第57話 変身 ラキの視点
ラキは侍女服に着替え、雷霆のジェネリックを肩に担いで城門をくぐった。
王は疑い深い。
臣下の子女に紛れて刺客が入り込まないように、王女の侍女には一目でそれとわかる制服を着用させている。
すなわち、敵意があれば色が変わる純白のドレスである。
門番は顔馴染みであるし、大半の使用人らもそうである。粗相をして短期間で人員が入れ替わるため、新顔が常に一定数いる。
「こんにちは、王女さま。陛下はいらっしゃる? 喜ばれそうなお土産を持って来たんですけど」
「ラキさん! お待ちしてたのよ、最近全然いらしてくださらないから。ねぇ、今日はギルフェレスさまは? ご一緒ではないの?」
王女の部屋に行くと、アイラが満面の笑みで駆け寄ってきた。
この少し年上の王女は、残念なことに男性を見る目がない。
登城するときだけ物腰柔らかな好青年風に変身する父に騙され、小説のような甘い恋を夢見ているのだ。
確かに顔立ちは貴公子風だが、中身はリュテの評するとおり、ほぼ鬼の擬人化だというのに。
「まあ、物騒ね。その大きな剣を担いでいて、よく門番が通したわね?」
「このセンスのいい侍女服のおかげかしら?
というか、この剣が陛下へのお土産なの。ほら、魔剣献上するのが流行ってるでしょう?
私が見つけたこの剣も、喜んで頂けると思うのだけど」
ラキが肩をすくめて見せる。
ギルフェレスは表面的には王の寵臣だ。ラキを入り口で引き留める者などいない。
「こんにちは、ラキさま」
王女には先客がいたようだ。
幼いが気品のある月色の髪の侍女。
ミュゼだ。
「ねぇ、あなた。お父さまにこれを届けて貰えるかしら?」
アイラは召使を呼び止め、父王に一筆記して預けた。
三人がお茶を飲んで談笑していると、ほどなくラキが王から召喚された。
*
ラキは、王の間に通された。
ギルフェレスが肩を踏みつけられ、屈辱に拳を握りしめて耐えた赤い絨毯の間だ。
「陛下におかれましては、お健やかに遊ばされまして。騎士修道院の聖器庫から『雷霆』をお持ちいたしました。主をお探しだと伺いましたので」
居合わせた重臣たちが、凍りつく。
過日の雷霆復活の騒ぎでは、失言で王の不興を買ったものが一斉に処断された。
騎士修道院が『雷霆』の保管場所であることは様々な文献に記されている。
持ち出したというならば、王を差し置き、正統な主だと主張したに等しい。
ラキは王に拝謁すべく優雅に一礼――しようとしたが、大剣を抱えているため、ドレスの裾が持ち上げられないことに気づく。
王の傍らに控えていた新たな宰相に、『雷霆』を放り投げた。
「ぎゃあっ!!」
宰相は雷にでも打たれたかのように、痙攣して倒れた。衣服の所々が焼け焦げ、煙がくすぶっている。
「まさか、本物の……!」
誰かが言いかけて、口を噤んだ。
『雷霆』の魔剣は苛烈。
主でないものが触れると雷で焼き殺されるのは、廃王子リュテの一件で周知されていた。
「なるほど、本物の雷霆のようだ」
王は、雷霆というものを誰よりよく知っている。焦がれてやまないのに、決して手に入らない権力の象徴として、穴が空くまで眺めた過去がある。優秀な兄王の傍らで過ごした日に。
「もっと、お近くでご覧になります?」
気絶した宰相の手から魔剣を取り上げ、ラキは微笑む。
計算づくの無邪気さの裏に、計画的な殺意と技術を隠し、王に近づく。
彼女のドレスは、王に近づくほどに色を変えていく。光沢ある絹の滑らかな純白が、黒百合のような漆黒へ。
「射て!」
王の玉座の後ろ。
垂れ幕の中に隠れ潜んでいた弓部隊が一斉に彼女を射た。
ラキは雷霆に酷似した魔剣で王を狙い、構え直して上に向けた。
ジェネリックとはいえ、雷霆の魔剣は威力が大きすぎる。王宮での水平射撃は、大勢の人間が巻き添えになる。
紫の稲妻が走り、王宮の屋根を吹き飛ばした。
精霊弓で拘束されたラキは、無傷ながら身体の自由を奪われて膝をついた。
「父親が大切ならば、逆らうのはやめることだ。おとなしく私に従うなら、悪いようにはしない」
王は倒れたラキに歩み寄り、耳元に囁く。
「私、弱い男に興味ないんです。だって、カッコ悪いでしょ。実力で敵わないから、卑怯な手で脅すなんて?」
ラキは、王の父親への脅迫をあからさまに責めはしない。より辛辣な本心を吐き出しただけだ。
「同感だ。だが、短所は自分で知っていても、他人に指摘されると苛立つものだ。口の利き方には――」
「ですよね」
ラキの笑顔は、この期に及んでもあくまで無邪気で愛らしい。
王は腰に佩いた剣を抜き、ラキの胸を貫いた。
*
「なんて、むごいこと……」
「まだ、ほんの子供じゃないか」
「可哀相に」
「院長さまのお嬢さんなんだって?」
「ああ、余りいい評判は聞かない人だろ」
「じゃあ、その院長とやらが何か失敗でもして、見せしめかい?」
「臣下の処刑はいつものことさ」
「家族まで巻き添えになっちゃたまんねぇよ」
城門を横切る人々が足を止める。
縄で吊るされているのは、まだ少女らしき女性。俯いた顔の表情までは見えないが、肩までのさくら色の髪が風に揺れていた。
「くそっ、ラキが何をしたっていうんだ」
セイルが口許を覆う。
嗚咽をかみ殺し、肩を震わせている。
オービスは無言で城壁を見上げていた。
セイルのためにも否定したかったが、彼の目にも、あれは、見慣れた少女の姿に見えた。
「あんたら、あのお嬢さんの知り合いかい?
お気の毒に。魔剣献上は、王さまの罠なのさ。あの子だけじゃない。たくさんの冒険者が影で始末されたって話だ」
通りすがりの老人が、すれ違いざまにお悔やみを述べて行く。
「ラキは、死んでない……」
リュテだけが、嬉しそうな声を漏らした。
「本当か!? でも、どうみても――――」
セイルがリュテに掴みかかる。
「あれ、人形だ」
リュテの目には、人間では見えないものが見える。
魔術を施された、麦わらの人形。
みんなには、あれがラキに見えているというのなら、何者かが催眠で、ラキに見せかけた可能性がある。
リュテには、その心当たりがあった。
「本当か、それ。なんでもいい! 無事なんだな!?」
「間違いないよ」
平穏の魔剣の片割れ――トランキリタスの仕業だ!
*
ラキが登城し、王女アイラに挨拶をした時に遡る。
『あら、雷霆が急に無口になったかと思ったら、そっくりの偽物じゃない! どうしたの、これ?』
ミュゼの右耳には、エウテルペの双子の魔剣『平穏』のピアスが揺れていた。
平穏は催眠を得意とする魔剣で、人の心のうちを読むのもお手のものだ。
(かくかくしかじか、よ!)
ラキは声に出さずに、心のなかで言葉を選んだ。
『なるほどね! わかった、協力するわ!
ミュゼさま、ラキさまの髪の毛を貰ってちょうだい。身代わり人形をこしらえましょう!』
ラキとミュゼはテーブルにつき、表面的には王女とお茶を飲んで談笑しながら、トランキリタスを挟んで思念でのやり取りを進めていた。
『主は、なんで雷霆の偽物をそんなに作ったの?』
(理由は、いろいろあるわ。最初は王さまとの接点を得るため。
次は雷霆の主に怯える王さまが、これ以上誰かを処刑しないように。
それから、資金集めね。リュテは子供の頃からお父さんに洗脳されてて、お金でギャフンと言わせたい願望を持ってる。
王さまがあれほど執着する剣と同じものをばらまくのは、王権の象徴を失墜させるためね。本人は気づいてるかわからないけど)
『でも、そこまで計画できるのに、主、自分が魔剣売りに行ったら捕まる可能性あるって想定はしてなかったの?』
(世間知らずだから、いつも詰めが甘いのよ。
王さまに『本物』を渡せば、ひとまずは満足して、主探しはやめるでしょ?
そのあとは、リュテが好きにするといいわ)
『とりあえず、適当なところで席を立ちなさい。人形と入れ替わったら、ミュゼさまのところで女子会の続きしましょうよ!』
(いいわね!)
「王女さま、ちょっとトイレ! お茶を飲み過ぎちゃったみたい!」
「もうっ、いいところだったのに。早く帰ってきて、ギルさまのお話の続き聞かせてくださいね!?」
「あっ、私も用事を思い出しましたわ。少しお待ち頂けます?」
「ええっ、あっ、いいのよ!? ミ、ミュゼさまはごゆっくりしていらして!?」
ラキが立ち上がるとミュゼも追従し、ふたりでミュゼの部屋に向かった。
*
部屋に入ると、ミュゼはドアにしっかり施錠し、窓のカーテンを閉めた。
「ええっ、なにそれ、こわっ!?」
ミュゼがベッドの下から、巨大な麦わらの人形を引きずり出すと、ラキはたじろいだ。
「いつかお母様と脱出するときのために、身代わり人形を作っておいたの。ラキさまに使うとは思わなかったけど、準備しててよかったわ! 髪の毛、少し分けてくださいね」
そう言いながら、机からペーパーナイフを取り出し、ラキの髪を少し削ぐ。
「えっ、その毛、どうするの?」
ミュゼは手際よく麦わら人形の顔に、ラキの髪の毛を埋め込む。
ミュゼの右耳で平穏のピアスが光ると、人形はラキの姿に変身した。
「すごい! 私にそっくり!」
剣型のピアスからトンボの羽を持った妖精が現れたが、残念ながらラキの精霊力は聴覚に特化し、目は余りよくない。
妖精姿のトランキリタスは見えないようだ。
『あとは、そうね。可愛い子猫にでも変身して待っててもらおうかしら。えいっ!』
トランキリタスが指差すと、ラキの姿はみるみる大きくなり、逞しい豹の獣人姿に変わった。
「「えっ!?」」
『ごめん、失敗しちゃった! で、でも、大丈夫よ!? 愛する人に口づけされれば、変身の呪いは解けるものなの!』
「えっ、呪い!? 魔法じゃなく呪い!?」
『ごめんね、ラキさまが主とチューしたんだと思ったら、ちょっと嫉妬して変な風になっちゃった! うふふ!』
「わざと! 絶対わざとだよね!?」
『ラキちゃん、静かに! 今からあなたの心をこの人形に移すわ。もし人形が攻撃を受けても、ここに戻って来るだけだから安心してね』
「安心って、この姿ほぼ魔族よ!? どこにも行けなくない!? この部屋に置いてて、もし誰かに見つかったらやばくない!?」
トランキリタスがラキの額を指で弾くと、彼女の心は人形に乗り移った。
「大丈夫よ! ラキお姉さまは、ミュゼが守るわ! お兄さまとキスしたってことは、もうミュゼのお姉さまも同然ですもの!」
『うふふ、嫉妬しちゃう。解けないようにもっと呪っちゃおうかしら!』
「まあいいわ、急いで戻りましょう。王女さまが待ってるわ」
「はい、お姉さま!」
ふたり――ラキに擬態した藁人形とミュゼは、足早に王女の待つ私室に戻った。
王に呼ばれたラキ人形が王宮を吹き飛ばし、城壁に吊るされたのは、そのすぐ後であった。
☆ラキは最強の聖騎士に相応しい肉体を入手した。




