第56話 訣別 ラキとギルフェレスの視点
ラキはリュテに父親を任せ、まんまと逃走を果たしていた。
幸いなことに、テーブルマウンテンの密集地帯だ。身を隠す場所に不自由はしない。
演習中の一団からやや離れた崖の影に隠れ、リュテのアイテムボックスを開ける。
もちろんこれもミスリルの発明品で、魔牛革製のヒップバッグの内側が収納空間となっている。
中には、雷霆のジェネリック魔剣が20本詰めこまれていた。
だが、蓋の留め金を開けた途端に中からけたたましく飛び出して来たものがある。
『狭い! 暗い! 怖い!』
スミレギス王国の王権の象徴、雷霆魔剣トニトルスだ。
「……雷霆さん、いつの間に忍び込んだの?」
『ふん、主の初旅行! 我がお守りせず誰が主を守ると――はっ、主はいずこに!?』
「残念ね。リュテは別の場所よ。あなたが人目を憚らずに付きまとうと、リュテの命に関わるのよ。少しは主の安全を考えて!」
ラキは精神感応で、もちろんトニトルスの心を読み取り、最初から彼がリュテとの同行を画策していると知っていた。
工房の天井に張りついていた時から、ずっと。
『王の手下が主を討ちにくるのならば、その王を滅ぼしてしまえば済むではないか!』
「単純ね。そうもいかないから困るのよ。リュテはもともと、人を傷つけるのが嫌いなの。
それに、王さまはリュテのお父さんの弟だよ。絶対手を出しちゃダメ。でないと、リュテは一生、あなたを憎み続けるわよ?」
『我はもう、すでに主に嫌われている!
なれば主が他の者を可愛がらないよう、ぜんぶ追い払うしかないではないか!』
「ヘリオガバルス!!」
ラキがトニトルスを指差すと、無数の花弁が渦を巻いて彼を包んだ。
「な、なんだこれは! 動けぬ!?」
トニトルスは一瞬で花弁に魔力を封じられ、ふわふわと空に浮いていた体は墜落。
ラキの足元に落ちた。
『ぎゃんっ!?』
ラキが蹴り飛ばすと、トニトルスは悲鳴を上げたが、彼女は気にする風もない。
「ごめんね! 話も通じなさそうだし、私、ちょっと急いでるの!」
アイテムボックスから雷霆のジェネリックを1本取り出すと、切り立つ断崖を見上げ、その縁のひとつをすぱりと斬り落とした。
もちろん、トニトルスの上にである。
ドォォオオン!!
紫電が閃き、雷鳴が轟く。
見渡す先まで――
崖の天辺がいくつも切断されて落ちた。
それどころか、軍事演習の秘密を守り、爆音を防ぐ結界まで裂かれて吹っ飛んだ。
「……これは、思ったより使えるわ。さすがはミスリルとエギルの力作ね!」
『この美少女め! 非道すぎる!!
岩をどかせ! 重くて動けぬではないか!』
「ラキーシャさん!? 今のは一体、その剣、まさか王家の戴冠宝器の、『雷霆』では!?」
ラキの一番近くで演習を指揮していた、騎士団の副団長の部隊が、まず駆けつけて事態の把握に取りかかる。
父の誠実な右腕、メルヴィルの隊だ。
「どうせばれるから、みんなには先に教えておこうと思ったの。見てのとおり、私が今世の雷霆の主よ!」
騒ぎをみて駆けつけた者たちがざわつきはじめる。
「なんということだ、陛下は、団長は、それをご存知で……!?」
「私が雷霆の主だと世間に知られたら、陛下にご迷惑がかかる。皆さんもご存知でしょう?
陛下は雷霆の主を血眼になってお探しになり、疑わしい人はみんな処刑されているの。
私もきっと、殺されてしまう。後宮に呼ばれたのも、きっと、そのせいだわ」
「ラキさんが、雷霆の主!?」
「こ、後宮に!? その若さで!?」
「皆さんにはお世話になったから、お礼とお別れを言いに来たの。後宮に入れば、二度とお会いすることもないでしょうから」
*
ギルフェレスが駆けつけた時は、一足遅かった。
ラキは口上を終え、父親の姿を認めて歩み寄る。
「今まで育ててくれてありがとうございます。お体を大事にしてください。ラキはこのまま後宮に行きます。お父さんは止めてくれたけど、陛下には逆らえないものね……」
涙を拭くふりをしながら、ラキは父に抱きつく。
(何を企んでいる。嫌がらせか?)
(うん。私を王さまに売ろうとしたの、許してないから。囮になって逃げる。あと、よろしく)
(おまえ……!)
小声でやり取りを交わしたあと、ラキは美しいカーテシーで皆に敬意を表す。
「ラキー! ちょっと帰ってこいよ、誰も怒ってないから!」
遠くからセイルたちの声が聞こえ、ラキはギルフェレスに向かって苦笑した。
彼女は一度決意したことを絶対に曲げない。
止めても聞きはしない。
父が一番良く知っている。
「……ああ。達者でな」
セイルとオービス、リュテが師の姿を遠目に見つけて駆け寄るが、ラキの姿はない。
「ラキーシャさんが、雷霆の主……だったんですね。後宮に招請されたのは事実ですか?
本当に、送り出して良かったのですか!?」
副団長のメルヴィルが、すごい剣幕でギルフェレスに掴みかかっている。
「それって、どういう?」
「雷霆の……主?」
セイルとオービスが訝しむ。
『あるじぃぃいい! 我はここですっ!
あの美少女に岩で封じられました! 早くどけてくだされぇぇえ――!』
リュテは魔剣の叫び声に気づいて、辺りを見回す。
先日の炎竜ほどもある大岩が散乱している。
情けない叫び声は、付近から聞こえるが、岩の周りを歩いてみても、魔剣の一部すらも見えない。
「ごめん、トニトルス! ぼくの力じゃちょっと無理そうだ。痛くない? 大丈夫?
人目があるから助けるのは少しあとになるけど、我慢できる?」
『あるじっ! 平気ですっ!!』
リュテが絶交したのも忘れ、自分の安全を確かめてくれたので、トニトルスは先ほどまでの恨みもすっかり忘れてしまった。
「ラキが雷霆の主だって噂になってるけど。
おまえがここにいるってことは、ラキはジェネリックを持っていったんだね?」
『さよう! 王を我の偽物で安堵させ、主から目を逸らせるのが目的ですな!』
リュテが自ら雷霆のジェネリックを売り歩けば、いずれは噂が王に届く。
危険を案じたラキが先手を打ち、止めたのだ。
リュテが歩兵を何歩も進めて計画したものを、有能な女王が一手でひっくり返してしまった。
「ラキ……!」
「心配するな。おまえより数段賢い子だぞ。無策で飛び込んだりしないさ」
セイルが頭を掻きむしり、オービスに宥められている。
リュテは胸騒ぎを押さえられなかった。
ラキは、修道院には戻らなかった。
さくら色の髪の少女が城門から縄で吊るされたという噂が広まったのは、その数日後のことだ。
☆ラキの決意で新たな波乱が!




