を抱いていた。この男は一見考え無しのようでいて、物事の本質や人を見る目がある。
「それに、地下迷宮には魔晶ビジョンが設置してある。豹人ちゃんの活躍はギルド中継で見られるんだ。万が一にも無いとは思うが、危なくなったら携帯用転移陣で帰ってこい。
……いや、あんた、口調からして女の子だろ。一人じゃ可哀相かな。俺もついていこうか?」
「大丈夫。足手まといだし、いらないです」
「ほんとに辛辣だな」
聖騎士は冒険者でいえばSSランクに相当する、対魔物戦闘のエキスパート。ギルドの指導員クラスだ。
技量の心配というよりは、女性に対する配慮を見せたアイビーだが、ラキはバッサリと切り捨てて地下迷宮に入っていった。
*
「すごい! すごいですよ、この人!」
冒険者ギルドの会議室では、事務員や技術指導員たちが、地下迷宮のビジョンに食いついていた。
魔導器から投影され、壁一面に映し出された豹人の戦闘を見ていたのだ。
ゴブリン、コボルト、ミノタウロス。
豹人は大剣を自在に操り、ほとんど駆け抜けるような速さで、出会った魔物の群れを切り払っていく。
「太刀筋が早すぎて、残像が柔らかい縄みたいに見えるよっ!?」
「嘘でしょ。こんなすごい人、Sランクの剣士でも見たことない! アイビーさん、この豹人、何者なの!?」
「なんて、でたらめな強さだよ……!」
アイビーは鳥肌が立つのを感じた。
落とし穴や転移陣を利用して最短距離で階層を下り、近道のない階層では植物魔法で床をぶち抜く。
非常識かつ合理的な垂直落下を繰り返し、最下層の部屋には、30分とかからずに到着した。
ボスは九つの頭部を持ち、それぞれが自律して毒や酸のミストを吐く毒竜、ヒドラだ。
呼気や体液の毒性もさることながら、再生能力が高く、すべての頭部を同時に切り落とさなければ断面から再生する、極めて厄介な竜種である。
豹人が低い姿勢から躊躇なく飛び出す。
ヒドラの頭部は毒液を吐くため口を開け、一瞬後ろに引く。
豹人が手を翳すと花弁を孕んだ風が渦を巻いて吹き出し、ヒドラの毒を遮る。
雷霆ジェネリックの一閃!
鎌状の真空刃と紫電が放たれ、ヒドラの九つの首がすべて絶たれてずり落ちた。
「まじか!? やっぱ、すげえな聖騎士団は!
ギルフェレス団長クラスの化け物が、ほかにもいたのかよ!!」
ラキは、その世界最強の化け物の思考と技術をコピーした実子である。
無論、アイビーは知る由もないが。
彼は英雄好きだ。
ラキの圧倒的な剣技にひとめで惚れ込み、身震いしていた。
「うおお! すごいもん見ちゃったぁ!」
「誰ですか、この豹人さん!?」
「スカウトしましょうよ、マスター! この人が指導員なら新米冒険者が殺到します!」
「いまのタイムアタック、絶対、世界記録ですよ! すぐに配信手続きしましょう!
いやあ、あの人武器屋で見かけた時から只者じゃないとは思ってたんですよ!」
事務員のネリネが目を輝かせ、調子の良いことを言い出した。
武器屋では半狂乱になって、剣の購入を阻止しようとした青年だ。
「あー、悪い! 素性も映像も外部には流さないのが条件で入ってもらったんだ。これ見たことも部外秘な!」
「「「「えー!?」」」」
皆が見守るなか、ヒドラを倒したラキは悠々と部屋の奥へと進み、白亜の祭壇の上に雷霆を置いた。
「このまま手離すのは惜しい人材だが……」
アイビーは言いかけてやめた。
「同じ魔剣を大量に売りたいという人が来たら、力になってあげてほしいの。
たぶん、私の知り合いだと思うから」
豹人に依頼されたことは、これひとつだ。
もちろん、二つ返事で了承した。
この雷霆の複製品は、おもしろい。
陰謀と策略のにおいがする。
あの豹人の知り合いで、エギルやミスリルの関わった魔剣を売りに来るというなら、次に来る奴もきっとおもしろいに違いないのだ。




