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第66話 アースエルテのギルドマスター



 スミレギス王国の南国境の街、アースエルテ。隣国カーロとの間に砂漠を挟む、年間を通して温暖で乾燥した地域だ。


 砂漠に地下迷宮ができて以降、この地を訪れる冒険者が多く、街中はどこも賑わっていた。


 黒いフードつきのマントを目深にかぶった冒険者が、地図を片手に武器屋のドアを押し開けた。 

 

「すみません。この剣、買い取って欲しいんですが、いくらになりますか?」


 店内で品定めをしていた客たちが、一斉に振り返る。


 筋骨隆々の長身。


 フードで顔を隠していても声質に特徴がある。ネコ科の肉食獣特有の喉を鳴らす音が混じった、恐ろしい獣の声だ。

 鋭い爪と牙を持ち、怒らせればすぐに喉笛に噛みつくことで知られた豹人である。


 店内の空気が一気に冷えた。

 誰もが会話をやめ、その挙動を注視する。


 商品の大剣を磨いていた店主は、眼鏡を掛けた、人のよさそうな初老の男だ。


 獣人の声質には、さして反応はしなかったが、その大剣を認めると、意外にも鋭い目を向けた。


 黒金地に紫の宝石が象嵌された、精緻な装飾が美しい大剣に。


「これは……結構な業物だ。もしかして魔剣かい? 私が触っても大丈夫な品物だろうか?」  


 武器屋の店主だけあって、魔剣の知識はあるようだ。客に確認しつつ、手袋をはめて慎重に鑑定し始めた。


「ええ。魔剣なので主を選びますよ。極端な悪人でなければ大丈夫ですけど。

 でも店主さん、そんな鑑定じゃ正確な値段をつけられないでしょ。実演するから見て」


 促されて店の外に出た店主の目の前で、豹人はすらりと剣を抜き、空を見上げた。


「あれでいいかな。危ないから、ちょっと離れて」


 興味本位で店内からついてきた客たちを制して、抜き身の剣を軽く振って見せた。


 パァァアン!!


 剣身からは風が渦を巻いて飛び出し、遥か遠くの空に紫の稲妻が光った。

 白い雲の大半が吹き飛ばされ、空の青さが増して見える。


「おお!!」

「すっげえ……!」

「なんだ、今の。雷の魔剣!?」


 いずれも冒険者らしき男たちが、魔剣の威力に嘆声を漏らす。店主が堪えきれない様子で豹人に駆け寄った。


「ちょっと見せてくれ!」


 店主が剣を取り上げて、剣の表面や刃の立て方を丁寧に鑑定し始めたが、豹人は気にする風もなく好きに見させていた。


「この刃の端正な研ぎ! 間違えようがない、半エルフの名匠エギルの打った剣! そうだろう!?」


「……ええっと、詳しいことは言えないです。それで、どのくらいの値段がつきそうですか?」


「間違いなく、神話級に匹敵する銘剣だ。金貨2万は下らない。この値段でよければ、ぜひ私に譲ってくれ!」


 相場通りの買い取り金額だ。


 豹人が店主の誠実な対応に満足し、


「いいですよ。じゃあ、その値段で」


と、交渉を成立させようとした時だった。

 

「なら、俺は2万と50出す! 売ってくれ!」

「おれは200プラスだ!」

「お、俺は1000だ!」


 先ほどの雷撃を見た者たちが、店頭に並んで割高になる前に魔剣を横取りしようと、ダメ元でどんどん乱入してきた。


「くそっ! なら、俺は言い値をつける!」


 50過ぎと思しき男が名乗りをあげると、客たちが押し黙った。


「ええっ!? アイビーさん正気ですか!?

 ただでさえ貴族の別荘が買えるような価格だってのに、言い値って、吹っ掛けられたらどうするんですか!?」


 部下のネリネが止めに入ってもアイビーは聞く耳を持たない。


「うるさいっ、エギルの作った銘剣だぞ!?

 女房を質に入れてでも買おうってコレクターが山ほどいる人気の名匠だ。借金したってお釣りがくるんだよ!」

 

 アイビーがむきになるほど、周りの購買意欲もつられて上がっていく。


「まじでエギルの剣なの!? 俺も欲しい!」


 エギルは、約200年前の王に認可状を与えられた孤高の名工だ。


 彼の打つ剣は剃刀のような切れ味ながら、刃こぼれしない頑強さを併せ持ち、細工の優美さでも評価が高い。


 芸術や工芸においては若者の瑞々しい感性よりも、老境まで積み上げた職人の経験が光ることがある。

 長命の半エルフが人の寿命をはるかに超えて蓄積してきた技術。その粋が込められた剣は、まさに銘剣と呼ぶに相応しいものだった。 


 愛好家が多い一方で手放す者はいないため、彼が過去に打った剣が市場に出回ることは滅多になく、破格の値がつく。


 だが、入手経路が皆無というわけではない。

 現在、気難しい彼が唯一納品しているのが聖騎士団であるが、退団の際に支給の剣を売る不届き者が稀にあり、聖騎士から剣を奪うべく画策する豪胆な泥棒もいる。


 そして、大概の武器屋はこの銘剣の出所を探りはしない。リスクを冒してでも入手する価値があるからだ。


 だが、豹人が契約を済ませようとマントの前を開けたとき、ちらりと見えた聖猊の帯留め(シャトレーン)を店主は見逃さなかった。


「その帯留め、聖騎士団の徽章では? 残念だが、私は聖騎士という職業を神聖なものだと考えていてね。どんな理由であれ横流し品はダメだ。済まないがよそを当たってくれ」

 

「確かに前は聖騎士でしたが、この剣は団とは無関係です。エギルの技術を取り入れた量産品が、目利きの方にも通用するのか確かめたくて、失礼なことをしました。

 さっき伝えたように使い手を選ぶ魔剣だし、ちょっとワケアリ品だから、初回サービス価格で金貨300にします。何本かお店に置いて貰えませんか?」 


 豹人は店内に戻るとフードを脱ぎ、接客用のカウンターテーブルに魔剣の束をどさりと置いた。ベルトに下げたバッグは、アイテムボックスだったのだ。


 金色の毛並みに黒い斑が美しい、まだ若い豹人だ。

 黒い唇をにへっと引き上げ、牙を剥いて笑うさまは捕食者の脅しにしか見えない。


 神話級に匹敵する銘剣が、19本。

 しかも、馬鹿馬鹿しいほどの投げ売り価格。


「あり得ない、この品質で量産品、しかも300なんて! それに、この本数! こんなもの大量に出回っては、ほかの魔剣も価格崩壊してしまいます! なによりも、この装飾の特徴……まさか」


 どうやら店主は、良識ある保守的な人物らしい。


「私は宣伝になるなら、誰に売っても構わないんだけどな。ほかに欲しい人います?」

  

 豹人は、往来でのやりとりを見て、店内までついてきた冒険者らを振り返り、剣を翳して聞いた。


「買う!」

「俺にも1本くれ!」

「俺も!!」


 先ほどの雷撃を目の当たりにした者たちの熱気は凄まじい。今にも取り合いで乱闘が起きそうな気配がある。


「いいですよ。スミレギス王国の秘宝『雷霆』の複製と理解したうえで買ってくれるなら」


 雷霆。

 

 その言葉を聞いた冒険者らは、 たちどころに押し黙り、潮が引くように見物人が去っていく。


 スミレギス王エンヴィーが雷霆の主を探して冒険者狩りを行っていることは、いまや周知の事実だった。


「店主がいらないなら俺がぜんぶ買うぞ!

 なぁ、豹人さん。うちのギルドに回してくれないか!? 俺はアースエルテのギルドマスター、アイビーだ!」

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